take it 3
群馬県前橋市
環境科学研究機構
関東統合管理局北関東分処・群馬支部合同庁舎
私の懸念が当たっていたかどうかは未だ定かではないが、可能性についての報告を理事会に上げると、その対応は迅速だった。
鳥医研と能登研からの専門家チームと二部の特殊部隊『鵺』及び福島からK-9ユニットの増派がその場で決定された。
さらに警察に対しても増員を要請
それに対して警察庁警備部警備広報推進室は近隣各県警に対して超常対処部門の人員を増援として派遣するよう命令を発出した。
普段の『co-op』案件から考えれば異例の規模の対処チームであるが、空振り覚悟の対応は事案対処の基本のきである。
なにせ最悪の場合諏訪先生ばりのマッドサイエンティスト複数名が潜伏してる可能性があるのだ。
あらゆる可能性を勘案した場合、人員や装備をケチっている場合ではない。
「とまあ、以上が現在の状況です。何か質問などありますか?」
博士に先生に隊長に科長……この案件の対応に当たる各セクションのトップが一堂に会しての会議だ。
リモートではあるがうちの理事や警備広報推進室長も参加しており、この案件の規模感が否が応にも伝わってくる。実にかったるいが、この案件の本来の担当はうちであり他の皆様方は助っ人として来てくれているのでそうも言っていられないのであるが……
「鳥医研の横手です。二点質問よろしいでしょうか?」
立ちあがった横手先生は医療研究員には似つかわしくない頑強なマッスルボディーを誇るスキンヘッドに銀縁眼鏡のナイスガイである。
チャームポイントである顔全体を斜めに切り裂く三本の向こう傷も含めてさながらその筋の人のような迫力だ。
こんな見た目だが医療センター仕事の時には小児科外来を担当し、地域の子供たちから『タコ先生』と慕われているというのだからわからないものである。
「まず第一に何らかの『事案性実体』の更なる漏出事態に備えての布陣だとのことですが『てけてけ』以外に現状で想定しておくべき脅威についてお聞かせ願えますか?」
実に全うな問である。
なんとなれば『てけてけ』などはそこまで大した事ではなく、装備さえ整っていれば一人でも対応が可能な程度の『事案』である。
問題となるのは『てけてけ』を製造した研究者の方だ。
「残念ながら現状でははっきりしたことは何一つ分かっていませんが、状況から勘案すると非生体依存の『事案』が投入される公算が大きいものと考えています。それに関してはうちの諏訪医療研究員から説明を、諏訪先生?」
「はい、甲信研千人塚研究室の諏訪です。本件で確認された対象の調査を行ったところ、ゲノム編集に関して5点、体組織合成に関して12点、神経細胞に関して87点の根本的な欠陥が判明しております。比較的初心者が陥りがちなミスも多く、それらを加味すると作成者のバイオサイエンス分野における習熟度合いはそれ程高くは無い物と推測されます」
この辺りは完全に専門外ではあるが、現地でサンプルを調べていた諏訪先生や猪狩君、医療チームの面々が玄人面して喋っていたのでまあその通りなのだろう。
確かに玄人は玄人で間違いないのだが、同ジャンルの初心者相手に粋がる玄人の姿をうちの子達で見るとは思わなかったので少し複雑な気分である。
「それに対してここまでの期間『機構』と警察の捜査を掻い潜ってきた手腕は相当なものであると認めざるを得ません。それは即ち対象がバイオサイエンス以外の分野において既にある程度の活動を行ってきている超常関係者であることを示していると、我々としてはそう考えております」
いくら『co-op』の支援を受けているといっても素人の活動を探し当てられないほど『機構』も警察も無能ではない。
不手際なく潜伏しきっている素人であれば話は変わってくるだろうが今回の対象は『てけてけ』の漏出という手掛かりをわざわざ与えてくれている程度の相手だ。
これが端からバイオサイエンス畑の駆け出しであれば今頃私達は甲信研へと戻ってのんびり出来ていた筈なのだが、現状はそうでは無い。
情報の隠匿の技術は日進月歩であり、その最先端と日々しのぎを削る『機構』相手に通用しているということはこの対象が昨日今日の出来星ではなく、他の何らかの分野で以て知識と技術を磨いてきた超常関係者であることを暗に示している。
「なるほど……では現状として対象の本来の専門分野はどの様なものとお考えでしょうか?」
「あくまで状況証拠からの推測ではありますが、先進工学かそれに類するものであると思われます」
「ロマンと現実がごっちゃになった連中ですんで、モビルスーツを持ち出して来ても驚けないですね」
私が飛ばした軽口に少しだけ空気が緩んだ様な気がする。
実際軽口半分事実半分なのが困ったところではあるが……
「なるほど……ではもう一点、資料には対象の無力化と拠点の接収を主たる目的とするとありますが……文字通り受け取ってよろしいですか?」
「構いません。所詮は一般人の範疇ですから」
『co-op』案件においてどうしても気になる部分だろう。
その理由は二点だ。
一つに相手が我々の持ち得ない科学的知見や発想を持つ所謂天才だった場合
諏訪先生やマーシー教授、キスチョコ教授に代表される『元敵』のスカウトによる成功体験は『機構』にとってかなり大きなものだ。
彼らが『機構』にもたらした恩恵は計り知れないものである事は疑う余地はない。
ただ、今回の相手は今のところ危険を侵してまで身の内に引き込む程の価値を見せてはいない。
もしかすると特定分野における歴史に残る天才という可能性もゼロでは無いとはいえ、所詮はただの敵に過ぎないのだ。
最も優先されるべきは完全かつ不可逆な安全化であり、そもそも先に挙げた三人はその失敗例でしかない。
相手が誰であれ殺せるのならばそれに越した事は無いだろう。
もう一つは全容の未だ掴めぬ『co-op』の情報獲得をしたいという部分
これに関しても問題はない。
今回の様な事態は大抵会員が引き起こすもので、個々の会員が『機構』以上に『co-op』の情報を持っているなどということはまず無いと見て良い。
それこそ基幹要員たる職員の捕獲が出来れば最高だが、今回はまず無理だろう。
であれば、さっさとめっけてやっつけて施設は私達研究職種が、遺体は諏訪先生達『機構』が誇るヤバいお医者さんがそれぞれ調べた方が手っ取り早いのだ。
「なるほど……わかりました。ありがとうございます」
その後も仕事熱心な『機構』職員達からの質問やら確認やらが続いていく。
秋田やら石川やらのくそ田舎から折角関東に出てきたというのになんとも真面目なことだ。
群馬県吾妻郡鳥居峠近傍山中
環境科学研究機構『co-op』案件合同対策本部
清流を左に眺めながら国道144号線を登った先の鳥居峠は渋川市まで続く吾妻川の源流として名高い。
中央分水嶺として上信を遮るこの峰を越えれば向こうは『白スク』の大量発生が起きた上田市真田である。
群馬の果て、長野のハズレということでとんでもないくそ田舎であることは言うまでも無いだろう。
「まっふぁふ……モグモグ……ふぁんへふぉんふぁふぉふぉい……モグモグ」
「博士、何言ってるか全然分かんないですし下品です」
「ごくん……ふう、ごめんごめん! がっさんもいる?」
「今は大丈夫です」
会議を終えて私と諏訪先生が群馬支部から戻った頃にはこのくそ田舎の山中に立派な野営地が完成していた。
うちの子達が頑張ってくれたのも勿論ではあるが甲信研から来てくれたDS職種の応援の力も大きいだろう。
「あっ! 博士おかえりなさい!」
「はいただいま」
「ん……? それなんです?」
私に気付いて駆け寄ってきた静代さんが指したのは私が持つ大量のビニール袋である。
「折角前橋まで行ったからね、お土産だよ」
私が抱えているのはほんの一部だが、私達の車以外にも支部からこちらに向かう全ての車両に美味しい群馬名物を満載してきている。
「というわけで、はい」
「あ、どうも……これは?」
「味噌パン!」
「みそ……ぱん……? え?」
「千人塚博士」
静代さんと話していると一人の女性が声をかけてきた。
「第3中隊人員装備等異常なし、これより千人塚博士の指揮に入ります」
一分の隙も無い立ち姿に指先まで生理的極限を追求したかのような美しい陸上自衛隊式の敬礼
鋭い眼差しはまさに捕食者のそれであろう。
松本桐絵主務調査員
格闘戦技であれば羽場君や河西調査員すら凌ぐとも噂される霊長類最強系女子であり、甲信研で格闘と閉所戦闘の教官を務める女傑である。
彼女の率いるKSSOF第3中隊は規律と凶暴性に於いて他の中隊を頭一つ上回っている事で有名だ。
「はいよ、これより3中の指揮は千人塚博士が執る。来てくれてありがとうね」
「ここ最近平和でうずうずしてたのでこちらこそ感謝してます」
眩しい程の笑顔だ。
相変わらずの戦闘狂である。
「平和が一番だと思うけどなぁ……あ、味噌パン食べる?」
「いただきます!」
「いっぱいあるから中隊の皆と食べて」
「ありがとうございます」
買ってきた大量の味噌パンと焼き饅頭を3中隊の面々と共に引っ担いで松本ちゃんは中隊の宿営地へと向かって行った。
「あの……博士、味噌パンって……」
「そういえば3中って『スーパーカー』乗ってきたんだね」
「ああ、あの変態バス……」
がっさん評して変態バス、通称『スーパーカー』とは甲信研が保有す改造型の特型警備車両の事だ。
見た目こそ長野県警の特型警備車両だが、装甲板の強化、底部のVハル化果ては中距離多目的誘導弾、12.7mm重機関銃、40mm自動擲弾銃を車内から遠隔操作可能な武装システムに、同じく車内から発車可能な81mm迫撃砲を搭載
これらによる圧倒的な重量増加を補うために独自開発のサスペンションを装備しエンジンも従来のキャンターの物から三菱スーパーグレートで使用される460馬力のエンジンとトランスミッションに換装
結果として乗員は4名のみになってしまうという本末転倒を絵に書いた様な技術部暴走の賜物の一つである。
ふそうのエンジンを積んだ4号車までとスカニアのV8エンジンを搭載した5号車までが公道での使用許可が下りている車両であり、普段は甲信研のヤードで埃を被っている。
ちなみに戦車のエンジンぽん付けの6、7号車は公道での使用が禁止されているのは言うまでも無いだろう。
あんな轟音をたてる警察車両などあってたまるものではない。
「なんに使うつもりなんだか……あんなので『てけてけ』と戦うつもりなのかねぇ」
「一瞬でミンチですよね……」
「あの、味噌パンって……」
「いや、意外と悪くないのでは……?」
「ん? どういうこと?」
諏訪先生からの意外な反応だ。
「脅威は『てけてけ』だけとは限らないと先程博士も仰っていたではないですか。もし敵が『チャッピー』とまではいかないまでも何らかの超常戦兵器相当の『事案』を投入してきたら、あの重武装と重装甲は役に立つのではないですか?」
「確かにそうだね……しかもあの3中が使うってなったら」
「ええ、私の最新作でも厳しいと思います」
そう考えれば納得だ。
どうやらアマチュア相手と無意識に見くびってしまっていたらしい。反省だ。
念には念をでのKSSOFの増援部隊ではあるが、一個中隊来てくれていれば十分、『鵺』もいるしね!
等と甘く考えていたら足元を掬われかねない。
空振り覚悟のフルスイングが『事案』対応の基本である。
「まあともかく戦力は十分だ! あとはとっととみっけてやっつけて帰ろう!」
「あの、博士……? その……味噌パンって一体……」
やるべき事は多いとはいえ、見つけさえすれば少なくとも事態は動く。
そして動いた事態に対応するのは『機構』のいつもの仕事だ。
のんびりぐーたらするためにも早いところ片付けたいものである。




