国際会議 6
東京都小笠原村南硫黄島沖
環境科学研究機構洋上移動拠点 会議場区画
「しかし……ふむ……」
中国とロシアの代表団と交流していると、尚々が静代さんに興味を示しているのに気づいた。
「えっと……もういいでしょうか?」
「あぁ、最後にこれを」
「これは……お札ですか?」
「試しに額に貼ってみてはー」
「ちょっと、なにしてんの!」
あれは僵尸を操るための道教の呪符だ。
見境の無さは相変わらずなのだろう。
「静代さんは僵尸じゃないし、仮にそうだったとしてもうちの子だよ!」
「い、いや……試しに道術が通じるのかだけ!」
よくもまあこれで仙人を名乗れるものだ。
欲求に忠実すぎる。
「……どうする? 静代さんは嫌じゃない?」
「ええと……博士のお友達なら別に大丈夫ですけど……」
「おおっ! ありがたい!!」
しかし素人目にもただならぬ呪符だというのは分かる。
「これ……尚々が作ったの?」
「まさか! これは古代のアーティファクトで神仙に並ぶほどの力を持った僵尸さえも従わせるという物ですよ」
そんな貴重な物を勝手に持ち出して良いのだろうか?
いや、きっと彼らには彼らのルールがあるのだろう。細かいことは気にしないでおこう。
「じゃあ静代さん」
「あ、はい」
正直尚々の頼みとはいえあまりに不躾な頼みだ。受け入れる必要も無いのかも知れないが、謎の多い静代さんについて別の方向からアプローチできるというのは良い機会でもある。
道教という独特の信仰を元にした手法がどの程度彼女に干渉しうるのかは分からないが、それで糸口が掴めるのならー
「うわぁっ!!」
等と考えを巡らせていると、腹の底に響くような爆音と、とんでもない閃光が迸り、私は思わずその場に尻餅をついた。
こういうものなのだろうか?
だとしたらはじめから言っておいて欲しかったものだが……
「これは……いやはや……」
いや、尚々も予想外の結果だった様だ。
目をまん丸くして立ち尽くしている。
「えっと……静代さんなんかした?」
「なんもしてません! 私じゃ無いです!」
慌てて私の問を否定する静代さんの手には真っ黒に焼け焦げた御札があった。
「あらら……お高いだろうに……」
「いや、これはこれで貴重なモノを見せていただきました。ついでに解剖などもさせていただければ……」
「駄目に決まってんでしょ!」
道術は詰まるところエネルギーの制御と滞留を目的とした本流たる世界独自の技術だ。
収斂によって齎された神格という脅威に抗する為に編み出され、限定的ながら人類を神格の域まで引き上げる事の出来る技術である。
詳細こそ歴代の王朝や五岳党によって厳重に秘されてはいるものの、その有用性はこの業界の人間ならば誰しもが知るところである。
そんな道術の、それもロストテクノロジーを用いたアーティファクトですら歯が立たないとすれば、静代さんの力はそこいらの神格を遥かに凌駕しているということになる。
それこそ天に手が届いてしまうほどに……
しかし、だ。
静代さんの精神エネルギーは現代最強クラスではあるが、長い歴史の中には静代さんを上回っていたと推測されるPSIは幾人もいるし、最近観測され始めた+不平衡のエネルギーは神格としてみればまだまだか細い。
数値でみれば古代の道術のアーティファクトを撥ね除ける事が出来るとは到底考えられないのだ。
一体何が彼女の存在を不可触たらしめているのか、それを解き明かす事が出来れば私達の目的もー
「何しとんねんおどれらぁっ!!」
私達が思い思いに言葉を交わしたり、思索に耽っていると、加西調査員が大勢の部下を引き連れてやって来た。
凄い剣幕である。
「どうしたの? 可愛い顔が台無しだよ?」
「どうしたのやあらへん! 何を初っ端から騒ぎ起こしてくれとんねん!」
周囲を見回してみると、和気藹藹としているのはうちと中露の代表団だけで、それ以外は阿鼻叫喚の様相である。
護衛対象に覆い被さるどっかの国の黒服に、腰を抜かした西洋人、刃物を抜いて臨戦態勢で大騒ぎしているのはインドの代表団の一員だろうか?
その後ろでは啓蒙教団の人間が失神している。
「あー……ね?」
「あーねて」
「いやぁ、まぁ実験に事故は付き物だから」
「TPOって知らんのかいな」
「それは……うん、返す言葉も無いね!」
張り詰めた様子だった彼女の部下達も、呆れ半分の弛緩した空気を纏い始める。
『百鬼夜行』には昔から迷惑ばかりかけてきたから、皆慣れたモノである。
「ん……ちょっとごめん」
電話だ。
発信者は片切君の様だが……なにかあったのだろうか?
「もしもーし、どうしたの?」
『あっ……えっと、その……かく、確認して欲しい事が……』
「おっ! イイね! ナイスタイミング!」
『は……? え? タ……タイミング?』
「いやいや、こっちの話! すぐそっちに行くね」
さて、本来ならばこの場で加西調査員のありがたーいお説教を拝聴するべきなのだが、残念な事に大切な部下の頼みである。
ここは中露のVIPとがっさん達に任せてしまおう。
いやぁ、ざんねんだ!
「静代さん! 行くよ!」
「はぁ……まあ良いですけど……」
「ちょい待ち! どこ行くねん!」
「大事なお仕事! 事情聴取はそこの妖怪仙人によろしく!」
何やら背後で加西調査員が文句を言っているようだが、大した事じゃ無いだろう。
彼女らが本気ならば、私など逃げ出す間もなく取り押さえられているはずだ。
信号通信統制船『むらくも丸』
『むらくも丸』は普段であれば電波観測船として用いられる船だ。
甲板上に幾つもの巨大なアンテナを備えたその姿は異形と言って差し支えの無い物だが、反面『機構』の業務には欠くことの出来ない重要な船でもある。
現在はその強大な送信出力を活かして信号通信統制船業務に就いている。
各地の研究所から抽出した高度情報管理員が各種通信や空域監視、防衛装置のオペレートを行っており、非常に活気がある。
「片切君、お待た!」
「ひっ……! は、博士……?」
「うん?」
「あ、いえ……その……珍しく、け、化粧を……」
「おおっ! よく気付いたね! イイね! モテるよ、そういうの」
一応フォーマルな場所に出るということで今日の私はバッチリメイクだ。
そういう部分に目敏く気が付くとは片切君も中々隅に置けないものである。
リアクションが悲鳴だったのはこの際気にしないでおこう。
「というか『機構』の男性陣はそういうところに気が付かなさすぎるんですよ! 今日だって片切さんと諏訪先生しか気付かないですし」
「あぁ、まあねぇ……」
とはいえ静代さんやがっさん達の様にちょっと化粧をしたくらいで極端にチヤホヤしてくるのもそれはそれで多少痒くもある。
こうなってくると普段からもう少し身なりに気を使った方が良いのかも知れないが……いや、無理だな! 約束された三日坊主だ。
「うわぁぁああああああああああああああっ! そうやっておだてて調子に乗らせて最後はどん底まで突き落とすつもー」
「それで、確認して欲しい事って?」
「あ、えっと……こ、これを……」
「片切さん、切り替え早いですね……」
「今更でしょ? うーんと……これは通信記録?」
手渡されたタブレットに映っているのは航空部の硫黄島出張所に向けたメガフロートからの秘匿通信の記録の様だ。
通常の通信記録と異なるのはそれぞれの通信における波形が記載されている事だろう。
「えっと、こ……ここと、これ、と……あ、赤で印を付けてある部分が……」
「極端に帯域が違うね……専門外だから詳しいことはあれだけど、意図して送信したわけじゃ無いってこと?」
片切君が首肯する。
UHF帯で交わされる交信の中に、幾つかLF帯での電波発射が見受けられる。
それも通信に寄与するというよりは、本来の通信に連動する形での電波発射の様だが……
「こ、この、タイミングでの……え、LF通信は、き、記録されていなくて……『機構』の通信規約にも無いので……」
「なるほどね……これ、上への報告はした?」
「い……いえ……保全の、不安が……その、あるかと……」
「うん、ナイス判断だよ」
秘匿通信と何らかの因果関係が予想される電波発射だ。
意図こそ汲み取れないものの、敵性団体の内通者が外部に何かを伝えようとしている可能性がある。
そうなってくると事は私や片切君の様な研究畑の人間の手には大分余る防諜の分野になってしまう。
そうなった場合誰が内通者か分からないため、不用意な報連相は事態の悪化を招きかねない。
信頼できる人間にのみ情報を共有し、確実な保全を行う必要があるのだ。
片切君にとってその信頼できる相手というのが私なのは非常にありがたく思うし、彼のその判断は大正解だ。
最古参職員というのは伊達じゃ無い。信頼できる伝手ならば幾らでも持っている。
「片切君、悪いんだけど福島船長と加西ちゃん、玉名さん、佳澄さんを呼んで貰える?」
誰かは知らないが、相手が悪い。
今、このメガフロートには信頼できるプロフェッショナルが揃っているのだ。
本来であればここに所長も加えるべきだったとは思うが、彼には首脳会合のホストという大事な役割がある。
能力はさておき信頼という面で言えば、彼以上に信頼できる相手というのもそうそういない。
式典が終わった頃に連絡しよう。
それでも、執行部理事に特殊部隊の中隊長、CTCの責任者、私達と非常に関わりが深い諜報畑のGS調査員である。
信頼できる上に情報管理権限の面でも申し分ない。
「受信側の位置の予測はできひんのか?」
「えっと、し、指向性通信じゃ無いので……」
「うん、電離層反射波を考えたらとんでもなく広範囲になっちゃうね」
「そうなってくると送信出力から範囲の絞り込みも厳しいだろうなぁ……」
「ならば地道に足でアンテナを潰していくしか無さそうですなぁ」
「それもどうでしょう? LFの受信設備ならそれこそラジオまで含める事になってしまうのでは?」
「まずもって相手の意図が分からないとどうしようも無いですよ……」
しかし、不審な電波発射という事しか手掛かりが無いのではここに集まったプロフェッショナル達も動きようが無いというのが正直なところである。
送信側から手掛かりを探そうにも、この時間にLF通信設備にアクセスした記録は一切残されていないし、機器周辺の監視カメラにも不審な人影は一切映っていないのだ。
「まるで幽霊やな……」
「幽霊ならよかったんだけどねぇ……」
「だなぁ……幽霊ならなぁ……」
「本当にそうですね、幽霊であってくれれば……」
「幽霊であれば大分楽なのですがなぁ……」
「……なんか最近麻痺してましたけど、博士達って時々とんでもないこと言い出しますよね?」
「で、でも、ゆ、幽霊なら、割りと簡単に……その、排除できますし……」
一般の価値観を強固に保持し続けている静代さんからすると、やはり幽霊は恐ろしいものに分類されるのだろう。
彼女にかかれば瞬時に消滅させられる程度の相手ではあるのだが……
「せやで、それに幽霊やったらセンサーやらなんやらにもバチバチ引っ掛かってくれるしな! 人間が潜り込んどるよりずっと楽なもんや」
しかし、あくまでそれはそうあって欲しいというだけの希望に過ぎない。
人間向けの通信機材を用いて電波発射が行われている以上、人間か若しくは何らかの事案性事物の介在を疑うのが当然である。
「とりあえずうちらでもう一回徹底的に船内の検索をしとくわ」
「ぼ、僕の方、でも、通信関係を、か、監視しておきます」
「では私と田島くんで少し聞き込み等をしておきましょう」
「俺らの方は外からのアクションに備えておこう。なんなら制限空域の拡大も視野に入れた方が良いかも知れねえしな」
とりあえず今は今後の方針を確認して解散する事となった。
首脳会合の中止という発言は誰からも出なかったが、事態に進展が無ければそれも検討していくことになるだろう。
その辺りは所長も含めて改めて話し合うとして、私は自分の領分に戻るとしよう。
特殊部隊にスパイに凄腕ハッカー、歴戦の船乗りみたいなアクション映画の主役が務まりそうな連中とちがって私はインドア全力のか弱い研究者である。
「大丈夫です! 博士には私がついてます!」
「あはは、頼りにしてるよ」
もう一人いた。こちらはアクション映画ではなくホラー映画だし、もはやこの国の怨霊の象徴の様な子だが
「博士、チョイ待ち!」
会議場区画に戻ろうとした私を河西調査員が呼び止める。
「あ……もしかして、お説教?」
事態が大きくなりそうだったので私の方から呼びつけたものの、そもそも私は河西調査員のお説教から逃げるようにここに来たのだ。
「それどころちゃうわ! これ、念のため持っとき」
「拳銃……? いいよ、別に」
会場への武器の持ち込みは原則として禁止だ。
文化的にやむを得ないと認められれば剣やら杖やらは事案的特性を持たない物に限り持ち込む事ができるが、銃は厳密にアウトだ。
普段であればV剤やら炭疽菌やらの物騒なモノを持ち歩いている諏訪先生ですら、BC兵器の持ち込みは自粛している程である。
まぁ、グレーゾーンな代用品としてTELを隠し持っていたのはあれだが……
「何があるかわからん、持っとき!」
唯一火器の持ち込みを許されることで治安上の抑止力を担保する会場警備の責任者である河西調査員だが、それでも『アゴ』による介入を警戒して普段ならば絶対にしないような規律違反を犯そうとしているのだろう。
「私が武装したところで何の役にも立たないとは思うけど……」
それでも受け取ったのは彼女の目を見たからだ。
『アゴ』の首魁元四宮理事は妙に私や静代さんに執着している節がある。
その辺りを心配してくれているのだろう。
彼女は昔から優しい子だ。その優しさを無下にするのは私の本意じゃない。
『機構』が制式採用するフルサイズのベレッタPx4ではなく恐らくは個別購入品のサブコンパクトモデル。
使用感はかなりあるが、まるで新品の様に磨きあげられガス汚れ一つ残っていない薬室の様子から見るに彼女のバックアップ用の品だろう。
戦って役に立つという面では無用の長物だが、彼女の気持ちのこもったお守りとしてありがたく預かっておくこととしよう。
このお守りのご利益で、私たちの心配も杞憂に終わってくれれば良いのだが……




