死病の盆踊り 3
長野県上田市真田町
「本当にごめんなさい!」
「こっちこそごめん!そりゃそうだよね」
結論から言えばがっさんは何らかの襲撃を受けた訳ではなかった。
私との通信を終えた直後にその場で寝落ちしてしまったのだという。
よく考えればそれもそうだ。中部研の壊滅に伴う業務多忙の最中にあって誰よりも大量の案件を捌き続けて来てくれていたのだ。
そのまま過労死……なんてなっていても何ら不思議ではない状態だった事を思えば寝落ちを責める様なこと出来よう筈もない。
むしろそんな状態で更なる労働を強いてしまった私こそが責められるべきだろう。
「ミーティング済ませたら交代で仮眠とろうね」
「でも……」
「仮眠中は通信網へのアクセス禁止ね」
「そんなぁ……」
「小笠原さん……流石にそこまで行くと病気ですよ?」
私からすれば藤森ちゃんも十分に病気だと思うが、そんな彼女をしてもがっさんのワーカーホリックは異常に映る様だ。
「あと5899と0991……あ、それと1386は私がやっとくから」
「え?でも博士かなり案件抱えてますよね」
「これでもこの仕事長いからそんくらい平気だよ」
そもそも私は死なないが、うちの子達はそうではない。
むしろどれだけ優秀でも、どれだけ屈強でもほんのちょっとしたことで簡単に死んでしまうのが人間だ。
それを思えば過労による非戦闘損耗なんて職務遂行の面から見ても、生命の本質から見ても、何より私の個人的感情から考えてもあまりにも下らない。
それが大切なうちの子であれば尚更だ。
「師弟揃って……大概にしとかないと二人ともぶっ壊れちゃいますよ?」
藤森ちゃんはそういうものの、どれだけ無茶でも対応しないという選択肢が取れない仕事である以上、無茶できる私が無茶をするしかない。それしか私にできることはないのだ。
まあ、中部研の再建までの辛抱……なにも永遠にこの苦行を続ける訳ではない。
そう思えば、大嫌いな労働にも耐えられる……筈だ!
「なんや、博士だけか?」
特殊部隊が到着したのはミーティングが終わってから二時間後だった。
十河の爺に頼んだから仕方ないのだろうが、まさか『白スク』に『百鬼夜行』をぶつけるというのはあまりにもミスマッチが過ぎるのではないだろうか?
「今他の皆は仮眠とってるよ……ていうか随分ぼろぼろだけど平気なの?」
まるで戦場から帰ってきたばかりのような……いや実際そうなのだろう。
平素であれば本部の虎の子である特殊部隊だが、現状を鑑みれば戦略予備として後方に拘置しておく余裕はないのだろう。
「仕事はぎょーさんあるけど雑魚の相手ばっかりや、問題あらへん」
流石は精鋭部隊といったところだろうが……
「どこもかしこもひどい有り様なんだね……」
「せやな……相手があのマーシー教授やってのにうちらしかこられんかった。ほんとやったら『百鬼夜行』全員でカチコんだらなあかん相手やっちゅうに」
「ううん、河西ちゃん達が来てくれて心強いよ」
一個中隊規模とはいえ精兵は大歓迎だ。少なくとも封鎖は強化できる。
「ほんで、マーシー教授とのコンタクトはとれたん?」
「まだ何も」
「まあ、クロやったら吹っ飛ばす用意は万端や」
「どういうこと?」
「今頃うちの連中が迫撃砲の照準合わせとるはずや、いつでも撃てるで」
「それで終わってくれればいいんだけど……」
相手が『白スク』の専門家である以上、間接照準射撃が可能な曲射弾道火砲である迫撃砲による火力投射は理に適っている。陣地変換の容易さも『アガリビト』対策には有効だろう。
しかし相手が単なる大量発生した『白スク』だけであれば十分なそれも、知性を持つ人間が……それも天才的な人物が相手であれば、対策を講じていないとは言えないのが悲しいところだ。
「正直向こうが何かしらの動きを見せてくれないことにはどうにもなんないね」
「せやなぁ……」
「まあ何か動きがあるまではそっちも交代で休憩しててよ」
十河の爺さんから理事会経由で五木理事、そこからマーシー教授にコンタクトを取るのにどの程度の時間がかかるかは分からない。
マーシー教授が契約に反して本州に上陸している状況を思えば尚更だ。
とにかく作戦に参加中の全員が一杯一杯の状況である。十分な休養とまではいかなくとも、どうにかして隊力の温存を図らなければ、いざというときにまともに動けなくなってしまうだろう。
状況が動いたのは特殊部隊到着から更に二時間後、辺りが完全に暗くなってからの事だった。
周辺の監視ポスト及び航空観測班からマーシー教授のキャンピングカーが移動を開始したとの報告が一斉に齎された。
「どうする?吹っ飛ばせるで?」
「待って!目的が見えない」
加西調査員達が展開している迫撃砲は81mmが一個小隊分四門、事前に諸元を算定した突撃破砕点への弾幕を発動すれば移動目標といえど一溜まりも無いだろう。
普通なら速度を上げて突破を図る。そう出てきたのなら少なくともこちらの意図に従うつもりが無いことのみははっきりする。
しかし現状の進行速度は時速10km未満と非常にゆっくりとしたペースだ。
更に車両の前方には身長3~4mの人型の生物が障害となる『白スク』を蹴散らしているという。
「博士!」
そうこうしていると、別の車両で仮眠をとっていた皆が大慌てで駆けつけてきた。
「諏訪先生、チャッピー連れてきてる?」
「連れてきてはいますが……」
「ちょっと貸して!」
交通事故のような轟音が夜の山中に響く。
それに続いて聞く者の心に原初の恐怖にも近い不快感を与える咆哮がハイエースの車体を震わせる。
「は、博士!後生です!カメラの映像を!せめてカメラの映像を!」
「フジモン!しっかり抑えとき!」
「は、はい!」
「あんまり騒ぐようならこれ噛ませといて!」
諏訪先生を拘束する藤森ちゃんにギャグボールを投げる。
チャッピーは彼の研究の集大成だ。それが憧れの人物の作品相手にどの程度まで近づけているのかをその目で見たいという諏訪先生の気持ちは十分に理解できるが、マーシー教授の企図がはっきりしない以上リアルタイムの映像を見せるわけにはいかない。
「これ博士の趣味ですか?」
「馬鹿!佳澄さんの私物だよ!」
「うふふ、彼との思い出の品です」
「うわっ……使いにくっ!」
「というか聞きたくなかったですよ……」
「あんたら遊んどる場合ちゃうで!」
それはそうだ。
少なくとも戦闘の音が聞こえる程度の距離までマーシー教授は迫ってきている。
火力投射による殺害を避けてチャッピーの投入による身柄の拘束に舵を切ったが、正直中途半端な方針であることは私自身理解している。
しかし上手く行ってさえくれれば、これがきっとベストのはずだ。
不意に勢いよくハイエースのドアが開かれた。
「おおっ!やはり諏訪博士!!なんと懐かしい!」
カウボーイハットと乗馬ブーツが特徴的なアメリカかぶれの服装の老人……
大仰な身振りと道化た口調は以前会ったときと何一つ変わらない。
マーシー教授こと自称セント・ジョージこと篠崎藤十郎……間違えようもない。その当人だ。
「外のあれはやはり君の作品かね?!じっっつに素晴らしい!」
「ミスター……」
見る人が見れば最悪の光景だ。
史上最悪のマッドサイエンティスト二人が感慨深げに見つめあっている。
「博士……」
困惑したようにこちらを見る藤森ちゃんに首を横に振って応える。
恐らく敵意はない……だろう。諏訪先生のチャッピーに感動して衝動的にやって来たというので無ければだが……
「博士……?おおっ!千人塚博士!!むむむっ!まさか君はMs.牝羆!!」
私の手を握ってブンブンと激しい握手をしていらっしゃる。うん、明らかに敵意は無さそうだ。
警戒を緩めるべきではないだろうが、そこは平気だろう。
大嫌いな渾名で呼ばれた河西調査員の剥き出しの殺意を見るに、何かあればすぐに対応してくれるだろう。
「隙あらばコロス……」
ほらね?
「……主よ、ああ……天にまします我らが父よ……願わくは御名を崇めさせたまえ……」
なにやらぶつぶつと天を仰いで祈り始めた様だが、邪魔をすると面倒なので祈りが終わるまで待つしか無いだろう。
まあ信仰は得難いものだし、信心は大切だ。
ちゃんとそこに宗教的道徳心が伴っていれば尚良いが、この業界の人間にそんなものを期待するのは高望みが過ぎるというものだろう。
「終わりましたか?」
「難しい事を聞きますな……信仰が果てなく狭い道であることを思えば我らの歩む全てが祈りそのものでなくてはー」
「話ができる状態になったかという意味です!」
同じ狂信者でも頑張れば会話ができるという意味では『アゴ』の四宮元理事よりも大分マシなのだろうが、それでも向こうのペースに呑まれてしまえば会話など出来ないのはこの手の相手に共通する特徴だ。
話が逸れそうになったら即座に軌道修正しなくては
「……?不思議な事を仰いますな……その為に私を呼んだのでしょう?」
「どういうことでしょう?」
「『機構』から通信を送ったでしょう?」
「はぁ……そういうことですか」
マーシー教授と五木理事麾下『機構』の医療分野を統括する所掌五部がどの様な形態の通信を使用しているのかは分からないが、あれだろう。
メールの返信が面倒臭いからと電話をかけて来るように、通信に対して返答するのが面倒臭いから直接私たちの元に来た……と
普段の仕事でそれをやられるのでさえ面倒だというのに、こんな緊迫した状況でそれをされるともう殺意すら抱いてしまいそうだ。
メールを送った確認の電話をよく十河の爺も掛けてくる事を思えば老人特有の行動なのだろうが……河西調査員ではないが、部隊を動かすのも無料じゃ無い。
それに予算以上に人的資源が逼迫している現状を思えば無駄なリソースを割かせないで欲しい。
まあ下請け相手にそんなことを言っても仕方がないのだろうが……
「まぁ、そこは重要ではありません。単刀直入に聞きます。この状況はあなたの仕業ですか?」
「この状況……?」
「『白化スクレイピープリオン伝達性疾患』の大規模発生の事です」
「まさか!これが人の手で為せる業だと?」
「では自然発生であると?」
「それが神の御業という意味であれば」
「何らかの作為の介入があるという意味ですか?」
「全ては主の御心のまま、そうあれと主が望まれるのならこの世の全てはその様に」
「少し待っていただけますか?考えを纏めたいので」
「どうぞ?」
余りにも価値観が違いすぎる。
協力的なのは明らかだろうし、対応も紳士的だが私達の仕事を進める上でこの手の信仰心は余り相性がよろしく無い。
これでは『神格性事案』による介入の事を言っているのか自然発生の事を言っているのかを確認するだけで何倍もの時間がかかってしまう。
疲労も限界の中でこれは……ヤバイな……
「博士、よろしければ教授へのインタビューを代わっていただけませんか?」
「うん?」
佳澄さんの言葉は私の心中を察してのものだろうか?
「博士には外の面倒を見ていていただけると……もし聞いておいて欲しいことがあれば端末の方に送っていただければ私の方で教授にお聞きしておきます」
確かに渉外調査になれている支部調査員の中でも現場叩き上げ最上位である上席調査員の佳澄さんがインタビューを行う方が良いのはわかるが……
色々理由をつけてくれてはいるが私に気を使わせないようにそう言ってくれているのは流石に分かる。
そしてその提案の理由が私の状況を鑑みての事だというのも……
「気を使って貰えるのは嬉しいですけど……」
「ふふっ何の事でしょう?博士よりは私の方が人付き合いが得意というだけの話ですよ?」
「でも佳澄さんも疲れてるんじゃ……」
「博士、うちも田島上席に賛成や、ちっとは休み?あんたがぶっ倒れたら皆が迷惑すんねんで?」
「う……それはそうかもだけど……」
「ふむ……素晴らしき隣人愛と自己犠牲ですな!ハレルヤ!」
護衛の河西調査員だけでなく調査の対象であるマーシー教授にまでそう言われて結局追い出されてしまった。
しかしまあ、折角時間を作って貰えたのだ。
今のうちに溜まっている案件を片付けてしまおう……




