国際会議 2
東京都小笠原村南硫黄島沖
環境科学研究機構海洋部洋上移動基地
メガフロートに上陸した私達は早速海洋部の責任者に挨拶に行こうと思ったのだが……
鳴り響く空襲警報、慌ただしく走り回る海洋部職員、ミサイル母艦から発射されていくあれはミサイルでは無く防空任務に就く無人機だろう。
「ふむ……随分と慌ただしいですな」
「うん、そういえば双子ちゃんはもういいの?」
垂直発射される無人機の白煙を見上げながら諏訪先生が言う。
「ええ、向こうでまだ吐いていますよ」
「あらら……ほんとに乗り物に弱いねぇ……」
硫黄島からここに来るまでの船の上でもずっと船酔いに苦しんでいた二人だが、まあここはほぼ揺れも無いので風通しのよい場所で大人しくしていればそのうちよくなるだろう。
「アメ公どもやな……ほんと懲りん奴らやなぁ……」
加西調査員が心底ウンザリしたような表情で言う。
なるほど、毎度の嫌がらせか……
「なんも無いとはおもうんやけど、念の為防護区域にいくで」
……双子ちゃんには気の毒だが、安全第一だ。
少なくとも私以外は
「それじゃあ皆は避難しておいて、私は『提督』に挨拶してくるから」
「大丈夫やろうけど……気を付けや? 海におっこってもうたら面倒や」
「うん、じゃあ皆をよろしくね」
加西調査員に皆を預けてメガフロートの中枢へ向かう。
さて、随分と久し振りだが元気だろうか?
指揮統制船『みやじま丸』中央指揮所
「百里と那覇からスクランブル上がりました」
「無人機のコンタクトはまだか」
「シグナル増加! 南南西高度一万三千」
「管制機からの映像出ます!」
メガフロートの中央指揮所の様子は外以上に慌ただしかった。
ディスプレイには複数の不審機が表示されているし、上空の管制機からのリアルタイム映像には戦略爆撃機編隊の姿が映し出されている。
「おお! 千人塚博士! 随分と久し振りじゃねぇか!」
「ええ、ご無沙汰しています。福島船長?」
私に気付いて嬉しそうな声を出した男は海洋部の福島船長だ。
表向きは……
「いや、ここにいる連中は皆うちの連中だ。畏まる必要はねえぞ」
「そう? 私は真面目だからどっちでもいいんだけど? 六角理事」
そう、表向きは……である。
海洋性事案を所掌する第六部の責任者である彼は、海洋部職員からの叩き上げだからか、理事になった今ですら規定を無視して現場に出てきてしまう問題(理)事だ。
「それで……アメリカ人?」
「だなぁ……B-2にB-1、B-52……沖には空母打撃群、連中随分と大盤振る舞いだな」
「まあ、うちも大概だと思うけどね……当てつけみたいに太平洋のど真ん中で首脳会合なんて」
おまけに私と諏訪先生を正式に会議への参加者として発表してもいる。
実に挑発的な方針だが、表の世界と違って『こっち側』は大陸方面には憂いが無い。
「いっその事全部海に沈めちまうか」
「それで困るのは日本とアメリカの政府だけでしょ?」
「そうだな、喧嘩なら人任せじゃなく自分でやりゃあいいものを……」
制限空域に接近してくるのは大抵各国の超常管理機関のものではなく、正規軍所属のそれだ。
一応空域を侵犯するのであればこちらも即時断固とした処置はとるが、空域すれすれでちょっかいを出してくる連中には手を出せない。
それでも相手の真意がわからない以上は対応せざるを得ないのだが、こうも多いと大変だ。
通信手の皆はよく嫌にならないものだ。
私だったら録音で済ませてしまうだろうが、それでは不足の事態に対応が出来なくなってしまうだろうから仕方が無いのだろう。
ほんとにご苦労様……
「それで……出歯亀連中はいいけど大物に動きは?」
「いや、今のところはなにも無いな」
私達が会合の開催に先んじて現地入りした理由
『アゴ』による襲撃企図の徹底的な粉砕
特にそれに附随する対超常戦が私達の今回のお仕事だ。
何もしてこないというのならそれに越したことは無い。
『アゴ』の首魁である元四宮理事には「二度と出てくるな!」と約束したので、しっかりとそれを履行してほしいものである。
「まぁ俺らもこのために大分散蒔いたからなぁ……わざわざ邪魔しに来る奴らがいるとしたら『アゴ』くらいだろうよ」
ほぼ完全に存在の秘匿がなされてこそいるものの、それでも超常事物を利用する団体は多い。
国内においても雨傘製薬を筆頭に三柱重工や八重垣建設の様に表の世界でも大企業として知られるものから何を考えているのかいまいちわからない零細のコミュニティまで様々だ。
一つの組織として纏めておいた方が対応しやすいという側面から、『機構』もある程度存在を黙認している様な部分もある。
特に国内企業の超常部門は場合によっては『機構』と協力関係を結ぶことも多い。
交渉の為のチャンネルは常に確保されているので、首脳会合に備えて何かしらの協定を結んだのだろう。
他にも首脳会合の襲撃が可能な規模の団体にも同様の協定を打診しているだろうし、それに応じない団体に対しては警察と共同で『強制執行』を行っている。
甲信研の専任戦闘部隊であるKSSOFの皆もここ最近は『強制執行』業務のために所管区域を忙しく駆け回っていたものだ。
その様な連中はいい。いかようにでも対応できる。
問題はテロリストや犯罪組織の様な奴らだ。
『アゴ』『ゴースト』『祀』『伊治組』などなど……
規模こそ大企業に劣るものの『機構』と日本政府の目を逃れて存続している連中である。
会合の準備のために殲滅しようにもそもそも尻尾を掴みきれていないし、慌てて対応してどうにかなるのならばそんな奴らはとっくにこの地上からいなくなっているだろう。
首脳会合を襲うメリットという面で考えればそこまで警戒する必要の無い者達が多い上に、可能行動の面から考えても脅威となり得る程の団体はそう多くない。
「『ゴースト』と『伊治組』は追跡出来てるの?」
それこそ先に挙げた四団体くらいしか脅威たり得ないだろう。
『祀』は……まぁ大丈夫だろうが……
「あぁ……まぁ『伊治組』は露助の協力でマフィアを焚きつけといたから抗争でそれどころじゃねえだろうし『ゴースト』も『猟犬』に追加で二個中隊つけてやったからじきに尻尾を掴めるんじゃ無いか?」
「うーん……それならいいんだけど……」
『猟犬』こと鹿島上席調査員は本部の優秀な全般職種調査員だ。
『機構』職員の例に漏れず変わり者ではあるが……
「まあ、その辺りは専門外だからね……プロにお任せするよ」
「相変わらずだな」
「早々変わんないよ」
その後幾つか情報を交換し合っていると、空自のスクランブル機がアメリカ人を穏便に追い払ってくれたようだ。
日米のねじれた友好関係……巻き込まれる彼らも大変だなぁ……
海洋部給養支援船『まつしま丸』
「それじゃあ、大分遅くなっちゃったけど……千人塚研究室へようこそ双子ちゃん!! かんぱーい!!」
「「「乾杯!!」」」
給養支援船『まつしま丸』は『機構』が保有している船舶の中では異質な程に平和な船だ。
その任務は海洋部船舶に対する糧食・被服の補給、洗濯支援等々多岐に渡る。
見た目こそLNGタンカーに偽装されてはいるものの、動力源である原子炉の余剰電力を活かして高度な冷蔵・冷凍設備を備えており、海洋部の業務以外にも沿岸部で長期間継続して行われる事案対処業務に対する支援も行う。
帝国時代の給糧補給艦にも似通ったものだが、それ以上に重要なのは通称『商店街』と呼ばれる船内設備の数々だ。
海洋部や九二研の所掌する海洋性事案への対処は大海原を現場とする都合上、非常に長い時間を要する事が多い。
加えて『機構』の秘密主義は一つの機密に必要以上の人員がアクセスする事を良しとしない。
要は一度航海に出ると年単位で海上に居続けるケースが非常に多いのだ。
そんな海洋部職員や海洋性事案研究者のストレスを解消するため、まつしま丸船内には大型ショッピングモールもかくやというほどの娯楽施設が備えられている。
映画館、居酒屋、お洒落なバーに各種専門店も顔負けの売店、スーパー銭湯等々……
海洋部の調査によれば、まつしま丸が現場に来ると職員の業務遂行能力が平均で42%向上するとされている。
そんなこの国を陰から支える船の宴会場は、大町温泉郷の翡翠亭景川に勝るとも劣らない見事なものだ。
遅くなってしまったが、双子ちゃんの歓迎会をするのにこれ以上の場所はあるまい!
「クルーも忙しいやろうに……どんな裏技つこたん?」
席に戻ると呆れたような表情の加西調査員が聞いてきた。
「別になんもしてないよ?」
彼女は大いに誤解しているが、私は善良な研究者だ。
面倒を押し付けて来た上司達をあらゆる手段で恫喝し、お詫びとしてまつしま丸の宴会場を使わせる様に仕向ける様な事をするわけが無い。
「なんだか」
「すいません」
申し訳なさそうな顔の双子ちゃん
「気にしないで良いって! むしろこんなに遅くなっちゃってごめんね」
新型ウィルスによる世界的パンデミックが原因であり仕方なかったとはいえ、私達は感染拡大の最初期に予防薬を接種しているから問題は無い。
市井の飲食店を用いる以外の方法を見つけられれば良かったのだが、それも業務多忙の為に実現しなかったのだ。
「いや、しかし見事なものです。噂には聞いていましたがここまで本格的だとは」
「あぁ、そっか諏訪先生も初めてかぁ」
色々な仕事を押し付けられる傾向があるとはいえ、うちで海洋部の仕事を引き受けることはまず無い。
逆に海洋部の協力を要請することはあるが、要するに彼らの仕事はそれだけ専門性が高いのだ。
それ故航空部とともに独立性の高い部署を置いている。
『まつしま丸』が動員されるのは本格的で長期にわたる海洋性事案対処や研究のときなので、私達一般の『機構』職員からすればクイーンエリザベス号や飛鳥の様な憧れの豪華客船(?)の様なもので、その名前こそ知られていても実際に利用したことのある職員はごく少数に留まっている。
私が前回『まつしま丸』に乗船したのも確か昭和のころだ。
現在の『まつしま丸』の先代にあたる船で、ここまででは無いが見事な船であったことはよく覚えている。
「まあ、せっかくの機会だし満喫しないと罰が当たるよ!」
今回の首脳会合への出席のせいでうちの業務は止まってしまっている。
そう『止まって』いるのだ。
この期間の『ジェット婆』への対応こそ南関東研究所が肩代わりしてくれているが、それ以外にも対PSI防護装備の開発に『アゴ』の『きさらぎ駅』対策を目的とした空間干渉対策の研究、0027-イ『トイレの花子さん』に託された人探し等々……
私たちが片付けねばならない仕事の全てが止まってしまっているのだ。
これくらいの役得は許容されてしかるべきだ!!
彼女はその違和感を知っていた。
かつて見た圧倒的な力
それは知識や技能等といった小手先で覆すことのかなわない原始的かつ膨大な、純然たる『力』そのものだ。
「実際にやってみなければわからないけど……あまり分の良い賭けではないだろうね」
彼女はその不安を隠すことなく口にする。
彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐにいつもの表情に戻る。
「土壇場で弱気になるのは相変わらずだな……勝算があるから来たんだろう?」
彼女の成長を、そしてそれを得るために積み上げてきた努力を誰よりも知っているのは彼だ。
そんな彼からすればこの計画の成功に一切の疑いを抱きようが無かった。
計画自体の困難さは十分に理解しているし、いざというときの対応についても練ってはいるが、そういった実務的な面とは別に彼女のことを全面的に信頼しているからこその心境である。
「もちろんさ!」
力強く応えた彼女も、彼が自らに寄せる信頼を理解している。
紆余曲折を経て、より強く結ばれた信頼関係
どんな武器よりも、どれほどの力よりも、二人にとってはそれが最も頼りになるものだ。
ただ勝利のみを見据えて言葉を交わす二人の目には最早、一切の迷いは無かった。




