遺志 3
数字上及び宣伝効果としては『天逆鉾』の作戦は大成功といって申し分ないだろう。
静代さんと三國理事による吶喊と私のいた建物の制圧の後に『祀』の組織敵抵抗力は消失
KSSOF『白部隊』を中心として即製の装甲車両を用いた掃討戦を丁寧に実行した事により『機構』側の死傷者は極限化出来た。
対する『祀』側はほぼ全員が戦闘間に死亡。
その内の半分程度が服毒自殺だったというのだから彼らの覚悟の程が窺い知れるというものである。
どうにか数名の構成員を捕獲することは出来たものの、どの程度の情報を持っているのかは未だ分からない。
情報本部の大ベテランである玉名監理員に率いられていたのだからあまり期待は出来ないだろう。
同時進行で行われた『雨傘製薬』超常部門秘密研究所と主要な工場に対する制裁措置攻撃も含めて全ての作戦が恙なく進行した。
そう、がっさんと所長が立てた計画の通りに進んだのだ。なんの問題も無いはずだ。
ただ壊滅せしめたとはいえ『祀』の思惑
最後の最後の局面で玉名監理員達を射殺した者の存在
それらの裏に何があるのかが分からない以上、スッキリと終わるわけにはいかないだろう。
東京都千代田区
独立行政法人環境科学研究機構本部庁舎
『天逆鉾』に助け出されてからというもの、各セクションからの事情聴取やら何やらで引っ張りダコだ。
正直なところ嫌なモテ方である。
とはいえかなりの期間のんびり寝て過ごしていたので文句も言い辛い。
何しろこの期間の間に『クリスマス案件』やら『初詣』やらの重要案件と並行して私の救出と『天逆鉾』の本務たる示威を行った皆からのリクエストだ。
年をとると横柄になりがちとはいえ、こんな状況下で面倒くさいからいやだと言えるほど厚顔にはなっていないはずだ。多分!
「なるほど、そうですか……」
私の目の前で調書を取っている鹿島上席調査員もその内の一人だ。
彼は犯罪組織『ゴースト』を数年来追いかけている全般職種調査員である。
今回私が目撃した『レイス』一党について色々聞きたいことがあるとのことだ。
一応それなりに馴染みの調査員なので後回しにすることも出来ただろうが、残念ながら今回私の居場所を見つけてくれたのは彼のチームだ。
恩人なのでちゃんと知っている事を伝えよう。
うん、大丈夫! まだ眠くない! 嘘だ! 大分眠い(誤改行?)
!
「それでは最後に一つだけ、その『レイス』の匂いについてお聞きしても?」
「匂いって……相変わらずだねぇ……」
人間離れどころか現実離れした嗅覚を誇る鹿島調査員である。
この質問も恐らく変態的な類いのモノではなく『猟犬』と渾名される彼なりの捜査なのだろうが、生憎と私の嗅覚は並程度だ。
「構いません。何か気付いた事があれば教えて下さい」
私の率直な意見に対して彼はそう言うが……匂いなんて早々気にしないだろう。
まあ余程臭いとかなら別だが『レイス』一党は取り立てて不潔な印象も無いし、こと『レイス』はいい匂いがする絶世の美女という印象でしかない。
「うーん……いい感じの香水の匂いはしたけど私もそこまで詳しい訳じゃ無いからなぁ……多分ジャスミンとかそういうのだとは思うけど」
「ジャスミン……なるほどありがとうございます」
「合ってるか分かんないからね?」
「いや、恐らく合っていると思いますよ? いい鼻をお持ちだ」
「うん……?」
なにやら満足げな様子だが……まああまり首を突っ込むものでは無いだろう。
ただでさえ本来業務に『アゴ』専従、『花子さん』からの頼まれごととやたらめったら忙しいのだ。
『ゴースト』案件にはできるだけ関わらない様にしよう。
『レイス』へのリベンジを熱望する静代さんには悪いがうちの労務管理は現状でも既に破綻しているのだ。
「それでは終わりにしましょう、今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう。また研究室にも遊びに来なね」
「ええ、次は『ゴースト』逮捕の報告をしに行きますよ」
「羽場君、おまた!」
本部のロビーで羽場主務と合流する。
『レイス』の排除が叶わなかった現状を鑑みて護衛に付いてくれているのだが『機構』最強の調査員である『破局的大胸筋』の『大量破壊兵器オヤジ』が護衛というのも贅沢な話だ。
マッチョはDS職種の基本であることはもちろんだが、PSIと筋肉で張り合える類いのマッチョは彼含めてそこまで多くないことを思えば無理も無いのだろうが……
「いやいや、時間通りです。表に車を回してありますので行きましょう」
「流石、気が利くね!」
これでしばらくは東京での聴取の予定はない。
早いところ我が家に帰ってのんびりしたいところである。
「あれ……博士?」
不意に後ろから掛けられた声に振り向くとそこにいたのはがっさんと所長だ。
他にも数名ロビーで屯している研究職種が反応したのは『博士』という呼び方が故だろう。
沖縄で比嘉さんや金城さんを呼ぶようなモノだ。
「二人ともお疲れ様、仕事?」
気恥ずかしそうな『博士』達は放っておこう。茶化すのはかわいそうだ。
「はい『天逆鉾』の後片付けで」
「ああ……なるほど……」
『天逆鉾』に付与された権限は各種の任務部隊のなかでも別格だ。
状況次第では部隊指揮者の判断による局地的超常戦すらも許可される程である。
そのため主たる任務が終了し次第の部隊の解散が規定によって定められているのだが、そのスケジュールは非常にタイトだ。
特に司令部要員は真っ先に元の職場に帰る必要がある。
欺瞞による指揮系統の掌握と権限の濫用を防止するための措置なのだが、だからといって任務部隊解散に関わる事務手続きの量が減ってくれる訳ではない。
大筋としては最後まで残留する基幹要員が残りの片付けはやってくれるのだが、枢要な立場の人間にしか出来ない決済だ何だというものも多い。
おまけに人柄モンスターと社畜スピリットの権化の二人では自分の仕事だけ済ませてはいサヨナラともいかないだろう。
「どうにか期限内に終わったけどくたびれちゃったよ」
「本当にお疲れ様、ありがとうね」
「どうしたのさ……変なモノでも食べた?」
「ああ……まあ諏訪先生の『味見』みたいな事も……まさか博士がその手の人だとは思いませんでしたけど……」
「失敬な!」
二人なりに気を遣ってくれているのだろうか?
所長に関してはあれで意外とという可能性もあるしなぁ……所長は
「あはは……あ、そういえば静代さんの件なんですけど」
「うん……どうだった?」
静代さんの件というのは私を助ける際に行った独断専行についてだ。
理事会と人事監査室が問題にしているらしい。
十河の爺と三國理事に話をしておいたがあまり褒められた行為ではないし、目撃者も多いので幾らか処分は覚悟せねばなるまい。
「所属長による厳重注意処分です」
「……まじ?」
「まじです」
所属長による厳重注意処分
要するに所長がお説教すればいいよという程度のものだ。
実質的なお咎め無しと言っていい。
まあちょっとボーナスの査定には響くだろうがその程度で済むのなら御の字も御の字であろう。
「うーん……あ、そういえば二人とも帰りは車?」
「いや、今日は新幹線だよ。一応長野駅からは支部が車を出してくれる予定だけど」
「もしよかったら私達の車で一緒に戻ります?」
静代さんの処分の件もその他の事も色々聞きたいことは多いが、少なくともこんな場所で話すような事では無い。
思惑がありそうだが果たして……
拮抗性ハローと呼ばれる現象がある。
簡単に言えば丸くハッキリとした非常に光量の大きい虹である。
通常のハローが大気中の氷によって光が屈折することによって発生するものなのに対して、拮抗性ハローは世界そのものが歪む事に対する反応だ。
非現実事象の発生ではなく現実改変の成された証
限定的とはいえ世界の有り様を変化させる事によって生じるエネルギーと世界の現実恒常性が拮抗することによって強烈な光と空間の歪曲が引き起こされる。
結果として現実の改変を成した事案の背後に顕れるものであり、古くから後光等の名で知られる現象だ。
そう、後光
言うまでも無く高位の神格性事案の背で光り輝くそれが静代さんの背後に顕れたということは即ち彼女の神格としての有り様が一段上のステップに進んだことに他ならない。
「一応山陰研で精密検査して貰ってますけど今のところは一過性のモノで再現性は無いらしいです。ただ状況的に『機構』にとって有益だということで、極力穏便にすると言うことになったみたいです」
「なるほどねぇ……静代さんもいい女になりすぎちゃったわけだ」
ただ単に高位神格性事案の萌芽が生まれたということであれば『機構』はもっと苛烈な、それこそ静代さん自身から得た知見やら協力的な高位神格性事案の助力を持って排除する等のオプションもとっただろう。
しかし静代さんは協力的どころか『機構』職員である。
それも『見立ての神格の法則』を適用するのであれば全世界規模でその力を振るいうる強力な神格性事案となることが容易に想像できるのだ。
予測されうる最悪のシナリオである破局的終末事態の中に常に全面超常戦がある以上、その特性はあまりに魅力的である。
規律と統制を重んじる『機構』にあってすら、それらを脇に押し退けてしまえる程には……
「静代さんの件といいこれといい、古くさい割におばあちゃんの手には余るような事ばっかりだ。やんなっちゃうね、ほんと」
「それ……山陰研に送ったんじゃ無いんですか?」
それとは私の首からぶら下がっている木彫りの御守りのことだ。
インド亜大陸周辺で稀に出土する事案的特性を有する木材ウドゥンバラを用いたモノで着用者に対するあらゆる事案的干渉を強力に阻害する事案性物品である。
和名では優曇華、花がレアであるという以上に現代では活性状態にある木材ですらそうそうお目に掛かることの無い代物である。
いつの間にか私の首に掛かっていたモノで、
調査を依頼される前に先んじて山陰研に送りつけておいたのだが、つい先日三國理事こと少彦名命から返却されたのだ。
曰く、静代さんの上司として仕事がしやすいように役立てて欲しいとのことだ。
事実これがあれば静代さんからのサイコメトリーはほぼ完全に無力化出来る。
しかし出所の分からない事案性物品を首に下げとくと言うのもなんだか落ち着かない。
まあどのジャンルにせよ物理干渉を起こした時点でこの御守りの影響下から脱してしまうので死なない私が無茶するのにはぴったり。というかそれぐらいしか使い道も無いだろう。
「なんか昇進してから『機構』の適当な部分ばっかり見せられてる様な気がします……」
「本当にね、もう少し真面目にやって欲しいもんだよまったく!」
「あっはっはっは、博士がそれを言いますか!」
「まさか『機構』の適当さの権化の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ」
「失敬な! 私のどこが適当だって言うのさ! ね、がっさん」
「あはは、どうでしょう?」
失礼極まりないおっさん二人と曖昧に笑うがっさん
しょうも無い軽口を叩き合う穏やかな時間
未だやらねばならぬ事は多いとはいえ、帰ってきたなと思わざるを得ない。
常ならざる事こそが常であれど、これこそが私の日常なのだ。
「はぁ……ただいま、私の異常な日常」
夕闇の中に沈みゆく中央道
その見慣れた景色を眺めながら、誰に言うでも無く小さく呟いた。




