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祭祀 1

環境科学研究機構海洋部洋上移動拠点

会議場区画


「おおっ! なんということだ! この程度の、こんな程度の事に迷える子羊を浪費するなどと……!」


『チャッピー』の群れをいとも容易く殲滅し終えたマーシー教授は先程から怒りを滲ませながら一人で大騒ぎしている。

支離滅裂な言葉だが、纏めると人命を軽視する敵のやり方が気に食わないという事らしい。

どうせやるのならばもっと高品質な『チャッピー』に仕立ててやるべきだ、と。

どの道人命軽視には変わらないだろうし、そもそも彼にそんなことを言われる筋合いのある人間などこの世界のどこにもいないのでは無いだろうか?

藤森伽耶はその様な事を上司の大嶋調査員に尋ねたが、彼は彼で業界の誇る変態の考えなど知らないし知りたくも無いというスタンスである。

まともに取り合っていたら脳が焦げる。とは彼の言だ。


「ふむ……雨傘製のホワイトブラッドが34%に有機ナノマシンは『祈りの家』製……筋繊維の配置からみても雨傘の『チャッピー』でまず間違いは無いでしょう」


諏訪医師は諏訪医師で倒した敵の『チャッピー』について分析を始めていた。

分析とはいっても設備があるわけでは無いので正確には『味見』と呼ぶ方が正しいだろう。

味覚を用いて生体の成分分析を行うという特技であり、その精度はアン・マリーのラズベリーソース以外であれば8割を超える。


「ということは襲撃者は雨傘ですか?」


「そうとも言い切れないでしょう。雨傘の製品を購入した何者かの仕業かも知れません」


「その辺りは雨傘からの金の流れを見てみないことにはどうにもなりませんね……」


マーシー教授と比べると、諏訪医師は多少まともである。

それは性根に関わる部分では無く『機構』で長く超常管理の仕事に就いてきた経験によるものだろう。


「とにかく早いとこ避難しましょーーうわっ!」


船体が大きく傾いた。

それは木の葉が波頭に惑う様な大きな動揺

この巨大なメガフロートにおいて襲撃の発生したこの日でさえ誰も感じた事の無いほどのものだった。



指揮統制船『みやじま丸』


「ったく、なんだってんだこいつらは……ネズミだと思うか?」


福島船長こと六角理事は血溜まりの中に沈む死体の腕を持ち上げながら副官の秘書科隊員に尋ねる。


「どうでしょう? 状況としては黒なのでしょうが……」


「だよなぁ……イマイチ何を考えてるのか分からねえ連中だもんなぁ……」


無造作に死体の腕から手を離した彼は席に戻る。


「まあ、尋問すりゃあ分かるだろう。そんなことより『ニンゲン』が先だ」


中央倫理委員会職員の中で指揮権者の女だけは生かしてある。

現状として両手脚を打ち抜き拘束、その後に腱を切断した上で猿轡を噛ませて営巣に放り込んである。

特殊部隊と比べれば戦技の見劣りこそあるが、それでも秘書科隊員は直協・全般両面に通じる精鋭中の精鋭である。

そもそもが戦闘を想定されていない中央倫理委員会職員による反乱程度問題にもなりようが無い。


「状況はどうなってる?」


「概ねこちらが優勢です! いえ、待って下さい……」


「どうした?」


「一体が空爆を逃れて高速で会議場に接近中! 速度……340ノット……」


「は……? 何かの間違いじゃ……」


340ノットといえばソ連のスーパーキャビテーション魚雷シュクヴァールの概ね1.5倍である。

飛翔体であれば納得もできるが、水中速度でのそれは生物が耐えうる速度を遥かに超えている。


「間違いありません! いえ、更に加速中です!」


「ありったけの無人機を向かわせろ! 航空部もだ!」


最早船でどうこうできる速度でも距離でも無い。

何が向かって来ているにしても、明らかに放置するわけにはいかないだろう。



会議場区画


なるほど、流石はPK能力者だ。

私の首をもぎ取って回収したらしい。

何が文化的だ。とんでもなく野蛮じゃないか!


「うへぁ……気持ち悪い……断面が……」


男の方は男の方で実に失礼だ。

乙女に向かってキモチワリイなんて絶対に禁句だろう。


「その辺りは申し訳ないが我慢してくれ、彼はあまりデリカシーの分かるタイプでは無いのでね」


女の方はそんなことを抜かしている。

デリカシーの無さであればこいつも相当なものだ。

そもそも会話の最中に相手の首をもぎ取るなんてデリカシー以前の問題である。

バーカ! おたんこなす! 亡霊顔!


「それに関してはお互い様だよ、エイト」


女は何かを男に向けて投げた。


「マジでやるのか? 正直グロいのはかなり苦手なんだが……」


「知ってるさ、ただ早くしないとケースに入らなくなってしまうよ?」


「あー! 分かったよ! やるよ! 断面だろ!!」


首の断面、既にかなり再生の進んだ部分にチクリとした痛みを感じた。

注射……?

だとしたら無駄のことだ。

大抵の毒薬や麻酔薬は私には効かない。

いや、正確には薬効がある程度まで進むと私の事案的特性による再生の対象になる。

今打ち込まれた薬が何であれ、何の意味もーー



出会いの印象は最悪だった。

いきなり斬り掛かってきた武人に良い印象を抱く事などはまず無い。

それでも彼の出自を知った以上放り出すことは私には出来ない。

それは私の感情のみに起因する行動である。

合理的な判断という事であれば今は一旦人を呼んで追い払い、後々彼の準備が整うのを待ってから改めてとするべきだろう。

それでもそのやり方を選ばなかったのは純粋に寂しかったから……ずっと待っていた相手にようやく再会出来たからだ。

私の事を『覚えていない』というのなら思い出してくれるまで共に過ごせば良いだけの話だ。

今となっては馬鹿な選択だと思う。

彼が後継者だというのも彼の言葉以外に証明する術は無いのだ。

相手の企図が言葉通りとも限らず、正体も分からない相手の言葉を鵜呑みにするなど、今の私だったら絶対にしないと言い切れる。

ただ、この時の私は限界だった。

ずっと昔の、何も無かった頃の私だったら耐えられた。

彼に出会う前であれば耐えられた。

しかし、私は温もりを知ってしまった。安らぎを得てしまった。

そしてその両方を失ってしまった。

もう、元の何も無い頃の私には戻れない。

それが彼に手を伸ばしてしまった弱い私の選択の理由だ。


「意地を張らずに中に入ったら如何ですか?」


何度目か分からないが彼に声をかける。

外は激しい吹雪だ。

いくら屈強な武人であったとていつまでも耐えられる様なものではない。


「はっ! 物の怪の巣に自ら踏み入るほど豪胆では無い!」


ずっとこんな調子だが、声は震えているし唇も真っ青だ。

そもそもここに到着した時点で大分寒さで弱り切っていた。

やせ我慢もいい加減にしなければ死んでしまう。


「はぁ……仕方ありませんね……」


私は一旦屋内に引っ込み身体を温める。

加えてなるべく多くのお湯を飲む。

死体の様に冷たい私である。

これくらいしないと何の役にもたてないのは分かりきっている。


「これならば多少はマシでしょう?」


そのまま彼の元に戻り、襦袢を開けさせて素肌を重ね合わせる。

同時に腹部を襲う冷たい鉄の感触と痛み

いきなりの事で動転したのか、それとも『物の怪』が己を遂に害そうと動いたと思ったのかは分からない。

それでも咄嗟に剣を突き出した彼の判断は武人として正しいものと言って良いだろう。


「気は済みましたか? 何なら傷口に手を入れて温まって頂いても構いませんよ?」


「なんの真似だ……何を企んでいる!」


「先に言った通りです。貴方には死んで欲しくない。ただそれだけです」


それは私の偽らざる本心

そして心から願うエゴだ。


「……分かった。一先ずは離れてくれ」


「お断りいたします。ここにいては遠からず凍えて死んでしまう。科野の冬は貴方が思うより厳しいのですよ?」


「分かっている。其方の言葉に従おうと言うのだ。だからその様に肌を晒すな」


今様の貴族というのは上品になったものだ。

噂には聞いてはいたものの嘗てのそれを知る身としては年頃の武人が恥じらいを見せるというのは非常に新鮮な気分である。

まるで生娘の様に顔を赤らめている。

出自を思えば可愛らしく愛おしいが、同時にやはり覚えていないのだと何とも言えない気分になってしまう。


「ではこち……ごほっ……失礼……」


腹に刺さったままの剣を引き抜く。

鈍い痛みと共に血と臓物が零れ落ちる。


「お……おい……」


「なんて顔をなさっているのです? 『物の怪』相手に」


心根の清い若者だ。

しかし少々間抜けにも写る。

彼であればどうしただろうか? いや、この自問は無意味だ。

今や『彼』こそが『彼』なのだから……


「では、改めてこちらへ」


今にして思えば、年甲斐も無い恋慕の情

遥かな時を生きてなお残っていた私の心の瑞々しい動きは、正真正銘の『本物』である『紛い物』を『本物』であるかの如くその胸に抱こうとしている。

我ながら浅ましいと思いつつも、この季節に似つかわしくない胸中の情動を押し留める事などこの時の私には出来ようはずも無かったーー



「エイト、どうだい?」


「もういつ目覚めてもおかしくないはずです。ただ、先生方が言うには分からない事が多すぎて断言は出来ないと……」


「まあ、それもそうか……ありがとう」


「いえ、また何かあったら呼んで下さい」


「おーい、レイス! エイト! 昼飯何味にする?」


「私はもう戻るんで大丈夫です!」


「セブン! 私は謎肉の奴がいい!」


「はいよ!」


懐かしい夢

そこから引き戻された私の耳に入ってきたのは妙に生活感の溢れる会話だった。

夢と現実で混濁した頭の中、うんそうだ!

レイス、セブン、エイト……襲撃者の会話に出てきた言葉、恐らく連中の名前だ。


「おや、目が覚めた様だね」


これだからPSIは……狸寝入りも通じやしない。


目を開く。

ぼやけた視界……目が慣れてきて最初に目に入ったのはパイプ椅子に逆さ座りしてこちらを眺めている例のPSIの女……多分『レイス』だ。


「自己紹介の手間が省けて助かるよ、気分はどうだい?」


「最悪の気分ですよ、出来れば貴方の顔は見たくなかった」


「ふふっ、挑発的な事だ……だがまあ気持ちは分かるよ? 君が相手では私達が掴めるのは精々がスティールメイトだ。互いに決定打を与える程の手駒は無いからね」


ここぞという場面でイマイチ弱点になってしまう私の事案的特性だが、順当に考えれば敵からしたら厄介極まりないものだと言うことは十分に理解できる。

拉致された時に打ち込まれた麻酔薬こそ想定外だったが、私が邪魔な連中からすれば盤面から完全に退場させる事が出来ないというのは目障りで仕方が無いだろう。


「まあ、君が完全に退場してしまったのでは困ってしまうのだけれどね」


「ああ、なるほど『アゴ』は私の身柄を欲しがっているみたいですしね……四宮元理事は何の目的で私に拘っているんです? 不老不死の法ですか?」


「『アゴ』……? ああ、なるほど……中々に心外な評価だね、私達をあんな気狂い連中と一緒にするなんて」


連中は『アゴ』では無い……?

だとすると一体何者だ?

わざわざあれだけの事をしてその成果が私を拉致する程度……どう考えても割に合わないだろう。


「それに関しては心配ないよ、どのみちもうすぐ分かる事だからね」


「それは主犯について? それとも貴方達の目的について?」


「主犯について……というか依頼人についてだね」


「では折角なので貴方達の目的をお聞きしても?」


「面白いことを言うね、君達『NERO』に自分から手掛かりを差し出せと? 残念ながらそこまで君達を見くびってはいないよ」


『NERO』……ああ『機構』の事か

表向きは各種学術振興のための機関であり、国内で博物館や図書館を運営する独立行政法人ということになっている『環境科学研究機構』

一般的に略称の『NERO』で呼ばれているが、正直超常管理組織職員は皆『機構』と呼ぶのであまりピンとこない。


「まあそこは慣れの問題さ、私達も『機構』と呼ぶのは未だに慣れなくてね」


「そうですか、まあ別にどちらでも構いません」


そもそもとして犯罪者如きに存在が知られている時点で大問題だ。

それと比べれば呼称のブレなど大した問題では無い。


「おーい、レイス出来ーーうおっ?! あっつ!!」


レイスと中身の無い問答を繰り返しているとお盆にカップヌードル載せた男が部屋に入ってきた。


「何してるんだ……大丈夫かい? 火傷してないかい?」


「ああ、悪いもう起きてるとは思わなかった……えーと、千人塚博士だったか?」


多分こいつがエイトだ。

何の意味がある名前なのかは分からないが……


「ええよくご存知ですね、ネズミの様にコソコソ嗅ぎ回る事はお上手なようで、感服しますよ」


「初っ端から敵意剥き出しだな……ってそりゃそうか……とりあえず腹減って無いか? カップヌードルなら沢山ーー」


「結構です」


これまたお人好しそうだ。

飄々としたレイスとはまた別の方向性で調子の狂う相手である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] え、このめっちゃ乙女思考なのは千人塚博士!?初め誰視点かわからなんだ こういう時期もあったのか
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