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take it 1

群馬県吾妻郡草津町

温泉旅館『来平閣』


上州草津といえば説明不要の天下の名泉である。

草津(くさづ)よいとこ薬の出湯』

と言われる通り、その効能は恋の病以外全ての病気に効くとさえ言われる程だ。

医学の発達した現代では湯治場としての側面はそこまでではないが、その分温泉街としては日本最高といっても過言では無いだろう。

もうね、ここ最近碌な事が無かった私としては日々の疲れをさっぱり洗い流せる絶好の機会なのだ。


「……あの、博士……こんなにのんびりしてて大丈夫なんでしょうか?」


だからそんなに困った奴を見るような目をこちらに向けるのは勘弁して欲しい。


「大丈夫だって! 今できる事って言ったらのんびり隊力を温存する事くらいなんだから、もっと力抜きなよ!」


万病に効く草津温泉ではあるが、恋の病以外にも効かない病がもう一つあるようだ。

がっさんのワーカーホリックである。

これに関しちゃ最早打つ手無しの手遅れかも知れない。


「そーですよー、せっかくのおんせんなんですからのんびりしなきゃそんですよぉー」


うん、完全に蕩けきっている静代さんを見習って欲しいものだ。

いや、逆にここまで行くとちょっと心配ではあるが……

怨霊って水溶性じゃ無いよね?


「群馬支部が総出で動いてくれてますから私達みたいなのが今出ていっても邪魔になっちゃいますよ、ね小県さん?」


「それはそうですけど……なんで私まで?」


安曇妹こと梓ちゃんはよく分かっている。

やはり若い子は環境への適応力が段違いだ。

配属当初は頭でっかちなところもあったが、今ではうちのメリハリにちゃんとついて来ている。


「もしかして……うちに来るの嫌だったりした?」


「あ、いえそういうことじゃ無いんですけど……博士が私に期待しているのって梓さんの護衛ですよね? やっぱり私は周辺の警戒に……!」


「藤森ちゃーん」


「アイマム」


確かに小県ちゃんが昇任に伴って研究室付きになると聞いて「ならうちに!」と飛び付いた理由のメインはそれだ。

先のUNPCC年次首脳会合の際に護衛につく女性調査員はやはり自前の研究室所属人員から賄いたいと思ったからではある。

しかし、だ。


「『機構』の施設内で警戒もくそも無いでしょ? それに動くとなったら室付きは一番前に出なきゃなんだから休めるときに休まないと駄目だよ。そもそも怪我だってまだ完治したわけじゃないんだからおとなしくお湯に浸かってなさい!」


「ごぼ……ごぼぼ……わか、わかりまし……ぷはっ! 分かりましたから! ふじも……藤森主任!」


流石は羽場君の直系にあたる格闘ゴリラの藤森ちゃんだ。

ついこの間までKSSOFにいた小県ちゃんを完封している。

流石にお湯に沈めるのは如何なものかとは思うが双方筋肉の国の人(DS職種)だからまあ大丈夫だろう。


「ということだからがっさんものんびりしなさい! 主幹たるもの率先垂範の心意気が大事だって研修でもやったでしょ?」


「分かりました……あー、でも落ち着かないです! ちょっと書類仕事だけでも進めてきます!」


「まったく……全然わかってないじゃん……」


実際問題として主幹研究員への昇任というのはそれまでの昇任とは大きく異なるのだ。

簡単にいえば主任まではあくまで実員としての役割しか求められないが、主幹以上には管理職もしくは指揮官としての役割も求められる様になる。

それ故に今までは美点と捉えられる事もあったがっさんの超前傾姿勢の社畜精神(ソルジャースピリット)も今後は害悪であると言っても過言では無いのだ。

がっさんレベルの、というのは珍しいとはいえ猪突猛進で突っ走るタイプの多い仕事である。

今後は研究室を任される事になるのが確実な天才であればこそ、ブレーキとしての役割を覚えて貰わねばならないのだ。

なにせ人間ががっさんレベルで働いたら普通は死ぬ


「ふむ……ってことはがっさんも『事案』なのか……」


「は、はい?」


「よっし! 現時点を以て呼称名『小笠原富江』を事案性事物の疑いありと判断! 群馬支部からの要請があるまで当施設のリラックスできるスペースにて管理収容を行う! 主たる要目は疲労回復! その間労働もしくはそれに準ずる行為を禁忌とし接触を厳に禁ずる! 行動掛かれ!」


「アイマム!」


「お……おう!」


「へ……あー……小笠原さん、ごめんなさい!」


「ちょっと……え? 三人とも……博士ぇっ?!」


とりあえずうちの精鋭調査員三人娘に管理収容しておいて貰えば問題あるまい。


「うわぁ……なんていうか……うわぁ……」


「梓ちゃんもオンオフの切り替え出来なかったら管理収容しちゃうからね?」


完全に包囲されたがっさんをドン引きしながら眺める梓ちゃんにいう


「流石にあそこまでブッ飛んではいないので」


「そうだね、でもまあ念のためにね」


例のごとく無理矢理捩じ込まれた余計な案件ではあるが、良い機会だ。

がっさんの生活習慣を正すのだ! 今回こそ!



事の発端は一週間ほど前に遡る。

群馬県吾妻郡東吾妻町はJR矢倉駅に程近い谷合の川辺で変死体が発見された。

それは上半身のみの女性のモノであり、警察は事件事故両面からの捜査を開始

司法解剖の結果死因は溺死と判断された。

下半身が発見できなかったこと、遺体の損傷が半身の切断面以外には見当たらないこと、出血が一切見受けられないことの三点から警察庁警備局警備広報推進室は本件を『co-opインシデント』であると断定『機構』への捜査協力を要請した。

要請を受諾した『機構』は吾妻郡全域を『co-op特別警戒区域』に指定し吾妻川流域を中心として捜索を開始

それと平行して本案件における対応研究室の選定が行われ、白羽の矢が立ったのがうちだ。

もちろんうちに追加の案件を手掛ける余裕など無いし、そうでなくとも厄介であり何より面倒くさいことこの上ない『co-op案件』である。

丁寧に御辞退申し上げたのだが、そこで問題になったのがうちの人員編成である。

生物、特にヒト及びヒト由来のものに関しては最上級の医療研究者である諏訪先生

超常物理学、収容工学、解析工学分野で輝かしい実績を持ちながら更には今や精神エネルギー研究の権威になりつつあるがっさん

化学分野の兄とロボティクス&感染症学の二毛作である妹の安曇兄妹は専門外の事案対処能力をも有する環境科学大学校の卒業生

更には過去に『co-op』とバチバチにやりあった事のある私……

いつもの根性論ではなく適材適所の人員配置を二葉理事から理詰めで説得されては首を縦に振るしかなかったのも致し方無いことだろう。

というわけで群馬支部と共同で千人塚研究室が本案件を担当する事になってしまった。

なにせ『co-op』の構成員を相手にするのだ。

昨今『機構』の主流になっている一点特化型の研究室ではあまりにも相性が悪い。

発見された『事案』こそ『Tキット』由来であるとはいえ油断など出来よう筈もないのだ。

幸いな事に肺炎ウイルスの感染拡大防止を隠れ蓑にフロント企業である温泉旅館を貸しきりにして私たちの宿舎としてくれたので私のモチベーションも多少は上がっているが、早いところ終わらせないと温泉に浸かりすぎて肌がふやけてしまう。

少なくともサピエンスなうちの子達はそうだ。

いやはや、どうにも嫌になっちゃうよ……



群馬県吾妻郡嬬恋村


事態に進展があったのは丁度日の変わるくらいの頃だ。

ぐっすり眠っていたところを叩き起こされた私達は遥々甲信研から乗ってきた覆面に分乗してキャベツと神代のロマンの地、嬬恋村にやって来たわけだ。

到着すると現場周辺は既に県警と支部が封鎖していた。実に仕事が早い。


「うっへぇ……ぐちゃみそだね……」


ブルーシートで隠された女性の轢断死体風のそれは、銃撃によって面影すら判別できないほどに損壊していた。


「申し訳ありません……不意の遭遇だったもので……」


そう言ってきたのは群馬支部の調査員だ。

破れた喪服と右腕に巻かれた包帯、いたるところに残る血痕が痛々しい。


「いえ、死者が出なかったのが何よりです。怪我の具合は……?」


「この程度かすり傷です。肉を食べておけばなんということもありません」


なんというかDS職種の様な事を言う人である。


「あまり無理はしないようにしてくださいね」


「ありがとうございます」


彼の証言によると周辺地域の捜索中に現地の住民が道路に倒れているのを現認、救護のため車両を降りて要救助者に駆け寄ったところ死角から現れた対象の襲撃を受けたのだと言う。

拳銃で牽制しつつ距離をとり、車載の散弾銃で仕留めたとのことだ。

ドライブレコーダーの映像を確認すると雄叫びをあげながら対象にスラムファイヤで散弾を叩き込む彼の姿が映っていた。

ハリウッド映画顔負けの光景ではあるが、装填されていた000Bの散弾は対象をズタボロのミンチにしてしまった様である。


「とりあえず医療チームは諏訪先生の指揮で対象の確認とサンプリングをお願い。あ、猪狩くんは彼の腕を診てあげて」


「そこまでお世話になるわけには……」


「まあまあ、折角名医の処置をただで受けられるんですから」


「は、はあ……」


諏訪先生がいるので影が薄くなりがちだが猪狩くんもベテランの外科医だ。

多少ナルシストな質ではあるが腕は確かである。


「さて、じゃあ大嶋くん達は念のためこの辺りの安全化をお願いね」


「はい。川島は北から、藤森は東からさらってこい! 残りは俺とだ。ついてこい!」


群馬県警機動隊の装備のうちの子達が一斉に駆け出していく。

手にした89と腰から提げた銃剣が異色といえば異色だが、真夜中のくそ田舎で気にする人もいないだろう。


「博士、アンテナの設置終わりました!」


「せんきゅうがっさん! それじゃあ私らはディスプレイとにらめっこだ!」



嬬恋村に仮設の拠点を設営して2日、結論からいえば成果ゼロだ。

支部調査員と県警警備部、警察庁警備局警備広報推進室の人員を動員しての聞き込みや周辺地域での徹底的な山狩り、うちの機材を用いての電波傍受、果ては静代さんのESPを用いてもである。

たかだか検体一つにさえESP妨害の技術が投じられている辺り凝り性の『co-op 』らしいといえばらしいが、こちらとしてはたまったもんじゃない。


「うーん、参ったねこりゃ……」


「ここまで尻尾を掴めないというのはなかなか……」


というわけで私と警備広報推進室の墨田警視正は地図を眺めながらうんうん唸っているわけだ。

何しろ対象の発生源どころか移動経路の手掛かりすら掴めていない有り様なのである。

別段油断していたとは思わないが『Tキット』程度である。

駆け出しのマッドサイエンティストやら新境地開拓に胸踊らせて綻びの出る中堅マッドサイエンティスト相手であれもうちょっと手掛かりくらいは掴めると思っていたのだが……


「NNNにも情報収集を要請してはいますが今のところなんの兆候も掴めていないみたいですし……」


特に群馬県は国内最有力の猫又のお膝元であり、県下での『co-op』の活動の兆候には彼女らも鋭敏になっているのにも関わらずだ。


「明日以降はもう少し捜索範囲を拡げた方が良いかもしれませんね」


「そうですね、うちの長野支部からも人員を出して貰って鳥井峠の向こう側の捜索も行って行きましょう」



決められる事だけ決めて指揮所車両から出ると、そこではうちの子達が思い思いにトレーニングをしていた。

ほとんどは筋肉教徒(DS職種)の皆だが、中には研究員や医療研究員の姿もちらほら見て取れる。


「あ、博士! お帰りなさい!」


「ただいま、皆でトレーニング?」


「はい! 運動不足な人も多いので!」


小県ちゃんが言うとおり、片切君やら安曇兄妹やらインドア派の子達が死にそうな顔で柔軟している。

運動習慣と柔軟性の向上は怪我の予防にも効果的なので結構な事だが……


「小県ちゃんはあんまり無茶しちゃダメだよ? 本当はまだ現場にも出したく無いくらいなんだから」


「それは……やっぱり私が皆さんについて行けて無いからでしょうか?」


「ん? 違うけど?」


「へ?」


すっとぼけた様な顔をしているが彼女はレイスに散弾銃で撃たれたのだ。

使用されたのが何故かゴム弾だったお陰で彼女も共に撃たれた川島君も一命は取り留めたものの、ごく至近距離からの射撃であり川島君は複数箇所の骨折、小県ちゃんも内臓にそれなりの損傷を受けたと聞いている。


「ちょっとでも様子がおかしかったらすぐ医療チームに言うんだよ? もしおっさん連中に言いにくかったら梓ちゃんも二毛作である程度分かるし、私に言ってくれてもいいからね?」


「あはは、大袈裟ですよ! スラッグでもなきゃ散弾銃如きでそう死にませんって!」


「いや、散弾銃で死ななかったらもうそりゃ『事案』だって……」


ともかく元気そうは元気そうなので様子をしっかり見ておくことにしよう。

折角見込んで引っ張ってきた新人さんである。


「そういえば……私『co-op案件』って初めてなんですけど」


「あー……最近は大抵九一(くっぴん)が片付けてくれてたみたいだからね」


基本的な組織犯罪対処は九一研が動くのが常である。

ここ数年発生する『co-opインシデント』は西の方ばかりだったのでうちの出る幕は無かった。

結構前に赤須博士と当時は一博士であった所長の同期コンビが岐阜県及び福島県に所在した『co-op』の物流拠点を更地にしてくれたお陰だろうが、今回は群馬県である。

流石に結構な時間が経っているので中部から東北方面にかけての物流網が回復してしまったと見てまず間違いは無いだろう。


「でもまあそっか……研究職種だと結構話題にもなるけど調査員の皆にはあんまり馴染みもないよね」


「一応資料には目を通しはしたんですけど……」


「よくわからなかったと」


「はい……」


そりゃそうだ。

事実のみが淡々と書き連ねられている資料を読んだだけでは『co-op』の事など分かるはずもない。

諏訪先生辺りなら別だろうが、まともな神経していれば余計に訳がわからなくなってしまうだろう。


「それじゃ、分かりやすく説明しよう!」


「ありがとうございます!」


「いいってことよ! OJTだよOJT!」


停めてあるクラウンのボンネットに腰をおろしてちょっとした授業の始まりだ。

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