take it 7
群馬県吾妻郡草津町 草津白根山
『弾着5秒前 4 3 弾ちゃーく 今!』
「リンドウ06a リンドウ00 判定 効果あり射撃やめ!」
無線から聞こえる片切くんの合図と同時に大質量がとんでもない速度で地表に衝突する。
内部に積載された爆薬が一拍遅れで起爆して周辺を徘徊する『てけてけ』を吹き飛ばす様は新たな装備品開発の可能性を感じなくもないものの、これはあまりにも過剰火力だ。
ここまでド派手なことをやらかしてしまっては群馬支部統制科だけでの隠蔽は不可能だろう。
存在が厳に秘されなければならない『機構』においてこれはいまいち理に適っていない。
「うわぁ……これもう片付いたんじゃないですか?」
私の横で呆れた様に爆発を眺めていたがっさんが言う
「だといいんだけどね……」
ド派手な爆発ではあるが、見たところ地表深くまで貫徹した様子は無い。
そもそもが補給品の配達用の資材である。今回は無理矢理攻撃に転用したが、専用のMOPのような戦果を期待するのはあまりにも高望みが過ぎると言うものだろう。
「うーんと……まあ道は開いたみたいだね」
双眼鏡を覗き込んで確認すると大きく抉れた地面から破断した金属製の廊下の様なものが見てとれた。
「それじゃあ予定通り突入しよう。松本ちゃん、桐畑さん」
「はい。2小隊前へ!」
松本調査員の号令で火炎放射器を装備した人員を先頭に部隊が進んでいく。
地下壕への対応は結局のところこれが一番早いし確実だ。
「気を抜くな! 誰も何も近づけるなよ」
桐畑調査員以下『鵺』は周辺を固めるとともに3中隊が入口を焼き払った後に突入する役割を担う
「諏訪先生も準備いいね?」
「ええ、お任せ下さい」
諏訪先生は第七世代チャッピーを用いて突入支援の役割を果たしてもらう。
2体の『チャッピー』が『鵺』の突入に先行することで『co-op』との遭遇に備えることになる。
外からの制御であるため細かいコントロールは難しいものの、業界でも有数のスタンドアローン性能を有する諏訪先生の『チャッピー』であれば出会った味方以外の存在を破壊し尽くす程度であれば問題にもならないはずだ。
とにかく私達も『変態バス』に随伴して突入口近くまで移動する。
到着した頃にはすでにゲル化燃料を丹念に散布し終えていた。流石は体力お化けのDS職種のみんなだ。あんなに重い装備を背負っているのに手ぶらの私など比べ物にならないほど素早い路外機動である。
「ゼーハーゼーハー……ゲホッ……おえっ……あー、しんど!」
「大丈夫ですか?」
「概ねダメだね、私はインドア派なんだから」
むしろがっさんの余裕の方が異常だ。
元々元気な子ではあるが、年齢的には立派な中年である。
ちゃんと歳をとるサピエンスなみんなは30超えると一気に身体にガタがくると聞いているが、どうやら彼女にそういった兆候はないらしい。
「みなさん少し下がってください、点火します」
「ほいよ」
大量の燃料でヒタヒタになった地下施設に火が入り、強烈な熱波を伴って燃焼を始めた。
「でも博士にしては珍しいですよね」
「何が?」
「いつもだったらこう言う時は毒ガスで片付けるじゃないですか。こんなに丁寧にやってるの初めて見たかもしれないです」
がっさんの言うことも尤もだろう。基本的に手間のかかることはしたくない主義だ。ただ今回はそれだと不安が残るのだ。
「今回は製品や野生相手ではありませんからね、それに先進型『チャッピー』が出るかもしれないことを思えば理に適っていると思いますよ?」
『チャッピー』の肩の上から諏訪先生がいう。楽そうで実に羨ましい。私も乗っけて貰えばよかった。
「色々全部盛りにしがちな『co-op』会員が相手だと毒ガス対策がとれてる可能性もあるし、そもそも工学畑じゃないかって想定の相手だと防衛機能相手には厳しいものがある。何より先進型『チャッピー』で対策がとれてない個体には出くわしたこと無いからね、そこんとこ行くと焼き払っちゃうのは何が相手でも一定の効果が見込めるから便利なのよ」
「そこまで想定してたんですか……」
「そうか、神経剤の対策も盛り込まないとなんですね……」
安曇兄妹の反応……やはり梓ちゃんの様子がおかしい
「もしかしてだけど……『チャッピー』作ろうとしてる?」
「あ、えっと設計の勉強程度ですけど」
「まあいいけどさぁ……」
ジャンルとしての『チャッピー』が彼女にとって魅力的な題材であることはまず間違い無いだろうし、遅かれ早かれ手を出すことにはなるだろうと思っていたが……
「作るときはちゃんと申請出して支給の材料で作るんだよ? 間違っても諏訪先生みたいに特定調査員の横領とかしないでね?」
「はい! もちろんです!」
「というか最近残機の数が合わないと思ったら……」
がっさんが諏訪先生へ呆れたような視線を向ける。
「いやいや、ここ一年はしっかり申請を出していますよ?」
「うん、それ私だ。この間一体首吊っちゃっててさ、片付けた後に面倒だから書類後回しにしちゃってた。ごめん」
ちゃんと手続きはすぐにしないとダメだな。後でやろうは馬鹿野郎とはよく言ったもので、ちゃんとやっとかないとみんなにも迷惑がかかってしまう。
「ん……? ちょっと待って、この一年って……諏訪先生?」
最後に特定調査員の横領で諏訪先生にお説教をしたのは確か3年くらい前だったはずだ。
「おや、そろそろ火も収まりそうですね!」
「うん、誤魔化せるとか思ってないよね? 今は忙しいからアレだけど帰ったら詳しく話を聞かせてもらうからね?」
基本的にうちの子たちはみんな優秀ないい子たちだ。
ただその中にあって諏訪先生に関しては優秀ではあるが特級A5ランク最高級の問題児である。たった一人の問題児の為に学級崩壊クラスの先生の気分を味わわないといけないというのは複雑な気分だ。
それでも専門分野において世界最高峰と言って差し支えないほどの頭脳と技術を持った諏訪光司を手元において置けるのであれば多少の学級崩壊などあったところでお釣りが来ると言うものだろう。
「じゃあ気を取り直して働いて貰おうかな! 横領分も含めてね!」
「はっはっは、ではいつもより張り切らなければですね!」
私の悩みの種になるのなら是非ともその分働きで価値を示して欲しいものだ。
そしてその期待に確実に答えてくれるのが諏訪先生だと言うことも私は誰よりも知っている。
『てけてけ』の存在を初めて確認したのは私達『機構』ではなく在日米軍である。
当時は『機構』と『保全財団』が決別してからそこまで時間が経っておらず、緊張感も今よりずっと高かった時代である。
事実上『保全財団』の傘下にあると言っても過言ではない米国政府及び米軍との関係性もそれに倣ったものであり、在日米軍基地の周辺は『事案』対応における空白地帯になっていた。
そのため市井の非合法な超常研究者は米軍基地近くに偽装研究施設を数多く構えていた。
そんな中で発生した最初の『てけてけ』漏洩事態は米軍基地が直接被害を受ける結果になったのだ。
事案性の生物とはいえ、所詮は通常の火器で対応が可能な程度の相手であり、世界の警察アメリカ様の自由と正義の敵ではない。
射殺された後、基地に駐在する『保全財団』職員を主体とした後片付けが行われ、『機構』の全般職種職員がフェンスの外からそれを見ているという形になった。
視界の悪い夜間であり、同時に見た目のインパクトは極上の『てけてけ』とのファーストコンタクトである。現場の混乱はかなりのものであったとされている。
どのような存在であるのか『保全財団』職員にしっかりと伝わっていなかったのだろう。
遺体を回収した後に上半身だけであることに気づいた『保全財団』職員は下半身も拾えと指示を出した。
「take it! take it!」
その声を遠くから聞いた『機構』職員はそれが未知の『事案』性生物の名称なのだと誤認
繰り返しになるが、当時『機構』と『保全財団』の緊張感は極限まで高まっており、今のように『在日米軍基地周辺地域における超常事象連絡協定』や『環太平洋超常対処連携イニシアチブ』の様な仕組みも存在しなかった。
『てけてけ』という名称は『機構』内で定着し、昭和の終わりから平成初期に多発した一般露見インシデントを経て広く認知される存在となった。
後にこの名称が誤認によるものだと発覚した時の事はよく覚えている。
一般露見情報において怪談として色々と名称の考察がされてはいるがそもそも意味など無いのだ。単なる聞き間違いの産物、それが『てけてけ』の意味である。
「そんな感じでね、初めて聞いた時はお腹が痛くなるくらい笑ったもんだよ」
突入にあたる部隊は特殊部隊である『鵺』だ。いつもお世話になっている所掌10部の特殊部隊『百鬼夜行』ほどでは無いにしろこの手の仕事のプロたちでありそれに伴って私たちは状況が動くまで暇である。
なのでみんなに『てけてけ』の名称についての昔話を披露していた。やってることは近所の公園で何をするでもなくのんびりしているおばあちゃんそのものである。
「ええ……」
「それって『機構』の話なんですか?」
双子ちゃんの反応は実に尤もだ。
現在の先進的な『機構』の姿しか知らないのであればそう思うのも無理はない。
「当時は色々雑だったからねぇ」
日本独自の『事案』管理の専門家としてある程度の独立性こそあったものの、必要な装備や人員は無尽蔵に『保全財団』が供給してくれていたところから一転、完全な独立によって今まで『保全財団』頼りだったそれらを自前で賄わなくてはならなくなってしまってすぐの頃だ。
今では米軍基地を監視するGS職種調査員の装備もしっかり整っているが、当時は簡易的な防弾を施したバンと民生品の集音マイクくらいしか装備していなかったものである。
「でもよくそんな状況からここまでの組織になりましたよね」
「うん、そこに関しちゃマーシー教授のおかげだね」
認めたくはないが『機構』の予算の大部分は記憶処理薬の輸出によって得られたものだ。
昔はアメリカが値打ちこいていたせいで需給バランスは歪なものだったし、もう一つの生産国であるベルギーの生産力では欧州での需要すらも賄いきれていない有様であった。
見方によっては今の『機構』の礎を作ったのはマーシー教授だと言えるだろうし、諏訪先生を含む一部のマーシー教授の信者はそう固く信じている。
生え抜きの職員であるがっさんはその辺りの事情も大まかには知っているだろうが、それでも一人の天才による大変革とそれに伴った『機構』の短期間での大躍進は実感を伴った知識として得ることは難しかった様だ。
それも無理からぬ事だと言うのはよくわかる。
『保全財団』との決別で一気に貧乏になり、しばらく経って世界中に記憶処理薬の輸出が始まってからは一気に大金持ちだ。当時を知る私からしたって、あの頃の景気の乱高下っぷりは夢か何かだったのではないかと思ってしまうくらいなのだ。
「昔話もいいですけど、銃口管理はちゃんとして下さい! ったく見ててヒヤヒヤするんですよ!!」
完全に気を抜いていた私達非戦闘員に護衛についてくれている藤森ちゃんが怒鳴る。
「っと、ごめんごめん! ほら、長物は下向けといて!」
私やがっさんは拳銃しか持ってきていない上にそもそもホルスターにしまってあるので問題ないが、医療チームの数名は第一線救護に備えて小銃やら何やらを携行している。
完全にこの場の空気は弛緩しているが、弾倉には実弾が入っているのだ。
せっかく『co-op』の戦闘員も出てこなかったのに暴発だなんだで怪我したりなんかしちゃったら勿体無い。
何事もなく突入部隊は施設の安全化を進めてくれているし、こっちの戦力は完全な状況を維持できている。
こうなってしまえば後は無事に帰るのが第一だ。
「家に帰るまでが遠足! 気を抜かない様にね!」
「遠足って……」
「小県さん、気にしなくていいです。この人はこういう人なんで。あ、ピーナツ煎餅食べます?」
「え? あ、いただきます」
しっかり気を張りながらとはいえ、諏訪からわざわざ取り寄せているお煎餅をポリポリやっている藤森ちゃんに言われるのはなんとなく釈然としないが怒られたくないので言わないでおこう。
「しっかしろくに抵抗も無いし、ちょっと大掛かりすぎたかもね」
「まあ仕方ないですよ、居所見つけるのに手間取っちゃったんですから」
苦笑しつつ言うがっさんはタッパーに入った回鍋肉定食を食べ始めた。
緊急警報のせいで晩御飯を食べ損ねたとは聞いていたが、まさか持って来ているとは思わなかった。
「そうですよ! それに元々いたメンツだけで後片付けするなんてなっていたら……」
「ああ……確かに……」
とんでもなく大規模な攻撃を行ったのだ。普段であれば支部統制科だけで片付くだろうが、この規模では私達も駆り出されるのは目に見えている。
言葉にしたのは藤森ちゃんだが、他の調査員のみんなも概ね同意しているようだ。DS職種の、特に研究室付きのみんなは基本的にそう言う地味な業務が好きでは無いのはよく分かっている。
「そういえば『スーパーカー』って円匙とかって積んでる?」
「一通りの土工具は積んでいますが」
「じゃあ今のうちに片付けの準備だけでもしちゃおう」
隙間時間を有効に使うのができる女の仕事術だ。ネットの広告で見た文言なのできっと正しい!
と言うことで『スーパーカー』へと向かう。
響いているド派手な爆発音は味方の優勢を示すものだろう。
ん……爆発音?
その違和感に気づいた私の目に飛び込んできたのはこちらに倒れ込んでくる『スーパーカー』の車体だった。




