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呪いのビデオ 4

甲信研究所 対PSI収容観測所


『博士、なんでですか…』


スピーカーからがっさんの不安げな声が聞こえてくる。


「ごめん、まだ承認が下りてないから言えない」


彼女が0853対処に復帰するのも漸く承認が下りたばかりだ。セットで承認してくれれば良いのに…上も気が利かない。

私が0853に暴露してから今日で一週間、所長が珍しく頑張って十河の爺を説得してくれたお陰でがっさんは復帰したが、五木理事が中々情報開示を認めてくれないのだ。

お陰で私は自分からいきなり0853に曝露しにいった頭のおかしい人みたいになってしまった。その誤解は今日のがっさんの復帰をもって解けたとは思うが、しかしその理由の説明が出来ないのは心苦しくもある。


「あー、そろそろっぽいね」


『…分かりました。その…気をつけて下さいね』


「うん、ありがとう」


さあ、0853-イとの待望のご対面だ…



(映画と同じだな…)


それが0853-イに対する千人塚博士の第一印象だった。

テレビの画面から這い出してくる長髪の女性は資料で見た佐伯静代の姿そのものだったが、しかし表情のあまり感じ取れない当時の写真とは打って変わって、その顔は凄まじい程の怒りと憎しみの色に染まっていた。

ゆっくりと千人塚博士の元に歩み寄った0853-イは一瞬戸惑うような素振りを見せ、次の瞬間には凄まじい力でその細い頚をへし折っていた。

ふと我に返ったかの様に恐怖の表情を浮かべた彼女は、一歩、二歩と後退る。その目には涙さえ湛えていた。


「お゛ーい゛でで…」


そんな彼女に投げかけられたガラガラに掠れた声は、たった今彼女自身が命を奪ったはずの千人塚博士の口から発されていた。


「え…うそ…」


「ばな゛ぜ…じづれ゛い゛」


折れ曲がり、垂れ下がっていた自分の首を手で支えて前を向く千人塚博士は軽く咳払いをする。


「話せるんですね?」



「はい…ええ、はい…ええ、ええ…分かりました。はい、承知しています」


何やらずっと電話で話していた様子の守矢所長が電話を切って小笠原研究員の方に向き直る。


「漸く情報開示の許可が出たよ」


「本当ですか!」


「うん、ただこれは黒2相当の秘密であるって事を理解しておいてほしい」


黒2…機構の情報区分のうち最高機密事項として扱われる情報である。

執行部理事ですら、所掌外の黒2情報に自由にアクセスする事は禁止されており、情報漏洩や無断閲覧には即時の特別懲戒処分…即ち死刑が適応される事もある。


「幸い君は1号漏洩防止訓練を修了しているから、今ここで伝える事も可能だ」


今この部屋にいるのは守矢所長、諏訪医師、小笠原研究員の三人だけである。これは偶然では無いだろう。


「ただ、その重さに対しては十分覚悟をもってほしい…どうする?」


守矢所長の問いかけは、情報へのアクセスを諦める最後の手段である。ここを越えればもう後には退けない。


「教えて下さい!」


それでも彼女は躊躇なくそれを踏み越えた。



千人塚由紀恵…記録にその名前が現れるのは今から約20年程前だ。

機構の事案通称名登録情報の更新申請書が初出とされている。

千人塚博士…記録にその名前が現れるのは大正二年二月だ。

機構の前身の一つである帝国陸軍憲兵司令部分遣隊の高等官として資料に名前が挙がっている。

千人塚…記録にその名前が現れるのは天和三年

飯島陣屋の記録に『千人塚の物の怪』として記されている。

彼女と同定される人物が初めて記録に現れるのは縄文時代後期の佐賀県である。

壁画に描かれたシャーマンが彼女であることが確認されている。

彼女自身の最古の記憶は凡そ10万年程前、後期更新世の頃の九州地方にまで遡る。

彼女は人類由来かつ生体としては最古の事案であった。

戌7e-0076『千人塚由紀恵』

神格性事案をも凌駕する恒常性維持機能を有した奇形のネアンデルタール人である。

外傷、疾病、放射線障害等ありとあらゆる危害に対して至短時間での身体機能の修復作用を有している。

生存に対して呼吸、循環、食事、神経伝達を必要としておらず、血圧は最大で40、毎分数回程度の脈拍、気温と同じ体温等、本来であれば生存不可能と思える程の低い生体反応で活動している。

外見及び解剖学的特徴としてはほぼ現代人と変わりないが、身体能力は現代人の中でもかなり低い分類に入り、脳の容量は現代人を凌駕しているとされるが遺伝子的にはネアンデルタール人であり、唯一の生き残りであるとされている。

その事案的特性としては、あくまで現実的な身体機能の延長として上記の超常的な特性が営まれている点である。現実性平衡はフラット、精神エネルギーは常人程度でその他電磁的特徴も無ければ謎のエネルギーを感知する事も無い。一見すれば単なる奇形のネアンデルタール人以外の何者でも無いのだ。

その性格は非常に友好的でありかつ知的好奇心に富んでおり、江戸時代末期頃から現在に至るまで自身の保護及び研究への参加を条件に、国内の超常管理当局に協力している。



「よろしければかけてください」


第一印象は大切だ。可能な限り爽やかな笑顔で椅子を示すが、頭が落っこちないように両手で支えているもんだから格好がつかない。眼鏡は救えなかった様だが…まあいいか、伊達だし


「変な格好ですいません、すぐくっつくと思うんで」


「あ…え?い…いえ…」


大分困った様子だ。そりゃそうだ。


「もし宜しければ幾つか質問をしたいのですが…構いませんか?」


「えぇぇ…いや、大丈夫なんですか?その…自分でやっておいてあれですけど…」


「大丈夫ですよ」


訳が分からないといった様子だが、椅子に座ってくれた。答えてくれると言うことだろう。


「ではまず、私は千人塚由紀恵と言います。貴方の事はなんとお呼びしたらいいですか?」


「え?あ、ごめんなさい!申し遅れました!佐伯静代と申します」


やはりご本人…少なくとも自称ご本人だ。


「…初対面なのに失礼ですね!自称じゃありません!」


ああ、そうかESP…一応私も漏洩防止訓練受けてるんだけどなぁ…完全に無意味かぁ…結構大変だったんだけどなぁ、ショック…


「あ、あー…あー…そのぉ…あれぇ私は何を言って、寝惚けてたのかなぁ…あはは…」


「…気を遣って頂かなくて大丈夫です。貴方の事は知っていますから」


とはいえ、彼女は日本語しか出来ないらしいから他の言語で考えれば…


「私三カ国語話せますよ!」


Na abair dad a tha iomchaidh don t-seann arm…


「え、今なんと?」


「旧軍め適当な事を言うなよ…と」


「むぅ…ずるい」


「というか考えを読まないでいただけると助かるのですが」


「あはは…」


随分と雰囲気が変わったものだ。美人なのは知っていたが、随分と明るい。


「では、気を取り直して…静代さん、今年は何年ですか?」


「大正4年ですよね?」


「それでは日付は?」


「2月3日ですけど…」


大正4年2月3日…旧軍の記録によると佐伯静代が謎の失踪を遂げた日だ。


「えっと…この質問はどういう…」


「冷静に聞いて頂きたいのですが今年は平成31年、大正4年からだと104年後です」


「へ…?いやいや…冗談ですよね…?」


「本当です」


「皆さん軍の方ですよね…?壁の向こうの方将校さんでしょ?あれ…岡田少佐はどこに?今日は来ていらっしゃらないんですか?木村中尉は?」


当時彼女を担当していた海軍軍令部の軍人…


「落ち着いて下さい。今説明しますから」


パニックに陥りかける彼女を宥めながら、ゆっくりと説明する。

当時から今日までの日本の歴史、私達の正体、そして彼女が呪いのビデオと呼ばれる『事案』であるということを…

涙を流しながら聞き終えた彼女は項垂れる。無理も無いしその気持ちは誰よりも分かる。

浦島状態の上化け物呼ばわりされる…かなりきついよなぁ…


「…静代さん、貴方は確か物の記憶を見ることが出来ると聞いていますが…」


サイコメトリーと呼ばれるESP能力は物体に残る記憶の残り香を見る能力だ。


「はい…」


「宜しければ私にそれをやってはもらえませんか?」


彼女の前に手を差し出す。

彼女は項垂れたまま私の手に触れた。


「え…そんな…うそ…」


当人が忘れた記憶すらサイコメトリーは嗅ぎ分けるという。


「静代さん…気持ちは分かる。なんて軽々しく言うことは出来ませんが、辛さは想像出来ます」


「その…由紀恵さん…なんで平気なんですか…?こんな…」


「たった百年…たった千年…たった一万年…それで諦めるにはこの世界は余りにも楽しいですから!」



甲信研究所 千人塚研究室


『ふむ…動機は分からない…と』


「覚えてないみたいですね…部屋で寝ていた所からの記憶が無いみたいです」


十河の爺のキャラクターが表示されたPCの画面を眺めながら答える。映像を表示しないのにビデオ通話にする必要はあるのだろうか?


『だがまぁ…0853の致死性影響が消滅したのは喜ばしい事だ』


「静代さんです」


『おっと…そうだったそうだった』


「それで、彼女の管理はうちでいいんですよね?」


『君はどうしたいのかね?』


「…ちっ、めんどくさい爺だな」


『はっはっは私など君と較べたら赤ん坊にも満たないよ、巫女様』


「女性に年齢の事を言うのはセクハラですよ」


『失礼失礼、まあ君にしか任せられない仕事だ。くれぐれも宜しく頼むよ』


「はいはい、宜しく頼まれました」


通話を終了する。なんだかどっと疲れた。

机に突っ伏しているとドアがノックされる。


「はーい、開いてますよぉー」


がっさんがコーヒーを持って入って来た。


「お疲れ様でした」


「ありがとう…ほんとお疲れ様ですよ」


コーヒーを啜る。私の好みに合わせた泥水みたいに濃いブラックコーヒーだ。


「ありがとうね、がっさん」


「どうしたんですか?急に」


「いや、私の話を聞いても引かないでいてくれて…」


0853こと静代さんとの和解から二週間、敢えて触れてこなかった…いや、触れられなかった話題


「別に博士が事案だろうとネアンデルタール人だろうと宇宙人だろうと、気にしませんよ?私が憧れたのは研究者としての千人塚由紀恵博士なんですから」


「うぅ…ありがとうぅ…」


ええ子やぁ…この子本当にええ子やぁ…


「それはそうと、確か今日ですよね?」


「あ、そうだった!」


コーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。


「それじゃあ行こうか!」



甲信研究所 1号TN搬入口


研究室の全員、35人でここに来てから大体30分くらいだろうか…


「来ないですねぇ」


「来ないねぇ」


諏訪先生とがっさんが言ったのはほぼ同時だった。


「次で最終便ですけど…」


大嶋君が手に持った搬入ダイヤを見ながら言う


「うーん、おかしい…あ、ちょっとごめん」


構内用PHSが鳴る。発信者は所長だ。


「もしもーし千人塚です」


『ああ、千人塚博士…君たち今どこにいるの?!』


「え?出迎えで1号TN来てますけど?」


『もうこっちに来てるよ!』


「は?」



甲信研究所 千人塚研究室


そうか、そういえばそうだった!


「千人塚博士!!」


調査員の作業着を着た静代さんが笑顔で出迎えてくれた。


「あーごめんねぇ、勘違いしてたよ」


数百kmを跳躍するテレポート能力…

教育の為に松本の長野支部に行っていたから搬入車両に便乗してくるものだと勘違いしてしまっていた。


「いえいえ、所長さんから事情は聞きましたから」


正気に戻って以降精神エネルギーはかなり落ちたものの、それでも彼女のPSI能力は世界最強クラスだ。そんな彼女が私達に協力する条件は一つ

千人塚研究室への参加という物だった。この二週間はその為の教育で長野支部に出掛けていた。


「それじゃあ改めて…ようこそ千人塚研究室へ!」


03-0853『呪いのビデオ』

甲5b-8681『佐伯静代』

用語解説

『不老不死』

人類の夢、もしくは滅びの一形態

生命活動が停止せず、老化が発生しないこと

千人塚博士のケースは更にあらゆる損傷・疾病を瞬時に治癒する。


『執行部理事』

『機構』の最高指導部である執行部理事会に属する十人の理事

それぞれの担当部局の通し番号を含んだ偽名を名乗っている。

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― 新着の感想 ―
[一言]  『呪いのビデオ』を拝読しました。  深く裏を打つ情報の量と質に心躍らせ、  その上で描かれる『事案』の説得力に惹かれます。  というわけで、このようなアオリ文句が降って参りました。  …
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