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意思 1

『祀』

それは日本最古の超常犯罪組織である。

起源は俗にいう邪馬台国の支配者達に仕えた複数の縄文系氏族であり、後に狗奴国王を唆して大乱を引き起こした者達だ。

日本の歴史の裏で時に暗躍し、時に権力者の衛士として活動してきたものの、公式には大乱以降ずっと政権に追われてきた罪人である。

今では殆どの氏族が滅び、体制側についた者達以外はもはや十氏族程度を残すほどになったと言われている。

一般に忍者と呼ばれる職能氏族集団を形成している彼らではあるが、その行動はただ一つの目的を念頭に全てが行われている。

それは信仰

神格ですら無く、統治もしない

彼らの奉ずる対象は単なる苔の生えた様な化石人類の女だ。

信仰の始まりは現在の佐賀県に原始的なムラが形成され始めた頃に遡る。

とあるムラの男衆が狩の際に獣に襲われていた見慣れぬ女をみつけてムラに連れ帰った事が全ての始まりだった。

言葉も通じない相手であったが、女は数日のうちに彼らの言葉を話すようになった。

ムラの衆は得体の知れないその女を放り出す様な事はしなかった。

当時の血族集団による共同体の形成を思えば奇妙な事であろうが、それでも彼らは女を家族の一員として暖かく迎え入れた。

そんな彼らの姿を女は当然訝しんだものの、共に時を過ごすうちに疑念は信頼へと変わっていった。

後に縄文時代と呼ばれるその時代、ムラは不安定な狩猟採集を行っていた。

この地域に本格的な農耕が伝わるのはずっと後のことである。

良く言えば自然とともにある暮らし、悪く言えばその日暮らしにも近い生活を送る彼らの中にあって貧弱なその女は何の役にも立てないお荷物といってもいいだろう。

しかし女にもムラの衆に与えられるものがあった。

それは知識、経験、知恵

星の巡り、風の香り、空の色……それらを読み解く事で彼らに助言を与えるうちに女は所謂シャーマンの様な立場になっていった。

別に精霊がどうとか、祖霊云々とかそういう話ではない。

只人の身では叶わぬほど果てしない時を過ごすうちに見てきた膨大なケーススタディの賜物である。

途中鬼界カルデラのアカホヤ噴火に伴う気候変動などで数回根拠地を替えはしたものの、基本的には大きな危機もなくムラは大いに栄えた。

やがて渡来人によって農耕がもたらされ、共同体の規模が大きくなるにつれてムラの末裔たちは共同体の指導者層としての地位を確固たるものにしていく。

そのころにはムラはクニと呼ぶべき程に成長を遂げ、女はそのクニの信仰の対象となった。

後の権力の推移や価値観の変遷、そういったものを経てなお女に……私に対する信仰心を抱き続けたムラの末裔

彼らのもとを離れるときにただ一氏族のみ私が伴っていた隠善党以外の氏族を指してただ一文字で

『祀』

最も古い友人の血統にして私自身が否定する私への信仰を未だ抱き続ける彼らこそがこの国で最も古い歴史を持つ超常犯罪組織の正体である。



久能氏族を名乗った玉名監理員だが、実際のところその名に大した謂れがあるわけではない。

隠善の親方が言うには久能氏を名乗るのは俗にいう倭国大乱のころに狗奴国へと移り住んだ氏族が後に名乗ったものであるらしい。

情報の扱いに長けた由緒正しい間者の家系であることはなるほど玉名監理員の仕事ぶりの根拠としては申し分なかろうが、反面今回の件に関して言えば奇妙と言わざるを得ない。

謀略云々は『祀』のもっとも得意とする分野である。

対して直接的な武力行使の面ではそこまで優れた能力を有していないはずだ。

そのあたりは隠善党が昔から監視と情報収集を絶やさずに行ってくれているのでまず間違いはないだろう。

組織としての宗旨替えがあったというのもない話では無いものの、この国で極端な武力を養うのはほぼ不可能と言っていい。

王朝の成立自体が今でいう重大インシデントに相当する皇室を持つこの国において超常管理はもはや国是と呼んでも過言では無いほどである。

歴代の武家政権においても、現代の日本国においてもそれは継承されている。

歴史の古さゆえに厳重に警戒されている『祀』であればなおさら不用意な真似は出来ないだろう。


「今あなたは『機構』の玉名監理員としてではなく、犯罪組織『祀』の一員としてここにいる……その理解で間違いはないですね?」


「ええ、そのように理解していただいて問題はありません。我々は貴女をお救いするためにここにおります」


「救う? 妙な事を言いますね。仮に今私を救うとしたらそれは『機構』の役割でしょう? できれば貴方にはその立場でここにいてほしかった」


千数百年来の再開ではあるが、相変わらずの狂信っぷりである。

加えて時間という名の強力な酸化剤は彼らの思考を歪に錆びさせてしまっているらしい。

少なくとも彼らの先祖であるムラの面々の様な明るさも快活さも無い。

あるのは代々受け継がれてきた異常な信仰心とそれに根差した筋違いの使命感だけだ。


「それで、目的は何です? 私を旗頭にして国盗りでもしようっていうなら見当違いも甚だしいですよ

?」


「姫命……お怒りになるのも分かります。それに我々が野心を持って今回の事件を引き起こしたと思われてしまったとしてもそれは無理もないことだ。ただ我々の目的はその様なモノでは断じてありません」


「どうだか……貴方達を信じて裏切られるのは今回が初めてでは無いんですよ」


感情的に吐き捨てる。

もちろんこれが正しい対応でないことは十分に理解しているつもりだ。

本来ならば彼らからの情報を引き出していくべきであろうし、向こうとしても話をするつもりでここにいるのは明らかなのだから話しぐらいは大人しく聞いておくべきだろう。

だが彼らは私の大切な人たちを傷つけた。

理由が何であれ許す気にはなれないし、歩み寄ろうという気は全く起きない。

遠因として私の存在がこの事態を引き起こしたのだということも更に機嫌の悪さに拍車をかける。

今のこの最悪な気分を彼らにぶつけたとて、きっと罰は当たらないだろう。



本来であれば任務部隊『天逆鉾』はその任務の特性上、編成完結が大々的に喧伝される。

だが今次作戦においては秘密裡かつ迅速に行われた。

どこに敵の目があるかわからない以上、『機構』職員であっても不用意に信ずることができないための措置である。

それでも編成された部隊は全面超常戦レベルのものである。

対PSI装備に身を固めた一個連隊戦闘団相当の実働要員は各特殊部隊や専従戦闘部隊からの選抜

『事案』対応要員たる研究者は能登研究所の別所博士を筆頭にした対PSIユニットを編成して前線に投入される。

更には5つの『特一号事案』を含む二十七個体の『特定管理事案』が超常戦装備として配されているさまは最早テロリスト如きを相手にする隊容ではなく、国家間の全面超常戦のそれだ。

三日前にそれぞれの前進開始位置へと分散した彼らは、定刻通り作戦予定区域に到着した。

到着と同時にそれぞれの所定の位置に潜伏し、隠密裏に包囲を形成

後は超常戦行使部隊の到着を待って攻撃を開始するのみとなった。


「……まだ揃わないんですか?」


「いや、まだ予定時間までしばらくあるでしょ? 落ち着きなよ」


明らかに焦れている様子の小笠原研究員に守屋所長は苦笑いしながらいう。

もちろん超常戦行使部隊の到着と同時に開始される全面攻勢の計画立案に彼女はかかわっているしそもそも『天逆鉾』の首席幕僚である。

各隊の前進序列も作戦計画もすべて頭には入ってる。

ただそれでも逸る気持ちを抑えきれないのだ。


「急いては事を仕損じるという諺もあります。まあこちらでも飲んでリラックスしてください」


「……遠慮しときます」


諏訪医師が差し出した水筒を彼女はそのまま返した。

少し前に妙な薬を飲まされたのである。妥当な判断だろう。

今次作戦において諏訪医師の『チャッピー』は敵の防御を攻撃するために投入される予定である。

なにしろ挺身偵察小隊からの報告では作戦予定区域にはかなり厳重な防御陣地が構築されている事が確認されている。

自衛隊の協力が得られない状況下にあっての陣地攻撃は『機構』には多少荷が重い。

今次『天逆鉾』に編入されているKSSOFのパワードスーツ部隊『白部隊』といえど、対戦車火力を有する掩蓋陣地と正面からぶつかり合えば一溜まりもない。

そのため大量の『チャッピー』と無人航空機による飽和攻撃で敵の対装甲戦力を一時的にオーバーフローさせ、『白部隊』はその優勢な機動力をもって敵防御陣地外縁部を突破する方針になっている。


「せめて大隊戦闘団でも借りられればなぁ……」


「でもそれだと意味ないですもんね」


普通科部隊を基幹として機甲科、野戦特科を複合運用するJ-7の『対処大隊』であればそれこそ薄紙を破るが如く撃滅できる程度の陣地である。

しかし『天逆鉾』の運用目的でもある『機構』の威信回復という面において外部の協力を得るというのは本末転倒である。

たかだか一犯罪組織も独力では対応しきれないなどということはあってはならないのだ。

『機構』の威信はそのままこの国の超常分野における安定と同義と言ってよい。

平素より圧倒的な力で押さえ込んでいる国内の超常使用団体や個人達であるが、もし彼らが「『機構』おそるるに足らず!」と考えてしまえば何がおこるかは火を見るより明らかである。

よくて神代の混沌、悪くすれば破局的終末事態の到来だ。

そうでなくとも己の好奇心やら知的探求心を自制できない科学者だとか刹那的享楽主義者で溢れかえっている界隈である。

『機構』が面子を保つ事は彼らの自尊心云々の様な低い次元の話ではなく、人類の存立に関わる重大な事項と言っても過言ではない。


「しかし……『白部隊』の防御線突破は本当に可能なのでしょうか?」


「うーん、まあ五分五分ってところかなぁ……」


想定上は成功率85%である。

しかし諏訪医師に答えた守矢所長の言葉には机上の想定以上の説得力がある。

柔和で友好的、ともすれば頼り無くさえ思える彼ではあるが、反面『機構』が関わってきた大規模軍事作戦の多くを成功に導いてきた優秀な指揮官である。

加えてかつてくろ収で発生した大規模管理離脱事態の収束に大きく貢献した経験もある。

類い稀な危険感受性と直感力、それらを即座に行動へと反映させる行動力は平時においては『へたれ』と嘲われる部分であり、『早合点』と評される部分でもある。

しかしこの場におけるそれらは平素とは真逆の表情を見せる。

千人塚博士に曰く「空気を読む本能がとんでもない」

その評価はただ人付き合いにおいてのそれを示している訳では無いのだ。


「プランはいくらでもあります! 最悪『事案』をぶつけて消し飛ばしてしまえば良いんです!」


「諏訪先生……君んとこの天才がなんかとんでもないこと言ってるんだけど?」


「おや? 今の彼女は貴方の主席幕僚ですよ?」


小笠原研究員も千人塚研究室の一員として『機構』研究職員の基準に照らしても珍しいほどの場数を踏んではいるが、流石に鉄火場慣れという面においてこの二人には遠く及ばない。

極端に前掛かりな自らの思考と、普段と何一つ変わらぬ様子の二人の思考の差に己の未熟さを見せつけられる様な感覚を彼女は抱いていた。

もっとしっかりせねば、もっと広くを見通さねばと思うほどに思考は凝り固まり、視界はより狭まっていく。

その上彼女の明晰な頭脳は自らのそんな様子をしっかりと自覚させてくるのだ。


「あれま、どうしたのさ? これから切腹でもしそうな顔しちゃって」


そんな彼女の耳に妙に近くから子供の様に高い声が入ってきた。

ギョッとして身体ごと声のした方を向くも、こんな場所に子供などいるわけが無い。


(疲れてるのかなぁ……)


彼女の基準では幻聴が聞こえてくるのは連続勤務時間が40時間を超えた辺りからの筈であり、しっかりと仮眠を取れている現状では起こりえない事態の筈である。

なお、この話を上司である千人塚博士にした際にはとんでもない表情で呆れられ、その後すぐに一週間の休暇を強制的に取らされた経験があるのでそれ以来上司にあたる人間にこの話はしていない。

姿勢を戻し再び端末に目を向ける。


「やあ! 久しぶりだね、小笠原研究員!」


声の主は端末の上にいた。

普通なら幻覚を疑いそうな姿

手のひらサイズの小人だが、彼女はその姿に見覚えがあった。


「あなたは……」


『きさらぎ駅』騒動にて出会った小人

千人塚博士が言うには『機構』職員なのだという彼


「ちっちゃいおっさん……?」


「おっさ……えっと、いきなり酷くない?」


「あ、す、すいません! 博士からそう聞いていたもので」


「うーん、傷付くけど……うん、彼女の言葉なら仕方ないね! 許しちゃう!」


「ど、どうも……」


ミニチュアサイズの『機構』の作業服にはご丁寧にも超常戦行使部隊を示す『F』の徽章が縫い付けられているが『天逆鉾』の構成諸隊の中に小人を運用する部隊はないし、そもそも要員選定に関わっている彼女は全構成員を把握している。

引き連れているのが第3所掌部の特殊部隊『無宗派教団』で無ければ不審者として排除すべき程だろう


「あはは、そんな怖い顔しないでよ! 本部から君達への差し入れを持ってきただけなんだから」


訝しむ彼女らの様子を察したのか、彼は殊更明るく言って後ろを指差した。

車体側面に白スプレーで大きく『F』と書かれた『事案』輸送車両

大型トラックをベースに堅牢な収容部を備えるそれは『機構』の保有する汎用型の輸送車両の中でも最上位のものだ。

特定管理事案の搬送も可能な車両に入った差し入れ


「まあ、多分君達にとっては安全だから中身を確認してみてよ!」


「分かりました。ちょっと残機を取ってきますね」


「うん、規定通りのいい対応だね! 流石は千人塚博士の後継者だ」


正直なところとして使える物ならなんでも欲しい現状においての本部からの差し入れである。

指揮官である守矢所長の許可を得て彼女は受け取りに向けた確認作業を行う事にした。

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