take it 2
『Mco-opは今年で創業90年!
助け合いの心であなたの研究活動を支えます!』
これは数年前に九一研が行った『co-op』末端事務所への強制捜査の際に押収されたチラシに記されていた文言である。
呼称名『co-op』
正式名称は『マッドサイエンティスト生活協同組合』
その名の通りマッドサイエンティストの互助組織である。
始まりは京都帝大出身研究者達による情報交換の為のサロンであったとされ、その当時は憲兵司令部分遣隊による動向の監視こそあれどそこまで脅威であるとは見做されていなかった。
事実、戦間期に日本の超常管理を支えた憲兵司令部分遣隊所属の文官官吏の半数程度がこのサロンと何らかの繋がりを持っていたし、実際に研究活動に従事する中で最高位である勅任官五人のうち、私ともう一人以外の三人はこのサロンからの引き抜きであったほどだ。
その頃には参加者の範囲が京都帝大出身者から内地の七帝大出身者に拡大されており、超常分野についても軍の指導に基づく秘密保全を行った上で緩やかに共有されており、半官半民の超常学会の様なものであった。
当時の日本最高峰の頭脳集団であるとはいえ、その研究は活計の役に立つものばかりではない。
特に在野の研究者達はその日の食い扶持にも苦労する者も多かった。
超常分野の研究成果を欲しがる団体は当時から多かったとはいえ、軍から監視されている状況である。
何よりこのサロンが己の知識欲を満たす為の絶好の場であると多くの者達が理解していた為に違法な金策に走る者が居なかったのは、今にして思えば奇跡という他ないだろう。
その中で立ち上がったのはこのサロン出身で表舞台で認められた研究者や軍人、軍属官吏といった面々だった。
彼らは私財を擲って基金を設立、低金利や無利子での研究資金の貸し付けや利率の高い積立貯金などの運営を開始
そこが『co-op』の創業年であるとされている。
ただし、この時点でもまだ彼らは体制と協力関係にあり、事業開始を祝うパーティーには政財界のみならず憲兵司令部分遣隊の五人の勅任官をはじめ、皇室を含む帝国の超常管理の首脳も招かれていたものだ。
彼らが自他共に認めるマッドサイエンティスト集団として、体制に縛られることを嫌う犯罪者集団として立つようになったのは戦後、日本の超常管理権限剥奪とそれに伴う大粛清の頃、俗に言う『焚書の五年間』の頃である。
今まで自分たちを緩やかに保護していた大日本帝国はすでに無く、そこに属した知己も己の身を守るのに精一杯という状況下にあって、多くの在野の研究者達は成すすべなく連合国の手に掛かっていった。
『国際的な安全の確保のために反攻を期する日本国内のマッドサイエンティストを排除する』
『保全財団』が音頭をとり行われた大粛清の大義は概ねそのようなものである。
その実としては古来より強力な『事案』の発生しやすい日本の国土を利用した超常戦兵器としての転用が可能な『事案』製造計画の一環であり、その計画遂行の上で障害となる超常分野に関係する日本人を排除する実に浅はかな作戦であった。
この業界で、特に公的機関の呼ぶマッドサイエンティストという言葉は表の世界で言うところのナチスに近い。
即ちそれと認めた相手には何をしても許されるし、如何なる非道な仕打ちをしたとて悪は常に相手側
少なくとも正義を名乗る側は己こそが正しいのだと信じ込むことが出来る魔法の言葉だ。
そんな悪の象徴たる言葉を、彼らは自ら名乗った。
それは体制との訣別の高らかな宣言であり、彼らの……いや、この業界全ての科学者にとって絶対の正義である知識の追求を以て世に立つという文字通り決死の覚悟を示す宣誓であった。
結局『保全財団』が目論んだ計画は、そもそもとして制御などしようのない『神格性事案』の不興を買ったこと、国内の超常管理組織が太古の昔より血道をあげてきた『ゼロワン』対処に関する知見を有していなかった事などが重なってあえなく頓挫
残されたのは混沌を極める情勢と、それを収めるうえで誰よりも頼りになったであろう識者たちと体制側との大きな亀裂のみであった。
「そんで、今に至るまで彼らは自主独立と相互扶助を掲げて自由に楽しくやっているってわけ。これが『co-op』の正体だね」
小県ちゃんに対するOJTのつもりが、気付けば調査員の皆が私を囲んで車座になり話を聞いていた。
どのような団体で、どのような脅威なのかという事のみが記されている資料ではいまいち分かりづらかったのだろう。
「なんか分かんないとことかあった?」
一様にすっきりとしない表情の彼らに尋ねるも、特に発言する者は無かった。
というより、言語化しかねている様な感じだ。うん、気持ちはよくわかる。
「えっと……いいですか?」
「ほいよ、なんでも聞いてちょうだい」
いまいち自信なさげに小県ちゃんが手を挙げた。
「その……動機というかどういう団体なのかはわかったんですけど……なんていうか、今まで聞いてた犯行と理念っていうか……そういうものがいまいち一致しないんですが……」
「うん、そうなるよね」
理念だけ聞けばかなり思想的には確固としたものがありそうな団体である。
対して今まで彼らが引き起こした事件は思想犯というにはあまりにも享楽的であり、刹那的であった。
「理解しにくいかもしれないけど、戦後の76年って時間はどんなに立派な思想であれどれだけ強い思いであれ簡単に錆びさせちゃうくらいには長いもんだよ」
「なるほど……?」
この辺りは実際に体験してみないことには本当に理解するのは難しいだろう。
かくいう私のこれも十河の爺さんの受け売りであり、時間というものの尺度がサピエンスな人々とは異なる身体の性質上『co-op』のまとう雰囲気を完全に理解しているとは言い難いのが現実である。
「加えて言うのであれば、彼らの理念がその欲求に忠実たることに根差しているのも大きいでしょうね」
「ん……? お帰り、戻ってたんだね」
「ええ、最後のほうだけですが講義を拝聴させていただきました」
近くのコンビニに買い出しに行ってくれていた諏訪先生とがっさんもいつの間にやら戻ってきていたらしい。
「なんか改めてそう言われると恥ずかしいね」
「ご謙遜を、とても分かりやすいものでしたよ」
「でも今の『co-op』に関しては私より諏訪先生のほうが詳しいかもしれないね、昔使ってみたことあるんでしょ?」
かなり前のことだがそんな事を話した記憶がある。
今の、という言い方には多少語弊があるが、少なくとも今のような団体になってからの事であれば実際に使った事があるというのは大きいだろう。
「えっと……諏訪先生がマッドなのは多分全員知ってますけど……いいんですか?」
「何言ってるんですか! 諏訪先生のどこがマッドだっていうんです?!」
『co-op』は間違いなく『機構』とっての敵性団体であり、がっさんが気にしているのはそことの繋がりという事であろう。
恋する乙女こと梓ちゃんの的外れな抗議はひとまず無視しておこう。恋は盲目という言葉もあることだし
「確かに諏訪先生は世界最高水準のマッドでサイコだけど、『co-op』とのコンタクトがあったのは『機構』に入る前だよ」
「はっはっは、いやはや過分なご評価ですね」
過分どころか私の知るどんな言葉を尽くしても表現しきれるものではないし、故に彼に対する評価としてはかなり控えめなものだ。
まあ諏訪先生はこの手の話をウィットにとんだエスプリの類だと受け取る節があるのでいちいち気にするべきではない。
その性格のおかげでほんの軽口から関係性が壊れる心配が無いのは実に有難いことだが自覚も悪意もなく『諏訪光司』であるというのは実に質が悪くもある。
そもそもそういう人なのだと割り切っておかないと流石の私でも時間が足りないし多分一日二、三回はストレスで胃が爆発するだろう。
「それでその欲求っていうのは『好奇心』?」
「ええ、その通りです。向学心と言うべきかもしれませんし、この場合においては人がそれを持つことを知っていると言い換えても間違いではないでしょう」
「……おい、なんか小難しい話をし始めたぞ……宮田、ちょっと止めて来いよ」
「いやですよ、理解できない馬鹿だと思われたらダサいじゃないですか……班長が自分で止めればいいでしょう」
「いや、俺は賢いから全部理解してる。ああ、実に興味深いなぁ」
大嶋君と宮田君のとても頭の悪いやり取りが聞こえてくる。
別にこれと言って難しい話をしているわけではない。
単純に『co-op』というもの考えに触れた事があるかないかの話であり、理解云々の問題ではない。
なんならしっかり理解して共鳴してしまう様なタイプはダサいどころかやばいやつだ。
「これは失礼、要は研究者の知りたいという欲望を叶える手助けをするという面においては彼らは設立の当初から何一つ変わっていないということです」
二人の会話は諏訪先生にも聞こえていたようだ。
「私たちみたいな人種にはとっても魅力的ではあるんだけどね……諏訪先生を見てる皆なら分かるだろうけどこの業界の研究者の心のブレーキは基本的にぶっ壊れてるかそもそも端から付いてない。そんな連中が何者にも縛られず活動するっていうのは『機構』からすると本当に頭の痛い話なわけよ」
「しかも彼らが『機構』の目を逃れながら知識と技術を高めていくノウハウを持った団体に支援されているとなればその脅威は個々の在野の超常研究者などとは比べ物になりません」
諏訪先生の参戦で調査員の皆も『co-op』について多少理解できたようだ。
私としても言語化できない部分を再び咀嚼出来たのでなんとなくではあるが今まで以上に理解が深まった! 気がする!
これで私も立派なマッドサイエンティスト! やったね! 吐き気が止まらない!
「まあ、そんな感じで日夜やばい研究と私たちから逃げるための方法をどんどん発展させていってる団体が『co-op』なわけ。しかもまあすんごいペースで増えるからね! ゴキみたいに見敵必殺あわよくば巣まで根絶やしが基本だからみんなの頑張りが不可欠! よろしくお願いね!」
青空OJTが終わってしばらくしたのちに、私と諏訪先生は猪狩君に呼び出されていた。
群馬支部調査員によって作成されたミートパテ、もとい射殺された『Tキット』由来の事案性生物から採取した組織の分析が済んだためである。
「うーん……遺伝子的には相変わらず道産子ベースかぁ……パッと見はいつもの『Tキット』だね」
「ええ、細かい部分については推測にはなりますがサードのバグ個体で間違いないかと」
「ふむ……だとすれば妙な話ですね……」
それは現状吾妻郡周辺で確認されている対象の数についてだ。
目論見通りの形ではない、あくまで失敗作の対象が同時期、同地域内で三体発見されるというのは『Tキット』本来の目的から考えると違和感がある。
「これってそれぞれ別の設備で作られた可能性ってどれくらいある?」
「……ぞっとしない話ですね」
「あくまで可能性の話だよ。ただ念のために知っておきたいと思ってね」
一つの可能性としてこの地域に『Tキット』を保有する『co-op』の会員が複数存在するかもしれないという懸念だ。
何しろ発見された対象、通称名『てけてけ』は『co-op』が販売する『Tキット』を用いた実験によって発生する失敗作だ。
『てけてけ』が出来てしまう。実験に失敗は付き物だ。それはいい。
『Tキット』に含まれる資料に目を通し、前回の実験の反省点を活かして再度チャレンジしてもまた『てけてけ』になってしまった。確率としては『てけてけ』が出来ること自体稀であるとはいえ、二回くらいならばまあそういう事もあるかもしれない。
だが三度となると確率的に見ても異常だし、そもそも反省を活かして手法を改善することもできない程度の知性であればそもそも『co-op』の勧誘を受けることすらあり得ないはずだ。
だとすれば今回の案件で確認された『てけてけ』は同一の施設で製造されたものではなく、偶然同時期に『Tキット』を保有する『co-op』の会員が複数存在し、これまた偶然同時期に『てけてけ』の漏洩事態を引き起こしたという本来あり得ない事態すらも現実味を帯びてくる。
「……流石の私でもここの設備だけではキットの同定までは難しいですが……」
「わかった。鳥医研にサンプルを送って分析してもらおう。それにもし私の予想が当たっちゃってたら私たちだけじゃ対応できなくなるから追加の対応チームを送ってもらえるように要請しとく」
何が起こるかわからないというのがこの仕事の真理であることは十分に理解しているつもりだ。
それでもただでさえ面倒な『co-op』案件である。
こうも厄介ごとが続いては折角温泉で回復した私のモチベーションが再び地の底深くまで急落してしまうのも無理は無いのではなかろうか?
さりとて私のやる気に関係なく世界は回り続けるし、世界が回り続ければマッドサイエンティストという人種はそれだけでやる気と元気を溢れさせていくものだ。
「ほんとにもう勘弁してよ……」
意味などないと理解していても、口から零れ落ちる嘆きを止める術を私は持ち合わせてはいなかった。




