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死病の盆踊り 4

長野県上田市真田町

「おや、博士!インタビューは終わったので?」

外に出ると諏訪先生が上機嫌でチャッピーの解剖をしていた。

「んー?寝てろって追い出されちゃった」

「ふむ、医師としては全面的に同意ですな」

「別に死にはしないんだから良くない?」

「心は意外と簡単に死ぬでしょう?」

「まあ……それはそうだけど……でもそれだってどんなに酷くても200年もあればー」

「私達からすれば200年廃人になっているというのは死と同義ですよ?」

「ぐぅの音も出ないね……」

なんだか言いくるめられてばっかりだ。

「そういえば、チャッピーは勝てたの?」

「いやぁ、良いところまでは行ったのですがまだ届きませんでしたよ」

「それにしちゃ随分と楽しそうだけど?」

「それはそうですよ、どこを改善していくべきか、足りない部分が何処なのかが分かってきたのです!やはり圧倒的すぎる相手と戦わせるよりも同じ様なコンセプトの相手と戦わせた方が得られるものが多くて楽しいものです」

「うん、というか静代さんをチャッピーと戦わせるのやめてって言わなかったっけ?」

「そういえばこちらを見ていただけますか?」

「露骨な話題逸らしだね……」

諏訪先生が渡してきたタブレットはチャッピーの血液や体液まみれで余り触りたくない。

「これって0027の技術の流用だよね……」

「ええ、0027-ハのエネルギー吸収機構をチャッピーの表皮に組み込んでみたのですが、グラフのこことここを」

諏訪先生が示した部分を見てみると大規模なエネルギーの流入がある。

「これは……一定間隔で入ってきてるみたいだけど……」

「平衡異常の無いフラットの巨大なエネルギーです」

「諏訪先生も心当たりは無いの?」

「ええ、さっぱりですよ」

周期的な巨大なエネルギーの流入、それが外的要因に依るものであれば……

「ちょっと……調べてみようかな……」

「考えを纏められますか?そんなふらふらの状態で」

「纏めるよ、割と面白そうな話だしね」

「博士が口癖の様に言っている隊力の温存、それは私達の体力も同じですよ?」

「目の前に餌をぶら下げといてそれは無いんじゃない?」

「自分を棚にあげているからそうなるのです。これに懲りたらもう少し自分に正直になった方が良いでしょう。本来の貴方はもっと怠惰な人だ」

「失礼だね……でもまぁ言いたいことは分かるよ」

諏訪先生なりに私の事を諭してくれているのだろう。

器用とは言い難いが、その分気持ちは伝わってくる。

マッドな諏訪先生にまで諭されるとは思わなかったが、自分に正直に……とは彼に言われると重みが違う。

今までの人生を自分の欲求にひたすら正直に生きてきた諏訪先生だからこその境地なのだろう。

「ったく……本当に皆優しいんだから」

諏訪先生にタブレットを返して車両に向かう。

「2tにいるからなんかあったら起こして」

「はい、かしこまりました」

「それと、静代さんとチャッピーを戦わせた事については起きてから詳しく聞くから覚悟しといてね」

苦笑で返した諏訪先生を置いて歩く……脚が驚くほどに重い。

やっぱり限界だったのかなぁ……


最悪の目覚めだった。

固いもので思い切り顔面を殴られた痛みで目を覚ますと隣で藤森ちゃんが気持ち良さそうな寝息をたてていた。

私の顔の上には彼女の右手が乗っかっている。

「あー……だっるい!!」

ともかく体を起こす。

そんじょそこらの低血圧とは格が違う、恐らく人類最低血圧の私だ。基本的に寝起きは最悪だが、蓄積した疲労と質の悪い目覚ましのお陰で今世紀最大級のかったるさである。

「びっくりしたぁ!あれ?博士?」

「ん、おはよう藤森ちゃん」

「おはようございます……あれ?」

どうやら寝ぼけている様だ。

時間は……

「随分ゆっくり寝ちゃったなぁ……」

朝の七時半、健康的な八時間睡眠だ。

「いいんじゃ無いですか?働きすぎなんですよ博士は……似合わないことしない方がいいですよ?」

「そうは言ってもねぇ……」

だが確かに頭がスッキリしたのは確かだ。

「さて、じゃあハイエースに戻るね」

さあ、仕事だ。


「博士、おはようございます。お早いですね」

「あ、佳澄さん!昨夜はありがとうございました」

「いえいえ、パック飯どれ食べますか?」

私がハイエースに戻ると佳澄さん達がその周囲でパック飯を温めているところだった。

カップ麺や栄養剤で済ませてしまう私達研究所の人間と比べて支部の皆はちゃんと携行食を準備しているようだ。

これが今流行りの日々の丁寧な暮らしというやつなのだろうが、正直私達には真似できそうもない。

「じゃあ角煮で」

「はいどうぞ」

佳澄さんと一緒にハイエースの荷台に腰かけてパック飯を開ける。

付属のスプーンの柄の部分を差し込んでフィルムを破り、ご飯を二分割して半分を残り半分の上に重ね、空いた部分にレトルトパウチの角煮を流し込む。

「そういえば、マーシー教授はどこに?」

「キャンピングカーで休んでいるみたいですね……インタビューの詳細を端末に送っておきましたので食事が終わったら確認していただけますか?」

「あ、分かりました。特に問題ありませんでしたか?」

「ええ、たまに話の途中で『神の奇跡だ!!(マーシー)』と叫び出す以外はとても協力的でしたよ」

「あー……まあそこに関してはマーシー教授ですから」

「ふふっ、ですね」

研究所所属の直協職種(DS)調査員の殆どが自衛隊や他の軍事組織出身なのに対して、支部所属の全般職種(GS)調査員は捜査畑の警官や諜報機関出身者が多い。

話を引き出すという面に置いて私達が担当するよりもスムーズに行ったのはその蓄積されたノウハウと日々の業務の中で培った経験に依るところが大きいだろう。

組織の分掌化がもたらした害も大きいが、少なくとも調査業務に関しては住み分けと組織運営が上手く行っているという事なのだろう。

「ところで……なんだか人が少なくないですか?」

「河西さんの指示で最低限の人員以外は休息をとっています。マーシー教授が協力を約束してくれましたから」

「そこまで話が……」

たった一晩で浦島状態だ。

「それじゃあこの件の原因も……」

私の問いに佳澄さんは首を横に振る。

「教授にもまだ原因が分からないそうです」

「その通り!これが神が我らに与えたもう試練なのか、それともサタンのなしたものなのか……それすらもこの迷える子羊には図りかねるところなのです!」

「ああ……おはようございます」

朝っぱらから随分と騒々しい……が、味方であるというのなら心強くもある。私達の正面にアウトドアチェアを置いてしっかりお祈りを済ませてからマーシー教授もパック飯を食べ始めた。

食べ方を知らないのか大分難儀しているようだが……

「しかし教授にも分からないとなると随分厄介ですね……」

「私も初めて見る事態に困惑しております。発生源さえ分からないとは」

「やはり周辺の平衡異常は原因ではなさそうですか?」

微量の平衡異常は数ヶ所検知されているが……

「あの程度の平衡異常では人類の非現実抵抗値(ARRV)を超えられないことは博士も分かっているでしょう?」

「であればやはり外的要因に依るものでしょうか?」

「これは私見ではあるのですが……」

いつになく神妙な面持ちでマーシー教授が言う。

「構いません。是非お聞かせ願えますか?」

奇人・変人・狂信者、然りとて現代随一の天才であることは疑う余地もない。

そんな彼の意見であればどんなモノでも聞いておきたい。

「これはサタンが試みを以って我々の信仰の道を挫かせようとしているのでは……?」

「……」

一瞬でもまともさを期待してしまった私が悪いんだろう。

現代随一の天才、然りとて奇人・変人・狂信者である。

「これがサタンの試みであるなら、教授は主の賜物たるその智慧を用いてそれを打ち破らねばなりませんね」

「おお……おお……正しく……正しくその通り!!サタンよ!我等の信仰は決して揺らがない!ハレルヤ!!!」

……成る程、こうやって扱えば良いのか

しかし、キリシタンでもあるまいによくもまあ口が回るものである。

マーシー教授と一緒にまるで十字軍かなにかのように雄々しく神を讃える彼女の部下達も、祈りを捧げるような素振りをしている佳澄さん本人も、ありもしない信仰の狂乱を一瞬で演出して見せた。

人間が一番恐ろしい等という月並みな事を言うつもりは無いが、少なくともそこらの『特定管理事案』なぞ目じゃ無いくらいに質が悪いのは事実だろう。

野太い讃美歌の大合唱を聴きながら、私は心中遥か西方の神格性事案に語りかける。

なんか……ごめんね?


「おはようございます……なんですかこれ?」

私がパック飯の白米を食べ終えた頃、がっさんが目を擦りながらやって来た。

「おはよう、十字軍の決起……かなぁ?」

「十字軍?なんですそれ?」

「いや、ただの例え話」

「……?」

「それはそうと、がっさんもよく眠れたみたいだね」

「はい、仮眠明けに情報を纏めてたら加西さん達に問答無用で……」

流石は機構随一の武力集団である。やることが力強い。

「みんなには感謝だね……あ、パック飯食べる?」

「いただきます。カレー貰いますね」

「朝からガッツリいくね」

「パック飯ガッツリ系しか無いじゃないですか」

「そういやそうだ」

本来が自衛隊の戦闘糧食である。カロリーと塩分をしっかり補給出来る様に作ってある。

保存期間が長く野外での携行に便利なので『機構』でも使用しているが、私達の様な研究者には少々オーバーカロリーでもある。

一食分であるパックご飯が二合、レトルトパウチが二つをワンセットで真空パック包装されていてカロリーはおよそ1100kcal!

常食していたらデブまっしぐらの品である。

特性上太ることの無い私はさておき、サピエンスな研究者の皆からはあまり評判がよろしくない。

「『機構うち』の研究職向けにもう少し食べやすいの開発出来ないですかね?」

「妙な事考えん方がええで?」

「加西ちゃんおはよう、昨夜はありがとうね」

「ほんまや!博士以下全員死にかけとかどないなっとんねんこの研究室!」

チキンステーキのパウチを開けながらの叱責、いや返す言葉もない。

「それより……妙な事ですか?」

「せや、小笠原の嬢ちゃんも覚えてるやろ?『歯磨き粉の悪夢』」

「あー……あったねぇ……」

「そういえばあれ……そういうコンセプトでしたね……」

かつて、研究者向けに六医研の有志が開発した行動糧食……完璧な栄養バランスと高い携行性を誇るそれは無味無臭の練り餌がチューブに入っているような代物だった。

味についてのクレームが殺到したのは言うまでも無く、開発チームはすぐに味を添加した改良型を作成したが、よりにもよってミント味……

長期間の野外行動で生じる口腔内の不快感を軽減するためとの事だったが、いくら栄養が完璧でも好き好んで歯磨き粉を食べたがる様な変わり者は多くない。

正式採用から二ヶ月足らずで廃止になったものの、大量生産された在庫を捌くために各研究所に大盤振る舞いで支給された。

無駄に超科学的技術を使用して作られたそれを無闇に廃棄するわけにもいかず、かといって貰ってくれる人もいないので職員食堂のメニューが全てそれになるという事態は正しく悪夢だった。

多数の職員がノイローゼになったその一連の出来事は『歯磨き粉の悪夢』として今でも語り継がれている。

ろくに試食もせずに採用を決めた理事会も理事会だが、そもそもあまり食に対する拘りの無い連中が開発したのが一番の問題だ。

「まあ、暇になったらうちで研究してみても面白いかもね、勿論美味しさ重視で!」

「陸自のレーションええと思うんやけどなぁ……」

東欧と中東の激戦区を渡り歩いていた河西調査員からすると先進国の携帯糧食はどれも絶品なのだという話は聞いているが、一昔前の米軍のMREを美味しそうに食べていたので最低限食品の体を成していれば問題ないのだろう。

Materials Resembling Edibles……食品に似た何かと評されるMREだが、『歯磨き粉の悪夢』よりはずっとましだ。

味の事だけで言えば自衛隊のパック飯は世界有数の美味しさだし、そもそも私達も味を問題にしているわけではない。

「私達みたいな研究者のか弱い胃腸は朝っぱらからこんなに重いの受け付けないんだってば」

主食のパック二つとパウチを纏めて袋に戻して小さく丸めてビニールテープでぐるぐる巻きにしてごみ袋に投げ入れる。

田島くん直伝のゴミを少なくするライフハックだ。

「全部食いきっといてよう言うわ」

たっぷりの睡眠に美味しいご飯、頭はすっきりしている。

とっとと『白スク』大量発生の謎を解いてしまおう!

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