国際会議 3
東京都小笠原村南硫黄島沖
環境科学研究機構海洋部 『まつばら丸』
『機構』は超常に対して国内で最高の対応能力を有する組織ではあるが、反面通常の戦闘に対しては比較的脆弱だ。
人員や予算こそ潤沢ではあるものの、存在を秘匿しなければならないという特性上あまり大掛かりな装備を保有することができないからだ。
平素の事案管理及び対処においても、正面戦力が必要な場合は自衛隊への協力要請が必須である。
ただ今回の首脳会合に関しては現場が海上ということもあり、自衛隊の協力は必要最小限に留まっている。
少数の自衛官のみに秘密を明かせば事足りる陸や空とは異なり、海は秘密の保持が非常に難しい。
なにしろ海上自衛隊の護衛艦は1隻に数百名の自衛官が乗っている。
信用しないわけではないが、関与する人数を減らすのは秘密保全の基本だ。
それ故に海上自衛隊の協力は制限海域周辺の対潜哨戒の強化程度に留まっているし、航空自衛隊は百里と那覇にJ-7の息のかかったパイロットをスクランブル要員として配置しているのみだ。
うちがいつもお世話になっている特殊作戦郡の分遣隊やJ-7直轄の対処大隊、ヘリ隊は有事に備えて硫黄島に待機してくれてはいるが、彼等の応援を得るような状況はよろしくない。
メガフロートは巨大ではあるがある種外界と隔絶された場所だ。
敵対勢力の地上部隊の上陸を許してしまうような事になれば甚大な被害が生じるのは火を見るよりも明らかである。
「博士! 設置終わりました!」
「せんきゅう、がっさん! 仕事が速くて助かるよ」
それを防ぐための方策は既に用意してある。
目下私達の仕事はそれの準備だ。
「甘崎船長、早速テストに移りたいのですが」
「分かりました……出港準備!」
「出港準備! もやい解け!」
対きさらぎ駅用に開発した干渉阻害装置
空間座標の外、より多元的な領域に対して電磁フィールドを展開して空間の境界をより強固に定義する装置だ。
莫大な電力消費というリスクこそあるものの、この時空の外部からの物理的干渉に対する防護という面では恐らく現代最高の性能を発揮するだろう。
なにしろ開発にあたっては国津神の協力を得ての試験を何度も繰り返してきた。
『きさらぎ駅』がどのような原理で動いているにしろ、空間に干渉する事案的特性を有している以上はそう易々と突破出来る様なものでは無い。
「航海長操艦 両弦前進半速 赤黒なし 進路60」
「頂きました! 航海長! 両弦前進半速 赤黒なし 進路60!」
甘崎船長の見事な操船でメガフロートを離れた船は予定海域へ向けて進んでいく。
ゆっくり安全運転で!
波を切り裂いていく都合上多少は仕方がないが、干渉阻害装置は精密機器だ。
しかも急拵えの試作品である都合上出来るだけ衝撃は与えたくない。
その事を六角理事に事前に伝えておいたお陰で腕のいい船長と船員達を用意しておいてくれたというわけだ。
「しかし……はぁ……」
どういう訳か、この仕事を開始してからの甘崎船長は浮かない顔をしている。
「どうしたんです?」
「いえ……業務ですので仕方がないのでしょうが……この船にあれを据え付けるのは不格好だな……などと……いや、すみません忘れて下さい」
「ああ、そういう……」
先にも言った様に『機構』は本格的な戦闘艦艇をほぼ保有していない。
その中にあってこの船『まつばら丸』は数少ない純然たる戦闘艦艇の一隻だ。
『つしま』型ステルスフリゲート
かつてJ-7が建造した対超常テロ用の高速戦闘艦である。
海上自衛隊の各管区に三隻の配備を目指していたものの予算の都合により計画は中止され、それまでに建造された試験艦『おき』を含む五隻は『機構』へと払い下げられた。
その後機関の小型核融合炉化、武装の最適化、推進装置の改良、各種センサーの強化と『機構』のデータリンクシステムへの対応等の大規模な改修を経て海洋部の虎の子『海洋即応船団』として組織に組み込まれる事となった。
『海洋即応船団』は比較的新設の部署でこそあるものの、海洋事案研究の花形である『海洋観測船団』と並ぶ海洋部職員憧れの職場となっている。
うん、気持ちはよく分かる。
ステルスミサイルフリゲート……ロマンがあるよね! なんというか格好いいし!
それに複数ある『海洋観測船団』に対して唯一のというのもたまらないポイントなのだろう。
特別な部隊に特別な船……そのロマンがわからないほど私は野暮じゃないし、その特別な船に装備するには干渉阻害装置が不細工なのは私も承知している。
艦橋よりも巨大な鉄塔、そこに複数の球体が突き刺さった様な形状、特殊な塗料を塗布した都合上色は焦げ茶色……
巨大なみたらし団子を甲板に設置されては溜め息も出ようというものだ。
それでも『海洋即応船団』をこの役割に選んだのには理由がある。
会場の防衛の要であるが故に絶対に途中で破壊される訳にはいかない以上、船脚と最低限の自衛力が必須であり、更には干渉阻害装置の莫大な電力消費を賄うだけのリソースを有する核融合船でなくてはならない。
そしてジュール熱による加熱から船体を保護するという面でもこの船は最適である。
本来の電波吸収塗料を剥がして電波の反射率が非常に高い塗料に塗り替える事によって船体の加熱を防いでいるのだが、そうなってくると問題は干渉阻害装置への電磁的干渉だ。
しかしこの船はステルス艦である。
本義的には間違った使い方である事は理解しているが、干渉阻害装置の角度を調整すれば発生する不要な電磁波をあらぬ方向へといなす事が出来る。
計算上、今の設置状況であればIHで乗員がこんがりジューシーに!
という最悪の事態は発生しないはずだし、干渉阻害装置の作動も問題なく行える筈だ。
『アゴ』の連中を『きさらぎ駅』に閉じ込めるのが目的であって、海洋部職員の皆の肉汁を閉じ込めるのは目的ではない。
ともかく、彼らにしか出来ない重要な業務なのだ!
「会合が終わったらすぐに解体しますよ……流石にこれではロマンがありませんからね……何より私の美学に反します」
やはり装備は格好よくないといけない。
ギミックも欲しいし、デザインの方向性が最新鋭のステルス艦とは違いすぎる。
「そうしていただけると非常にありがたいです」
海の男のこだわり……私達研究職のそれに非常に似通っている様にも思う。
帝国時代の事もあってそこまで深く関わってはこなかったが、もしかすると本当は彼等ともっと仲良くなれるのかもしれないな……
環境科学研究機構海洋部洋上移動基地
「お帰りなさい、試験は如何でしたか?」
私達がメガフロートに戻ったのは夕方だ。
本土とはまるっきり違う南洋の夕陽が遮るものの少ないメガフロートを強烈に照らしている。
「上々完璧もーまんたい!」
出迎えてくれた諏訪先生にサムズアップして答える。
海洋対処船団所属の四隻に搭載した干渉阻害装置それぞれをリンクさせつつ異なる位相で動作させる事により周辺の空間の境界線を強固に定義する事が出来た。
計算通りの素晴らしい結果だ。
まあ『きさらぎ駅』の一件からずっと私とがっさんが真田博士や草薙博士の協力を得ながら研究開発をしてきた代物である。
「言っちゃなんだけど、開発に携わったメンバーがとんでもないからね、空間だヤカンだなんだって事なら失敗なんて有り得ないよ」
「いやはや、私としてはトンチンカンでしたよ」
「あはは、こっちの分野まで完璧だったら私達専門家の立つ瀬がないって」
医療分野、生物分野のみならず事案対処に関してとんでもなく高い知見を有する諏訪先生だが、こういった分野はそこまで得意では無い。
あくまで彼の興味は人体の持つ未知に向けられるものであることを思えば当然の事ではある。
それでも長い業界での生活によって多くの経験を積み、市井の『専門家』以上の実力を有しているのは彼自身の天才性が故だ。
「ともかく、これで本番まではゆっくり出来そうだね」
「そうですか……しかし久し振りですね、ここまでしっかり休めるというのは」
「そういやそうだね……ここ最近はずっと動きっぱなしだったからなぁ……」
『アゴ』の離叛……いや、その前の雨傘のバイオテロ辺りからだろうか?
元々暇な職場では無いが、それでもここまで働き詰めというのは諏訪先生を追っていた頃以来かも知れない。
大怨霊佐伯静代との出会い、雨傘のテロ、アゴの離叛、高度文明との接触、学校の怪談の無力化、静代さんの変容、世界的なARRV向上計画……
たった数年間で体験するにはあまりにも密度が濃かった。いや、濃すぎた様に思う。
目が回るような日々を過ごして来たのだ。
たまにはうちの子達も南の海でのんびり羽を伸ばしても罰は当たらないだろう。
干渉阻害装置を設置した翌日から、うちの子達はオフにした。
首脳会合本番まではうちの出る幕は殆ど無い。
加西調査員達警備担当との打ち合わせ等はあるが、その辺りは私一人で事足りる。
うちの調査員の皆は私達の護衛ということでそれぞれの担当に付きっきりではあるものの、今のところメガフロート上には『機構』の人間しかいない状態である。そこまで気張らずに護衛対象と仲良く遊んでおいてくれて問題は無い。
その為に仲の良い同士で護衛と担当を組んだのだ。
「ごめんね、会議に付き合わせちゃって」
「あはは、気にしないで下さい。あんまり考えすぎると老けちゃいますよ?」
「自慢じゃ無いけど生まれてこの方一回も老けたこと無いよ」
「あ! ずるい!」
私の護衛についてくれているのは静代さんだ。
四六時中行動を共にしなければならない都合上、護衛は同性の直協職種調査員である必要があるのだが、男社会な『機構』の中でも直協職種調査員は特にその傾向が強い。
人選は非常に骨が折れる。
がっさんには藤森ちゃんがついて梓ちゃんには彼女と昔からの知り合いだというKSSOFの小県調査員を付けた。
こういったところは不便だが、直協職種調査員は熟達した歩兵である事を思えばそれも仕方が無いことなのだろう。
「あー……始めてもええかな?」
「あ、すいません」
「おっけいだよ」
私としてはもうやることが済んだので完全に弛緩してしまっていたが、加西調査員達はまだまだ仕事が盛り沢山だ。
なんだか悪いね!
「ほんじゃあ、順番に片付けてこか」
会議が始まりはしたものの、基本的な警備計画は海洋部、航空部そして首脳会合の為に編成されたタスクフォース『パーサー』が専門家としてしっかりと作り込んでくれているので私に出来ることはほぼ無い。
それでも別系統の戦闘のプロフェッショナル達の別確度の視点から見ると気になる部分や譲れない部分があるらしく、かなり議論が白熱している。
「皆さん……凄いですね……」
「そうだねぇ……あ、プリッツ食べる?」
「いただきます!」
防衛警備といった特に詳しくも無い分野の専門的なお話は実に興味深いものだが、反面実に退屈でもある。
帰っちゃ駄目かな?
「千人塚博士はどう思う?」
「へ……あ、ごめん聞いてなかった!」
会議出席者の冷たい視線……
「はぁ……『アゴ』に上陸された時の避難計画についてや」
手元の資料に目を通す。
各国の超常管理機関や政府首脳等の会合出席者にそれぞれ優先順位を付けてスムーズに全員を避難させる計画が記載されている。
確かにこれを実現できれば何よりだろうが……
「うーん……上陸させないのが大前提なんだけど……」
そもそも上陸を許してしまえばベストは得られない。
その上で被害の最極限を追求するのであれば……
「もし仮に上陸されたんだとしたら、各国の超常管理機関の高官と帝以外は避難させてる余裕は無いんじゃ無いかな?」
「やっぱりそうなってまうよなぁ……」
あくまで目指すところはベストではなくベター
超常管理機関の高官さえ脱出させれば最低限『機構』のメンツは立つだろうし、賠償云々も有耶無耶に出来る程度で済む。
自国開催ということで今回の首脳会合に於いては帝も来ることになっている。
「でもそれだと政府関係者は……」
「そうなった場合、自力でどうにかしてもらう他無いでしょうね」
「そんなぁ……」
泣きそうな顔の所長……いや、最悪の場合の話なんだが……
「『アゴ』連中が何を目的に動いているか分からない以上、余計な事に限られた人的リソースを割くわけにはいかない……そういう事ですか?」
「その通りです、伊丹班長。事態が窮迫すればやむを得ないかと」
航空部の伊丹班長がとても嫌そうな顔をしている。
うん、だから最悪を想定しているだけなんだけど……
「シーマンシップを押し付けるわけじゃねえが……見殺しってのはスッキリしねえ話だな」
福島船長こと六角理事もそんな感じだ。
はぁ……
「『アゴ』が破局的終末事態を招く事を企図、若しくは偶発的にそれを誘引してしまったとしたら……千人塚博士はそれを懸念しておられるのでしょう?」
『機構』内では珍しい人道派の皆への説明に難儀していると、聞き慣れた声が入り口の方から聞こえた。
「ん……佳澄さん?」
長野支部情報科長田島佳澄上席調査員……何故ここに?
「た、田島君! いきなり何を言ってるんですか……」
一緒にいるおじさん達は……中部統合管理局情報部次長の千種監理補と情報本部テロ対策統制室の玉名監理員……後ろに何人かいるのは三人の随員だろう。何人かは長野支部で見たことのある顔だ。
「いやはや、失礼! 田島君は仕事熱心なものでね」
拝み手をしつつ玉名監理員が言う。
ぱっと見は気のいい小太りの中間管理職といった風体だが、その実として非常に優秀な諜報員として知られている。
表向きの雰囲気としてはうちの所長と似通っている様にも思えるが、完全に天然物のお人好しの彼に対してこちらは計算され尽くした偽りの人柄だ。
「……皆さんどうしたんです?」
玉名監理員はともかくとして、中部地方と長野県での活動を行う二人がわざわざ南洋まで出向いてくる理由がわからない。
「ああ、そういえば理事会から『アゴ』の専門家を追加で派遣してくれるって連絡があったけど……もしかしてそれ?」
「ええ、それです」
あっけらかんとした様子で言う所長に会議参加者が冷たい視線を向ける。
「そういう大事な事は先に言わんかい!」
天然物……むしろ自然災害の様な所長のそれに晒され、会議は自然と中断の流れになった。
しかし、所長のおとぼけが原因であることは明白だが、もう一人戦犯がいるということを私は知っている。
ずっとニヤニヤしながら状況を眺めていた六角理事……知ってて黙っていたな……




