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国際会議 7

東京都小笠原村南硫黄島沖

環境科学研究機構海洋部洋上移動拠点

会議場区画


初日の歓迎式典は恙なく終了したようだ。

随員の大部分が異常な電波発射への対応で離れていたにも関わらず上手くいったのは、偏に裏方として仕事に励んでくれた海洋部職員をはじめとしたスタッフ各員の尽力の賜物だろう。

ホストとして各国・各団体の代表団を迎えた所長が進行を完全に飛ばしてしまったというのに問題なく式典を終えられたというのだから驚きである。


「はぁ……」


「もう、まだへこんでるんですか? 大丈夫ですって! 誰も所長に卒無くなんて期待して無いですから」


結果として上手くいったのだから失敗の一つや二つ笑い飛ばせばいいものを……いつまでもうじうじしている所長を慰める。

昔からヘタレの癖に自分に厳しいタイプだ。


「博士……あんまり虐めないであげて下さい」


「いやいや、あれは博士なりに慰めているのだと思いますよ?」


がっさんの言葉を諏訪先生が否定する。

相変わらず彼女は私をなんだと思っているのだろう?

自分で言うのもなんだが、私は聖母の如く思いやりと慈しみに満ちたタイプだ。


「うん、僕も博士とは長いからその辺りは分かってるよ……はぁ……」


「じゃあもういいじゃないですか、折角海洋部の皆が頑張って用意してくれたんだから楽しまなきゃ損ですよ?」


首脳会合初日の締めはパーティーである。

西洋かぶれで大時代的だが、国際連盟時代からの伝統だ。

毎度流血を伴うトラブルが起きるので警備担当者泣かせのイベントではあるが、友好的な国家や超常管理組織同士が親睦を深める良い機会でもある。

『機構』の代表者である所長にはしっかりサロン外交をして貰わなければならない場面である。

もっさりと落ち込んで過ごしている余裕等は無いのだ。


「ええいっ! 抜け!!」


「良いだろう! 受けて立ってやる!!」


毎度の如く啓蒙教団の構成員とトルコの代表が喧嘩している。

久々の首脳会合だが、変わりなく平和な光景だ。


「あの……止めなくて良いんですか?」


「ん? いつもの事だし大丈夫でしょ?」


「えぇ……」


静代さんは困った顔をしているが、恒例行事であるが故にあの二団体は会場警備がしっかりマークしているのが常だ。


「確保っ!!」


警杖と盾を持った『パーサー』の職員が揉めていた二人を取り押さえる。

大抵自制が効かずにトラブルを起こすのはそれぞれの木っ端研究者だ。

尚々の様なとんでもない『事案』がトラブルを起こすとなれば事ではあるが、それはそのまま国家間の超常戦に繋がる事になる。

ここにいる者の思いや目論見はバラバラだが、破局的終末事態の回避という一点においては折り合いがついている事を思えば私達がそこまで気を揉む必要は無いだろう。

まあ、小物同士のトラブルを一々処理しなくてはならない河西調査員達には気の毒だが……


「やぁ! Dr.ストレンジライフ!!」


「オルブライト博士、久しぶりですね」


『パーサー』による捕り物劇を鑑賞していると、西洋人の一団が私達の元にやって来た。

米国の超常管理組織『保全財団』の代表団のオルブライト博士とその一行である。

私達の護衛についてくれている調査員の皆が張り詰める。

犬猿の仲の『機構』と『保全財団』である。

皆の警戒ももっともだろうが、オルブライト博士は今回の首脳会合における『保全財団』代表である。

元来の性質はさておき、軽挙妄動にはしる様な立場では無いだろう。


「ははは、そんなに怖い顔をしないで欲しいね……まあ君達との関係を思えば無理からぬ事ではあるだろうが」


「いやいや、滅相も無い。高名なオルブライト博士にお会いできるなんて光栄ですよ」


流石に所長もその辺りは理解してくれている様だ。


「しかし実に良い船だ。流石はヤマトを作った国だけの事はある」


「ありがとうございます、きっと海洋部の皆も喜びます」


「まさに鉄壁の守りだ。神話に語られるトロイアの城壁もかくやと言って良いだろう。何より皆が同じ方向を向いているというのが実に素晴らしい! なんとも羨ましい限りだよ」


大仰な物言いは実に彼らしいが、反面として『保全財団』のトラブルメーカーである彼にしてはらしくない物言いでもある。

その後二言三言、所長の式進行について皮肉たっぷりに賛辞を送って彼らは去って行った。


「ふう……緊張しましたよ」


息をついて大嶋君が言う。


「あの博士が連れている中にいたあの男……『シボレー』だったな……」


表情こそ変えないものの、羽場調査員もかなり張り詰めていた様だ。


「シボレーって……都市伝説かと思っていました」


藤森ちゃんの言う『シボレー』は『機構』と『保全財団』が袂を分かって以来、幾つもの秘密工作を成し遂げた大物諜報員の通称である。

『機構』の諜報網をもってしてもようやく掴んだのはいつもシボレーの車に乗っているということと、顔だけ

それも彼が一線を退いてからようやくといった体である。

正直私は見慣れない外人の顔を見分けられる程国際派では無いので分からなかったが、そんな大物がいるとなれば調査員の皆の緊張も納得だろう。


「そういえば、オルブライト博士とはお知り合いでしたか」


「うん、まだアメリカ人と仲が良かった時代の話だけどね」


「親切な方ですね」


「うん、変わり者だけどね」


流石に諏訪先生は勘がいい。


「え? 何の事?」


所長は所長で相変わらずだ。

アメリカ人相手に卒無く対応出来たところは評価出来るが、こっちは落第だろう。


「アメちゃんも一枚岩じゃ無いって事だよ」


超常管理組織の数は多いが、その方針は概ね二つに分類できる。

『機構』や『五岳党』の様に古い国家や伝統に則り、超常事物の緩やかな根絶を目指す伝統派閥

『保全財団』や『欧州超常委員会』の様に超常事物を緩やかに科学技術体系に組み込んで行くことを目指す革新派閥

革新派閥に属する『保全財団』にありながら、オルブライト博士の思想は伝統派閥寄りだ。

戦時中の実験事故により事案的特性をその身に宿してしまった事によって齎された心境の変化なのだというが、元来が業界でも指折りのマッドサイエンティストとして有名だった人物である。

その身に宿した、もしくは自身が宿った事案的特性上他に害される事はほぼ無い上に研究者としては類い稀な実力を持っているため好き放題やってはいるそうだが『保全財団』内ではある種異端扱いを受けてもいるそうだ。

早い話、ちょっと浮いている。

そんな彼が代表団として首脳会合に参加しているのは正直驚きだが……


「所長、後でちょっと時間良いですか?」


「え? うん」


狂人であることに変わりは無いし、全幅の信頼を寄せるべき人物では無いことは十分に理解している。

それでも、リスクを冒してまで伝えようとしてくれたのだ。

打てる手は打っておくに越した事は無だろう。



「静代さん、お待たせ! 今の人見た?」


「あの……もう少し恥じらいとか……」


ハイテンションでトイレから出て来た私に呆れた様子の静代さん

いやはや流石は戦前生まれの大和撫子だ。

だが私は文明以前生まれの生粋の原始人である。細かい事は気にしないでいただきたい!


「……はいはい、それで今の人って言うと博士の前に出て来た方ですか?」


「そうそう! すっごい美人じゃ無かった?」


「確かに女優さんみたいでしたね……どこかの代表団の方ですかね?」


「どうだろう?」


会場でみた覚えは無いが……


「ぱっと見は日本人みたいだったけど……」


体型的にはそれこそ西洋人のモデルかのような見事なプロポーションだったが、頭部の骨格的には日本人の特徴があった様に思う。

日系人という線もあるが、私もそこまで詳しく判別出来るほどの専門家では無い。


「博士だって痩せすぎなのは仕方ないにしても猫背を治せばスタイルいいと思いますよ」


「あはは、これでも一応は西洋人だからね」


品種としての話である。

そうはいっても所詮は奇形であり、骨格で分類はできないらしいのだが……

身長と腰の位置こそ日本人よりは高いものの、それがもたらすのは枯れ枝やナナフシの様な見た目の印象だけだ。


「枯れ枝って……やっぱり博士は自分を低く見積りすぎですよ」


「えー、本当? ありがとう」


話がそれてしまった。


「そういえば静代さんならさっきの美人が何人か分かるんじゃ無いの?」


「うーん……多分あの人何も考えて無かったですよ?」


「何も?」


「はい、一切思考が読めませんでしたから」


それはそれで妙な話である。

自覚的な思考を遮断したところで、意識がある以上は何らかの無自覚的な思考は行われているはずである。


「それ、本当?」


「そう言われると……あの人に集中していたわけじゃ無いので」


「そっか……そうだよね」


護衛として周囲に気を配ってくれているのだ。敵意が感じられない相手に意識を集中するわけにもいくまい。


「いやぁ……でも本当にすごい美人だったよね、良い匂いしたし」

ジャスミンだろうか、上品だが独特の良い香りがした。


「なんだか下品なおじさんみたいです」


「失敬な!」


静代さんと軽口を交わしながら会議室へと歩を進める。

そろそろパーティーもお開き、ここからは真面目なお仕事の時間だ。




「やあ、戻ったよ」


「……なあ、あんまりうろつかないで貰えないか?」


「ん? 心配してくれているのかい?」


「そりゃそうだろ、ここまで来てしくじる訳にはいかないんだ」


「なんだ、まったくつれないね」


「少しは真面目に……いや、今更だな」


「ああ、よく分かってるじゃないか……それで連中の動きは掴めたかい?」


「予定通りみたいだが……少し嫌な予感がする。こっちの動きに気が付いているような……」


「その根拠は?」


「これといって無いな、あくまで勘だ」


「……不安かい?」


「そりゃな」


「そうか、私もだよ」


「だろうな」


「でも……これで終わる。大丈夫さ、私と君がいるんだから!」



会議場区画 警備指揮所内会議室


私と静代さんが到着した頃には他は全員揃っていた。

福島船長こと六角理事、所長、羽場調査員、河西調査員、玉名さんに佳澄さん、加えてうちの主要メンバーも加えた面子である。

信頼できる上に頼りになる顔ぶれだ。


「皆お待たせ!」


今回話し合うのは浸透工作員の可能性についてである。

今まで敵対勢力による攻撃には備えてきたが、仮想敵である『アゴ』の過去の行動から正面からの超常戦もしくは戦闘を想定してきた。

浸透工作員による破壊活動への対応もしてきてはいるが、あくまでそれは最小限であり、リソースの大半は正面戦闘に降り向けられている。


「そうはいうても、簡単にネズミが潜り込めるような環境ちゃうやろ」


河西調査員が言う通り、侵入者への対策は控えめに言っても万全である。

何しろ周囲を海に囲まれているメガフロートだし、海中にも空中にも無数のセンサーが常時目を光らせている。

最低限というのは侵入を終えた後の話だ。

そもそもが上陸不可能と言って差し支えない程の鉄壁の守りであることを思えば侵入された後の対策に限られたリソースを振り向けるのはそもそもナンセンスだろう。


「そ、それに……その、仮に上陸、されても……その、カメラとか、センサーが、その、あるので……」


片切くんの言うことももっともだ。

メガフロート内部の監視装置の配置については主要研究所と同程度の監視体制がとられている。

一切死角なく配置されたセンサーは情報統制船のメインコンピュータに集約されて許可を受けていない人員を発見したら即座に警報を発する様にシステムが構築されている。


「内通者がいる……博士が仰りたいのはその話ですね?」


「はい、昼間の片切くんの話の時も議題には上がりましたが……」


オルブライト博士の警告が私達の防御体制の不備を指摘するものだとは思えない。

米国は何らかの情報を持っているとみて間違いないだろう。


「まだるっこしい話やなぁ……そのオルブライト博士から直接話を聞き出すわけにはいかんのかいな、なんなら拉致したってもええやろうし」


「うーん……よしといた方が良いと思うよ」


「なんでや! そいつがなんかしら知っとるんは確かなんやろ? ほんなら吐かせてやったらええんとちゃうんか」


うーむ、彼女の素の部分が出てきている。


「国際問題ですなぁ……」


「ええ、あくまで私達は首脳会合のホスト国ですから」


情報畑の二人が嗜める。

もちろんそれもあるだろうが……


「それにあのオルブライト博士があんな回りくどい方法で伝えて来たって言うのも気になるんだよね……」


ネットに『保全財団』の機密情報を流布したり、遊び感覚で『事案』の管理離脱を引き起こしたりと破天荒な人物である。

敵が何であれ、その背後に巨大な何かが隠れているのは明らかだ。


「あまり軽々しく動くのは得策ではないと」


諏訪先生の言葉を首肯する。


「なんだか大事になってきましたね……」


「まあ、いつも通りではありますけどね」


「班長も小笠原さんも呑気ですねぇ……」


「藤森ちゃんは不安?」


「まさか、もう慣れっこですよ」


巻き込むような形にはなってしまったものの、うちの子達に先んじて情報を伝えられたのはよかっただろう。

知っていると知らないとではいざというときの対応力が違って来る。


「何て言うか……」


「皆さん」


「「慣れすぎじゃ無いですか?」」


「そうですよね? そうですよね? 私だけじゃ無いですよね?」


双子ちゃんと小県調査員は顔を真っ青にしている。

気の毒ではあるが知らないよりは大分ましだろう。


「まあ、うん……馴れてもらうしかないですね! なんせ千人塚博士ですから」


失礼な事を言いながら笑う川島くん……否定しようにもここ最近はトラブル続きだったからなぁ……


「とりあえずは警戒レベルを引き上げておこう。正直現状だと向こうが動かない限りどうしようも無いだろうからな」


思えば『アゴ』の基幹要因は秘書科だ。

様々な状況に対応可能な事を思えばこういったやり方もあり得るのだろう。

それでも大枠さえ掴めればあとはどうとでもなる。

今後の方針を少し話し合って、この日は解散となった。

しかし随分とキナ臭くなってきたものである。

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