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山の怪 2

新潟県南魚沼市

どうにかこうにか塩沢石打ICまであと数キロの地点に到着した頃にはもうすっかり夜になっていた。

道路工事による迂回に次ぐ迂回

狭隘な道路に入り込んでしまい大幅な遠回りを強いられ、気が付けば地図にも載っていない林道の様な道……

ただラーメンを食べに行ったはずが、思いがけない大冒険になってしまったものである。

「蛍光灯の灯りがこんなにも心安らぐものだとは思いませんでしたよ」

「本当に良かったです。人類の領域に帰って来られて……」

「大袈裟だなぁ……」

人里離れた田舎道に置かれた自動販売機の前で帰還を喜ぶ双子ちゃん。

県外であるが故にハッピードリンクショップの様な品揃えは無いにしても、極度の緊張の連続でカラカラに渇いた喉に、冷たい炭酸飲料が染みるようだ。

「そういえば、二人ともちゃんと私服持ってきてるんだね」

「え……あ、はい」

「というか……仕事着のままなんですね……」

諏訪先生は白衣をジャケットに代えてくるくらいの洒落っ気は持っているようだが、私に関しては白衣もそのままである。

だが、毛玉だらけのスウェットと仕事着しか持ってきていない私からすれば、現状で最大限のおしゃれ着がこれなのだ。

「目立ちますよ?」

「IDは外してるから平気だよ!」

この様な会話には覚えがある。

私の所に来たばかりの頃に所長も羽場主務も諏訪先生もがっさんも大嶋君も藤森ちゃんも、皆似たような事を言っていた気がする。

……うちに配属される子達はお洒落さんでなくてはならないとか、そういう内規でもあるのだろうか?

「まぁいいか……そろそろ出発しよう」

「そうですね、くれぐれも」

「安全運転でおねがいしますね?」

「わかってるよ、心配性だなぁ」

「そうですね、車両がまだ原型を保っているところから見て昔よりは腕を上げたと考えてよいでしょう」

「そうそう!ん……?諏訪先生もしかして貶してる?」

「そんなことはありませんよ?」

「……テン……ソウ……メツ」

「ん……?双子ちゃんなんか言った?」

「いえ、でも……」

「聴こえました……」

「……テン……ソウ……メツ」

諏訪先生のいたずら……というわけでも無さそうだ。

しかしそうだとすると……まずいな……

「博士……」

「あれを……!」

双子ちゃんの指差す方向をみると、そこに『それ』はいた。

首の無い人型の『それ』

胸元にニタニタと不気味な笑みを浮かべた顔を備えるそれは『機構』職員ならば……いや、この業界の人間ならば誰でも知っている危険生物

確かにそこにいる事を感じるのにも関わらず、自販機の光源に影が発しないのは実体を持たない情報生命体であるが故

一般的なそれとは異なり物理的現実にすら影響を与えうる程の力をもった情報生命体

『ヤマノケ』

幽霊と同様の存在ではあるが彼等のような高い知性は持たず、獣の様に人を喰らう。

「……ヤバイな、逃げるよ!」

正直この場での対処は不可能だ。

ゆらゆらと揺れるように、ゆっくり確実にこちらに近付いてくる『ヤマノケ』

私達は大急ぎで車に乗り込んだ。

「……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ」

「ああ、くそっ!」

「どうしました?」

「やられた……エンジンがかからない……」

厳重な防護を施した『機構』の車両のエンジン周りにすら干渉するとは……『ヤマノケ』にしたってやりすぎだろう。

「仕方ない……双子ちゃん、シート下の散弾銃出して」

一般的な銃弾は情報生命体には通用しない。物質的実体が無いのだからそれは当然だ。

しかし『機構』が対情報生命体に使用する『多帯域発振弾』であれば、一定の効果は見込める。

複数の異なる帯域幅で彼らにとって侵襲性の高いパルス信号を発振する。

それによって彼等を構成する情報を散らす事が出来る優れものだ。

調査員の皆からはあまり評判の良くないイタリアベネリ社の散弾銃だが、私の様な素人からすればセミオートで撃てるのはありがたい。

一気に8発全弾を叩き込んで、すぐに車のイグニッションスイッチを押す。

「よし!掛かった!」

相手は『ヤマノケ』だ。この程度での無力化などは望むべくも無いが、足止めくらいにはなったようである。

アクセルを踏み込んで人里の明かりに向けて突き進む。

ガリガリと嫌な音が聞こえるが、この際だ。気にしている余裕はない。

「ふぅ……どうにか撒けた様ですな……」

諏訪先生が安堵の溜め息をもらす。

「ありがたいことにね……双子ちゃんも大丈夫?」

「あ、はい」

「……れた……れた」

しかし、東北地方に生息しているはずの『ヤマノケ』がこんなところにいるというのも妙な話だ。

東一研に頼んで早いところ駆除してもらわなくては……

「おい、梓!おいっ!」

「どうしました?」

「梓の様子が……」

「入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた入れた」

「博士!車を止めて下さい!」

「くそっ……分かった!」

路肩に車を寄せて双子ちゃん妹を車外に寝かせる。

「しくじった。入られたか……諏訪先生、処置をお願い」

「修主任、トランクから医療嚢を」

「梓!梓!」

「落ち着きなさい!」

双子ちゃん兄は大分取り乱してしまっているようだがそれも仕方ないことだろう。

大切な家族が目の前で『ヤマノケ』に寄生されてしまったのだから……

「諏訪先生」

双子ちゃん兄を落ち着かせる諏訪先生のところに医療嚢を持っていく。

「ありがとうございます」

「うん、修くん?取り乱すのも分かるし、ショックなのも分かる。でもね、ここで私達が冷静でいなかったら梓ちゃんを助ける事は出来ない。分かるね?」

「は……はい……」

「うん、よろしい。それじゃあ引き続き諏訪先生のサポートをお願いね」

どうにか落ち着いた様なので、ここは二人に任せておいて大丈夫だろう。

懐から携帯を取り出して確認する。よし、電波は来ている様だ。

『こちらは 新潟敬常会病院です 只今診療時間外です 夜間救急外来への転送をご希望の方は 1 をー』

アクセスコードを入力する。いつもの外線からの手続きが焦れったくて仕方がない。

『新潟医療センターです』

「甲信研究所主幹研究員の千人塚です。職員が『ヤマノケ』に寄生されました。大至急ヘリの派遣をおねがいします。座標はー」

『千人塚博士!待ってください!申し訳ないのですが……ヘリは出せないんです』

「ヘリが出せない……?何故です?」

『『ゼロワン』対応の失敗で東北方面に向けて全機出払ってしまっていて……』

「……全機ですか?」

『情報生命体対策のとれている機体は全て……です』

「くそっ……」

高度遮蔽措置のとられているヘリは『機構』内においてもそう多くない。

潟医研附属の新潟医療センターの機体が使えないとなると、他は立川か東京湾の

ヘリ母艦の機体位だが……

『こちらから救急統括センターに問い合わせをしてみますが……』

「おねがいします。こちらは関越道を進行してそちらに向かいます。そちらは病床の準備をしておいて下さい」

電話を切る。なんとも間が悪い。

『はい、もしもし!』

「がっさん、OPにいる?」

『はい、いますけど……なんかありました?』

「双子ちゃん妹が『ヤマノケ』に入られた。これから潟医研に向かうから私達の位置に合わせた関越道の封鎖を要請して」

『……っ!分かりました』

危険は大きいが、行くしかあるまい。

「諏訪先生、応急処置が終わったら梓ちゃんを車に乗せて」

「かしこまりました……陸路ですか?」

「うん、残念ながらね」

生物の感情の起伏に伴う情報を糧にする幽霊

知的生命体が死ぬときに発生する超短時間低周波律動を糧とする『ヤマノケ』以外の一般的な有害情報生命体

信仰を糧とすると言われている神格性事案

それらの代表的な情報生命体とは異なり『ヤマノケ』は長い時間をかけて人間の持つ情報を食い尽くす。

40から50日程度で生存に必要な情報まで全てを奪い尽くされて死に至るというその特性上、すぐに命に関わるという類いのものでは無い。

しかし、同時に運動機能に重篤な障害を寄生初期の段階で被害者にもたらすという生態も有している。

あくまで推測の範囲ではあるが、被害者の動きを封じることで効率的に捕食を行う事を目的としているのではないかというのが、この業界での主流の考え方になっている。

それ故に初動対応を誤る事なく行う必要があるのだ。

『コトリバコ』の様に人間の女性のみを捕食する『ヤマノケ』だが、私が寄生されなかったのは恐らく簡易防護インナーのお陰だろう。

その気になればこの程度すぐに突破出来るだろうが、不必要なエネルギー消費を避けたいという野性生物らしい打算があったのだろう。

一応トランクから防護外衣を出して着用しているが、こちらに興味を示している兆候は今のところはない。

諏訪先生は処置を行わなければならないし、修くんはハンドルを握れる様な状態では無いだろう。

となれば私が皆を無事に長岡まで送り届ける他あるまい!


新潟県 関東第一研究所第82交通観測所

『なるほど、分かった。こっちでもヘリを手配できないかあたってみるよ』

「所長、長野支部のヘリなら所長の権限で動かせるんじゃ無いですか?」

『大嶋くん、無茶言わないでよ……遮蔽措置のないヘリで『ヤマノケ』を運んだらどうなるか……』

「確かにそうですね……航空部のヘリは動かせないんですか?」

『それも近場の航空部は皆『ゼロワン』対応の方に向かってしまっているみたいでね……』

「いっそ小型の固定翼機を関越道に強行着陸させて回収するのはどうでしょうか?」

「おお!藤森さんナイスアイデア!」

『全然ナイスじゃ無いよ!そもそもどこに着陸するつもりなんだい?』

「それならやっぱり私が……!」

「それだけはダメですって!」

『そうだよ!下手したら国が傾く!』

「でも……もうそれしか方法は……」

甲信研究所所長守矢久作を交えたリモートでの会議

折悪しく発生した『ゼロワン』の活性化とそれに伴う航空リソースの不足を打開する妙案は未だに出ていない。

『ヤマノケ』が女性に寄生する事、加えて物理的な捕食ではなく情報エネルギーを捕食する事を考えれば、佐伯静代によるテレポートでの救急搬送はあまりにもリスクが大きい。

寄生された場合宿主の自我が喪われるとなれば尚更だ。

『兎に角、君達はそこから千人塚博士達をサポートしてあげて欲しい』

結局何も出来ることは無いのだという無力感の中、会議は終了する。

「こんなことなら私も博士と一緒に行くべきでした……」

「いや、小笠原さんはこっちにいてくれてよかったですよ」

「そうですね、小笠原さんがいれば何が起きても対応できますし」

もどかしさを孕んだ空気の漂う会議室内

ふと訪れる沈黙に耐えきれなくなった小笠原研究員が外の空気でも吸いに行こうかと立ち上がったタイミングで慌ただしくOP所属の調査員が会議室に入ってきた。

「小笠原主幹!『ジェット婆』が出ました!赤城高原方面から高速でこちらに向かってきています!」

「あの婆……このくそ忙しいときに……!」

大嶋調査員が吐き捨てるように言う。

「……」

「小笠原主幹……?」

黙ったままの小笠原研究員にOP調査員が訝しげな目を向ける。

「すいません、ちょっと集中してるみたいで」

「はぁ……」

藤森調査員の言う通り、彼女は現状の情報から最適解を導き出すためにとてつもない速度で思考を巡らせていた。

「……誘因……違う……目的……方向性……発生源は……」

口から溢れ落ちる思考の欠片も、脳のほぼ『全て』の器官のリソースを思考に振り向けた結果生じたPSI能力者が過負荷時に見せるような鼻腔と眼球の粘膜からの出血も無視して彼女は更に思考を加速させる。

「……ます」

「へ……?」

誤って最大速度まで加速した彼女の思考を読み取ってしまい、その過剰な情報量に目を回していた佐伯調査員が間抜けな声で返す。

「『ジェット婆』を要撃します!追跡チームと直援チームは防護装備を着用してモータープールへ、支援チームはそれぞれの所定で位置について下さい!」

「要撃って……無茶ですよ!千人塚博士もいないんでしょう?!」

OP調査員が悲鳴の様な声で言う。

しかし、千人塚研究室の面々は小笠原研究員の号令に従って粛々と行動を始める。

「大嶋主幹……!」

「まぁ……気持ちはわかりますよ?ただ、こうなった小笠原さんがこれだけ自信を持って言うんなら俺達はそれに従うだけです」

「班長もたまには良いこと言いますね!まぁ、無茶苦茶なのはうちの持ち味みたいなもんですから!」

「はぁ……分かりました。こちらでも最大限のサポートはします」

「感謝します!」

そう言い置いて車両にて対応にあたるメンバーは勢いよく駆け出していった。

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