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死病の盆踊り 2

長野県上田市真田町

「キャンピングカー?」

「はい、ヘリからの連絡でこの先の林の中に停まっているらしいです」

世の中が絶賛ステイホーム中だというのに暢気なものだ。

がっさんから報告を受けて最初に思ったのはそれだが、少し厄介だ。

「人を送って避難させますか?」

「あー……待ってください」

本来ならば危険地帯の一般人はすぐに避難させるのが鉄則だ。

とはいえ今回の『事案』は高い伝染性を有する『白スク』である。

乗員が発症している場合、避難を促しに行った人間にまで影響が波及してしまう危険があることを思えば不用意に動くことは出来ない。

現場が視界の悪い林内である事を思えば尚更だ。

安全離隔300m、視点の固定を禁忌事項として特定調査員のみが接触可能、発症者の回収はスタンドアローン式のロボットをもって行う。

これが『白スク』対応の原則であることを思えば軽々に林内に踏み込む訳には行かない。

静代さんを連れてきていたらテレポートとアポートでどうにでもなっただろうが、あいにく謎の多い静代さんを『白スク』に曝露させるリスクは犯せないので現在は大嶋くんのチームに同行させている。

電話したらすぐに来てはくれるだろうが、結局リスクは残る。

アポートは彼女が相手と精神感応状態に無ければ使えない以上、一度は現場に行って貰う必要がある。それはあまりにも危険すぎる方法だ。

彼女の持つ打撃力が通用する相手であれば多少のリスクは捩じ伏せられるだろうが、相手は『伝染性事案』である。

「サーマルは届いてる?」

「届いてますけど……」

サーマルビジョンの映像を見てみるとなるほど、がっさんのなんとも言えない表情の理由が分かった。

車内で大騒ぎしているのか、それとも『くねくね』の症状を呈しているのかいまいち判別がつかない。

「知らないとはいえ……」

「どうしましょうか?」

「どうするもなにも、放っておくわけにはいきませんよ……」

残念なことにここには『白スク』に曝露しても死なない人間が一人だけいる。

行きたくは無いが、行かないわけにはいかないだろう……


『そのまままっすぐ進んでください』

「はーい……」

ヘリからのサーマル映像を見ながらがっさんが誘導してくれてはいるが、そもそも症状の進行した『白スク』発症者は体温が低くサーマルでも感知しにくい。加えて遮蔽物の多い林内ではどの程度の信頼性が望めるか……

「空気がきれいで気持ちがいいですね」

重い足取りの私の隣を歩く佳澄さんはまるでピクニックにでも来ているかのように楽しげだ。

「正直それどころじゃないですよ……というか本当に大丈夫なんですか?」

彼女は全盲であるため『白スク』伝達に必要な『視認』のプロセスが発生しないから問題は無いのだというが……

「ええ、過去に何度か試していますから……そのかわり『白スク』の存在も感知出来ないのですけど」

『白スク』発症者は精神エネルギーを持たず、更には精神エネルギーの反射も無いのだという。

非常に興味深い話だが、その辺りを自分の体で試す辺り彼女も『機構』の職員なのだと思わざるを得ない。

『機構』に入る前はプロの産業スパイだった経歴を持ち『雨傘製薬』への潜入の際に『気付いた』のだというが、そもそも『気付いた』からと言ってそれを仕事にしようと思う時点で常人とは感覚が少し違うだろうし、仕事にしようと思って『機構』の採用試験をパスできる時点で優秀かつ異常であることの証明でもあるだろう。

『機構』の職員なんぞ常識で計ろうというのがそもそもの間違いだ。

『目を閉じて!』

がっさんの声に反射的に目を閉じる。

『右前方25m……二時半の方向に一体います』

「了解、十時方向回って迂回するね」

『十時方向……はい、クリアです』

そうこうしているとようやく遠くに件のキャンピングカーが見えてきた。

まだ大分距離があるというのに大音量で音楽をかけているのが分かる。

「これは賛美歌でしょうか?」

「そうなんですか?生憎音楽には疎くて」

藤森ちゃんがこの場にいれば詳細が分かっただろうが、まあ特に重要でも無いから構わないだろう。

というか音楽に疎い私でも賛美歌が爆音で流して盛り上がる類のもので無いことは分かるのだが……

私の中で浮かんだのは二つの可能性だ。

一つは手遅れ……あのキャンピングカーの所有者は既に発症し、『くねくね』の症状によって誤ってスピーカーの音量を最大にしてしまったというもの

もう一つはあまり考えたくない可能性だが、状況を考えれば有り得ないとも言えないのが悲しいところだ。

「がっさん、対象の周りに『白スク』は確認出来る?」

『確認出来る範囲ではクリアです』

「分かった。双眼鏡を使うから通信が途絶えたら事前に決めたとおりに動いて」

死なないとはいえ、私と『白スク』の相性はあまりよろしくない。

発症した場合それなりの期間『白化スクレイピープリオン症候群』の症状を呈してしまうのは過去の経験から分かっている。

最終的にプリオンタンパク質のミスフォールド情報伝達に私の治癒力が追いつく事で元には戻るが、その場合でも回復に数時間から数日を要してしまう。

ここに来る前にそのあたりも含めて取り決めておいたが、佳澄さんが私の身体について非公式にとはいえ知っている人で助かった。

何しろ現状として私のすぐ横にいるのだ。知らない人であれば状況の理解に時間がかかってしまうだろう。

『白スク』が発生している以上、その内の二割は『アガリビト』だ。

それは彼女にとって周辺に推定40の不可視の捕食者がいるのと同義でもある。

いざというときに私の事を回収するためにと同行してくれた佳澄さんだが、『くねくね』には有利でも『アガリビト』にはむしろ不利だ。

そんな状態でも彼女の同行を許可したのは私が発症する事によって生じる可能性がある、制御不能の感染拡大を防ぐためである。

周辺地域は封鎖してあるものの、私は不死だ。

『アガリビト』を発症して人里に向かった場合、通常であれば遠方から射殺する事で封じ込めを図ることが出来るが、私の場合封鎖線を抜けてしまう可能性が高い。そうなってしまえば最悪都市封鎖を要する事態にもなりかねない。

小さく息を吐いて気合いを入れて双眼鏡を覗き込む。

あくまで一瞬だ。

「博士、大丈夫ですか?」

「ふぅ……ええ、問題ありません」

幸い『白スク』を認識してしまう事にはならなかったが、あまり状況が有難くないというのも事実だ。

国内では珍しい4t車ベースのオンボロキャンピングカーは見覚えのあるものと同じ車両だし、そもそもゴテゴテに飾り立てた装飾の数々……あんな趣味の悪い車に乗るような奴らを私は一組しか知らない。

「取り敢えずみんなのところに戻りましょうか……」

「良いのですか?」

「ええ、戻ったら説明します」


「『マーシー教授』?」

「誰ですか、それ」

「いやいや、懐かしい!随分と久し振りですね」

ハイエースに戻って説明すると三人の反応はこんな感じだった。

まあこの界隈では一応有名人ではあるが、関係が深いのは医療研究者達が主だから知らないのも無理は無いだろう。

特にここ最近は昔ほど問題も起こさなくなっていた様なので尚更だ。

『マーシー教授』こと自称『セント・ジョージ』本名篠崎藤十郎は民間の超常研究者で医学、生物学、疫学、脳神経学について通常・超常両面への高い知見を持つ優秀な研究者だ。

特に人体の免疫寛容に対する研究と超常的長期記憶形成の研究において広く知られている。

私も藤森ちゃんの義手を作成するときにマーシー教授の論文にあった理論を応用したし、記憶障害を引き起こす『事案』に対応する機構の職員は彼の考案した記憶強化を受けたりと、この国の超常医療の歴史を語る上で欠かす事の出来ない人物であることは間違いない。

しかしその功績の中でも特に大きいのは記憶処理薬の開発であろう。

今まで米国からの輸入に100%依存していたそれを純国産化する事で、米国の超常管理組織の外郭部局的側面の強かった『機構』の独立性が高まる事となった。

結果として米国と対立していた中国や当時のソヴィエトの超常管理当局との関係を深めて極東独特の事案対応能力の向上に繋がる事になる。

端的に言って偉人だろう。認めたくは無いが……

「凄い人なんですね……」

藤森ちゃんが自分の右腕を見ながら言う。

「うん、凄い人なのは間違いないね……良くも悪くも」

「成る程、そのマーシー教授がこの事態を引き起こしたと」

佳澄さんが言う通り彼であれば『白スク』の大量発生ぐらい引き起こせるだろうし、それをするだけの理由はある。

記憶処理薬の開発の過程である程度解明されたとはいえ『白化スクレイピープリオン』にはまだまだ謎が多い。研究のためにサンプルの生産を行うというのは理に適っている。

「そうでしょうか?その必要は無いように思いますが」

しかし諏訪先生は疑問を呈した。

「サンプルが必要なのであれば北海道の『牧場』での生産分で充分なのではありませんか?」

「どうだろうね、そもそも下請けは癖の強いのが揃ってるし、何より相手はあのマーシー教授だからねぇ……何を考えてるかなんて私にはさっぱりだよ」

大前提としてマーシー教授には北海道に広大な敷地を誇る実験場と大量の特定調査員の供給が行われている。

真っ当に考えればわざわざ上田くんだりまで来て実験をする必要は無い筈だし、そもそも許可なく本州に渡るのは契約違反だ。

動向については石狩研究所と北海道統合管理局が厳重に把握することになってはいるが……相手が相手だ。彼らを怠慢だと責めるのはあまりにもむごい。

「マーシー教授ってそんなに変わった人物なんですか?」

「うん、大前提として驚くほど優秀だけど、それと正比例して狂ってると思う。年がら年中ハイテンションで『神の奇跡だ!!』とか言って大騒ぎしてるよ」

それが彼のこの業界における渾名の由来であることは言うまでもない。そりゃ年がら年中『神の奇跡だ(マーシー)!!』と喚き散らかしていればそれも無理はない。

「何か神格性事案との関わりがある方なのですか?」

「いえ、マーシー教授のあれは純粋な信仰心からくる言葉です。彼はアブラハムの宗教の熱心な信徒ですから」

「アブラハム……あっ、キリスト教徒なんですね!珍しい」

「おお藤森ちゃんよく気付いたね!ただ正確には彼はキリスト教徒じゃないよ」

「と、言いますと?」

「彼はアブラハムの宗教を包括的に信仰しているんです」

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教及びそれぞれの内部に存在する各宗派、のみならず神と聖典を否定しない範囲内での各派生信仰までそのすべてを含めて信仰している。

私も宗教に対して偏見はないし、道徳規範と宗教心がほぼイコールである事を思えば宗教心を持たない奴はいまいち信用出来ないとも思うが、マーシー教授ぐらいやりすぎだと逆に訳がわからないし胡散臭くも思う。

まあ彼の頭の具合を思えば似つかわしくもあろうが……

「ですがそれほど多くの道徳に縛られているのならあまり妙な事はなさらないのでは?」

そういって佳澄さんは一瞬諏訪先生に顔を向けた。

「あー……そうならよかったんですけど……」

狂信者にありがちな『神の御心』『神の御言葉』『神の恵み』という都合のいい言い訳三種の神器を巧みに駆使してやりたい放題というのが現実のところだ。

「ですんで、道徳の無さで言えば諏訪先生と同レベルだと思ってもらった方がいいです」

「私は人類の発展のために尽くす覚悟ですよ?」

「お題目が立派だと更に胡散臭いよ?」

実際問題神を科学に置き換えれば諏訪先生の思考とイコールだ。

というかこの業界、科学や知識の狂信者に関しては飽和しきっている。

「幸いマーシー教授に関しては『機構』に恭順するのが早かったので諏訪先生ほど民間への被害は出てませんが、それでも三桁の被害者が出ました。いくら今は下請けだからと言って油断はしない方がいいでしょう」

それ故に十河の爺を通じてのマーシー教授へのコンタクトと特殊部隊の派遣を要請してある。

大量の『白スク』が発生している環境下でマーシー教授がこちらに敵対するとなればその程度で対応するのは難しいだろうが、とにかく備えは大事だ。

その為にがっさんには可能な限り周辺の『白スク』をマッピングして貰ったのだ。

「ん……?あれ?」

「どうしました?」

「がっさん遅くない?」

「言われてみれば……」

先程無線でこちらに来ると言っていたはずなのだが……

「ごめん!ちょっと見てくる!」

「あっ!博士!私も行きます!!」

この環境下、マーシー教授も自由に動けないだろうし、私達が展開している周辺は監視体制が整っているから『アガリビト』の接近も無いだろうと想定していたが、もしマーシー教授が『機構』への敵対を企図していたとしたら何らかの準備を整えているのは十分に想定が可能だった筈だ。

見通しが甘かった。油断した。考えが足りなかった。

お願い……無事でいて……

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