不完全な不死 3
東京都千代田区 独立行政法人環境科学研究機構本部
「はぁぁぁ…緊張するぅ…」
「所長…みっともないんで落ち着いて貰えますか?ったくしょーもない!」
「まあまあ、これが所長の持ち味ですから」
「博士、そんなに凄いんですか?その執行部理事会って」
雨傘製薬によるバイオテロから2カ月、私と諏訪先生、静代さんと所長は東京の機構本部に呼び出されていた。
今後の対雨傘製薬の方針を固める為の会議とのことで、実際に現場にいた私達の意見を聞きたいということらしいが、しかしこの面子を考えればそれだけでは無いだろう。
私の主治医でもある諏訪先生、かつて私の相棒だった守矢所長、そして私の記憶を見た静代さん…あれかな?
「うーん…考え方によるかなぁ…多分静代さんより強いのはいないし、私より年上もいない、諏訪先生程狂ったのもいないだろうし…」
「僕は…?」
「所長以上のヘタレは機構どころかこの地球のどこにもいないんで安心して下さい」
「酷いっ!」
私達がウイルスに対してとった対策は、単純なものだった。
諏訪先生発案のその作戦は、ウイルスが私の体細胞からDNAを複写するために備え付けられた機能を利用するものだ。
押収品コンテナ内に取り残された不活性化した私の細胞に、空気中のウイルスが集まってきていたところから発見に至ったというその機能は、ウイルスが未知の方法で私の細胞を検知しているらしいというものだ。
免疫機能の強い私の体内にウイルスが入り込んで発症に至った原因は免疫系のキャパシティを超える量のウイルスが私に集まってきたせいであるらしく、また総量が限られているにも関わらず増殖が止まらなかったのは私の体内に侵入したウイルスが破壊されて数量が減少していたためだ。
なので、大量のウイルスを一箇所に集めるために研究所内のプールを私の血液や身体で満たし、研究所内のウイルスの全てが集まったところで私諸共除染システムで消し飛ばすというのが、作戦の概要だった。
言うは易く行うは難し…と思っていたのは私だけで、諏訪先生は数時間かけて楽しそうに私の身体を切り刻み、所内のウイルスが全てプールに集まったのを確認すると何の躊躇も無く除染システムを起動してウイルスを一網打尽にした。その間私の悲鳴や何やらは全て無視…お陰で暫くの間大きな物音や強い光が恐ろしくて仕方が無かった。
今までの人生で沢山の腐れど外道をみてきたが、えげつなさで言えば諏訪先生は確実に五本の指には入るだろう…
事の顛末を報告し終えて私はだだっ広い会議室の中を見回す。
大型のテレビカメラが四台、執行部理事それぞれのキャラクターが表示されたディスプレイが10個…情報性事案担当の一色理事に至っては3DCGのアバターだ…Vチューバーかな?更に壁際には理事会直轄の特殊部隊『秘書科』が並んでいる。
「それで…本題に入りましょうよ…イワナガヒメ計画の事でしょ」
『うふふ…何の事でしょう?』
「何の事かは五木さん、あなたが一番よく分かってるんでしょ?」
「ちょっと!千人塚博士…駄目だってぇ…」
今にも泣き出しそうな表情の所長を無視して五木理事のキャラクターであるデフォルメされた蛇を睨みつける。
『…千人塚博士、君がイワナガヒメ計画に対してどのような印象を抱いているかはここに居る全員が分かっているつもりだ。今回君達を呼んだのはあくまで可能性の検討のためだ』
事案性生物担当の二葉理事が言う。冷徹だが信頼出来る彼の言葉だ。油断は出来ないが嘘は無いだろう。
「雨傘製薬のウイルスが可能性の糸口になる…と?」
『その通りです、諏訪主幹…彼等は我々が為し得なかった事を実現してのけた。それは即ち閉ざされたと思われていた道が再び開かれた事に他なりません』
五木理事が大仰な口振りで言ってのける。どうやら雨傘製薬に先を越されたのが余程悔しかったらしい。
「それは…どうですかね?結局あいつらに出来たのは私の遺伝子を暴走させる事だけでしょ?」
『それでも大きな進歩ですよ、千人塚博士?』
「更に奥に踏み込むためにどれだけの犠牲が出るんでしょうね」
『進歩のための必要なリスク…とは考えられませんか?』
「考えられませんね!エゴの為の無用なリスクです。それも人類を衰退させる危険なエゴのね」
『そうならないよう管理するのが我々の役割では無いですか?』
「そもそも無ければ管理する必要も無いでしょう?」
『まあまあ、二人ともその辺にしておきなさい』
いつものように平行線な私と五木理事の間に十河の爺が割って入る。
『千人塚博士、可能性の検討は常に必要だよ?特に相手がどんな手段を用意しているか判らない時には特にね』
「まあ、それは認めますよ」
『それに五木理事、イワナガヒメ計画の凍結解除は先日正式に否決されただろう?その中でその有害性は再確認したはずじゃ無いかね?』
『ええまぁ、そういう側面があることは私も十分認識していますよ』
いつもはイラッとくる十河の爺のキャラクター『ぬらりひょんのヌラリン』がなんだか頼もしく見える。いや、実際こういう場で一番頼りになる相手なのは認めざるを得ないか…
『今回君達に検討してほしい可能性はイワナガヒメ計画の可否では無い。同様の計画がよそで進行した場合、それを阻害出来るのか否かという可能性だ』
「うー…今日は一日蚊帳の外でした…」
「まあまあ、僕も割合そんな感じだったしね」
本部での会議が終わる頃には、外はもうすっかり暗くなってしまっていた。
中央道を走る車の中は緊張から解放されて弛緩した空気が漂っていた。
「そういえば…博士、一個分かんない事があるんですけど」
静代さんが手を挙げた。
「その…イワナガヒメ計画って本当に駄目な事なんですか?私にはいいことに思えるんですけど…」
「あー、うん…まあ個人単位で考えれば概ね…ね」
イワナガヒメ計画は私の身体のメカニズムを解析して、不老不死の技術を確立する為の計画だ。計画の立案は大正12年まで遡る。
途中敗戦のゴタゴタによる中断こそあったものの、平成20年まで継続された機構の機密計画だが、計画の進捗の致命的な遅さと、実現した際の悪影響を考慮して無期限で凍結されている。
「ただ、人類社会的に考えると大分悪い事だと思う」
「人類社会的…ですか?」
「そう…たとえば秩序の崩壊、共同体の崩壊、人類の孤立化、文化の希薄化…」
「…うん?」
分かっていない顔だ。
「法律とかルールとかって強制力を持たせるためには罰則が必要でしょ?」
懲役刑で時間にペナルティを与え、死刑で命にペナルティを与える。そういったものが実質的に意味を成さなくなる。
「じゃあ罰金を取る…とかは」
「お金、必要だと思う?」
「あぁ…」
究極的には生きていく上で必要な物は何もない。社会生活を送る必要が無くなるのだ。
「それじゃあ…痛い目にあわせるとかは…あ、そっか…」
「そう、誰がやるのかって問題だよね?お金の必要性が低下するから、お金の価値も下がる。そんな精神病みそうな仕事をするメリットが無い」
「人類皆が博士の様に好奇心の奴隷ならいいんですけどね」
「諏訪先生にだけは言われたくないけどね!」
「そうやってまず国みたいな大きな共同体や会社みたいな営利団体が崩壊して、小さなコミュニティでも繋がりが薄くなっていく…最終的には全人類が実質的な孤立状態になっていく…おおっこわっ!」
所長が大袈裟に言う。
「ただの木みたいな生活をしたい人にはいいかもだけどね」
その状態を闇雲に否定する事は出来ない。人は慣れる生き物だ。
「ちなみに最後の文化の希薄化って言うのは…?」
「例えば木が80億本あって、そこに文化はうまれるかって話かな?」
「でも退屈でなんかやる人が出てきそうですけど…」
「最初の二千年くらいはそうだろうね…でもそう言うのにも飽きて、退屈にも慣れて…一万年も経てば多分何もかもどうでもよくなるんじゃないかな?」
事実私もそうだった。ただ空を眺め続けるだけの日々を過ごした。
「私がそうならなかったのは、ある程度のところで人類のコミュニティに溶け込めたからだしね」
約二万年分の天候、天体、地震の記憶を活かしてコミュニティに入り込めなかったら、今の私は無かっただろう。
「私はたった一人だったから、独りにならずに済んだだけで…まあ運が良かったんだろうね」
「なるほど…あ!でも恋愛しながらとかはどうでしょう!ほら、今って結婚式で永遠の愛を誓うんでしょう?ロマンチックじゃ無いですか!」
静代さんのファンシーな発言に私達3人は思わず吹き出す
「な…何ですか!?」
「あー、いや失礼…ただ結局それも飽きてしまうと思いますよ?恋愛による快楽物質の刺激に脳が慣れてしまいますから…永く添い遂げるにしても、燃える様な恋をいくつもするにしてもね」
「え…そうなの?!」
諏訪先生の言葉に唯一の既婚者である所長が反応する。
「快楽物質自体も同じ相手にではどんどん減っていきますからね…ただまあ、今の人類の寿命なら最期まで愛し合う事も出来るでしょう、個人差はありますが」
「ほ…よかった…」
「不老不死となると人口の抑制の為に恋愛はしない方が良いでしょうけどね」
「私の身体の再現なら、そこは問題ないと思うよ?免疫系が精子を異物と認識して破壊しちゃうから…ホモ・サピエンス同士でもそこは変わらないと思う。実際私はネアンデルタール人ともホモ・サピエンスとも子供は出来なかったし」
「…ん?ちゃんと恋愛出来てたんじゃ無いですか…」
「あー…恋愛…恋愛ね…だったら良かったんだけどね…」
「静代さん…あーっとなんて言いますか…」
「もしかして…その…変な事言っちゃいましたか…?ごめんなさい!」
私の記憶を視たと言っても全てを理解して記憶出来る訳では無いか…千年違えば文化が違う
「見せた方がはやいね、思い出すから考え読んでみて?」
「え…あ、はい…ひっ!!」
日本語版フルHDだ刺激が強かっただろうか?
「酷い…酷すぎます…!」
「まあいつの時代も、不死の子供の『生産』はそれなりに需要があるって事だね」
長野県 中央自動車道 諏訪湖SA下り
「あの…さっきはごめんなさい…その…酷いことを聞いてしまって…」
休憩で立ち寄った諏訪湖SAから諏訪市内を眺めていると静代さんが申し訳なさそうに言ってきた。
「いいよ別に気にしてないし、常識的に考えたらあり得ないことだしね」
「でも…」
「それより見てみなよ、この景色」
真っ黒な諏訪湖とその畔に燦めく灯り達…
「この辺りは縄文時代から栄えてたけど、こんな綺麗な夜景が観られる様になったのは本当に最近になってから…皆が限られた時間の中で必死に頑張って作り上げてきたからこその景色…」
それは胸が高鳴る程に私をわくわくさせてくれる人類社会の営みの…未だ未完成な通過点に過ぎないのだろう。
「10年後の現生人類はどうなっているだろう?100年後は?1000年後は?そう考えると楽しみで仕方なくなっちゃうよ」
「博士はそうやってずっと生きて来たんですね」
静代さんが穏やかな笑顔で夜景を見下ろす
「そうだよ…だから私は現生人類が大好き…そりゃまあ過去には色々あったけどさ、それでもやっぱり私を救ってくれたのも現生人類だから…だからまあ、ある意味恋愛してるのかもね」
「というと?」
「さあね…ほら、帰ろう」
「えっ…まだ途中じゃ無いですかぁ!」
「ふふふ気になるなら読んでみるがいい!」
「何語ですかこれはっ!」
「ナシ語だよん」
「あーもう!ずるい!!」
この胸のときめきは…きっと恋に違いない。私はずっと恋をしてきたのだ。人類と彼等の作り上げた全てに…
用語解説
『イワナガヒメ計画』
不老不死技術の開発計画
大正12年に立案され、翌年承認された。
帝国陸軍憲兵司令部分遣隊千人塚高等官(当時)の身体的特性の究明を行う事で不老不死の成就を成そうというものである。
同計画は戦後『機構』に引き継がれるが、進捗の致命的な遅れと成功した際の人類社会に対する悪影響を理由に平成20年の11月に無期限の凍結となる。
『諏訪の縄文文化』
潤沢な黒曜石埋蔵量を背景に発展を遂げた地域
八ヶ岳山麓に多数存在していた黒曜石の露頭鉱脈及びその集散地として旧石器時代から縄文時代早期にめざましい発展を遂げる。
出土する縄文土器は地域性及び独自性が高く、特色ある諏訪文化及び信仰の萌芽を感じさせるものであるとして、多くの人々の興味を惹く
国内において出土する黒曜石器に八ヶ岳山麓地域で産出された黒曜石が多数確認されることからも分かるとおり、多くの人々が行き交う『縄文の都』ともいうべき地域であったとされる。




