武威 2
執行部理事会向け内部監査報告書
※隔秘指定
※最高機密指定
※本文書の閲覧に際し、以下の各項目を禁止する。
1 文書の内容を発声する事
2 文書の内容を筆記する事
3 文書の内容を撮影する事
4 本文書閲覧端末に、可搬記憶媒体及びその他の記憶装置を接続する事
5 複数人で文書を閲覧する事
※本文書の閲覧は以下の人員にのみ許可される
1 執行部理事会構成人員
2 各部秘書科職員のうち、重大インシデント5340捜査専従要員指定を受けた者
3 各部特別所掌実働職員(以下、特殊部隊員)のうち、重大インシデント5340捜査専従要員指定を受けた者、及び同実員指定を受けた者
4 人事監査室所属職員のうち、本監査の実員指定を受けた者
5 会計監査委員会所属職員のうち、本監査の実員指定を受けた者
※以上の各項目に違反した場合、及び文書記載内容の漏洩が認められた場合、身柄を即時確保され特別懲戒処分を含む厳罰が下される。
※本文書の内容の人為的漏洩が明らかに認められる場合、保全要員には現場判断による漏洩行為者の射殺を含む情報保全上必要なあらゆる措置が許可される。
※閲覧資格の確認のため本端末はサブリミナル型致死性有害情報兵器を継続的に表示する。誤って本文書にアクセスした場合は速やかに本端末を閉じ、保全要員の到着を待つこと
本端末は環境科学研究機構中央情報保全室により常時監視されている
重大インシデント5340に伴う緊急内部監査報告書
(理令-ZA5340)
概要
本文書は重大インシデント5340捜査に伴う内部監査の報告書である。
本監査に伴い発覚した各内規違反は別表5340-7-1を参照すること。
本監査に伴い発覚した各内規違反のうち、重大インシデント5340と関わりの疑われる事例について報告する。
それ以外の事例については報告書(理令-ZA5340イ)を参照
詳報
事例43-1 中部研究所 堂方研究室
使途不明の金銭が幾つかのペーパーカンパニーを経由して雨傘製薬に振り込まれていた形跡がある。
堂方研究室所属人員の身柄を拘束し取り調べを行っている。
事例78-6 山陰研究所 物部研究室
短期間に大量の測定機器の紛失(別表5340-78-6)が認められる。
PSIに関係する機材が多く、物部研究室所属人員の身柄を拘束し取り調べを行っているが、理事会命令の研究業務の一環であると本件への関与を否定している。
事例109-12 九州第一研究所 鞠地研究室
長期間継続して大量の食肉の購入が行われている。(別表5340-109-12)
重大インシデント5340におけるニンゲンの餌であるとの嫌疑から捜査を進めるも、現在鞠地博士以下研究室所属人員は行方不明となっている。
これに関しては逃亡以外に鞠地博士のESPによる捜査員と敵対勢力の誤認による避難の可能性が高いため、慎重に捜査及び追跡を継続する。
事例226-8 情報本部 テロ対策室
職員行動履歴調査により、情報本部テロ対策室(以下CTC)所属の複数の全般職種調査員が米国大使館職員及び在日米軍と許可なく接触していた形跡が認められる。(別表5340-226-8)
重大インシデント5340にて行方不明となっている玉名監理員を除く当該の職員の身柄の拘束を進めているが、浸透調査業務に従事中の職員が多数含まれているため、全員の身柄の拘束には時間を要する事が推測される。
事例498-1 甲信研究所 千人塚研究室
職員への聴取により、当該研究室所属の諏訪主幹医療研究員が海洋部会議場に複数の有毒化学剤及び生体兵器を持ち込んでいたことが明らかになっている。
現状として資材及び金銭、情報に重大インシデント5340における犯行組織との繋がりを示す証拠は無いものの、詳細な監査の必要があるため、諏訪主幹医療研究員の身柄を本部から人事監査室へ移管するよう要請する。(移管申請書 緊査第673号)
事例498-2 北海道統合管理局 研究業務委託事業者
篠崎藤十郎医学・生理学博士
海洋部会議場における生体兵器の不正持ち込み、会場警備任務部隊による避難命令無視、自衛用途外戦闘行為禁止協定違反(個別契約 委託ST001-0924第7条5項)、認可外生体兵器製造(UNPCC勧告8972号及び、勧告8972号施行に伴う日本国政府及び環境科学研究機構共同布告)、追跡装置携行義務違反(個別契約 委託ST001-0924第62条12項)が確認されている。
重大インシデント5340における犯行組織への敵対行動が確認されているものの、当該重大インシデントにおいて確認された未知の生体兵器との関連を否定できないこと、超常医療における第一人者であることからより詳細な監査が必要である。
そのため篠崎藤十郎博士の身柄を北海道統合管理局から人事監査室に移管するよう要請する。(移管申請書 緊査 674号)
東京都千代田区 環境科学研究機構本部
UNPCC年次首脳会合を襲った未曾有の重大インシデント
詳細こそ伏せられてはいるものの、それ自体は別件の調査業務に従事していた鹿島健人上席調査員の耳にも入っていた。
犯罪組織『ゴースト』
零細ではあるものの、あらゆる事案性インシデントにおいて関わりが疑われる団体である。
この数年間その専従対応要員として業務に従事し続けてきた彼が今日この場にいるのは異常な事だ。
目の前に並べられた黒2相当の機密書類は明らかに今回の重大インシデントに関わるモノばかりであり、彼の担当とは明らかに異なっている。
「以上が重大インシデント5340の概況です。ご理解いただけましたか?」
「ああ、概況自体はな……状況は未だにさっぱりだが」
「らしくありませんね、猟犬」
「それはこっちの台詞だ。そもそも何故君がこんな場所にいる? それもこんな年の瀬の忙しい時期に」
何よりも目の前で重大インシデント5340の説明をしたのが彼女というのも引っかかる部分であった。
所管地域に甲信研究所と諏訪大社を抱える長野支部情報課長、田島佳澄上席調査員
優秀な全般職種調査員であることは彼もよく知っている。
何しろ数少ない生き残っている同期の一人であり、出世頭の彼女の情報は嫌でも耳に入ってきていた。
「ご心配なく、長野支部は優秀な職員が揃っていますので」
「端から心配なんかしちゃいない。疑ってるんだ」
「疑う? 妙な事を仰いますね」
「この仕事をしていれば当然の疑問だと思うが?」
『機構』の所掌・所管は厳密である。
加えて情報管理権限から見てもこの件に深く関われるほどの権限を有しているとは思えない。
あくまでも長野支部情報課の長であり、異例のZA指定を受けた重大インシデント捜査の最前線に立つというのは明らかに荷が勝ちすぎている。
「新人の様な口振りです。これだけ長く仕事を続けていれば横紙破りの一つや二つしたことはあるでしょう?」
「そこに関しては否定はしない。だがそれにしたってこれはやり過ぎだろう」
「貴方にそれを知る権限は無い。そう言ったら?」
「だとしたらお手上げだな、あくまでも私も『機構』の歯車の一つだ。だがな、あんたからは妙な匂いがするんだ」
数多くの秘密工作を成功に導き、業績から見ればもっと枢要な地位に就いていてもおかしくない彼が未だに現場監督者に拘り『機構』上層部がそれを許し続けた理由
そして『猟犬』の渾名の由来
それが彼の『事案』的とさえ喩えられる並外れた嗅覚である。
イヌの約二倍、『ワンワン』と較べても約1.5倍に相当する嗅覚受容体遺伝子を持ち、人の感情すら判別しうるとさえ謳われる程のそれだ。
その原理はハッキリとはしていないものの、あくまで超常的特性では無く通常の個性の範疇であると判断されている。
「嘘をついているとまでは言わない。いや、本当の事しか言っていないのは分かる。だがな、それだけじゃ無いはずだ」
常人とはかけ離れた程に感情が複雑に入り乱れた様は癖の強い全般職種調査員にはありがちである。
良くも悪くも真っ直ぐな研究職や自己の有り様について確固たる軸を持った直協職種調査員の様に感情の動きを匂いから完全に判別するというのは難しいとはいえ、田島調査員が何かしらを隠している事を彼は感じ取る事が出来た。
「まったく……匂い云々の話はあまりしない方が良いと皆にも言われているでしょう? 貴方の事を知っている相手なら良いとしても知らない人にそんな事を言ったらデリカシーが無いと思われてしまいますよ」
「それなら問題ないだろう。あんたらほど私の事を知っている相手もそうはいないからな……で、どうなんだ? まあ話せない、話したくないって事なら深追いするつもりは無いが?」
二人は諜報員である。
それも各国から厳重にマークされる程の大物だ。
彼女の隠している秘密が『機構』公式のモノであれ、彼女の個人的なモノであれ、その真意を聞き出すことは不可能だろう。
その事は彼も十分に理解している。
そもそも業務遂行に必要の無い情報な上に仮に必要になれば自ら獲得に動けば良い程度に考えていた。
大勢の部下や協力者の命のかかった情報である事を思えば、恣意的に歪められている可能性の高い諜報員によって開示される情報などより自分達の手で精査した情報の方が安全性は高いものである。
「……本当に厄介な人です。今は敵で無い事に感謝しましょう」
彼女は立ち上がり彼の元に歩み寄る。
「譲れないものがあるんです。私たちの使命を擲ってでも成し遂げなくてはならないものが……」
耳元で小さく呟かれた言葉は、ともすれば背信さえも疑われかねないものだ。
であるにも関わらず何事もなかったかのように再び席についた彼女の表情は一切の変化がない。
「では楽しいお喋りはこのくらいにしましょう。お仕事の話に移っても?」
真意がどこにあるにせよ、これ以上の追求は無意味であると判断した彼はその言葉に従うことにした。
「まずはこの写真を……ここに写っている人物に見覚えは?」
差し出されたのは二人の人物が写っている写真
それぞれ複数の写真があるが、そこに写っている男女に見覚えは無い。
だが、彼は一枚の写真に気付いた。
ホラー映画の登場人物よろしく不気味な風貌の女は別の写真に写っている女と同一人物であろうが、しかしその一枚に写っている姿は彼がずっと追い続けてきた相手の姿……目撃情報にあった姿によく似ていた。
「なるほど……それで私が呼ばれたわけか……」
「ええ、あなたの報告書にあった『ゴースト』の首魁によく似たPSI能力者……どう思いますか?」
「いくつか疑問はあるな……」
『ゴースト』は犯罪組織ではあるものの、その行動は善良な価値観の上に行われていると彼は判断している。
実際、『ゴースト』との衝突においては『機構』以外の人員の損耗は最小限である。
そもそもとして彼らによる敵対行動の大部分は自衛の範疇で行われたものであり積極的敵対行動は今のところ確認されていない。
加えて『保全財団』との関わりが強いと言われる彼らが米国とも完全な敵対関係にある『アゴ』の下請けの様な真似をするとは考えにくい。
そして何よりその素顔である。
今まで頑なに素顔を曝さなかった『ゴースト』の構成員、それもその首魁が堂々と衆目にその顔を曝すというのも奇妙な話だ。
陶器の様に白い肌に赤黒い目、顔の半分を覆うようなケロイド状の傷痕……傷痕は髪で隠していたとしても、それ以前のごく普通の……息を飲むほどに美しい事を除けば何の変哲もない姿との違いについても不明だ。
あらゆる部分が不明瞭である。
「なるほど……やはりあなたを呼んで正解でした」
しかしそれらの懸念を聞いた彼女は満足そうに頷いた。
「今のところ『機構』内でも『アゴ』によって引き起こされた事態だという見方が優勢ですが、私はこの件に『アゴ』は関わっていないのでは無いかと考えています」
「その根拠は?」
「人の流れ、金の流れ、物の流れ……あらゆる証拠が『アゴ』の関与を示している。私達『機構』の事を他の誰よりよりも知っているはずの四宮元理事が率いる団体であるにも関わらず、です」
「誰かが意図的にそういう形の証拠を残していると?」
「そう考えるのが自然でしょうね」
あり得ない話だと思う。
そもそも『機構』の人的諜報と情報分析力は世界でも有数だ。
偽情報を流そうとしたところで意味があるとは思えない。
そう考えたところで彼は気が付いた。
彼女が何を言わんとしているのか、異例ずくめのこの重大インシデントにおいて敵が見事にその目的を果たしおおせたのかを
「気付いていただけた様ですね……この会話も、まあそういうことです」
どこに潜んでいるか分からない敵、今まで『機構』にとっては仕掛ける事こそあれど、敵対勢力がここまでの浸透を果たすことなど考えもしない事態である。
「よろしければこの後昼食でも一緒にいかがですか?」
「そうだな、神田の辺りにランチ営業もやってる旨い居酒屋がある。折角だからご馳走しよう」
事は単なるテロでは無い。
下手をすれば四宮元理事の離反にも匹敵するクーデターの可能性もある。
状況がどう転ぶにしてもプロとして最善を尽くそう。
彼は覚悟を決めて席を立った。




