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国際会議 4

東京都小笠原村南硫黄島沖

環境科学研究機構洋上移動拠点


大事な事はしっかりと伝えるべき相手に伝えるべきと所長にお説教した後、私達は佳澄さんを伴ってまつばら丸の喫茶店に訪れていた。

情報部系の皆の会議参加の準備の為の時間ではあるが、あくまでも甲信研側参加者とのパイプ役であるのだという佳澄さんが暇をもて余している様子だったからだ。


「でも意外でした。参加者の見殺しなんて博士が一番嫌がりそうな事なのに」


『コッテリ抹茶フラペチーノクリームマシマシ~二日分のカロリーと致死量の糖分を貴方に~』を飲みながら静代さんが言ってくる。


「えー……考え読んでくれてなかった?」


「読んではいましたけど……思考が速すぎて断片的にしか分かんなかったです!」


「ふふ、別に博士は変な事は仰ってませんでしたよ?」


「……? どういうことです?」


「あくまで最悪を想定した場合って言ったでしょ?」


各地から人員と装備を抽出し、万全の状態で事に臨んでいるとはいえ首脳会合に参加する非戦闘要員の数はとてつもなく多い。

また、外界から隔絶された洋上であるこのメガフロートは大海原を外敵の侵入を防ぐ為の堀として利用するという利点はあるものの、反面逃げ場が極端に制限されてしまう。

そこに『アゴ』をはじめとする敵対組織の地上部隊が上陸を果たしたとしたら……


直協(DS)の皆さんは敵との戦闘と平行して避難誘導や警護をしなくてはならなくなってしまいます」


「そう、相手がどんな手を隠し持っているかも、どれ程の戦力を投入してきてるかもわからない状態でね」


加えて首脳会合の襲撃などという大それた事を成そうとする敵がもたらす最悪の最悪……

先に佳澄さんが指摘した破局的終末事態の誘因の可能性を考慮した場合、各国の専門家と帝の安全の確保は『機構』の体面を守るという以上の意味がある。


「どれだけの被害を被ったとしても、人類を存続させるのは各国共通の意思だからね」


目的が最悪の最悪にあるとしてもその手段が分からない以上対応策が多いに越したことはない。

仮に激甚な世界規模の超常災害が発生した場合、専門家は一人でも多く残しておきたいし、日本国内有数の『事案』保有者であり、同時に天の神と人類の盟約そのものである皇室はそれ単体で強大な戦力になる。


「そういうことなんですね……」


「そういうこと、この仕事は一歩間違えたらすぐに地球が滅びる様なものだからね、それぞれの状況に適切で厳格な基準を設けなきゃいけないわけ! ただまぁ、基本的にはどこの誰であっても上陸させずに参加者全員無事に帰ってもらうのが大前提だけどね」


可能性が高いから想定するのではなく、あくまで彼我の可能行動を突き合わせて小さな可能性であっても想定を練っておく。

テロ対策であろうと平素の『事案』対応であろうと、私達がやるべき事は何も変わらない。


「それよりも私が気になるのは佳澄さんの方ですよ、何でここに?」


「何で……と言われましても、甲信研とのパイプ役として上から命令を受けたからですよ?」


「上……というと理事会ですか?」


「いえ、玉名さんの指名です。何か気になることでも?」


「いえ……あー、多分考えすぎてただけです」


奇妙な配置ではあるが無い話ではない……

それに企図があるとしても理由に欠ける。

敏腕諜報員である彼女らがカルトに引っ掛かるとも思えないし、現在『機構』に所属する全ての職員は医療研究所による精神鑑定を受けているから敵性諜報員だとも考えにくい。

であれば少なくとも彼女らが『機構』に対して敵対するというのはただの私の考えすぎだろう。

思い返せば佳澄さんが『アゴ』の重要な情報を持ってきてくれた辺りから疑心暗鬼になっていたのかもしれない。

帝国時代に諜報員には幾度も煮え湯を飲まされてきた経験が、きっと私の思考によろしくないバイアスをかけてしまってるのだろう。

諜報員ではあるが、彼女は私達の大切な友人であり、大切な仲間が愛した人でもある。変な被害妄想を拗らせて疑うなんて私らしくもない。


「というかいいんですか? 科長が留守だと支部の皆も大変なんじゃ……」


「ふふふ、たまにはいいじゃないですか、南の島で羽を伸ばしても」


「……うわぁ、そんなに仕事置いてきたんですか?」


「あら、静代さん勝手に人の頭の中を読んではダメですよ?」


「いやいや、読ませに行ってますよね?」


佳澄さんをはじめとした一部の調査員は静代さんの様なPSI能力者に考えを読み取られない訓練を受けている。

それは私達の様な研究職種も受ける耐性訓練とは違い、思考形態を暗号化するようなものだというが、非常に概念的な訓練であり、私にはいまいち理解できないし、調査員でも大部分が理解できない様で機構職員全員にこの訓練をクリアさせたいという理事会の思惑は頓挫している。

味方である静代さんに対してなら他言語思考や高速思考で情報の漏洩はある程度クリアできるものの、敵性PSIが相手ではどの言語を使うべきかの判断もつかないし、対応可能な思考速度も分からないので暗号化された思考というのは非常に利にかなってはいる。

何せ一般的にPSI能力者の脳機能は一般人のそれを遥かに凌駕しているのだ。

『事案』的特性として現世人類を大きく上回る脳機能を有する私や、うちの研究室の天才達ならいざ知らず一般的な『機構』職員の様な『普通の天才』は敵性PSIに対しては比較的無防備である。

一部の適合者のみが使用できる特殊技能を身につけた彼女の思考を読めたということは、即ち彼女自身に思考を公開する意思があったことに他ならない。


「あはは、でも置いてきた仕事……かぁ……」


「どうかしましたか?」


「いえね、甲信研に帰ったら忙しくなるなって」


極力考えない様にしてきたが、これだけ長いこと研究室を空けるのははじめてのことだ。

『ジェットばばあ』の対処は例によって南関東のチームが代わってくれているし、それに伴う手続きや資料の作成はお留守番をしてくれている皆がやっておいてくれてはいるものの、新たに得られたデータを元に研究を進めたりだとかは完全に後回しになってしまっている。

いつものように所長や十河のじいさんが新規の案件を放り込んでくる心配が無いのは不幸中の幸いではあるものの、その代わり面倒だから放置していた細かい『アゴ』の情報も精査しなくてはならない。


「はぁ……帰りたくないなぁ……」


いっそのこと兄島辺りでのんびり独り暮らしをしていたいものだ。

そうもいかないことは十分に承知してはいるものの、今このときくらいは南の暖かい空気の中でのんびり過ごしていよう。

……たまった仕事の事はしばらく忘れて



東京都小笠原村 聟島列島 聟島


日々会議や技術的な問題で多少稼働することこそあれ、私達は基本的には緩やかな時間を過ごしている。


「うわぁ、何これ……?」


なので働くとなった場合のモチベーションは普段とは段違いに高い。

やはり労働生産性を高めるには適切な休息が必須なのだ。

具体的には週三日、五時間くらいが私の限界である。


「おや、珍しいですね」


「知ってるの?」


というわけで今日は海洋部からの要請で『事案』の初動対応の為に聟島まで遥々やって来たわけだ。

航空部のヘリで運んで貰えたとはいえ、小笠原村の南端から北端である。

気分転換にはぴったりの案件だ。


「おそらく『ニンゲン』です」


「人間……? 改造人間みたいなものでしょうか?」


諏訪先生の言葉に返すがっさん。


「あー……『ニンゲン』かぁ……こんな南国で?」


がっさんに説明するのは後回しだ。

というより詳しく説明できるほど私も『ニンゲン』について詳しいわけではない。

確か極地に生息する大型の水生動物で哺乳類だと推定されている。

遺伝子構造はホモ・サピエンスと同一で『ニンゲン』のクローンを作成しようとしてもホモ・サピエンスが出来上がるとかなんとか……

たまに死体が打ち上がったり、捕鯨船に目撃されたりはするものの、基本的に生態が謎に包まれた生物だ。


「腐敗もそこまで進んでいないようですし、泳いでここまで来て力尽きたと見るべきでしょう」


「なんでまた」


謎は多いが基本的に目撃されるのは極地の寒い海だ。

日本国内で死体が打ち上がるのも北海道北部の沿岸ばかりである。


「流石にそこまでは分かりかねますが……」


「だよねぇ……ただまぁ死んでるってんなら話ははやいね! サクッと回収して帰ろうか!」


三大超常エネルギーの痕跡こそ見られないものの、ホモ・サピエンスと同一の遺伝子を持った正体不明の巨大生物である。

現状危険は無いと判断されてはいるが、放置するわけにもいかないだろう。



聟島 宿営地


南の島でキャンプをしようと言い出したのは静代さんだ。

流石に『ニンゲン』の腐肉を捌いて回収した後にするのはどうかとも思ったが、皆乗り気な様だったので片切君に頼んで宿営資材と食材を持ってきて貰った。


「野外炊具……久々に見ました……」


とはいえ、海洋部の船にレジャー用の資材が積んであるわけもなく、自衛隊が使っているような本格的な宿営資材が航空部の大型ヘリで空輸されてきた。


「とりあえず俺と川島で天幕立てて来るからお前らで炊事車の準備をしといてくれ」


「はい!」


しかし現在私達の護衛についているのは全員陸上自衛隊出身の精鋭だ。

あっという間にカレーとBBQの準備が整っていくのだから、アメリカンなお父さんもびっくりである。


「わ……Wi-Fiが……Wi-Fiが……」


約一名亡者のごとくさ迷っている子がいるものの、皆それぞれが食事と宿泊の準備を整えていく。

日が落ちた頃には準備完了である。いやぁ、すごい手際!


「このお肉!」


「すごく美味しいです!」


串に刺しただけの肉を焼いた野趣溢れる料理に目をキラキラさせながらかぶり付く双子ちゃん……『ニンゲン』の処理をした後にそれとは、中々に大物になりそうな予感である。


「それを言うなら博士だって大物じゃないですか」


「そりゃ私はなれてるもん」


そもそも私が食料に困らなくなった頃は中期旧石器時代だし、その頃は目の前で解体された肉を食べるのが割りと普通だった。

腐肉を漁っていた頃もあるので、別に食欲に変化など無い。


「わ……わいるどですね」


「いや、文化の違いだよ……むしろこの時代に生きてる皆が普通にしてることの方がワイルドだって」


それが当たり前の時代生まれの私と違って、うちの子達が生まれたのは文明社会が出来上がった後だ。


「私は特に抵抗はありませんね、職業病でしょうか?」


「諏訪先生の場合なんか別の病気な気もするけど……」


「ははは、医者の不養生というやつですかな?」


そういう意味では無いが……まあいいや


「俺らは訓練の賜物ですかね」


「ああ、レンジャーッ!!てやつ?」


「それもありますけど『機構』に入ってからの生存自活訓練とか敵手脱出訓練とかが大きいですかね」


「あー……思い出させないで下さいよ……食欲なくなって来ました……」


小県調査員が真っ青な顔で言う


「班長、食事中にする話じゃ無いですよ! ったくデリカシー無いんだから……」


「小県さん、多分訴えたら勝てますよ!」


藤森ちゃんと川島くんが大嶋くんを攻める。


「これは腕立てですね!」


それに宮田くんも同調する。

いや、一体どんな訓練をしているのだろう……気になるような気にならないような……いや、恐ろしいので気にしないでおこう。


「あぁ、えっと双子ちゃんは?」


「いえ、別に……」


「『ニンゲン』を食べてるわけじゃ無いので」


「おおっ! 割り切ってますね!」


「「そういう小笠原主幹は?」」


「私は慣れちゃいました。割りと危ない『事案』ばっかり対応してきたので」


「成長したねぇ……昔はお化けだなんだっていうと小鹿みたいに震えて泣いてたのに……」


「え……小笠原主幹がですか?」


「信じられないです……」


「今じゃ幽霊の方が小笠原さんのこと怖がってるのに……」


昔のがっさんを知らない三人が驚いている。まあ、無理もない。

片切くんは……あー……衛星通信の準備中で聞いてないみたいだ。


「やめて下さい、恥ずかしいです!」


「えー、あれはあれで可愛かったよ?」


明後日には各国の代表団がやって来るので、少しばかり忙しくなるだろう。

その前にこうして楽しく過ごせたことはありがたいことだ。

提案してくれた静代さんには感謝しなくては……!

和やかに、穏やかに夜は更けていく。

永い人生の中で色々な事を経験してきたが、結局私がずっと追い求めているのはこういう平和な日常なのだろうな……

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