take it 6
群馬県吾妻郡草津町 草津白根山
緊急警報の理由は事態にようやく動きがあったからだが、割と有難くない展開である。
『てけてけ』の大量漏洩事態
情報の秘匿を為さねばならぬことを思えば数体の『チャッピー』が襲撃してくる以上の脅威であるとさえ言えるかもしれない。
これが何かしらの意図を持って行われた『機構』に対する敵対行動なのか、それとも事故なのかは現状で判別することは難しいが、ともかく対応しないわけには行かない。
鳥居峠の宿営地に最低限の指揮所要員を残して私たちも現場へと急行、先行したKSSOF草津分遣隊と空中機動部隊に合流した。
「ったくよりにもよってこんな場所に出ることないじゃん! みんな、もう一回マスクを確認して!」
白根山は最近活動が盛んであり、そうでなくとも割と至る所で硫化水素が発生する危険地帯だ。
国道やら市街地であればそこまで警戒する必要はないものの、今回の現場はちゃんと危険地帯である。起伏も激しいのでガス溜まりの危険も非常に大きい。
『準備よし!!』
「よし、じゃあ事前に決めておいた通りに行くよ! 下車用意!!」
私を含めて研究職員も同行しているが、事態は未だ収束していない。
即ち今回はホットゾーンに踏み込む事になる。
化学剤散布雰囲気下における戦闘行動、元自衛官だらけの調査員の皆んなや冷戦期の訓練を経験している私はある程度準備はできているが、うちの子達はそうではない。
しかし現在のこの状況はある意味ではチャンスなのだ。
「下車!!」
先頭を走る2台のハイエースが停車し、その中から大嶋くん達が勢いよく展開する。
後続の車両もそれに続く
ひとまず周辺に敵影は無いが、安心は出来ない。
少し前方の稜線の辺りでは今も『スーパーカー』による機関銃射撃が行われている。
「全員周辺を警戒! 基幹要員は武器を半装填で保持! 調査員はいつでも射撃できるように!」
本来なら私たちもしっかり装填して備えた方が良いのだが、慣れぬ環境、慣れぬ状況である。
どれだけ賢いうちの子達であってもこういう状況では間違いが起こる可能性は非常に高い。
情けない方針ではあるが、しっかり守られることに集中して貰った方が--
そう考えていた矢先、私のすぐ横で間伸びしたような銃声が響いた。
見れば上下二連式の散弾銃を構えた諏訪先生が満面の笑みで立っている。
銃口からは煙……
銃先の指向する先では『てけてけ』がのたうち回って絶叫している。
「ふむ、興味深い……」
「何したの? 怒んないから言ってごらん?」
「いやいや、大したことではありませんよ! 脳内のマッピングを狂わせる即効性の薬剤の臨床試験です」
イマイチわからないが……激痛に悶えるかのように何もない空中を押さえようとしているところから見るに人為的に幻肢痛を、それもそもそも初めから存在しない部位に激痛が奔る薬品ってことだろうか?
ここ最近は痛みがマイブームだと嬉しそうに語っていたしこれでも藤森ちゃんの主治医であることから思えば納得ではあるが……
「なるほど……! これなら対象に不必要な損傷を与えずに捕獲ができます!! さすがです、先生!!」
「おや、梓主任なかなかにわかっていますね」
ダメだ。なんかもう梓ちゃんも手遅れな感じがしてきた。
「まあいいや、念の為サンプルとして捕獲しとこう。大嶋くん、猪狩くん」
完全に役立たずであればマシだが研究としては結構真っ当である。
それこそ藤森ちゃんの右腕の幻肢痛を解消する事にも繋がる研究なので文句も言えないし、調査員の皆よりも先に『てけてけ』を発見して無力化したのは間違いなく手柄だ。
ただなんとなく手放しで賞賛する気になれないのは私がおかしいのだろうか?
「……ショック状態ですね、蘇生させますか?」
「そんな余裕はないね、ふんじばって置いておこう。もし戻ってきてまだ生きてる様ならそれで」
改めて言うがここはホットゾーンのど真ん中である。悠長に敵の応急救護なんてしている余裕はないし、そもそも人工事案性生物だ。ぶっ壊れたところで何も支障はない。
とはいえ随分と物騒だ。
損傷は肩の辺りだが、幻肢痛によってショック状態になってしまうとは……どれだけ痛いのか、あまり想像したくない。
「死体であっても色々学ぶところは多いです。絶対に帰りに回収しましょう!」
「はいはい、覚えてたらね」
修羅場慣れというか、そもそも感覚がぶっ壊れているのか、どちらにしても平常運転な諏訪先生あまり気にしない方がいいな……うん、集中集中!!
不整地をみんなで前進して稜線の辺りに出ると、その頃には『スーパーカー』による射撃もひと段落していた。
「今のうちに武器装具の点検をしておけ!」
「松本ちゃん、状況は?」
「この地域は一通り制圧しました。今斥候を出して敵の進行経路を検索しています」
「わかった。引き続きよろしく!」
松本調査員達3中隊の働きは目覚ましいものだ。
私達に先行して進発した彼女らは各地に分散していた地上部隊と合流して『てけてけ』の川を遡上するかの如くここまで道を切り開いてくれたのだ。
この調子で行けば今晩にでも事態にケリがつくだろう。
所在の特定出来なかった敵の根拠地であるが、今回の『てけてけ』の大量漏洩は前回までの散発的なものではなく、一方向から夥しい数の『てけてけ』が人里向けて一直線に突き進んできている。
本来実験の失敗作である『てけてけ』がこれだけ大量にという状況はよく分からないが、マッドの考えることなど理解しようとするだけ時間の無駄だし、仮に理解する必要があるのならば事態が収束したのちに本部や医療研究所のプロファイリングチームがどうにかすればいい話だ。
現状は至ってシンプル
即ち
我々の許容し得ない人物が
我々の許容し得ない団体と
我々の許容し得ない手法で
我々の許容し得ない事をなそうとしている。
であればその根源であろう人物を『てけてけ』を辿って無力化する。
それのみが我々の許容しうる唯一の結末だ
「リンドウ06a リンドウ00 送れ」
『リンドウ06a 感明よし 送れ』
相変わらず無線だと非常に聞き取りやすい片切君の声だが、今日は異常な程クリアに聞こえる。
いくらうちの無線機が高性能・高出力であるとはいえ、普段であればこのような起伏の多い山間部ではもっと聴き取りにくくなって然るべきである。
ただ、今回は上空に2機の片切君謹製の高性能な無人機が飛行しており、それによって通信が中継されているおかげで情報のやり取りに難儀する心配は無い。
戦闘機の最高到達高度を上回る高度五万メートル付近にて巨大な気球を展開し、主として対地観測や電波観測を行う機体とそこから電波を中継して遠隔操作で低高度偵察及び対地攻撃を担う大型の静音無人オクトコプターである。
重要防護圏の防空を担う『SIDOU』と比べるとかなり運用コストが安く、今回のような事態にはもってこいの品だ。
去年の初夏の頃、試験中に制御を失って仙台上空で一般露見インシデントを発生させてしまった時はどうなることかと思ったが、どうにか完成に漕ぎ着けたのは片切君の努力あってこそだろう。
名称は気球の方が『白虹』オクトコプターの方が『慶雲』と非常におめでたいもので、それが私たちの頭上にいると言うのは実に縁起がいい!
「敵勢力の位置情報 送れ」
『画像が不明瞭のため判別が出来ない 低高度からの偵察の要あり 送れ』
「低高度偵察の要を認める 速やかに周辺地域の偵察を行なわれたい 送れ」
『了解 速やかに当該地域に侵入し偵察を行う 終わり』
通信を終えるが早いか、私達の頭上を巨大な影が猛スピードで飛び去っていった。
どうやら『慶雲』の空域突入許可を今か今かと待っていたらしい。丹精こめた作品が日の目を見るとあって片切君も張り切っているようだ。
「よし、とりあえずこっちはおっけいだね……静代さーん!」
「はいはい!」
「どんな感じ?」
「さっぱりですね!」
「はいよっ!」
片切君との通信とはまた違った明瞭さのある会話である。
翻訳すると「敵の居場所は特定できる?」「出来ませんでした!」と言う意味だ。
相変わらず妙に高度なESP対策である。他は全部吹き飛ばして構わないがこの技術だけはしっかり持って帰りたいものだ。
「それじゃあ事前に決めた通り山頂あたりで待機してて」
「わかりましたけど……」
「どったの?」
言い淀む静代さん。何かしら懸念があるのだろうか?
「夜の山って怖いですね、なんか出そうで……」
『出る』ということで言えば最高級の大怨霊様が何やらおっしゃっている。
「うーん……まあ大丈夫じゃない? 寂しいんならがっさんにテレパシーでも送っときな」
「うう……わかりました。行ってきます」
音もなく瞬時に姿を消す静代さん
これだけとんでもない力を持ったPSIである。搦手から嫌らしく突いてくる超常の先進技術でもなければ恐れる必要のあるものなんて高位の神格性事案くらいのものだろう。
「……サラッと丸投げしましたね」
「心細い時は友達の声聞いてた方が安心するってだけの話だよ」
「まあ別に構わないですけど……」
実際問題流石の静代さんもあまり遠くの人間の思考を正確に読み取ることは難しい。
ただがっさんに関して言えば静代さんとの合同研究の成果がある。
それは静代さんと高度に精神エネルギーの位相を同調させるというものだ。
未だ機序の解明には至っておらず、これが他の『事案』相手に起きた事であれば実験事故と呼んでも差し支えないレベルの事態ではある。
しかし二人は仲良しさんだ。その上両者ともに善良な『機構』職員であるため現状として便利な通信機能扱いになっている。
静代さんも配置完了、準備は万端とまでは行かないまでも現状で取りうる対策は取り終えている。
不安要素と言えば諏訪先生の連れている『チャッピー』が『co-op』による戦線投入が予期されるものと同じ第七世代という事だが、これに関しては第八世代が甲信研で調整作業中なので仕方がない。
それでもこっちには『変態バス』もあれば対地ミサイルと機関銃を搭載した『慶雲』もある。
閉所であればいざ知らず、これだけ開けた屋外であれば先進型チャッピーとて単なる的に過ぎない。
九一の例もあるので突入には細心の注意が必要だろうが、最悪目標の研究施設諸共容疑者を焼き払ってしまっても何ら問題は無いのだ。
さて、後は斥候が戻ってくるのを待つばかりだ。
「まあ味噌パンでも食べながらちょっと待ちだね」
--戻して……嫌だ……
もはやそれは意識とさえ呼び得ないものだ
--戻して……戻して……
譫言の様に繰り返されるそれは彼女が彼女であった残滓
--お願い……戻して……
凄惨な景色、自分を囲む悍ましい状況すらも目には入らない。
ただ、ひたすらにたった一つを繰り返す。
そこに意味を求める余裕などあり得ようはずもなかった--
斥候の帰来報告を受けて私たちは今後の動きについて再度確認していた。
対象の研究施設があると予測されるのは現在位置から概ね3キロほど先の地点、入口が巧妙に偽装された地下陣地が構築されているらしい。
「地下陣地か……はぁ……」
どの程度かは分からないがこれほどまでに発見に手間取るほどだ。『機構』が運用している対地ミサイルやら爆弾やら程度では損傷を与えるのは難しいだろうし、自衛隊に協力を要請するのは時間がかかり過ぎる。
全国の研究所を探せばどこかしらで有効そうな火力を開発していたりはするだろうが、そういった技術実証資材を取り寄せるのも時間の面で難しい。
そうなると私たちが現状で取り得る方針は二つ
一つは地上部隊による突入
もう一つは甲信研に据え付けてある『緊急高速度補給投射システム』の用途外使用である。
一つ目は文字通りであり、危険が大きいので最後の手段だ。
まずは二つ目の方で進めていくことになる。
『緊急高速度補給投射システム』原理自体はよくある回転型のマスドライバーだが、用途は対地である。
最大15トンの補給物資を積載した専用コンテナとスーパーキャビテーション発生用の弾体を黒部湖湖底から射出
大気中にて弾体を超越したコンテナを複数のドラッグシュートと本体の動翼で強制的に減速して目標地域に落下させるものであり、その有効制御可能射程距離は離島を含めた日本全土及びロシアの内陸部にまで至る。
本来としてパワードスーツの緊急投入のために作成された装備だが弾着地周辺に広いスペースが必要なためほぼほぼ使われていない秘密兵器である。
今回はそれを攻撃に用いる。
通常は搭載された補給物資の保護のために多段的に減速が行われ、最終的に一般的な物量投下の概ね1.5倍程度の速度で地表に降下、同時にエアバックをコンテナ全周囲に展開して降着を行うものだが、今回は高高度での姿勢制御以外での減速は行わない。
ホットゾーンへの投下を念頭にした堅牢な外殻と重量を質量兵器として扱うためだ。
これで無力化できればそれでよし、仮に対象が生き残ったとしても防衛能力に少なくない損害を与えることは可能だろうし、最悪でも安全な突入口を作ることは可能だろう。
工学における『機構』最高の頭脳集団である私達有志が心を込めて作り上げた作品がこのような形で日の目を見るというのは何となく複雑だが、みんなの安全のためと思えばそうも言ってはいられない。
「それじゃあまあ……ド派手にノックしますか!」




