国際会議 5
東京都小笠原村南硫黄島沖
環境科学研究機構洋上移動拠点
首脳会合に出席するために虎の子のアーティファクトに乗ってくる必要はないし、空母に乗ってくる必要もない。
付け加えると、その空母を飛ばす必要はもっと無い。
結局のところ各国の代表団が自分達の力を誇示しようとしているというだけの事だ。
今更脅迫で主導権を得られるほどこの業界の歴史は浅くないと思うのだが……
「博士、あれ空母ですよね?」
「うん、アメちゃんの代表団だね」
まつばら丸のオープンテラスから空を眺めてがっさんが聞いてくる。
「あれがここに着陸したら空母母になるんでしょうか?」
「あはは、なにそれ」
ともかくこれで二十の国と団体が到着だ。
「博士! 大変です! 島が飛んでます!」
「ふむ、ジョンブルはまたあんなものに乗ってきたのですか……」
「こりないねぇ……十年前に不時着して世界中の笑い者になったのに」
イギリス代表の乗ってきた通称『ラピュタ』は大英帝国が大昔に太平洋で獲得したアーティファクトだ。
先史文明の遺物とも、収束によってもたらされた超常事物とも言われているが、その実としてイギリス人達もあまり解明できていないらしい。
数々の事故や露見インシデントを発生させた骨董品だが、彼らは頑張って修理や継ぎ接ぎを繰り返して使い続けている。
うん、余程のお気に入りのようだ。
「ああいう外連味全開なのもいいけど、ああいうのの方がよっぽど恐ろしいよ」
私はメガフロート上に駐機する一機の大型航空機を指差した。
「あれは……露助ですか?」
「そ、光学迷彩と熱的電磁的ステルス性能を持ったVTOL汎用機だってさ、随員の航空メーカーの人がカタログ持って売り込みに来たよ」
「それはまた……」
「連中らしいよね」
『機構』は武器や航空機をアメリカから購入出来ない都合上、各国のメーカーからフロンティア扱いを受けている。
その中でも最近のロシア人達の売り込みが激化してきているのは経済基盤の復興が進んで来たからなのだとかなんとか……
とはいえ現状固定翼機は国産のものと航空自衛隊のお下がりで回せているし、回転翼機は主に川崎のOH-1とエアバスのカラカルが採用されている。
回転翼機については重量物運搬用のMi-26を少数保有こそしているものの、日本国内で飛ばすのにはロシア製航空機は少々目立ちすぎるのだ。
そもそも外征の少ない『機構』において件のステルス機は無用の長物である。
極東アジア圏の中で超常管理機関を保有していないのは北朝鮮、韓国、台湾の三か国のみであり、北朝鮮は中国、韓国はアメリカの超常管理機関がそれぞれ所管している。
台湾に関しては政治的問題から『機構』が出張所を高雄市に置いて超常対応にあたっているものの、優秀な超常対応能力を有する台湾原住民族のお陰で日本からの増援が必要になるような事態はほぼ発生していない。
その他で外征といえば、極東ロシア沿岸部の『事案』対応があるが、こちらも現地に出張所がある上に両者ともそもそも航空部輸送機の航続圏内である。
『アゴ』をはじめとした超常使用団体の脅威は膨れ上がっては来たものの、諸外国の超常管理団体と較べれば『機構』が向き合わなければならない武装勢力は極めて少ない部類だし、そもそも航空戦であれば無人機による飽和攻撃が『機構』の方針である。
何しろ予算が少ないのだ。
高性能な有人機を揃える様な余裕があるならば、研究費用に回さざるを得ないというのが正直なところでもある。
「あ! 千人塚博士、やっと見つけた! 何してるのこんなとこで」
「何って……暇なんで駄弁ってるんですよ」
仕立てのよいスーツに身を包んだ所長が慌てた様子でやって来た。
サイズもぴったりだし、着こなせてこそいるものの、野暮ったい感じがするのは何故だろう?体型がだらしないからか?
若い頃はもっとシュッとしたお洒落さんだったのだが……時の流れは残酷である。
そこいくと、彼の後ろに控える羽場君は鍛えているだけあってスーツもしっかり似合って……いや、彼は彼で筋肉がありすぎてぱつぱつになっている。
「ああっ! 諏訪先生まで一緒に!」
「どうかしましたか?」
「と……とにかく二人とも隠れて!」
「隠れる……? 何でです?」
所長がすっとんきょうな事を言い出すのは今に始まったことでは無いが……一体どうしたというのだろう?
「所長……手遅れのようです……」
羽場君が苦々しい顔で言う。
その言葉に続いて船内から元凶達がやって来た。
私達のような一般の『機構』職員が正装として着用する『喪服』と異なり、ライトグレーのスーツに身を包んだ一段
腕に巻かれた『倫理』の腕章
成る程、そういうことか……
『環境科学研究機構中央倫理委員会』
理事会からトップダウンの命令系統を有する『機構』に於いて、会計監査委員会とともに独立した指揮系統を有する連中
自称『善意の砦』は100を生かす為の99の犠牲を容認する私達現場の方針を認めない堅物連中だ。
「うへぇ……これから忙しくなるってときに中央倫理委員会ですか……」
大嶋くんが小声で呟いた。PTAは中央倫理委員会を示す隠語……というか蔑称である。
「千人塚由紀恵主幹研究員ですね?」
先頭に立つ責任者らしきPTAが口を開いた。
実員が利便性からまず着用しないスカートをはいた女性
きつめの顔に纏めた髪、ツーポイントの眼鏡と創作に登場するPTA会長そのままの出で立ちである。
顔の造作は良いのに、見るからにイライラしていそうな表情のせいで台無しだ。
やはり人間笑顔が一番だろう。
「そうですが、どうかしましたか?」
PTA会長は一枚の書類を無言で手渡してきた。
いや、せめて名乗ろうよ……
「停止措置命令……冗談でしょう?」
書類には干渉阻害装置の即時停止を命じる旨が書かれていた。
「ご覧の通り正式な命令です」
「理由をお聞きしても?」
正直なところ、日々の業務であれば中央倫理委員会に目をつけられる事は多い。
主な理由は特定調査員に対する過剰に残虐な行為だの、『事案』対処に於ける周辺への波及被害だの、捕獲した敵性団体構成員に対する暴行陵虐だのといったところだ。
しかし干渉阻害装置に関して言えば、会場警備の為に必要なものであり人道に悖る様な要素は何一つ無い。
「こちらの報告書はお読みになりましたか?」
彼女が差し出してきたのは海洋観測船団の環境調査報告書だ。
いわく、小笠原諸島周辺でクジラが座礁したり自己位置を見失ったりする事象が頻発しているというものだった。
趣旨としては偶発的な船舶との衝突事故への警戒を促す類いのものだったと記憶しているが……
「ええ……しかしこれと干渉阻害装置に何の関係が?」
「この一連の事象、干渉阻害装置作動による磁場の乱れが原因であると判断しました。不必要な自然環境への干渉は即刻是正されるべきです」
「はぁ? そう判断するだけのデータはあるんですか?」
「環境への負荷が無いことが証明できるまで稼働を停止すべきだという事です」
……これだから素人は
「どっかの研究室が環境アセス出すまで無防備を貫けと? こう言っちゃなんですが、この命令は明らかな利敵行為ですよ」
「利敵行為? 環境への負荷を考慮せずに無闇やたらと最新技術を投入すればいいと思っているあなた方に言われたくはありません!! そもそもー」
「まあまあ、美しい貴女には笑顔こそ似合いますよ? 一緒にお茶でも如何ですか」
いきなりヒートアップ……というかヒステリーを起こしたPTA会長に諏訪先生が穏やかな口調で語りかけた。
内面は兎も角、見た目と人当たりだけはとんでもなく良いフェロモン爺だ。
こういった場面では頼りに……
「諏訪医療主幹、あなたには私的研究における特定調査員への不必要な残虐行為の嫌疑がかかっています。えー、その為特定調査員の供出を一時的に留保、及び実験の停止処置命令が出ています」
だが、PTA会長の付き人から命令書を手渡されてティーカップを落として狼狽している。
「は……博士、海中に水中呼吸型のチャッピーを置いてあります……今ならば証拠を残さず……!」
「はいはい、気持ちは分かるよ落ち着いて」
実に頼りにならない。
「まあ、いいや……二つとも謹んで受け取りましょう?」
「なっ……博士……! 私に死ねと仰るのですか?!」
諏訪先生は取り敢えず無視だ。話にならない
怪訝そうな顔のPTAから命令書と受け取って、それをそのまま所長に渡す。
「所長、この命令に対し異議申し立てを行います。施設長権限での執行猶予措置をお願いします」
『機構』のあらゆる業務を停止させる権限を持つ中央倫理委員会だが『事案』対応はそのすべてが非常に緊急性の高い仕事である。
それ故に各研究施設の長には理事会決議以外のあらゆる命令を一定期間留保する権限が与えられている。
最長二ヶ月間ではあるものの、首脳会合とそれに関連する各級会議の会期はそこまで長いものではないので干渉阻害装置に関しては停止命令をほぼ無効化できるし、諏訪先生への命令についても安全保障の観点から撤回される事は目に見えている。
残念ながら私の勝ちだよ、PTA
口には出さないものの、しっかり気持ちのこもった目で彼女らを見る。
随分と悔しそうだが、こちらは正当な手段しかとっていない。
「……逃げ切ったなどと思わないことです」
捨て台詞を置いて去っていくPTA会長
その背に向けて何かを放り投げる諏訪先生
それを止めるために駆け出したのは反射だ。
どうにか地面に落ちる前にキャッチしたそれは茶色のガラス瓶……
「……?」
怪訝そうな顔のPTA達に曖昧な笑顔で返す。
彼らが去ったので私も皆のところに戻る。
「諏訪先生……なにやってんの? これ何?」
「……いえ、禍根は残さない方が良いかと」
「で、これは?」
「その……ああ、麻酔薬の様なものです」
「麻酔薬ねぇ……」
そんな平和な物を諏訪先生が携行しているとも思えないが……
ただまあ皆がいる場所で使おうとする位だからそこまで危険性の高いものではないのだろう
少しだけ蓋を開ける。
なんだろう……どっかで嗅いだことあるような……
「……TEL?」
船でばら蒔くには少々不謹慎な薬品だ。
というかどっから持ってきたんだこんなもの
「小笠原さん、てーいーえるってなんです?」
「えっと……ガソリンのアンチノック剤で……ヤバい毒です!」
「なるほど! ヤバい毒ですね!」
静代さんにざっくりと説明するがっさん。
その通り、ヤバい毒だ。
高濃度の蒸気を吸うと錯乱、発狂したりとまるで『事案』に曝された様な症状が出る。
「ただ意識がぶっ飛ぶ毒を麻酔薬とは呼ばないんだよ?」
困ったような表情の諏訪先生
いや、彼は昔からこういう人だ。
何の準備もなく狂人に挑んだPTAの無用心を咎める事はあれど、彼を責めるのは筋違いというものだ。
『機構』は彼の毒薬としての部分も飲み込んだ上で、その内に引き込むことを選んだのだから
「まあいいや……ほい、無闇にばら蒔いちゃダメだよ?」
「かしこまりました」
「さて、じゃあそろそろ私達も行こうか!」
本番直前にバタバタしてしまったが、気持ちをしっかりと切り替えていこう。
会議場区画
会合初日の今日は歓迎式典が主で、会議自体は明日以降だ。
私も首脳会合に所長の随員として参加するほか、幾つかの下部会議やら作業部会に出席予定だし、それは諏訪先生とがっさんも同様だ。
片切君は防衛システムの方に付きっきりで、双子ちゃんは勉強の為に私に同行することになっている。
「しばらくバラバラだね」
「そうですね、面白そうな話があったら後で教えて下さいね!」
「うん、がっさんもよろしくね」
首脳会合自体は正直面倒だが、下部会議に関しては楽しみだ。
なにしろ各国の『事案』や超常研究の専門的な話を聞けるチャンスなんて早々ない。
「諏訪先生はあんまり問題起こさないでね?」
「ははは、私もそこまで若くはありませんよ」
どの口で……
そんな風に和やかに話ながら歩いていると、ふとこれまた和やかに会話に花を咲かせる団体を見つけて私は足を止めた。
「尚々! コーリャ!」
「ん? おお千大姐!」
「いや、随分と久し振りですな……相変わらずのご様子で」
団体の中心にいたのは私の顔馴染みだ。
「早々変わらないよ、コーリャはちょっと太った?」
「はっはっは、20年ぶりで最初がそれですか」
「いやいや、20年も経ってるんだよ? いい年なんだから健康に気を使った方が良いって! ねえ?」
「ふむ、確かに……折角だから私の元で修行してみるかね?」
「勘弁してくださいよ、タオ・マスターなんて柄じゃない」
「えー、長生きできるよ?」
20年という時間は一般的にはそれなりに長いものだが、それでも変わらない友人達の様子に暖かな気持ちになってくる。
「あのぉ……そちらの方々は?」
私達だけで盛り上がっていると、静代さんが声をかけてきた。
「ああ、ごめんごめん! この二人は私の友達で妖怪仙人の劉尚蓋と野生の熊さん」
「よ……妖怪仙人?!」
「熊さんって……」
「五岳党崇山会の劉尚蓋、よろしく頼むよ」
私の簡潔かつ明瞭な紹介では理解できなかった様子のうちの子達に尚々が補足する。
中国の道教系超常管理機関の重鎮とは思えないほどの好々爺然とした表情である。
地仙の格を持つ辺り、うちで言えば三國理事こと少彦名命の様なものかも知れないが、五岳党は仙人がごろごろいるからどうなのだろう?
ちなみに五岳党随一の殭屍コレクターでもある。
「に……にーはお」
「彼日本語も英語も分かるよ?」
そもそも静代さんも中国語分かるだろうに……
「ええと、ロシア科学アカデミーのニコライ・ボリソヴィチ・アレクサンドロフよろしく」
「えっ! あのアレクサンドロフ博士ですか?! 凄い! 統一力場仮説の論文感動しました!」
「いやぁ……はは、どうも」
がっさんが目をキラキラさせている。
まあこの界隈で彼は有名人だ。
しかも悪名が伴わない稀有な人物でもある。
彼の父は私をソヴィエトから逃がしてくれた大恩人であり、彼も私と共に現在原理研究と平衡計の開発を行った友人でもある。
彼らが来ているのはその高名さから考えれば当たり前なのだろうが、全く予想していなかった。
私からすれば未だに少年だった頃の印象が抜けない相手である。
面倒がって参加を渋っていたが、中々悪くない仕事かも知れないな……




