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着上陸侵攻対処

環境科学研究機構海洋部 洋上移動拠点

会議場区間


事に臨むにあたって対策は確りと立ててきた。

勿論、相手が相手である。それで充分だとは彼女自身思って等いないが、それでも現状は想定外に過ぎる。

最大の脅威である『サダコ』の無力化を成し遂げた後にこれ程の障害が待ち構えていようなどとは思ってもみなかった。

彼女は学者では無い。

原理や何だといった部分に関して言えば自分の力について詳しく知っている訳では無いのだが、それでも超能力者の一般人に対する圧倒的な優位性は経験の伴う知識として理解している。

それは例え相手が『NERO』の改造人間であったとしても早々揺らぐものではない筈だ。


(相手も私と同じ……? いや、だとしたら分かる筈だ)


超能力者と対峙したときの首元がザワつく様な感覚も無ければ、超常怪異と出会った時の寒気も感じない。

どこからどう見てもごく普通の一般人である。

本来ならば不可視の超能力はその悉くが感知され、力そのものの流れを優しく緩やかに逸らさる。

思考を読もうにも考えるよりも早く動き始めるこの二人が相手ではその行動自体が大きな隙を作る事にも繋がりかねない。

相性の問題

彼女が直面しているものを極限まで単純化してしまえばその一言に尽きるのだろう。

それでも永く武を修める身としてはその境地に至るまでにどれほどの修練を積んだのかと敵ながら頭の下がる思いであった。


(霍師父以来かな、ここまでというのは……)


戦いの中で思い出すのは師の姿

超能力を行使する直前に無意識下で発生させているという前兆波を鋭敏に察知して反射的に対処する。

関東軍崩れの学者はそう分析していたが、師本人は「何となくこう動くべきと感じ、その直感に従っただけだ」と言っていた事を思えば、対峙する二人もその境地にあると見て間違いないだろう。

研ぎ澄まされた本能が力の差を凌駕する。

状況としては好ましくないが、有り様としては実に好ましい。

そう思える程には彼女も武偏である。

最後まで戦いたいという欲を抱く己の姿に心中苦笑した彼女は、しかし今ここに立つ理由を思い懐に忍ばせた奥の手に手をかける。

ただ一つの我が儘の為に多くの人が身命を捧げ、知恵を絞り、もがきながら漸く手にする事が出来た機会

その事を思えばこそ、こんなところで足踏みをしているわけにはいかないのだ。



『それ』が歴史に現れたのは1970年代の終わり頃

頭角を現し始めた市井の超常医療研究者のもとに『機構』が訪れた時である。

見た目自体は少し大柄な成人男性程度の『それ』は20人からなる『機構』調査員を瞬く間に蹂躙した。

当初は事案的特性による非現実の成したる業と思われたその惨劇はあくまでも現実的な暴力の結果であった。


『chappie』


当初は何らかの略語かと思われていたその名称は何の事は無い、開発者である篠崎藤十郎博士が幼少期に飼っていた犬の名前をそのまま呼称に利用していただけだ。

その事が明らかになったのは彼が『機構』に帰順して以降の事だが、その頃には類似製品全てが『チャッピー』と呼称され超常科学に於ける一つのジャンルを形成するまでになっていた。


「この地球上において人類が覇権的種にまで上り詰めたのは偏に環境への適応能力の高さが故だという事はよく知られている。それは超常の力に対しても同様ではあるが、際限ない巨大な力に対して人類の適応能力は最早頭打ちである」


自身の代表的な著書である『不寛容の寛容』の序文においてそう語った様に、彼が目指したのは新たな人類そのものだ。

『チャッピー』はその副産物であり、同時に彼の趣味嗜好を色濃く反映する玩具でもある。

薬剤投与による筋肥大、脳梁の切断と高度な洗脳、精神エネルギー受容体バイパス手術、強靱な表皮を形成するための人為的な免疫異常の誘発

所謂第一世代と呼ばれる『チャッピー』ですら、最早人類を新たなステージへと進ませるという当初の理想はどこへやらといった風情の趣味性に溢れる仕上がりになっているものの、その程度の矛盾は彼の中では取るに足らない小さな話である。

そもそも彼が目指す新たな人類というのは、例えば聖書に謳われるナジル人の様なアブラハムの宗教に於ける教義の守護者たる事に他ならないのだから



「かつてこれ程までに写実的に地獄を表現し得た芸術家はいただろうか……いや、居ない! 何故ならば彼らもまた神の教えに従う善き者達だったのだから!」


逃げ惑っていた人々の視線がマーシー教授に集まる。

異形を引き連れて居ることも勿論だが、場違いな宗教的な演説に多くの者が唖然としてしまっているのだ。


「世界よ! これは試みである!! サタンがその醜悪なる手先を送り込み、我らの信仰を挫こうとしているのだ!」


この場にはキリスト教系の団体もいれば、イスラム教、ユダヤ教系の団体もいる。

価値観としてはマーシー教授と近しいものを持っている筈の彼らすら間抜けな顔で彼を見ているだけだ。

藤森伽耶からすると、宗教系超常管理・対応団体の構成員もマーシー教授も等しく狂信者だと感じてはいたが、見比べてみると確かに違う。

そう、やはり『ホンモノ』は違う。


(嫌な気分が段違いだ)


斃れた『パーサー』が落とした銃をいつでも使える様に身体に引きつけて推移を見守る。

敵である。

それはこの場にいる全ての調査員が心構えを持ってはいるものの、敵で無いに越したことは無い。

確かに天才ではある。

それでも齢80を超える老人相手に彼らがここまでの警戒心を抱くのは引き連れた異形『チャッピー』が故である。

それは最も『チャッピー』であると同時に最も『チャッピー』とは程遠いモノ

限られた天才のみが至る境地という意味では『芸術作品』と呼ぶべきモノなのかも知れない。



超常科学の中で『チャッピー』は非常に人気のあるジャンルである。

ある者は己の技術を惜しげ無く注ぎ込み、ある者は最強の兵士たる『製品』として性能の向上に励む。

UNPCC勧告により、各国の超常管理・対応機関による研究及び管理収容手法開発以外での『チャッピー』の製造は禁止されてはいるものの、合法・非合法を問わず日夜多くの『チャッピー』の製造が成されている。

『チャッピー』は大別して三種類

一つはあくまで素体となるヒトの後天的強化を行うモノである。

俗に基本型と呼ばれるそれは広義には『機構』の調査員を始めとした各国の超常管理・対応機関所属の強化された人員も含まれる程に一般化した技術である。

ただ『基本型チャッピー』と呼称する場合において上記の強化兵士が含まれる事は無い。

主に投薬と外科的手法によって作成されるそれらは超常医療、超常生体に関わる研究者が入門編として作成するものに加えて強化兵士の技術開発の為に製造されるのが一般的だ。

後天的強化の程度によって第一~第三世代に分類されている。

一つは『基本型』の強化に加えて本来的なヒトの有する機能以外に多様な性質を後天的に素体に付与するものである。

普通ただ『チャッピー』と呼称する場合はこの型を示す程に一般的なモノであり『製品』として出荷されたり並の研究者が工夫を凝らしている。

付与された新たな機能がどれだけ本来のヒトとかけ離れたモノになっているかを基準に第四~第六世代に分類される。

可能性を求めて超常の強化を施された個人

狂ったロマンの被害者、それが一般的な『チャッピー』である。



マーシー教授の演説会の傍、多くの者達の視線が外れた『ニンゲン』に異変が起きた事に気付いたのはやはり千人塚研究室の二人の調査員だった。

異形の『事案』の感情など読み取ることは出来ないものの、それでももがき蠢く姿はどこか苦しんでいる様にみえる。


「班長……」


「ああ、気を抜くなよ……」


二人が護衛対象を庇いつつ後ずさりをした瞬間『ニンゲン』が巨大な咆哮を上げ、弾けた。

飛び散る破片や血液が群衆の注意を引き戻す。

弾けた『ニンゲン』の中から現れたのはーー


「あれは……『チャッピー』?」


「決まりだな、襲撃だ」


恐らくは千人塚博士達を襲撃したPSIの側の襲撃者だろうと二人はあたりを付ける。


「これは……興味深い! なんとも面白い!」


諏訪医師は眼を輝かせている。

口笛を吹きながらゴキゲンな様子に藤森伽耶は呆れた様な視線を向ける。

『機構』の研究者のTPOを弁えない好奇心は今に始まったことでは無いのだが……



もう一つ、限られた天才達のみが作成できる『チャッピー』がある。

先の二種の『チャッピー』と同様の特徴を持ちつつも、それらとは圧倒的に異なる個体

単に個々のヒトを強化した一般的な『チャッピー』とは異なり、複数のヒトを素体として使用するそれは『先進型』と呼称される。

素体それぞれの脳を含む40%以上を使用する『先進型』のメリットは大きい

複数の脳をリンクさせた処理能力の圧倒的な向上、『集団意識バイアス防御作用』と呼ばれる不平衡エネルギーに対して生じる現実平衡強化作用、個々人で異なるヒトの超常的個体差を活かしたオールラウンダー化……

それらのメリットは『チャッピー』を嗜む研究者達にとって非常に魅力的な物であることは間違いない。加えて彼らは良くも悪くも好奇心と向上心の塊である。

事実多くの者達が『先進型』の作成に挑戦してはいる。

ただ、それでも実用的なレベルの『先進型チャッピー』を作成できる者は非常に稀だ。

赤の他人の脳を含む身体の40%以上を移植するのである。

免疫機構の働きによって生じる拒絶反応は非常に大きな障害になる。

その上、極端な免疫抑制は『チャッピー』の兵器としての性能を大きく引き下げる事にも繋がりかねない。

現状では臨床経験に裏打ちされた作成者の勘に頼る最小限の免疫抑制、人間離れした外科的対処などで対応するより他無いのだ。

無数の異物を一つの生物として再構築する。

その行為をコンスタントに成功させられる人間は世界広しといえども数える程しか居ない。

更に8人以上の素体を用い、更には第六世代相当の強化を施した現代最高性能の『チャッピー』通称第八世代を作成しうる者は片手の指で足りる程しか存在しない。

そしてこの場には、二人の『第八世代チャッピー』制作者がいるのである。



断定は出来ないが『ニンゲン』から出て来た『チャッピー』達は恐らく第五世代だ。

体積と見た目からの推測だが、まず間違いないだろう。

そう判断出来る程度には彼女は『チャッピー』を相手にした実戦の経験は積んでいるし、研究室の古株諏訪医師は『チャッピー』界隈の権威でもある。

訓練用に仕立てて貰った各世代の『チャッピー』との戦闘訓練もふんだんに積んできている。

当の諏訪医師が判別に協力してくれれば早いのだが、残念な事に先程から彼は楽しげに口笛を吹くばかりだ。

それでも第五世代であれば対応出来ない程では無い。

小火器しか無い現状では制圧こそ難しいが、敵の表皮を抜けるだけの火器が到着するまでの時間稼ぎは出来る筈だ。


(それに、私には博士がくれたこの腕もある)


傍らの上司『パーサー』の面々にアイコンタクトを送る。

全員判断は同じ

優秀な兵士である彼女らが一斉に散開した。


「さあ! 正しく信仰の道を示すのだ!」


「お二人とも、お待たせしました!」


二人のマッドサイエンティストが声を上げた。


「うおっ……!」


「あ……っぶな!」


それと同時に弾かれる様に飛び出したマーシー教授の『チャッピー』と、『ニンゲン』の開けた穴から敵の『チャッピー』を弾き飛ばしながら現れたもう一体の『チャッピー』

それは諏訪医師が勝手に持ち込んだ水中呼吸型の『先進型チャッピー』であった。

巨大な異形に危うく轢かれそうになった二人の調査員はぎりぎりでそれを躱す。


「おお……! おお……! その作品は……! 諏訪博士! 諏訪博士では無いか!」


「ええ、ミスター! 御無沙汰しております!」


数的優位は未だに敵にある。

その中にあっても二人は戦いの方を見ようともしない。

互いに見つめ合って再会の感動に震えている。

敵で無かったのは実に有難いことだ。


「マーシー……! なんと素晴らしいお恵みか! 掛け替えのない友とこの聖戦に臨めるとは! ハレルヤ!!」


それでも胃もたれでは済まぬほどの取り合わせである。

彼女は心強さ以上に気が滅入る思いを、抱かざるを得なかった。

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