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死病の盆踊り 6

長野県上田市真田町

「どうされました?」

「ちょっと待って下さい!」

何かが……もう喉元まで出かかっている。

「独り言……違う、そこじゃない……どこに引っ掛かった?思い出せ……思い出せ……私は何を考えていた?」

譫言の様に口から溢れ出る思考を気にする余裕もなく喉の奥に引っ掛かったアイディアをどうにかして引っ張り出そうとする私の様子を不審に思ったのか、周囲で立ち働いていた人々が足を止めてこちらを伺っている。

お祈りを終えたマーシー教授がこちらを熱っぽく見つめているのは私が天啓を得たとでも思っているのだろう。

いや、そんなことはどうでもいい。

余計なことを考えるな!集中しろ!

「マーシー教授、生体の後天的超常免疫獲得について……おや?どうしたのですか?」

ニコニコでマーシー教授になにやら質問をしに来た様子の諏訪先生がこの場の異常な様子に疑問を呈する。

「あっ!!そうだ!そうだよ!!なんでこんな簡単な事を見落としてたんだろう!あっはっはっ!」

そして私の喉につっかえていた疑問が取れた。

『事案』対処の基本のキ、どうやら長いキャリアの中で身に付いてしまった段飛ばしの考え方が私の頭を蝕んでいたようだ。

「本当に……どうなさったのですか?」

珍しく困惑した様子の諏訪先生だが、詳しい説明は後だ。

「諏訪先生、今から言う通りの仕様で新しくチャッピーを仕立ててくれない?」

「ええ、構いませんが……」

疑問が解決したからといって解決までの道はまだ遠い。

しかし、これで漸くスタートラインに立てたのだ。

いや、むしろ私達はスタートラインにすら立てていなかったのだろう。

自分で言うのもなんだが私は国際的にも著名な超常研究者だし、それは悪名込みの諏訪先生、マーシー教授の二人も同様だ。

そんな私達が新入職員であれば問題なく気が付きそうなものを見落とすとは……いやはや慣れとは恐ろしいものだ。


新潟県長岡市 環境科学研究機構新潟医療研究所 

『白スク』大量発生から2ヶ月、マーシー教授と共に潟医研での仕事にあたっていた諏訪先生からの連絡を受けた私達は遥々新潟県長岡市の市街地から離れたくそ田舎にある潟医研にやって来ていた。

『白スク』の大量発生、結論から言えばその原因は巨大なエネルギーに曝露することによる神経細胞の非現実性変異だ。

私のオーダーで作製してもらった透過性エネルギー観測用チャッピー『ペス』による観測によって確かに当該地域には定期的な超高エネルギー放射が認められた。

そもそもこの宇宙にあって人類が観測できている物質及びエネルギーは通常の科学で10%程度、私達の業界ですら60%程度だと試算されている。

暗黒物質、暗黒エネルギーと呼ばれるそれら不可視の対象はあらゆる物質に不干渉であり、人類の持ちうる計測機器ではキャッチ出来ない。

しかし、諏訪先生の『チャッピー』に搭載されたアーカイブ0027『学校の怪談』由来のエネルギー収集装置を経ることで観測が可能になった。

いや、正確には一部を観測する事が可能になったというべきだろう。

今回観測されたエネルギーは白根の火山活動に由来して放射されたものであり、それは放射のタイミングと白根の地震計の観測データの対比から明らかになった。

同様のエネルギーを特定調査員に照射したところ、ARRVの低い特定調査員に『白スク』発症の兆候が見られた。

現実性平衡のエネルギーを照射されたのにも関わらず、変異は現実性-不平衡……超常の常識を覆す実験結果ではあるものの、巨大なエネルギーが物質の有り様を大きく変容させるというのは自然界でもありふれた出来事であると思えば、納得もできる。

「しかし、まさか犯人がこの地球そのものだったなんて今でも信じられません……」

佳澄さんは未だに納得していない様子だ。

「案外そういうもんですよ」 

何しろ『事案』というものの歴史は長い。

現在明らかになっている分だけでも月の形成以前のものも発見されている。

「おお!」

「これはっ!」

「「マァァァァッスィィィィィィィィィッ!!」」

和やかに諏訪先生たちがいる研究施設に入った私達は大騒ぎしながら返り血塗れのまま躍り狂う諏訪先生とマーシー教授の姿に出迎えられた。

混ぜるな危険……

私の頭に浮かんだ言葉はこの二人に関して言えばおそらく真理だ。


「いやいや、先程は失礼いたしました」

「本当だよ……心臓止まるかと思った」

漸く落ち着いた様子の二人だが、表情には未だに興奮の色が見える。

「何を仰る!生まれながらに聖別されたあなたであれば例え鼓動が止まろうと、例えその身が塵と消えようと何ら問題は無いでしょう!」

「私はナジル人ではありませんよ?」

散髪は無意味なのでしないが、葡萄は好物だ。

サムソンの様な怪力は他の誰かに任せる事にしている。大嶋くんとかその辺に……

そもそもユダヤではないし、聖書に対する畏敬もアブラハムの宗教に対する信仰心の一つも持ち合わせていない、彼らの言うところの異教徒である。

「それはそうと……耐性薬の改良が済んだというのは?」

「そうです!それを試していたのですよ!」

耐性薬の改良というのは『白スク』対処の仕上げである。

今回の一件で重要な資源である『白スク』の発生機序が明らかになったことを受けて、理事会は自然発生的な『白スク』の根絶に動き始めた。

機構の職員が毎年接種を受ける予防接種の中に含まれる非現実耐性薬の全国民への投与計画がそれだ。

ただ、耐性薬は生来のARRVが低い人々にとっては致死性の劇薬でもある。

理事会が諏訪先生とマーシー教授率いる開発チームに課した条件は2つ

致死性の軽減と付与された耐性を解除する手法の開発である。

致死性の軽減は言わずもがなだが、後者も案外重要だ。

現在世界で後遺症の出にくい記憶処理薬を自国生産出来るのは日本、米国、ベルギーの三か国のみであり、日本の記憶処理薬の原料は『白スク』だ。

全国民が非現実耐性を得てしまった場合、記憶処理薬分野におけるアドバンテージを失ってしまうことになる。

そもそも資源の有無が生産に直結する分野である。

今後は特定調査員を利用した生産にシフトするのであろう。

雇用された特定調査員から非現実耐性を奪うためにも耐性解除方法の確立が急務なのは間違いない。

「こちらをどうぞ」

至るところに血がついた手書きの報告書……あまり触りたくはないが仕方ない。

「おお!流石!」

耐性薬の効果をある程度残しつつ、被験者のARRVの向上が明らかに見て取れる。

モノは問題無さそうだが、問題はこれをどうやって国民全員に投与するのか……

私は佳澄さんの方を見る。

今回彼女が潟医研に来た理由がそれである。

彼女は今回の計画において、渉外部門と研究部門の調整役をしてくれている。

「交渉については滞りなく……ただ、政府の動きがあまり速くないので接種はいつになるか……」

「ああ……なるほど」

日本政府に私達に楯突こう等という気概は無いだろう。

そこは長い経験からよくわかっている。

ただ純粋にどんくさいのだ。

「雨傘の方は問題無さそうですか?」

「ええ、流石に世界的大企業といったところです」

雨傘製薬は今回の計画における重要なキーマンである。


今世の中を騒がせている新型ウイルス

制御不能のパンデミックによって世界中を混乱の只中に突き落としたそれを、私達は利用する。

正確にはそのワクチンを、だが

雨傘製薬の通常製薬部門が開発に成功したそれに、超常部門の協力によって耐性薬を混入させる。

耐性薬自体は一般的に見ればワクチンの添加物との判別が出来ないように作成してもらっているので、気付かれる事は無いだろう。

耐性薬の生産は『機構』と雨傘製薬超常部門で分担して行う事になる。

それらの交渉は非公式のチャンネルを使って秘密裏に、しかし迅速かつ確実に行われたそうだ。


新潟医療研究所 セクションレッド 休憩室

現状の確認を終えて信州に帰る前に私達は潟医研の休憩室で一休みしていた。

機密性の高いセクションレッドは危険な『事案』を扱うことも多く、職員のストレスも大きいためだろうが、自販機の種類が豊富で非常に楽しい。

「雨傘製薬って敵だと思ってました」

医学的な事は専門外であるが故に置物の様になっていたがっさんが言う。

「まあ、味方じゃないけどね」

状況によっては『機構』との衝突も多い雨傘製薬超常部門ではあるが、そもそも彼らは利潤の追求を旨とする営利企業だ。

非合法な研究を許さない『機構』及び政府の取り締まりと利害の対立が生まれることはあっても商売の話となれば話は変わってくる。

『アゴ』のようなテロリスト、『ゴースト』の様な犯罪者とは根本的に行動原理が異なっているのだ。

「特に雨傘は老舗なだけあって『機構』と協力することも珍しい事じゃないよ」

国際的な場で公式に超常部門の存在を否定した雨傘製薬ではあるが、各国の超常管理機関の使用する超常的薬物の凡そ10%が雨傘製だとも言われている。

俗に言うところの公然の秘密というやつだろう。

「それよりも厄介なのはうちの政府だよ……」

「政府の動きが鈍いのは今に始まったことではないのでは?」

「そこですよ!いつも通りならまだ我慢もできますけど、今回はちょっと度が過ぎてると思いませんか?」

超常世界の秘匿というのは各国政府に共通する理念であり、それ故に私たちの存在を知るのは一部の国務大臣と関係部局の超常対応要因だけである。

それに起因する行動の遅れであれば許容出来るが、今回は政争に起因するものだ。

どこの誰が権力の座につこうがどうでも良いと言ってしまえば暴論が過ぎるかもしれないが、そういったことは脅威の排除が済んで仮初めの平和を享受できるようになってから存分にやってくれというのが私の偽らざる本音である。

「まぁまぁ、来年はオリンピックもありますし……」

「運動会と『白スク』対応どっちが大事よ……」

「まぁ……そうですよねぇ……」

首相の退任とそれに伴う内閣総辞職……与党サイドから通達されたその後の新政権への移行……ただでさえ混乱を呼ぶ状況に加えて新型ウイルス、オリンピック東京大会の開催そして『白スク』発生機序の解明に伴う今回の計画……

全てがうまくいく必要はないし、全てを成功させようと思えばもっと落ち着いた状況を整えておくべきだろう。

ただそれでも、絶対に成功させなければならないのは全国民への耐性薬投与だ。

造山活動に源を発する透過性エネルギーが『白スク』発生に関与しているとわかった以上、この国の至るところで多くの国民が『白スク』を発症してしまうリスクがある。

数万年前の様な活発な造山活動が無いのは不幸中の幸いではあるだろうが、この千年で人類のARRV及びORRVは加速度的に低下してきている。

見えざる何か、未知の大いなる力……そういったものが今よりもっとずっと身近にあった時代と、全てを秩序だった法則で縛れると思い上がった現代で比べる事が間違っているのかもしれないが、百年後の子供たちは……千年後の子供たちは……

そう思えばここでどうにか歯止めをかける必要があるだろう。

「十河の爺に政府への圧力を強めてもらえる様に頼まないとなぁ……」

政治向きの事は専門外も専門外だが、それでも悠長な事を言っている訳にはいかない。

滅びはすぐ目の前で、甘露をちらつかせて人々を誘惑している。

彼らを易き道から茨の生い茂る生へと人知れず誘うのが私達のここにいる意味なのだからー

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