学校の怪談 6
東京都足立区舎人 西新井工業高等学校
推定遠鉄かたす線 きさらぎ駅近傍領域
私の体が再生すると、此方を覗き込んでいたがっさんが安堵の表情を浮かべた。
「いったた……どうなってる?」
「静代さんが今0027-イと四宮元理事と戦ってます」
「こっちの被害は?」
「負傷者は多いですが、死者も重傷者もいません」
大嶋くんの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「しっかし……援護したろうにも手出しできひんわ……なんやあれは……」
煤まみれの作業着姿の加西調査員がぼやくように、物陰から覗き混んだ戦いはまるで神代の頃のそれだ。
「うーん……せめて機関銃だけはこっちでどうにかできない?」
静代さんの守りを抜く何らかの技術が使われているのだろう敵方の機関銃陣地のうち一つは40mm擲弾の射撃によって沈黙しているようだが、もう片方は未だ健在だ。
0027-イ、四宮元理事だけでも大分大変だろうに、そこに更に有効な打撃を与えうる機関銃まであったのでは流石の静代さんでも厳しいかもしれない。
「一か八か俺たちで突貫してみましょうか?」
「私が許可すると思う?」
確かに現有の戦力を以て敵機関銃陣地に攻撃すれば破壊できる公算は高い。何しろ敵の主戦力は現状静代さんに釘付けになっているし、遮蔽物と領域の狭間で向き合う敵の歩兵戦力はXXXに有効な打撃を与える手段を持ち合わせてはいないだろう。
しかしその奇襲の優位はあくまで初動のうちにしか使えない。
要するに片道切符の作戦だ。
「ですが他に方法は……」
「ちょっと待って……今頑張って考えてるから」
二宮金次郎像に寄りかかって考えをまとめる。
静代さんの復活は四宮元理事から奪い取った『足玉』の効力だろうが、あくまでその効力は身体の欠損に対する対症療法的な回復だ。
あのキチガイがやっていたような神出鬼没の瞬間移動は恐らく別の事案性物品の効果によるものだろう。どうにかしてそれを強奪出来れば機関銃陣地にXXXを投入することが出来るが、そもそもそんなことが出来る程度の相手ならばここまでの苦労も無いだろう。
いっそ静代さんに破壊してもらうのはどうだろうか?
いや、それも厳しいだろう。こちらの考えを秘密裏に伝える事自体は容易いが、静代さんの能力による有効加害半径は概ね100m強程度だ。
テレポートを用いて距離を詰めるのは可能だが、そうすると四宮元理事と0027-イに行動の自由を与える事になってしまう。
いくら静代さんであれば至短時間での敵陣地の破壊が可能であると言っても、他にどんなかくし球を敵が保有しているか分からない現状ではリスクが大きい。
現状この三階の女子トイレと『きさらぎ駅』周辺と推定される領域のみでの戦闘ではあるが交戦範囲の広さは静代さんの有効加害半径より広いのは恐らく偶然ではない。
十分に静代さんへの対策を練った上で私たちに喧嘩を売ったと見てまず間違いは無いだろう。
現状として静代さんが圧倒的に攻勢を保っているとはいえ、四宮元理事を殺しきる決め手に欠けているのは事実だし、逆に敵方も奇襲攻撃のアドバンテージが無い現状では静代さんに有効な打撃を与える術が無いのもまた事実である。
完全な千日手状態……これを打破するには私達外部からの干渉が不可欠だ。とはいえ此方にも有効な手立てが無いのもまた事実……いや、待てよ……
「そういえばさっき0027-イをぶっ飛ばしたのって……大嶋くん?」
「いや、無茶言わないで下さいよ」
「だよねぇ……加西ちゃんは?」
「そんくらい出来たら気持ちええやろなとは思うで?」
「……なんだろう……なんか……なんか見落としてる様な気がするんだよなぁ……」
超常を捩じ伏せる打撃力……そういえば四宮元理事が言っていた『上がり損ない』って一体何だ?
現状私達の準備によって高い現実性を有するこの領域での非現実的なまでの力……あの四宮元理事が困惑するほどの要因の介在とは何だ?
「は……博士……」
「ちょっと待って……なんかもうここまで……って何してるの?」
こちらに拳銃を向けるがっさん……一体今度は何の冗談だ?
加西調査員、大嶋くんを始めとした周辺の調査員の皆ががっさんに銃口を向ける。
「皆、ストップ!どうしちゃったのがっさん……私は別に撃たれても平気だけど、この状況だとその冗談はあんまり笑えないよ?」
「わ……分かっちゃったんです……」
割りと本気の表情を浮かべるがっさんに、調査員の皆も殺気だつ。
「小笠原さん、銃を置いて下さい!」
「嬢ちゃん、あかんで?それはほんまにあかん」
「待って!皆も銃を降ろして!がっさん……せめて分かるように説明して?」
「何で皆さんは分からないんですか……?こんなことしてる場合じゃ無いんです!」
一歩踏み出したがっさんの腕に一閃濃緑色の影が飛び掛かる。
斜め後ろから忍び寄っていた藤森ちゃんががっさんの手から容易く拳銃を奪い取ると、そのままそこに組伏せた。
「何を……何をしてるんですか!!」
「はな……離して下さい!博士の!博士の後ろに!!」
私の後ろに?
言われて振り向いた先には今まで寄りかかっていた二宮金次郎像があるだけだ。
「……藤森ちゃん、とりあえずがっさんを後方に……ん?」
学校の三階の女子トイレ前の廊下に二宮金次郎像……?
そもそもこの学校に正規の二宮金次郎像は一体も存在しないはず……
「なるほど、そういうことね」
全く本当に最悪のタイミングで活性化してくれたものだ。
私のすぐ横で事態を飲み込めずにいる調査員の片岡くんからARXを借りる。
「博士……何しとるん?」
「0027-ト……がっさんが言いたかったのはこいつの事でしょ?」
耐性訓練を受けている私達全員……いや、がっさん以外の全員をその影響下に置くとはとんでもない精神汚染能力だ。流石は神格もどきといったところか……
銃弾で破壊しうるのかは分からない……とはいえ低位の神格であれば通常兵器による打撃はある程度有効であるということがわかっている。
少なくとも大昔の様に刀槍でどうこうしようというよりは大分ましだろう。
「急で悪いけど、対神格応急対処!!」
機構の調査員はこういう場合の訓練も受けてはいるが、果たしてどうなるものか……
確実に殺害したという手応えこそあったものの、次の瞬間には変わらぬ姿で別の場所に立っている狂信者の姿に佐伯静代は聞こえよがしのため息を漏らした。
「……んー?なぁるほっどっ!神宝のお陰で醜き怨霊が人の身を得たか!これはまさにぃ……奇跡!!おお!慈悲深き我らの神はあまねく全てにその清き御手を差し伸べられー」
再びの手応え
「るということか!その恵みの眩さに……ああ、この汚れた眼が清められていくっ!はぁぁ……その広き御心の果てを誰が想像できようか!」
「……いい加減死んでくれませんか?」
「死?なんと無知蒙昧な事か?!我々はもうすでに神の御元で永遠の命を得ているというのに!神の国の門はとうに!開かれて!いると!いうのにっ!」
「……ほならはよういねやっ!」
いい加減彼女も苛立って来ていた。
戦いを始めてから数百回は殺害しているはずの相手が未だに健在。
そこかしこに残る死体とも思えぬほどに損壊した肉片や血飛沫が増えるばかりで消耗の片鱗すら見せぬ者が相手では彼女で無くとも腹も立とうというものだ。
PSI能力者の力は感情の振幅に大きく左右される。それでも彼女は冷静さを保つよう努力をしている。
怒りのままに力を振るえば、確かに平素以上に強力な力を発揮できるだろう。
ー静代さんは確かに強いよ?私も皆も本当に頼りにしてる。
それはかつて四宮元理事と対峙した直後の記憶
ーそれに静代さんが私達を大切に思ってくれてる事も分かってる。
平素とは違う真剣な眼差しで語られた言葉
ーでもね、だからこそ静代さんも私達にとって大切な『ヒト』だって事を分かって欲しい。
「……怪物としてじゃなく、大切な家族として……か……」
「んんっ?何の話かな?はっ!もしや仲間外れに!私を仲間外れにしようというのかっ!」
「ふぅ……貴方には言ってません」
凪のように静かな心で、しかし同時に焦がれる程に大切な人々を想いながら、彼女は言う。
冴えた超感覚的知覚は超常の弾丸の軌道すら正確に知覚し、目の前の男の力さえもまるで手のひらの上に置かれた木の葉のひとひらであるかの様にさえ感じられていた。
立ち尽くし沈黙している0027-イこそ『ブキミ』ではあるが、不思議とそこに脅威を感じてはいない。
「……何をした?」
「ふふふ、失せ物を見つけた……それだけです」
「……なめた事を」
彼女の上司と四宮元理事とのやり取りをなぞり答えた彼女とは対称的に苦々しい表情の四宮元理事の額に脂汗が滲む。
それは圧倒的な力を目の当たりにしたが故の狼狽ではない。
機構の理事としてあった頃、そしてその以前から長く超常の存在に触れてきた経験によって、彼女の存在が根本から変容したことを察知したが故のものだ。
「大分余裕が無くなったみたいですね」
「……抜かせ!」
絞り出すように言った彼は懐から取り出した古風な拳銃を沈黙したままの0027-イに向ける。
「何をしてるんです?」
「当てて見るがいい!」
放たれた弾丸は0027-イの表皮に突き刺さる。
(注射器……?まずい!)
彼女は『機構』の職員として経験を積んできた。多くの超常使用団体とも渡り合って来たが、その対応はあくまでもPSI能力による力押しである。
それ故に対応が遅れた。
薬剤投与による0027-イの活性化に彼女が思い至った時には、強烈な力の奔流が彼女を襲っていた。
「加西ちゃん!待って!なんか様子がおかしい!」
「撃ち方止め!撃ち方止め!」
0027-トの様子に違和感を感じて攻撃の中断を命じる。
神格性事案にしても通常の事案にしても変だ。何故反撃してこない?
「あほたれ!いつまで撃っとんねん!撃ち方止めや!」
こんなとき物部博士や茅野博士辺りがいてくれればよかったのだが……
神格性事案は専門外だ。というか神格とは昔からあまり相性が良くない。天の神程では無いにしても神々と関わって録な結果になった試しが無い。
とはいえそうも言っていられないのも事実だ。
「失礼、私は千人塚由紀恵と言います。二宮金次郎さん……とお呼びして構いませんか?」
「……」
無言、怒っていらっしゃる?
「先程は大変失礼しました。よろしければ話をさせていただけませんか?」
相変わらず無言で一点を見つめている。いや、銅像だから当たり前なのだが……
対話が出来ないのであればどうにかして無力化を図るべきなのだろうが、しかしこの逼迫した状況下で薮蛇になりはしないだろうか?
そもそもこの場に0027-トがいる理由が不明瞭だ。『事案』だからといってしまえばもちろんそれまでだが、それにしたって気味が悪い。
「博士……その……」
「がっさん?危ないよ!下がってて!」
「いえ、その平衡補強装置が邪魔みたいです」
「平衡補強装置が……?」
確かに現実性を平衡状態に近付ける平衡補強装置は現実性+不平衡の神格性事案に対してもその効力を発揮する。それは分かる。
だが問題はそこじゃない
「がっさん……何で分かったの?」
「逆に何で分からないんですか?こんなに大声で言ってるのに……?」
「大声で?」
残念ながら0027-トは終始無言だ。聞こえるものと言えば静代さんが戦っている音位のものである。
「真偽は兎も角、今平衡補強装置を止める訳にはいかないよ?静代さんが不利になっちゃう」
現状0027-イが単なるPSI能力者として戦わざるを得なくなっているのは平衡補強装置の力があるお陰だ。現実性-不平衡のエネルギーが0027-イに供給されれば静代さんの優勢が揺らぐ可能性もある。
「ですからっ!静代さんが勝てなくなっちゃうんですってば!」
がっさんには一体何が聞こえているのだろう?いや、0027-トの声なのだろう。それは分かる。しかしそれが精神汚染の影響による幻聴の可能性は十分にあり得る事だし、仮に本当に0027-トがそういっているのだとしても、それが何らかの策で無いとも言い切れない。
聞こえていて当たり前といった様子のがっさんと何も聞こえていない私では認識に大きな隔たりがあるのは仕方がないとはいえさて、どうしたものか……




