take it 8
群馬県吾妻郡草津町 草津白根山
「博士! 博士!」
「んぁ……あ、あれ?」
身体の再生が終わったのだろう。
がっさんに揺すり起こされたので周囲を見回してみると状況はかなり動いてしまっていた。
無惨に横転した『変態バス』の影には大勢の負傷者が退避しているし、残りの『スーパーカー』は何かと戦闘している様子だ。
「えっと、状況は?」
「所属不明の『チャッピー』による襲撃です!」
「出てきたかぁ……」
完全に不意を突かれた形である。
とはいえ弛緩してはいたとはいえ、DS職種のみんなや航空部のOH-1による警戒監視は継続していたし、彼らは私達基幹要員ほどは緩んでいなかったはずである。
この状況下で『チャッピー』を隠密裡に戦線投入するなんて、それこそ諏訪先生でも困難だろう。
いかなる手段を持ってそれを成しえたのか……
「いや、その辺は後回しだ! 諏訪先生は?」
「突入させた『チャッピー』をこちらに戻してます」
それならば『チャッピー』対応は諏訪先生に任せて問題ないだろう。
「突入部隊はどうなった?」
「現状地下壕の中は予定通りです」
「よし、そんなら入口を堅守だ! 敵の戦力がわからない以上企図をぶっ潰す方で進めるよ!」
「はい!」
がっさんが無線で各所に連絡をしてくれている間に小県ちゃんが私用に予備の無線機を持って来てくれた。
流れてくる会話を聞く限り、多少の混乱こそあれど各所冷静に対応できているとみて良さそうだ。
「リンドウ06 リンドウ00 送れ」
『リンドウ06 送れ』
「『慶雲』による対地戦闘は可能であるか 送れ」
『可能である 送れ』
片切君には空からの支援をお願いしよう。
流石に『チャッピー』といえど重機関銃や対戦車ミサイルが相手ではただの的である。
『スーパーカー』がそれらの火力で対応している上に更に空からとなればこれだけ開けた屋外ではどうすることもできなかろう。
「っすー、あー……そうですねー……っすー……はい、ええ……そうなりますねぇ……はい」
ふと背後から聞こえた聞き馴染みのない声に振り向く
「ええ、はい……っすー、そ、う、で、す、ね……っすー、はい、可能だと思います。はい」
そこにいたのは見るからに営業マンといった風体の男
中肉中背、どこにでもいそうな顔、よくある七三分けの髪型……
「あのぉ……すいません」
「へっ?」
『機構』の『喪服』とも違う明らかにこの場にそぐわない見た目、明らかに異質なその男は気がつくと私の目の前で媚びるような表情で立っていた。
「あ、私マッドサイエンティスト生活協同組合保険事業部の岡部と申します」
まあ、そうだよなぁ……今この場にいる。その時点で『機構』か『co-op』の人間であると言うのは明らかだ。
もちろん『機構』の人員ではないので言われずともその所属は明らかだ。
今にも飛びかからんばかりの剣幕のDSの皆んなを後ろ手に制する。何かしらの企図があって接触して来たのだろうが、その企図は不明である。
しかし少なくともこの場から生きて帰ることが出来るだけの算段は整えていると見てまず間違いはないだろう。
だとすれば現状での不用意な行動は藪蛇にもなりかねない。
とりあえずは包囲の輪を出来る限り大きく取り、負傷者の退避を成した上で集中的な火力投射で持って仕留めるべきだ。
話し合いが目的なのであれば私に集中してくれていれば良い。それであれば私諸共こいつを吹き飛ばせばうちの完全勝利である。
「ご丁寧にどうも、私は『機構』の……博士とでもよんでいただければ」
「あ、はい。そちらの事情は存じ上げております」
「それで、今日はどの様なご用件で? 今この地域は非常に危険なので立ち入り禁止になっているのですが」
「あー、はいそうなんですね。いやぁそれがですね私共としても非常に困ったことになっておりまして」
「困ったこと、とは?」
「えっとですね……あーどこから話したものでしょう? っすー、あー……そうですね、ざっくりと言いますとですね、ご契約者様と連絡が取れない状況でして」
「ご契約者様と言うのは『てけてけ』の漏洩を引き起こした?」
「そうですそうです! 研究保険にもご加入されている方なのですが、そちらの攻撃が始まっても尚ご連絡をいただけなかったので様子を見に伺ったのですが……」
研究保険や取締特約がどういった条件で効力を発揮する保険なのか、詳細は不明だがこの岡部氏の言葉をそのまま受け取るのであれば加入者による救援要請やそれに類する何らかの能動的なアクションが必要なのだろう。
だとすればあくまで今暴れ回っている『チャッピー』は偵察や牽制目的程度のものであり、救出用の戦力は他にあると見て間違いないだろう。
自由な研究者達の互助組織ではあれど、不必要に力を振りかざす類の団体でないのはわかっているし、仮にそうであってくれたらもっと前の段階で掃討できていたはずである。
「もうすでにそちらの手に掛かってしまった……そう言うことでしょうか?」
「まあ、私達は順調に職務を遂行しています。それ以上は機密事項ですので」
「ああ……そうですよね、すみません」
そう、順調に職務を遂行しているのだ。
『準備完了です!』
無線から聞こえたがっさんの声に私は大きく手を振り上げて、降ろす。
いい感じに時間稼ぎができたものである。
次の瞬間、周辺の地面が大きく陥没し、目の前の岡部氏の姿が視界から消えた。
続いて迸った閃光と強烈な圧力で私の視界も再び色を失った。
「……小笠原主幹、本当に良かったんですか?」
「問題ありません。博士は試作中の防衛装置を携行していますから」
松本調査員の問いにそう答えた小笠原研究員
実際のところ佐伯静世のPKと残余の『変態バス』に搭載された迫撃砲及び中多による火力集中に耐え切れるほどの防衛装置など存在していない。
先進の超常科学の粋を集めたとて実現するのには大掛かりな設備が必要だろうそれがあると偽ったのは千人塚博士の持つ事案的特性が厳に秘されるべきものであるからだ。
「なるほど、だから『スーパーカー』に潰されても平気な顔をしていたんですね……納得がいきました」
千人塚博士が悠長に敵と会話をしていたのは時間稼ぎのためであろう。
そう推測した彼女は即座に佐伯静世経由で指揮所に残っている片切情報管理員に指示を出した。
至近距離における電波発射では兆候を気取られてしまうだろうが、PSI同士の精神感応による高速度大容量通信である。
既存の技術において傍受する術は無いし、精神エネルギー発射も精神感応状態であれば変化は大きくはならない。
時間稼ぎという手段を講じてくれている以上、攻撃企図の秘匿は必須だろうしそれは奇襲効果の面から考えても当然の話である。
とはいえ早合点である可能性は捨てきれない。何しろこれはあくまで彼女が千人塚博士の意図を予測しただけのものであるからだ。
それ故に彼女は最後に一度だけ通信を送ったのである。
ただ一言準備完了であると
それに答えた博士の合図に対してはもはや一分の躊躇すらなく攻撃を開始した。
予定外の事態ではあった。
そしてこの時互いに気づいてはいないが、千人塚博士の見据えた勝ち筋と小笠原研究員の頭にあったそれは一切の狂いなく同じものであった。
「これだけの火力です。大丈夫だとは思いますが……」
「ええ、わかっています。業界人が相手ですから油断はしません」
最大発射速度でありったけの砲弾を撃ち込んだとはいえ相手は超常関係者だ。
その上技術力においては『機構』を一部上回ってさえいると噂されるほどの『co-op』の基幹要員が相手となれば完全に死亡したことを確認するまでは安心できない。
未だ砂塵舞う中、慎重に前進する3中隊の面々
「ダメだ!! 来るな!!」
声とともに衝突音が響く
「博士……?」
つぶやいた小笠原研究員の元に何かが猛スピードで飛来し、彼女の顔を冷たい血が濡らした--
「ああっ! もう! 野蛮か!!」
ちょっと砲撃されたくらいで『チャッピー』使ってぶん殴るとか、これだから一般人はダメだ。全く品がない!!
とんでもない運動エネルギーではあったものの、運良く『即死』は免れたようで身体の機能の回復は速い。
それでも意識が消失せずに、というのは実に辛い。
サピエンスな人々であれば一生ベッドから起き上がれない程の怪我によって生じる痛みである。
「博士! だ……大丈夫ですか?!」
「全然だいじょばないよ! 痛くて泣きそうなんだけど!」
「とりあえず今は我慢してください! 静代さん! 3中隊の後退援護を! 何をしてくるかわかりません、あまり対象に近づき過ぎないようにしてください!」
なんだか対応がドライだが、私がいない状態でも立派に役割を果たしてくれているのだ。うん、邪魔しちゃいけないね!
「博士、白衣をどうぞ」
「せんきゅう諏訪先生!」
みんなの注意が対象の方に向いてくれていてよかった。
お陰であられもない姿を晒さないで済んだ。
「それで静代さんは平気? またキレちゃったりしてない?」
「はい、冷静にこなしてくれてます!」
それであればひとまずは安心だ。
現状ハローを背負ってはいないとはいえ、それでも戦力として強大であることに変わりはない。
コントロール下にあれば彼女以上に頼りになる存在はそういないが、逆にコントロールから外れてしまった場合の厄介さと言ったら諏訪先生に匹敵すると言っても過言ではないだろう。
「松本ちゃん! 敵は『チャッピー』だ。一旦部隊を下げて遠巻きに囲んで!」
「はい!」
「諏訪先生! 出番だよ! 格の違いを見せてやんな!」
「待っていました!!」
「小笠原ちゃん! 諏訪先生の『チャッピー』を入れるから静代さんに伝えて!」
「はい、伝わってます!」
おお、便利!!
「全員慎重にね……ちらっとしか見えなかったけど敵の『チャッピー』なんか様子が変だった。なんか悪趣味な仕掛けをしてるかもしんないから注意して」
「ほう! それは実に面白そうです!」
「片付いたら諏訪先生にあげるから今ははしゃぎ過ぎないでよ?」
「ははは、心得ておりますとも!!」
ほんとかよ……いや、言うまい
見渡せば跳梁跋扈していた『チャッピー』たちの排除は既に完了しているようであり、散発的に『てけてけ』の駆除が行われている事を除けば実に静かである。
砂埃の舞う中、視界不良な領域に諏訪先生の『チャッピー』がゆっくりと進出していく。
……いや、待てよ? 流石におかしくは無いか?
確かに砲撃自体はかなり激しいものだったしこの辺りの地面も火山性でそれなりに砂埃が舞いやすくもある。
だがこれほどまでに長時間視界を塞ぐほどの砂埃が舞うだろうか?
「諏訪先生、ストップ」
「……? かしこまりました」
「静代さんにあの砂埃を上からゆっくり押し潰すように伝えて……」
「は、はい」
そう思ってよく見れば一定のエリア以上に拡散する事なく留まっているあたり実に怪しい。
静代さんの力によって徐々に高度が下がっていく砂埃
その高さが5メートルを下回ったあたりで巨大な影が飛び出してきた。
「いやいや! これはこれは流石は千人塚長官殿! お気付きになりましたか!」
『それ』の肩らしき部分に乗った岡部氏が先ほどとは打って変わって自信満々な様子で語りかけてくる。あの態度もブラフの類だろう。正直はなから吹き飛ばすつもりの私からすれば関係ない話ではあるが
「誰の話をしているのかは存じませんが、降伏してください。少しは楽に処分して差し上げますよ!」
私の情報がどの程度の機密として扱われているのかはなんとも言えないが、少なくとも岡部氏は旧軍時代の私について知っているようだ。それも長官という呼称からして1943年までの知識は確実に持っているだろう。
実に面倒だ。敵に高価値目標扱いされるのは気持ちの良いものでは無い。
「そうしたいのは山々ですが、いやはや勤め人の辛いところです!」
「だそうだ……みんなやっちゃっていいよ!」
歪な『あれ』が『チャッピー』であることはなんとなくわかるが、世代の分類という面ではなんとも言えない。
それでも『チャッピー』に関して世界最高峰の技術を持つのは間違いなく『機構』だし、世界最高の『チャッピー』製作者二人は『機構』の人間だ。
そのうちの一人である諏訪先生の『チャッピー』である。
世代こそいつもより劣るとはいえ品質はいつも通り材料からこだわり抜いた逸品である。
それこそ市井の天才がどうにか作り上げた第八世代が相手でも戦えるだけのクオリティだし、それが2体もいるのだ。
「いけません!! みなさん視線を逸らして!!」
しかしそんな私の余裕綽々な言葉を遮るように諏訪先生が叫ぶ
ああ……なるほどね
やっぱり連中は悪趣味だ。ほんと嫌になる……




