死病の盆踊り 5
長野県上田市真田町
目下やらなければならないのは諏訪先生が発見した平衡異常を伴わない巨大なエネルギーの正体を解明する事だろう。
「出ないなぁ……」
というわけでありったけの観測機器を使用してみたのだが、そもそも一切それらしい数値が出ない。
上空、大気、地上、地中の全てがほぼ正常だ。何一つ問題がない。
「スカだったんでしょうか?」
「でもそうなるとチャッピーの余剰エネルギーの説明がつかないんだよね」
「ええ、供給系にエネルギー飽和によるものと思われる損傷が見られましたので」
諏訪先生、がっさんの二人と共に首を捻る。
「片切くんに解析してもらったら何か出るかな?」
「そもそもが巨大なエネルギー反応ですからな……それを一切観測出来ないとなると解析でどうにかなるとも思えませんが」
「だよねぇ……」
マーシー教授の作品から発生したエネルギー……いや、いくらなんでもあれだけのエネルギーを持っているとは思えない。
流入したエネルギー量だけでもとんでもない量だし、どういった類いのエネルギーかは不明だがそれでも最低でW88核弾頭6発分以上のエネルギー総量がありそうだ。
「もっとセンサー類を積んでおけばよかったですな」
「仕方ないですよ、そもそもチャッピーを使うのも予定外だったんですから」
「うん、手掛かりになりそうなものが見付かっただけ儲けもんだよ」
今回の『白スク』大量発生と当該のエネルギーとの直接の因果関係は不明だが、状況から考えて無関係だと断じる事はできないだろう。
もちろんそこに原因があると言い切るのも尚早であることは分かっているし、決めつけが判断を誤らせるということは十分に理解している。
それでも不可解な要素があるということはとりあえずの進むべき方向を見極める上で有益であろう。
「博士、おるかぁ?」
「ほいほい、どうしたの?」
河西調査員と佳澄さんが連れ立ってやって来た。
「上から広域防除行動の命令が出たで」
「やっと?」
広域防除行動命令は伝染性事案の拡散が制御不能に陥った場合、もしくはそうなると予期される場合に下される命令だ。
これにより都市封鎖、都市破壊、感染者の物理的排除が無制限に許可される。
幸い今回は現場が市街地から離れているために人的な被害は最極限できるだろう。
「じゃあ河西ちゃんには制圧作戦の立案をお願いしていい?」
「もうできとるで」
流石は特殊部隊『百鬼夜行』の中隊長、仕事が早い。
というよりはじめからこうなることを予期していたのだろう。
「砲迫火力の集中運用……空爆した方がはやくない?」
爆撃機こそ保有していないが『機構』航空部が保有するC-2輸送機は限定的ではあるが爆装にも対応できる。それに航空試験課が対地制圧モジュールの開発を進めていたはずだ。
「空爆はザルや、根絶やしにするんなら砲迫の方がええ」
その辺りは戦場帰り故の感覚なのだろう。
「そういうことなら任せるけど……榴弾だけでいいの?『白スク』相手ならVX砲弾とかの方がいいんじゃない?すぐ用意できるよ?」
「……関係ない奴等まで根絶やしにするつもりか?」
「そうですね、この辺りは千曲川水系の水源にも近いので化学兵器の使用は避けた方がよろしいかと」
化学剤使用による流域への波及被害……考えてもいなかった。
「うーん、やっぱり餅は餅屋だね……うん、河西ちゃんの計画でいこう!」
軍事的なことも民政的な事も専門外だが、心強いエキスパートがいてくれる。
ここは甘えてしまおう!
『機構』保有の120mm重迫撃砲RTが16門一個中隊分、81mm迫撃砲L-16が12門三個小隊分、そこに自衛隊の協力で19式155mm自走榴弾砲一個中隊五門が加わって今作戦に必要な火力を供給する。
作戦地域を中心にした半径80kmの範囲に対しては航空部のC-2輸送機、C-130輸送機による60ppm記憶処理薬の継続的空中散布を作戦の前後60分間行い作戦の秘匿を行う。
なかなかに大掛かりになってしまったものだとは思うが、ゆっくり対処している余裕は今の『機構』にはない。
それは伝染性事案対処の最終手段とも言うべき広域防除行動命令がこれだけの速さで下されたこと、記憶処理薬使用の認可をなかなか出してくれない五木理事が広域空中散布を許可したことからも明らかだ。
『中隊 射撃命令 地域目標射撃 榴弾VT30.30 装薬4』
原因の究明は今のところほぼ進んではいないが、とりあえずこれで『白スク』の拡大自体は防ぐ事が出来るだろう。
幸いなことにこの地域以外での大量発生は確認されていないから、作戦の終了後に調査を進めればいい。
『修正射砲第二 効力射砲中隊 アルファ観測せよ』
「アルファ観測する」
もし原因が発生した『白スク』個体にあるのなら問題はない。所詮超常的な能力は認識伝達能のみの『白スク』だ。これだけの火力に曝されて無事に済むわけがない。
問題があるとすれば地域に原因がある場合だ。
大規模火力投射によって一時的に無力化したところで事態が再発するのは目に見えている。
「判定 遠し30左 修正 引け100 右へ60」
今までこの地域で独自性の高い『事案』が確認された事はない。
加えて過去30年間に遡っての観測データからも異常な数値は見られない。
「博士、うんうん唸ってないで指揮所に行ってた方がいいんじゃないですか?」
「可能性があるとすればあのエネルギー……いや、そもそも他の観測方法では検知できないとなると……透過性エネルギー?でも神岡観測所からの報告は無かったはず……」
「博士!おーい!」
「ん?ああ、藤森ちゃんどうしたの?」
「はぁ……どうしたのじゃないですよ……判定 近し10右 修正 増せ50 左へ20 この作戦の最高責任者なんですから指揮所にいなきゃダメじゃないんですか?」
重迫撃砲中隊の前進観測員としての仕事をこなしながら苦言を呈してくる藤森ちゃん。器用なものだ。
「ごりごりの火力戦じゃあ私の出る幕なんて無いよ」
現状指揮所の中では河西調査員が全体の指揮をとっているし、周辺地域への記憶処理薬散布効果の確認は航空部観測員と佳澄さん達がこなしてくれている。
情報漏洩を防ぐためのジャミングのお陰で甲信研との大容量データリンクが不通になってしまっている以上、他の案件に取り掛かる事も出来ない。
要するに暇なのだ。
「まあ……いいですけどね……判定 増せ引けなし 線上 修正終わり でもなんでここに?」
「んー?見晴らしがいいからね、ちょっとエリアを引きで見ておきたかったから」
「へぇ……何か分かりました?」
修正射の観測を終えた藤森ちゃんが体をこちらに向けた。
効力射が始まるまでは彼女も暇人仲間だ。
「今のところさっぱりだね」
「マジですか?」
「マジです」
独自に動いているマーシー教授が何か掴んでいてくれればいいのだが、そもそも当該地域が封鎖されている現状ではそれも難しいだろう。
「まぁとりあえずFO頑張ってちょうだい」
「どこに?」
「ちょっと他の陣地もうろついてくる」
「皆の邪魔しちゃダメですよ?」
「分かってるって」
自分から訪れておいてなんだが、砲火を眺めるというのはあまり私の好みではない。
どうしてもあの戦争を思い出してしまうからだろうか?
それともあの戦争か?
いや、あの戦争だろうか?
うーん、大砲が普及して以降だけでも巻き込まれた戦争が多すぎる。
なんとも締まらないがまあ、長生きするとはそういうことなのだろう。格好の良いことじゃない。
そんな私の記憶の中にも無い事態……まったくこの世界はいつまでも私を飽きさせてはくれないものだと柄にもなく思ってしまう。
「さて……お仕事しますかぁ……」
すべての命を等しく奪う戦場の女神の歌声を背に聴きながら火に依らない最も原初の戦場へ向けて歩き出す。
己の有り様のみを頼る生存という名の戦場へ
『それ』はある種の代謝か……
それともひとつの個体としての脈動か……
その事すら判然としないほどに大きく、緩やかな動きは優しさも厳しさも何一つ存在しない冷徹な機能の発揚
広いこの世界にあって唯一無二の存在はあくまで『そこ』に『そう』あるように、穏やかに、緩やかにその手を広げていく。
『それ』は、彼らの呼ぶ『事案』『Paranormal』
『Паранормальное』『 』
しかし彼らは『それ』をそれらだとは思わない。
思えない。
顕著に特異である。
顕著に異常である。
あらゆるものを内包するが故、人は泡沫のみを見る。
源は、すぐそばにあるというのにー
「随分見晴らしがよくなったねぇ……」
マス目を塗りつぶすように徹底的に行われた火力投射によって当該地域は一気に禿げ山になってしまった。
うん、山奥で良かった!
残った少数の『白スク』も回収を終えて、一先ずは安全に調査を進める土台は整ったと言ったところだろう。
「ところで……マーシー教授は何を?」
「何を……ですか?アスルのお祈りでは?」
事も無げに言う佳澄さん……つい先日まで会ったことも無かったとは思えないほどマーシー教授に慣れてしまっている。
慣れの問題なのか、彼女の職能的特性のどちらであるかは議論の余地があるだろうが……
「ああ、なるほど……」
ともあれ、確かにTV等でよく見るイスラムの礼拝だ。
アスルは確か午後の礼拝だっただろうか?
そもそも回教徒とは今まであまり接点が無かったので、過去に聞きかじった程度の知識しか無いので断言は出来ない。
「『キャラバン』到着しました」
国内では未だ珍しいものなので、その姿を眺めているとがっさんが元気よく声をかけてきた。
「はいよ!それじゃあ設営進めちゃって」
『学校の怪談』対処の際には作戦本部兼宿舎として活躍した『キャラバン』だが、本来想定されている使い方はフィールドワークの際に研究所レベルの研究設備を現地に持ち込む事にある。
正に今回のような事態に備えた装備品なのだ。
制御不能の『白スク』影響拡大という目下の危機的事態が過ぎ去ったとはいえ、それが一過性のものなのか、それとも再現性のあるものなのか、そもそも原因はいったい何なのかが分からないのでは根本的な解決にはなりはしない。
今世界を騒がせている新型ウイルスによる制御不能のパンデミックがせいぜい一般的な新種の呼吸器疾患をもたらす程度の物であるのに対してこちらがもたらすのは回避不能の確実な死だ。
各国政府がとっているような悠長な対応をしているわけにはいかないし、事態がここまで大きくなってしまっては『収穫祭』等と無邪気に喜んでいるわけにもいかなくなってしまったというわけだ。
とはいえ私達が現状つかんでいる手懸かりは
・正体不明のエネルギーの存在
・『白スク』発生の切っ掛けになるはずの現実性-不平衡が確認されていない
・『白スク』発生範囲が限られている
・半径150kmの範囲内で関係すると思われる異常が確認されていない
以上の四点のみだ。
推測として正体不明のエネルギーが-不平衡エネルギーの代替の役割を果たしているという意見が挙がったが、そもそもその正体が分からないのでは仮にそうだったとしても対応の取りようがない。
目下『キャラバン』の設備を利用してエネルギーの正体を探ろうとしているが、エネルギーの大きさを鑑みれば『キャラバン』の高感度のセンサー類を以て観測できるかどうか……
「だとすると……手法の問題か……」
「あら……これは幸先が良いかもしれないですね」
「ん……どういうことです?」
考えを巡らせていると佳澄さんがそんなことを言ってきた。
「博士が独り言を言うほど集中しているときはすぐに事態が解決しますから」
「ああ、口に出ていましたか……」
割と独り言は多いタイプなのだが……それに佳澄さんとフィールドワークに出るのもそこまで多い方ではないので、あまり多いわけではないサンプルを一般化して評価されるのは中々に居心地が悪い。
状況によって、タイミングによって、その時のコンディションによって、人の癖等割とすぐに変化するものだし、そもそもとして私も『事案』である。
「こうであればこうだろう」なんていう推論による決めつけはよろしくないだろう。
『だろう運転』も『かもしれない運転』も『事案』対応の中に於いては正解ではない。
途方もない長さの梯子を一段一段昇っていくように、事態の再現から一つ一つトライアンドエラーで可能性を潰していくしかないのだ。
『総当たり運転』が私達の仕事の本質である事を思えば、中々に大変な仕事になりそうである。
いや……待てよ?
何か大事な事を忘れているような……




