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take it 4

群馬県吾妻郡 鳥井峠近傍山中

環境科学研究機構『co-op』案件合同対策本部


動員される人数が多くなれば、それはそのまま会議の回数が多くなることに繋がる。

勿論情報を共有することが案件に対応する人員の安全に直結することを思えば重要なことだという事になんら疑いは無いし、うちの子たちの安全のためであれば多少の苦労など厭うに値するものでは無い。

ただやはり夕方から断続的に明け方まで会議が連続するというのは気持ち的に非常に厳しいものがある。

そもそも昼間も高崎まで行って会議だったのだ。

幸いな事に私の喉が枯れるということはあり得ない事なので他のサピエンスな管理職達よりはマシだろうが、反面として私の社畜精神(ソルジャースピリット)は下の下である。

既に日を跨ぐ前に心はすっかり萎えきっているし、最早コーヒーの苦味と味噌パンの甘塩っぱさだけが辛うじて私の心を保ってくれていると言っても過言ではないだろう。


「あ、博士おはようござ……うわっ、また食べてる……」


「おはよう静代さん。いきなりうわって酷くない?」


「あはは、すいません。珍しく早いですね」


「早いっていうか……遅い? さっきようやく全部の情報の共有が終わったところだよ」


「うわぁ……お疲れ様です」


映画にもなる程の大怨霊が引くほどのブラック労働である。

働き方改革は必須であろう。私のために!!


「静代さんはどうしたの?」


「私はお勉強の気晴らしです」


「真面目だねぇ……多分この間の論文があれば二毛作余裕で行けると思うんだけど」


静代さんの悲願である研究職員資格の取得に関してはかなり順調であると言って良いだろう。

本当であれば私のコネをフルで使って環境科学大学校編入をさせてあげられれば一番早いのだが、残念なことに彼女は『事案』である。

その中でもかなり特異な実例である彼女を『機構』の職員養成機関とはいえ衆目に晒すのはやはりよろしくない。

なので目指すべきは部内選考の突破であり、そのためには既にある程度超常研究者として完成している事を示す必要があるのだ。

最初の数年はひたすら知識を吸収することに使い、満を持して書き上げた論文は私やがっさんすらも唸らせる程の傑作だった。

睡眠が必要ない事、そもそもPSI能力者は脳機能が常人と比べて非常に高いこと等有利たらしめる要素は多かっただろうが、それでもつい数年前まで超常関連の知識を一切持たないどころか現代社会の知識すら無い大正浪漫な大和撫子だったのだ。

それがこの短期間でここまでの成長を見せるというのは偏に彼女の血の滲むような努力の賜物であると言って良いだろう。

後は山陰研の査読を経て理事会が判断を下すだろうが、どちらも問題はないだろう。何せここ最近私が見た中でもトップクラスの、それこそがっさんの主幹昇任審査の論文に勝るとも劣らない程の出来だったのだ。

たかだか研究職員資格の取得程度の話であればこれで認められなければ認めなかった方の頭がおかしいと自信を持って断言できる。


「ありがとうございます。ただ資格も勿論欲しいですけどそれで終わりっていうわけじゃないですから」


「いやはや頭が下がるよ」


「あはは、お勉強が楽しいっていうのも大きいですけどね」


「それなら良いけど、くれぐれも無理はしないようにね?」


「勿論です! 遊ぶときはちゃんと遊んでますから」


勉強だけでなくエンタメにも日々心奮わせる彼女であればがっさんの様な猪突猛進労働モンスターになってしまう心配はないだろう。

未知であるが故、その目に映る全てが新鮮であり、新鮮であるが故に日々の全てが冒険である。

果ての見えない生ではあれど私とは真逆の、それでいて根源は同一であろう彼女の研究者としての道行が少しでも幸多きものであるために……

そう思えば萎えきった私の心も少しは奮い立つというものだ。



山口県岩国市郊外


突入は順調であった。

仕掛けられた防衛機構や向かってくる『事案』性兵器の数々も所詮はアマチュアの手によるものであり、こと組織犯罪対処に関しては『機構』で最も場数を踏んでいる九州第一研究所の専従捜査戦闘部隊である91I、通称『マル暴』からすれば児戯にも等しいものであるとさえ言えた。

策源地の特定さえなされればすぐに片が付く。

それはある種の油断であったかもしれないが、だからと言ってなすべきことを怠るような愚か者は一人たりともいない。

それ故にこそ、基肄博士は目の前の惨状に言葉を失い立ち尽くす事しかできなかった。

突入に投入された戦力は既に瓦解

残余の戦力を持って侵入路を封鎖して辛うじて周辺地域への波及被害を防ぐ事には成功してはいるが、それもいつまで持つか分からないという有様である。

彼らを襲ったのは『チャッピー』

それも二体の先進型を筆頭に無数の第六世代が群を成す明らかに過剰な戦力だった。

どう考えてもこの施設で生産できる量でもなければ質でも無い。

外部からの搬入も時間を掛けて周辺地域を偵察衛星や地中探査レーダーを用いて調査してきた事から十分否定しうる材料は得ている。

明らかに異常な事態であった。


「--士! 基肄博士!!」


自分を呼ぶ調査員の声に彼は我に返った。


「あ、ああ済まない」


「しっかりして下さい!」


現状を考察する時間はこの後にいくらでも取れる。

目下考えるべきは如何にしてこの現状を打破するかという事だ。

余計な考えを脇に追いやり、彼は慣れ親しんだ戦いにその秀でた頭脳を振り向けた。



岩国市郊外の『co-op』会員所有の研究施設での攻防が収束したのはおよそ2時間後のことだった。

急を要する事態であることを鑑み九州第一研究所及び五島研究所両所長の判断により五島研究所の専従戦闘部隊たる5SOF二個中隊が緊急派遣された。

対生体超常戦兵器対処装備を整えた5SOFと残余の91I2個小隊が決死の突入を敢行し、どうにか施設を制圧する事には成功した。

だが、施設の主人の姿は既にそこには無く、残されていたのは『チャッピー』と殉職した調査員たちの無残な亡骸のみであった。


「くそっ!!」


この場の最高責任者たる基肄博士はただやり切れぬ思いを口に出す。

組織犯罪対処に駆り出される事の多い彼にとって91Iの面々は己の研究室に所属する人員と変わらぬ程に親しい間柄である。

数々の危機を共に乗り越えてきた仲間たちにこの様な最期を迎えさせてしまった。

その事が何よりも悔しく、何よりも許せなかったのだ。

せめて容疑者の確保又は排除をなす事が出来ていたのなら少しは溜飲も下がったであろうが、それすらなし得ぬとあってはその思いは如何許りか計り知れるものではない。


「博士……」


「ああ、済まない……分かっている」


「いえ……」


彼を案じて声をかけた調査員も思いは同じだろう。

なすべき事は多くとも、何を求めるのかははっきりとしている。


「チリひとつだって見落とすものか……!」


使命に殉じた者達に報いる。

そのためにもこの場に残された証拠を一つ残らず持ち帰り、調べ上げ、この日の報いを受けさせてやる

彼の心は復讐心に燃えていた



群馬県鳥居峠近傍山中

環境科学研究機構『co-op』案件合同対策本部


「共済保険……ですか?」


深夜に秘匿通信網を通じて連絡があったと思えば九一研の基肄博士からだった。

『学校の怪談』以来久々に見た頼れる武闘派博士の顔は、かつての印象とはだいぶかけ離れたものになっていた。

血走った眼、こけた頬、私が言うのもなんだが目の下の隈も酷い

数日前にうちとは別件の『co-op』案件で九一研の『マル暴』が甚大な被害を被ったというのは聞いている。

その現場で指揮を執っていた基肄博士の憔悴ぶりも己が身に置き換えてみれば痛いほど理解できると言うものだ。


『押収した証拠品の中にあったものです』


それは一枚のチラシ

私の手元にあるのはそのデータだが、無駄に作り込まれたそのチラシは正に『co-op』が作りそうなものではある。


『一緒につくる 明日のロマン

お手頃な掛け金で充実の補償!』


『co-op』の共済保険の案内だ。それ自体はいい。そもそも『機構』は国内の保険会社が保有する契約者の個人情報を抜いたりもしているので生命保険やら傷害保険やら自動車保険やらといったものに入ることが困難な在野の超常研究者達にそれらを提供することは互助組織としての『co-op』の理念から考えてもなんら不自然なものではないし、まああって然るべきものだろうという程度の話である。

問題はそれら一般的な保険業務ではない。

問題になるのは『研究保険』と『取締特約』という部分だ。


「なんとも厄介なことを手掛けるようになったものですね……」


『連中が我々と正面からやりあえると思うようになった事自体が私からすれば耐え難い侮辱です』


『研究保険』は必要に応じた研究の保護と補償

『取締特約』は超常管理・対処機関の取締に対して研究者本人と研究成果を『co-op』基幹要員たる職員が直接保護するというものである。

即ち『機構』の取締に対して直接的な妨害を連中が行うことを意味している。


「では先日の『チャッピー』の群れによる襲撃も……」


『職員による介入があったとみてまず間違い無いでしょう。我々が追っていた容疑者に『第七世代』を作成する程の才能はないはずですし、仮に今までそれを隠し遂せていたとしても設備も物資も足りていません』


「だとしたら本当に厄介ですね……」


そもそも『先進型』である『第七世代』を作成できる犯罪者が自由に行動しているというだけで余りに危険である。

その上それらを大事に持っているのではなく、単なる恒常業務で使い潰すだけの余裕があるという事は諏訪先生やマーシー教授ほどではないにしろそこらの『機構』職員を凌駕するほどの能力を持った人員の存在を示している。


『今千人塚博士が追っている相手が保険に加入しているのかは分かりかねますが十分に注意してください』


「ええ、分かっています」


事態の発生からすぐに調査を進めて情報を共有してくれるのは有り難いし、特に保険についての情報は本当にありがたい。

とはいえ、だ。


「やっぱり気になっちゃうよなぁ……」


「え? あ、えと……す、すいません」


基肄博士との通信を終えたところに入ってきた片切くんが慌てている。


「ごめんごめん、独り言! サインだよね?」


「は、はい」


秘匿通信用コンテナの使用に際しては一回一回サインと情報管理権限のチェックが必要だ。実に物々しい電話ボックスであるが、屋外で『機構』の秘匿通信網にアクセスできる便利を考えればまあ仕方がない。

この機材のおかげで態々『機構』の施設の固定回線を使う必要がないのだから


「あ、もう一回使っていい?」


「だ、大丈夫です……けど……どこ、どことですか?」


「うーん……ちょっと待ってね……」


九一はそもそも所掌部が違うし場所も遠いからそこまで詳しい訳ではない。

それでも基肄博士が大野博士や鞠智博士と仲良しなのはなんとなく知っている。

年柄年中フィールドワークで国内を至る所を徘徊している鞠智博士はどうせ留守だろうし仮に今研究所にいたとしてもあまり役には立たないだろうから……


「それじゃあ九一の大野博士に繋いでもらえる?」


明らかに業務外であることは分かっているし余計なお節介であることも重々承知だ。

それでも気付いてしまったのだから仕方がない

どのみちできる事といえばちょっと電話することくらいなのだから--



「なるほど! それは素晴らしいですね!!」


大野博士との話が終わった後に基肄博士が教えてくれた情報をこの場に屯する皆に共有する

何せかの『マル暴』が壊滅的な打撃を被った上に『先進型』である。皆一様に表情が硬い。

諏訪先生? 平常運転だ。


「そうなってくると部隊編成の見直しが必要になってきますね」


「うん、それに関しては後で『鵺』も含めて相談しよう」


「『第七世代』一体どんな思想で設計された個体なのでしょう……サンプルの取り寄せは出来るだろうか……」


松本調査員の言う通り現在の小規模な捜索兼戦闘部隊を多数分散させる形式だと足元を掬われる可能性がある。


「かといってあまり部隊の数を減らすと今度は捜索に影響が出ませんか?」


がっさんの指摘の通り現状では全ての調査員が総員配置24時間三交代での捜索にあたっている。


「そこなんだよね……少なくとも町村毎にはそれなりの規模の打撃力を置いておきたいんだけど……滝谷さん、K-9の増派って可能だったりします?」


「厳しいですね……『ワンワン』以外の子たちであれば多少は可能かもしれませんがそもそもハンドラーの数が絶対的に不足していますから」


「ですよね……」


「戦闘に特化した作り……いや、もしかすると群れの制御を? そうか、それもありか……」


『機構』の業務に欠かせない探知犬だが、その全てを南会津の探知犬センターが担っている。

『機構』トップクラスの規模を誇る地上施設とはいえそれでも日夜発生する多数の案件全てに対応し切るには施設のキャパシティ自体足りないし、そもそも施設を充実させたとしても人手も犬手も足りない。

繁殖計画に則って生産される探知犬自体はさておいてもハンドラーはまた話が違ってくる。

聞いた話ではハンドラーや探知犬専門の獣医に関して充足率は60%を常に下回っているそうだ。

私も専門家では無いので詳しいことに関しては偉そうなことを言うことはできないが、確かに何処となくイカれた人間ばかりの『機構』において専門的な知識及び技能を保持しつつイヌと心を通わせて、と言うのはなかなかに難易度が高いように思う。

なんせ動物の勘というのはなかなかに凄まじいものがある。『機構』職員がすれ違い様にイヌに吠え掛かられるというのはとてもよくある事なのだ。


「とりあえず私の方で方針の改善案を考えておきます。みんな分かってると思うけど、事態はいつもの雑魚狩りじゃなくなった。楽しく弱い者いじめ出来る余裕は無いし下手を打てば狩られるのはこっち……十分注意してね」


「しかしそうすると自衛能力が……ううむ……バランス、これはなかなかに奥が深い!」


「諏訪先生うっさい!!」


不謹慎ではあるが保険加入者と最初に接触したのがうちの子達でなかったのは正直言って幸いだ。

少なくともこうして準備を整えてことに臨むことが出来るのだから--

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