武威 4
※こちらは 環境科学研究機構 中央通信統制所 秘匿通信アーカイブへのアクセス端末です
※一般用途用電算機ではありません
※B1クラス致死性有害情報兵器投影が行われます
※閲覧記録は保管されます
※アクセス開始から終了までの間 当該エリアは封鎖され 常時監視下に置かれます
※警告※
これよりB1クラス致死性有害情報兵器の投影を開始します
許可された人員以外は直ちに離席し 保全要員の到着を待って下さい
バイタルを確認中…
正常
生体認証を開始します
センサーに所定の部位をかざして下さい
所定の手順で発声して下さい
確認中…
認証
ようこそ、蝗帛ョョ逅?コ
リクエストされた記録を表示します
なお、この記録は保全上の理由で一部情報が秘匿されています
秘匿情報の開示は十部秘書科まで申請して下さい
■■■博士(以下、博士)「はいはい、どうしました?」
■■(以下、■■)「忙しいところすまないね」
博士「そう思うんなら無闇矢鱈と仕事振るのやめてくれて構わないんですよ?」
■■「はっはっは、【削除済み】からすればこの程度働いたうちに入らないのではないかな?」
博士「(溜息)そういう高度経済成長期のノリ、やめた方が良いと思いますよ? 普通にパワハラだし」
■■「ふむ……であれば他の者と話すときには気を付けるとしよう」
博士「私は?」
■■「遠慮し合う様な間柄では無いだろう?」
博士「爺ぃ……」
■■「おっと、話が逸れてしまった。今日は聞きたい事があってね」
博士「聞きたい事?」
■■「君のところの【秘匿】の事だよ」
博士「……何の疑いをかけてるか知りませんけど、あの子にやましい事なんてありませんよ」
■■「いやいや、誤解しないで欲しい。【秘匿】が優秀で献身的な職員であるということは私も十分理解しているつもりだよ? 彼女が今後の『機構』のリーダーの一人として相応しいかどうか、それを上司である君に聞いておきたいと思ってね」
博士「それって……」
■■「うむ、主幹研究員への昇格が検討されている」
博士「よ……」
■■「よ?」
博士「いよっしゃあーっ! (判別不明の絶叫、2分37秒)」
■■「……落ち着いたかね?」
博士「あはは、ごめんなさい! いや、そういうことなら何でも答えますよ! 何が知りたいです? 体重とスリーサイズ以外なら出血大サービス、持ってけ泥棒!」
■■「(溜息)まず、今回の推薦の決め手になった論文について教えてもらえるかな? 『精神-物理相互干渉波と多元干渉遮蔽波形の相関における基底世界線時空間平面上の力場的ボイドの形成について』というものだが……」
博士「ああ、あれ! 滅茶苦茶よく書けてますよね!」
■■「単刀直入に聞かせてもらう。あの理論の実用化は可能だろうか?」
博士「実用化……考え方によるとしか言えないですけど……その理論を応用した装備は開発中ですよ?」
■■「なぬっ?! (何かのぶつかる音、苦悶の呻き声)」
博士「ちょ……大丈夫ですか?」
■■「あ、ああ……すまない。そうか……いや、君と君の認める天才であれば……それでその装備というのはどの様なモノだろうか?」
博士「うちが音頭とって作ってる『機動装甲システム』は知ってますよね?」
■■「知っているも何も何年か前の誕生日にド派手な塗装の施された専用機とやらを贈ってくれたではないか」
博士「あー、ありましたね! 確かmod.11だったから今度最新のに更新しますね」
■■「う、うむ……まあ『白部隊』にでも回してやってくれ」
博士「相変わらず遠慮深いなぁ……流石都人……まあいいや、それでなんですけどどうしても精神エネルギー防護が弱点なのも報告上がってますよね?」
■■「ああ……しかし仕方なかろう。精神エネルギー遮蔽となればどうしても大掛かりに……まさか……!」
博士「ふっふっふ……そのまさかですよ! 最新のMK.9mod.27のフレームに『限定的ボイド動力装甲システム』を組み込んだ【秘匿】の自信作! 『100シリーズ』の開発は順調に進んでます!」
■■「なんと……! まさかそこまでとは……」
博士「今のところ技術実証機の段階ですけどね、それでも【秘匿:黒2】の非物理干渉での精神エネルギー照射に耐えて肉薄が可能な性能です」
■■「いやはや……【秘匿】が新進気鋭の精神エネルギー研究者だというのは聞いていたが、もはや世界的権威と言っても過言では無いのかも知れないな……」
博士「どうします? 理事会でのプレゼン用に実機とデータ送りましょうか?」
■■「是非ともお願いしたい。これほどであれば否を唱える者はいないだろう」
博士「良い報告期待してますからね?」
■■「うむ! ではまた!」
東京都千代田区 環境科学研究機構本部庁舎
【削除済み】区画
無数のディスプレイが配された室内、簡素な応接セットに座っていたのは一人の老人だった。
「二人ともよく来てくれたね、さあ座ってくれたまえ」
穏やかな表情で、穏やかな声音で老人は言う
「あ、はい」
本部庁舎内である。
それも秘書科の面々が控えている中とあれば少なくとも味方であることは間違いは無いだろうと、小笠原研究員は素直にその言葉に従った。
「所長、どうしたんです?」
しかし守矢所長は立ち尽くしたままだ。
「まさか……十河理事……?」
「へ……?」
「うむ、こうして直接顔を合わせるのは初めてだったか……」
ともかく座るようにと改めて促されて守矢所長は小笠原研究員の隣に腰をおろす。
「では改めて自己紹介をさせてもらおう。執行部理事の十河だ」
「あ、ええと甲信研の所長の守矢久作です」
「こ、甲信研千人塚研究室の小笠原富江です……その……本物ですか?」
「ちょっと! 小笠原君?!」
「いや、構わない。当然の疑問だよ」
すっとんきょうな声をあげた守矢所長を十河理事を名乗る老人は穏やかに制する。
そもそも執行部理事の所在の秘匿は『機構』の服務規程において厳に定められているものであり、その中には職員との不必要な接触の禁止も含まれている。
型破りな現場叩き上げの六角理事はさておき、十河理事といえば『機構』設立に携わった古株の理事であり守旧派たる『均衡派』の筆頭である。
最も厳格な機構職員と呼ばれる二葉理事程では無いにしろ、簡単に規定を無視するような立場でも人柄でも無いはずだ。
その前提をもって小笠原研究員はこの人物の言葉に疑いを持ったのである。
「しかし私にその疑問を払拭するだけの言葉が無いことも理解して欲しい。信じることが出来ないのであれば千人塚博士奪還作戦の最高指揮権者の老人という理解でも構わない」
「……そうですね、『機構』が本気を出したら真実と虚偽の境界を見極める事なんて素人には不可能……わかりました」
それは彼女の師が呆れ顔で全般職種の仕事ぶりを評して放った言葉だ。
しかし、あくまでも味方であることだけは確実であろう。
偽りがあれど直接的な『機構』への不利益が生じる事は無いだろうと理解して彼女はとりあえず疑問を脇においておくことにした。
「しかし……妙なモノだ。こうまで対照的だというのは」
「対照的……?」
「二人は言うなれば彼女の直弟子だろう?」
どこか楽しそうに言う老人
「彼女……千人塚博士はおおらかに見えてその実世界のほぼ全てを疑っている。その側面を君はしっかりと受け継いでいるらしい」
「研究者であれば当然のことでは……?」
「もちろん理を疑い、真実に至る道を見極めるのは研究者のあるべき姿だろう。だが彼女のそれは恐れに根差したモノだ。君達も彼女が歩んできた人生は知っているだろう?」
『機構』における最高機密の一つである千人塚博士の事案的特性
顔を見合せた二人は小さく頷く。
「本来の彼女は人懐っこく寂しがり屋などこにでもいる普通の女性だ。知恵と命、歪んだその二つさえなければ君の様に心から明るく朗らかに過ごせただろう。守矢所長」
この老人が千人塚博士とどの様な関わりを持っているのかは知りようが無い。
それは彼が十河理事その人であろうが、何らかの目的の為にそう名乗っているだけの別人だろうが同じことである。
ただここではない、今ではないどこか遠くを懐かしむ様な瞳は二人の関係の深さを伺わせる様であった。
「おっと、話が逸れてしまった。今日来てもらったのは他でもない。千人塚博士の奪還について君達と話しておきたいと思ったからだよ」
「奪還……そうは言ってもあれからずっと本部にいて外の状況は全くわからないんですけど……」
守矢所長がおどおどと言う通りである。
しかしながら、ありとあらゆる局面に対応するために無数のパターンでの対PSI戦闘計画及び人質奪還作戦の計画立案を寝る間も惜しんで作成してきた小笠原研究員からすれば我が意を得たりと言うべき心持ちである。
「もちろん状況の説明はさせてもらうとも。ただ千人塚博士がいない以上、この件で我々が勝利を掴むには君達二人には大いに働いて貰わねばならない」
「私はやります!」
故に何をさせようというのか知らされないままであっても彼女は決意を固めていた。
千人塚博士がいれば「チョロすぎて心配になる」と言われたであろう程の即断はしかし彼女の行動力の源泉であり、それを涵養したのは他ならぬ千人塚博士の見せる背中である。
「僕ももちろんやりますけど……具体的には何をすれば?」
守矢所長の問に老人は一冊の冊子を取り出して二人に渡した。
「詳細はそこに書いてある通りだが、我々は『天逆鉾』の編成を進めている」
「『天逆鉾』って……あの『天逆鉾』ですか……?」
目を丸くする二人に老人は確と肯く
任務部隊『天逆鉾』
状況に応じて編成される『機構』の任務部隊の中でも最も特異な部隊の一つである。
圧倒的な武力を以て『機構』の威を示し、日本国内外に於ける超常管理活動の安定化に資する事を目的に編成される。
『保全財団』の日本国内からの排除『アオフシガキ計画』の中で初めて編成され、以降『諏訪光司重大インシデント』に伴う『笹塚製薬』の殲滅や本人の追討、関連組織の殲滅や『三柱重工の実験事故に附帯する人工知能拡散重大インシデント』の対応などで編成されてきた。
いずれも共通するのは『機構』の威信が地に落ちた『案件』において編成されるということだ。
『怒りの右手』『蝗害』『最後の引き金』
様々な別名で呼ばれるこの部隊の編成は即ち面子を潰された『機構』の怒りの程を示しているとさえ言えるだろう。
「現在各方面から信頼できる人員を抽出している。守矢所長にはこの部隊の責任者として参加して貰いたいと思っているのだがどうだろうか?」
「いやいやいや! 無理です! 僕なんかより九一の田川所長とか東一の高城所長とか、とにかくそういう人達じゃなきゃ無理です」
「はっはっは、君のいう『そういう人達』が君にしか出来ないと推挙しているのだよ?」
「へ……?」
「君は自分で思っているよりずっと指揮官としての技量において優れている。もちろん、根が工学畑の研究者で直接の『事案』対応にそこまで慣れていないことは重々承知だが、そこに関しては其方の小笠原研究員をはじめとした専門家がサポートに付くし、戦闘に関わる幕僚の選定は君の意見を最大限取り入れていくつもりだ。どうだろう? 幾つもの重大インシデントや多国籍作戦を成功に導いた君の手腕を再び貸しては貰えないだろうか? 我々の……そして千人塚博士のために」
普段の情けない姿を見ていると過分な評価としか思えなくも無いが、反面老人の言葉は真実であるとも小笠原研究員は思う。
それは守矢所長が過去に成し遂げてきた数々の輝かしい功績を見れば明らかであり、海千山千の『機構』の博士達に人柄に関して茶化される事こそあれど、一度としてその能力を疑われている姿を目にしたことが無いことが証明している。
「そして小笠原研究員、君には精神エネルギーの専門家として守矢所長のサポートに入って貰いたい」
「分かりました!」
「いやはや、話が早くて助かるよ。それともう一つ……君の103型機動装甲システム、一週間でどの程度の生産が可能かな?」
「103型……T-103パワードスーツの事なら今ある分以外だと5機……勝沼のラインを割いて貰えれば20機くらいでしょうか」
「ふむ……ではこちらから話を通しておこう。二人はこのまま地上に上がってそれぞれ必要な作業に取りかかって欲しい」
「あの……一個聞いても良いでしょうか?」
「なんだね?」
それはこの老人が十河理事だと仮定した場合に生じる疑問
「その程度の話をなぜ私達に直接会って伝えたのですか?」
命令の示達であれば書面を以て通達すれば済む話である。
それ以外にも理事会との秘匿通信回線は『機構』の各施設に備えられているはずだ。
重要な話である事は分かるものの、態々直接会って伝えなければならない様な話だとはどうしても思えなかった。
そこにいったいどんな意図があるのか、それはある種当然の疑問と言って良いだろう。
「うむ、そのことかね」
なにかしらの秘密に触れるその覚悟を以て放った彼女の問に老人はそれまで以上に穏やかな声音で、優しげな表情で答える。
「大した話では無いよ、ただ一度……この身が朽ちる前に会っておきたかっただけさ。彼女が育んだ愛し子達にね」




