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敵性PSI緊急襲撃対処

環境科学研究機構 海洋部洋上移動拠点

会議場区画


何らかの手法で現代最強のPSIである静代さんを無力化した敵、戦いの推移も私の動体視力ではぼんやりとしか把握出来なかったものの、静代さんの力に対する防御の手法からPSI能力者であることはまず間違いないだろう。


「博士、ここは私達が」


「なるべく頭下げとき」


羽場主務と河西調査員が防弾盾を手に前に出る。

『機構』の防弾盾は確かに超常エネルギーに対してもある程度の防御性能を持ってはいる。

しかし、それはあくまである程度である。

静代さんと渡り合う程のPSIから見れば薄紙程度のものだ。

加えて相手の攻撃は不可視な上にこちらの思考は相手に筒抜けと来ている。

普通に考えれば勝てない。どころか戦いにすらならないだろう。


「……大丈夫なんだね?」


「ええ」


「任せとき」


それでも『機構』最強の戦闘員に必ず名前が挙がるほどの二人である。

その二人がそう言うのだ。

それならばきっと何かしら勝算があるのだろう。

直接的な勝利では無くとも、大局的勝利をつかみとる勝算が……

などと消極的な事を思っていたのはどうやら私だけだった様だ。

無言のまま、アイコンタクトすらとらずに同時に突貫する二人

バチッ……バチッ……と精神エネルギーが物理干渉を起こしたとき特有の破裂音が響く度に、まるで風に舞う木の葉の様に身を翻す。

可視光として現れる確かな物理干渉の証は常に防弾盾の表層に迸り生じたエネルギーはそのまま攻めの一手へと添加される。

常に自分達の間合いの内で、超常の力も届かぬ速さで行われる超接近戦

超常医療を用いた後天的強化が半ば常識となっている『機構』直協職種調査員の中にあって、この二人に施されているのは最初期の骨格強化のみ

それも運動機能を補助しうる最新のものでは無く、あくまで強度を上げるというだけの技術だ。

二人は人間として『正しい姿』を保ったまま、超常の相手と渡りあっている。

生来の才、練り上げてきた時間、刻み付けてきた経験は人の身のままの二人を遥か高みへと押し上げる。

時間稼ぎをして『パーサー』による火力で撃滅を図る選択をしなかったのは、二人が敵の実力を高く見積もったからだろう。

PK能力を有する強力なPSIの防御を抜けるだけの小火器は少なくとも『機構』には存在しないし、室内における小火器射撃の間合いは味方全体を敵が確認しうるPKの間合いでもある。

肉薄し、常に敵の視界の中心からその身を躱し続け、間隙を縫いながら放たれる無数の攻め手はそのどれもが一手必倒のものなのだ。

精神エネルギーによる防御と高い格闘戦技によるものか、決定打を与えるには至らない様だが、それでも二人が敵を圧倒しているのは明らかだ。


「なるほど……これは少し不味いかもしれないね」


羽場主務の警棒による刺突を紙一重で交わし、加西調査員に鋭い蹴りを放った敵は息を切らしながら言う。

壁まで勢いよく飛ばされた加西調査員は、恐らく盾で蹴りを受け止めたのだろう。

使っていた盾はぐしゃぐしゃにひしゃげてしまっている。

駆けつけて来たパーサーの一人から新しい盾を受け取った彼女が再び敵との間合いを詰める為に駆け出した瞬間、敵は懐から何かを取り出し、自らの首もとに突き刺した。

自動注射器の様だが……

一瞬警戒した様子を見せたものの、すぐに攻めを再開した二人だったが続いて発生した不可視の強烈な衝撃に足を止めた。

物理的な圧倒的な振動

双子ちゃんが悲鳴をあげている様に見えるが、私も鼓膜が破れてしまった様で外音が遮断されてしまっている。

頭がぐらぐらする。それでもとりあえず動くことは出来る。

私は双子ちゃんと所長に覆い被さる。

こんな事しか出来ない自分の非力さが恨めしい。

鼓膜が再生し、再び音を認識できる様になって最初に耳に飛び込んできたのは戦闘音。

駆けつけて来た『パーサー』の精鋭達も私達もまともに動くことすらできなくなっているというのに、羽場主務と加西調査員は戦闘を継続していた。

上手い具合に被害を免れた……という訳では無いだろう。

ここから見る限りでも眼、鼻、耳、口から出血している。

この場の誰よりも近くであの衝撃波を受けたのだ。ダメージも最も大きいだろうに、まるで何事も無かったかのように動き続けているのは偏に精神力と経験の成せる業か

だがこのままでは千日手だ……何かしら状況を打開する方法は無いものだろうか?

駄目だ、私達にはどうしようもない。


「動くな!!」


その時銃声と共に響いた声

この場のほとんど全員が鼓膜をやられている為にその声は届いてはいないだろう。

だが、声の主に気が付いたこの場の全員が動きを止めざるを得なかった。

覆面姿の男が帝を拘束し、その頭部に銃口を向けているのである。

貴賓室には帝の護衛として側衛官の精鋭や神宮の神人が付いていた筈なのだが……

目の前の敵だけでも手一杯だというのに、それと同等の実力を有する敵がもう一人現れたということだろうか?

流石に悪ふざけが過ぎるだろう。この世界のゲームバランスは一体どうなっているのか? 運営の頭は平気か?!

等と言ってみたところで不具合対応してもらえる訳でもない。

だが、ゲームバランスがぶっ壊れているという面で言えば私も大概のものだという自負はある。

『事案』的特性はもちろんだが、それを利用して今まで蓄え続けた知識と経験……

羽場主務達が戦っていた相手は問答無用でいきなり散弾銃をぶっ放して来るような奴だからどうしようもないが、今度の敵は帝を人質にしている。

それは即ち交渉の余地が発生したということである。

こちとら文明開闢以前から人質にされたり拉致されたりを繰り返してきた謂わば人質のプロである。

この経験を十分に活かしてやろうではないか!



それなりに距離があるはずの『機構』職員用食堂からの振動は会議場まで届いていた。

状況は守矢所長が片切管理員を通じて会場にいる全職員に共有してくれているお陰で避難のため小会議場から誘導されている小笠原研究員も把握している筈だ。


「駄目です! 小笠原さん! そっちじゃないです! 待って! ステイッ! ステーイッ!」


だからといって、正しい行動がとれるかといえばそう言うわけでは無い。

むしろ彼女の性格を思えばこの行動は予測の範囲内だ。

食堂へと駆け出そうとする彼女を軽やかなフットワークでブロックしながら藤森伽耶は内心溜息をつく。

身体能力が圧倒的に違うので押し留めること自体は大した問題では無いが、この雑踏の中である。

あくまで護衛の任に就いている以上いち早く護衛対象である彼女を安全なエリアまで退避させなければならない事を思うとあまり悠長な事をしている余裕は無い。


「大丈夫ですから! おやっさんと姐さんが付いてます!」


「あの静代さんがやられたんですよ! あの二人だって!」


「そんなとこに私達が行って何になるんですか!」


「mk.9を片切さんに投射して貰えば私だって戦えます! 片切さん! すぐに私のmk.9を!」


『え……あ、え……?』


「片切さん! 絶対駄目です!」


『わ……分かって、た……ます』


絶望に脚を絡め取られる程の軟弱者であればそもそも『機構』の調査員として採用される筈も無いが、それを加味してもこの場の調査員達は勝てぬ戦いに臨む者達の眼をしてはいない。

確かに『機構』最高戦力とまで謳われる佐伯静代が墜ちたというのは尋常ならざる事態である。

それでも、少なくとも船内という閉所であればあの二人の勝利を誰一人疑ってはいなかった。

研究者であれば数値上の『強さ』から判断するだろう。

その観点で言えば二人はただの人間だ。

それも『機構』調査員の中では強化の少ないより一般的な人間である。

千人塚研究室への配属からくろ収の大規模管理離脱事態までの間羽場調査員と共に幾多の『事案』対処にあたってきた小笠原研究員とてそれは例外では無い。

だが調査員や一部の研究者、千人塚博士や守矢所長の様な人々は戦士としての二人の力を知っている。

それは優劣に関わる話では無い。

モノの見方の問題というだけの話だ。

それ故に小笠原研究員を説得するだけの言葉を彼女は持ち合わせてはいなかった。


(うーん……だんだん面倒くなってきたなぁ……いっそ抱えて運んじゃおうか)


割と本気でそんな事を彼女が思い始めた頃、視界に頼れる二人組が入った。


「班長! 諏訪先生!」


「おや、藤森さん……小笠原さんも」


「何やってんだ? カバディか?」


彼女の直属の上司である大嶋潤二主幹調査員と穏やかで良識のある紳士『風』の諏訪光司主幹医療研究員である。


「馬鹿言ってないで小笠原さんを避難させるの手伝って下さい! 博士んとこ行くって言って聞かないんですよ!」


「大嶋さん! 助けに行かないと! 博士が!」


「まあまあ、一旦落ち着いて下さい。こちらをどうぞ?」


諏訪医師は小笠原研究員を宥めつつ、ポカリスエットのペットボトルを手渡す。


「あ、どうも……」


流石に喚き続けて喉が渇いていたのだろう。

受け取って素直に飲む。


「うっ?! うーん……」


そのまま短く苦悶の声を上げると、その場に倒れてしまった。


「……諏訪先生、まさか!」


「ナチュラルに毒を……見損ないました!」


そういえばこういう人物だったと思い出した彼女は、同時にそこに思い至らなかった己の浅薄さを恥じる。


「と……とにかく応急処置を……あれ?」


しかし、よく見て見れば小笠原研究員は穏やかな寝息をたてていた。

余程良い夢をみているのか、その口元はだらしなくにやけている。


「流石に心外ですよ、味方に毒を飲ませるはず無いでしょう?」


諏訪医師はそう言うが……


(まともに考えればそうだろうけど、相手がまともじゃ無い時は……)


その限りでは無かろうと、彼女は心中に突っ込まざるを得ない。

彼女自身悪気無く諏訪医師に毒殺されそうになった回数は両手の指では到底足りぬほどである。


「と……とにかく避難が先だ!」


大嶋調査員に言われて言葉を呑み込んだ彼女は小笠原研究員を担ぎ上げる。

会場警備の『パーサー』の誘導に従って避難していた彼女らは、ふと奇妙な船体の動揺に気付き、脚を止めた。

無視できる程度の小さな揺れ

周囲の殆ど全員が気付かぬ程に些細なそれは、しかし場慣れという面で言えば世界最高峰に数えられる千人塚研究室の面々の直感を揺さぶるには充分な強さを持った揺れであった。


「後ろ! 跳べ!」


言うが早いか大嶋調査員が諏訪医師を片手で抱え上げて後ろに飛び退き、藤森伽耶もそれに続く。

一団の奇妙な行動に周囲の人々が訝しげな視線を向けた瞬間、今まで三人が立っていた床が破れた。

亀裂を押し広げるように巨大な白い腕がのた打つ。

続いて姿を見せたのは眼の無い真っ白な人間の頭部……によく似た巨大な何か。

額と首元が大きく肥大したそれに、彼女らは見覚えがあった。

つい先日見たばかりの『事案』

燦々と太陽が照り付ける南洋には決して似つかわしくない醜悪なその姿を見紛う事など無いだろう。


「『ニンゲン』……?」


突然の事にこの場が一瞬静まり返る。

続いて訪れたのは恐慌

押しのけ合い、我先にと逃げ出す群衆

『パーサー』の制止も聞かず、巻き起こったのは制御不能の人の洪水

その流れを堰き止めるかのように、新たな『ニンゲン』の腕が現れる。

幾人かが巻き込まれ、その圧倒的な質量に瞬時に肉塊へと姿を変える様は正しく……


「地獄絵図ではないか!」


不意に響いた男の声


「ミスター!!」


「うわぁ……」


「まじか……こんな時に……」


身の丈5mを優に超える人型の生命体の肩に乗って惨状を睥睨するのはマーシー教授こと自称セント・ジョージこと篠崎藤十郎

超常医療・生理学における世界最高の頭脳であると同時に、世界最悪のマッドサイエンティストである。

状況的に彼我の判別のつかない相手である。大嶋・藤森両名は内心ウンザリしつつも護衛対象を如何にこの場から逃れさせたものかと考えを巡らせる。

狂乱と狂人

片一方でさえ胃にもたれそうなそれらを、只人たる身で如何に切り抜けるのか、とーー

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