学校の怪談 5
東京都足立区舎人 西新井工業高等学校
「この様なところで再びお会いできるとは!あぁ……これこそ我等が神のお導き!なんと!すんっばらしい!」
喧しいキチガイは相変わらずだ。頭が痛くなる……
「よげっ……げほっ!ごぼっ!」
……は?
大穴の開いた腹部から流れ出る血が止まらない。
震える手で触れてみると、傷と言うには大きすぎるそれは変わること無くそこにある。
普段であればもう塞がっているはずなのに……
外傷性貧血で気分が非常に悪いが、これだけの傷でも意識を保っているということは私の事案的特性が喪失したという訳では無いだろう。
とすれば、問題は傷の周りだけ……
ー静代さん、首をもいで!
「はいっ!」
幸い、今回の静代さんは冷静だ。
残された自分の身体が痙攣して跳ね上がる様を眺めながら新たに身体が形成されていくのを感じる。
よし、当たりだ!
何をされたのかは私の年齢相応な動体視力ではさっぱり分からないものの、何らかの方法で私の事案的特性を阻害したのだろう。
これが私のみを対象とするものなのか、それとも他の事案性事物に対しても同様に作用するのかは不明だが、未知の技術であることは確かだろう。
ーということで注意してね!
「はいっ!あとこれ着て下さい!」
作業着の上衣を投げてきてくれた。細やかな気遣いが実に有難い。
なにせ、静代さんからの通信を受け取った大嶋君達うちの調査員チームがこの場に突入して四宮元理事を包囲している。
恥じらいの精神に溢れる大和撫子な私としては素肌を衆目に曝すのは耐え難い。
「ぷっ……」
「……静代さん、笑うとこじゃ無いよ?」
「博士こそ、巫山戯てる場合じゃ無いですよ?」
私としては実に大真面目なのだが……
さておき四宮元理事には気の毒だが、前回と違って今回うちの子達は完全装備だ。
加えて作戦計画の対処シナリオ上連絡を受けた『用務員』の人員、更にはうちのXXXチームもこちらに急行しているはずだ。
狙いがなんであれ、無事にそれを遂げることはまず不可能だろう。ざまぁみさらせ!
突如『遠鉄かたす線』を経ずに現出した『きさらぎ駅』近傍と推定される領域、私の事案的特性を阻害した手段、そもそも何をしにきたのか……聞きたいことは山ほどあるが、別に聞けなかったとしても問題は無い。
四宮元理事を処分した後にゆっくりじっくり調査を行えば良いだけのことだ。
「さぁ、取り敢えず一緒に来て頂けますか?御覧の通り我々も暇では無いので」
余裕綽々、実に気分がいい。
「おおっ……!これは失敬!」
「……?うはっ!」
四宮元理事が指を鳴らしたのと同時に私の視界が大きく横にずれた。
「MG!!」
藤森ちゃんの叫び声に続いて腹に響くような銃声が響く。
「前方200!MG2!」
「前方40、敵散兵60!」
「制圧射撃!近寄らせるな!」
「擲弾急げ!」
機関銃による射撃と地上部隊の進出……現状として敵の射撃は静代さんが防いでくれているが……
「いっだぁっ?!」
訂正だ……しかし……
静代さんが信じられないものを見るような目で此方を見る。
戦車の徹甲弾や20cmクラスの火砲から放たれる榴弾すら容易に跳ね退ける静代さんの力をたかだか歩兵が装備する程度の機関銃で抜くとは一体……?
「博士!」
「だ……大丈夫!藤森ちゃんは平気?」
「私は平気です」
「静代さん!キチガイと0027-イの処分を!」
「は、はいっ!」
とにかく今は脅威の排除が最優先だ。
「えー?やだー『つっつん』ったら言葉が汚いゾ☆ミ」
耳元で聞こえたテノールボイスに背筋がゾクゾクした。
声のした方を見ると四宮元理事が0027-イを担いで立っている。またこれだ……心なしか0027-イさえ驚きの表情を浮かべている様にさえ見える。
最初に反応したのは藤森ちゃんだ。
即座に義手から散弾を射出し、連続して展開した超硬質ブレードを突き込む。
だが、その切っ先は空を切った。
「藤森さんの右後ろ!」
「よしきた!」
「ぐっ……なんだと……?」
がっさんの言葉の通りの場所に現れた四宮元理事の肩に大嶋くんの放った銃弾が突き刺さる。
怯んだその隙を突いて、今度こそ確実に藤森ちゃんの切っ先が四宮元理事の胸を貫いた。
「よっしゃ!皆流石!」
がっさんの予知能力を利用した四宮元理事の動きを先回りする攻撃と、即座にそこに合わせた藤森ちゃんの反応……恐らく即席の作戦だが、うちの子達の機転のお陰でどうにかなったわけだ。
しかしこれでは不十分だ。
「博士?!何を……?」
倒れた四宮元理事の懐を探る。私の予想が正しければ……
「あった!」
ジャケットのポケットに入っていたのは一つの勾玉……この国に於て最も力を持つと言われている事案性物品の一つ『足玉』
私も遥か大昔にその存在を伝え聞いただけだが、形状や効果の特徴はまさにそれそのものだ。
あらゆる不足を阻害して人であれば五体満足の状態を作り出し、物であれば破壊を阻止する。
しかしその効果はその効果対象に不足が生じて以降だ。
見方によってはある種の防衛的蘇生装置というべきものだが、それ故に効果を発揮する前に奪い取ってさえしまえば対応は可能だ。
かつて天の神に敵対していたタケミナカタが調べあげた古代の研究の成果だ。
「ふう……皆、引き続き対応を進めて!」
「はーい」
「静代さんは0027-イの無力化を急いで!」
「静代ちゃん了解でありまーす!」
「は……博士!」
「だよねぇ……静代さん!」
静代さんに向けて『足玉』を投げる。
「なんと!不敬な!神の宝物を投げるなど!めっ!ですぞ、ツツヤヒメ!」
死体が残っているところを見るに、今までとは別の方法での蘇生なのだろうがそれでも厄介なことに変わりはない。
そもそも死者を蘇生させる事案性物品自体が飛びっきりの希少品のはずなのだが、恐らく機構にて『四宮理事』であった頃に横領したのだろう。なにしろ『四宮理事』の所掌は人工事案性事物及び事案性物品だ。所掌に関連する事案性事物を多数持ち出している事を鑑みれば、未報告の事案性物品の横領も十分にあり得る。
「……さっきも言いましたけど、忙しいんでもう降伏してくれませんか?」
そもそも今は0027-イへの対応中だ。頭がおかしいやつの相手をするだけでもお腹一杯だというのに、その頭のおかしい奴が事案性物品を保有しているなんていうのは完全にやりすぎだ。
「こうふく?こう……ふく……ああっ!幸福!!御心配なさらずとも私は幸せですとも!神の御導きに従い!日々を!そう、この日々をっ!」
「はぁ……いいよ、やっちゃって」
藤森ちゃんが距離を取ったのを見計らって合図する。
到着したXXXチームが40mm擲弾を四宮元理事に向けて発射する。
『アゴ』が機構から奪った事案性物品から考えても、十種神宝の一つである『足玉』を持っていたところから考えても多元座標固定弾で無力化しきれるとも思えないが、静代さんが四宮元理事を無力化する隙を稼げれば十分だ。
ーということで、お願い!
XXXチームが到着した以上、脅威の一つである機関銃はほぼ制圧できたと考えていい。とすれば後は『アゴ』の首魁であるこの男の処理さえ済ませてしまえば後は終わりだ。
「静代さん、どうしたの?」
返事が帰って来ない。0027-イを抑え込むのにてこずっているのだろうか?
「静代さん……だいじょー」
真っ暗になった視界……遅れて体の前面に走る痛み……声を出すことも出来ないのはかなりのダメージを受けてしまったということの証だろう。
しかし一体誰がどうやって?という疑問は頭部が再生して視覚を取り戻してすぐに明らかになった。
解き放たれうちの子達を圧倒する0027-イの姿……
「静代さん……」
そして地面に倒れ伏す静代さんの姿……
その背は貫通した銃創でボロボロになっている。
「なん……で……」
「我らの神は全てを!そう森羅万象の全てを産み出したのだ!全てのものは神の元へ!さあ、御遣いよ全てを神の元へ帰すのだ!……いやまて!お茶の時間だ!」
呆然とする私の目の前を四宮元理事が悠々と歩いてゆく。
「まて……」
「ん?」
「待て!」
誰かが落としたものだろう拳銃を拾い上げて四宮元理事に向ける。
「おおっ!麗しのツツヤヒメ!申し訳ないが私も忙しいのです」
「何を……何をした!」
「何を……とは?」
自らの頭に向けられた銃口を意に介する様子もなく……いや、それはそうか……所詮私はただ死なないだけの人間だ。静代さんを含めたうちの子達を圧倒したこいつから見れば何の脅威にもなりはしないだろう。
「私は落とし物を拾いに来たにすぎませんよ」
「落とし物……?」
「続きはまた後程お話ししましょう」
「は?」
四宮元理事が容易く拳銃を奪い取って私を抱えあげる。
……そうか、死ぬことが無いからと油断していたが、死なないというのは連中にとっても魅力的な特性なのだろう。
『足玉』『死返玉』『道辺玉』十種神宝にも条件付きで死を克服する事案性物品はあるが、完全な死の超越は十種神宝全てを以て初めて成しうる程の物だ。
収束の結果あらゆる宗教的事案性物品がその信仰領域のみで効果を成すものになってしまっている以上、全世界で完全な死の超越を成しうるのは私の特性だけだと言っても間違いではない。
まずったなぁ……諏訪先生に衝動的な行動をとるなと言っておいてこれでは……
恐らく研究対象として解析されるのだろうが、機構の皆の事だ。きっと連中が私の体の謎を解き明かすより前に救いだしてくれるだろう。
もう出来る事は無い以上上手くいかない場合については考えないでおこう。大丈夫、こういう類いの事にはなれている。
ふと、四宮元理事が足を止めている事に気がついた。
「博士……もんげぇえれぇじゃろうけど……諦めちゃおえんよ……?」
「ふむ……流石はと言ったところか……」
口や目から赤錆色の血を流した静代さんが此方に手を伸ばして立っている。
「静代さん……!大丈夫?!」
私の問いに静代さんは悪戯っぽい表情で『足玉』を掲げてみせた。
「ああ……なるほど、慈悲深き我らの神は醜き怨霊すらもお救い下さると!そしてこれは試練!そう!世に秩序をもたらす為に戦う使徒たる我らに神が下された、そうっ!試練!さあ、御遣いよ!あの醜き怨霊を神の身許に還すのだ!」
0027-イが来る!それを思うよりも早く0027-イの小さな体が宙を舞った。
静代さんがやったのだろうか?
そう思って彼女の方を見ると、目を丸くしている。
「……上がり損ないが」
四宮元理事が苦々しく呟く。
「怨霊よ!残念だが貴様に構っている時間は無くなったようだ」
「逃がすわけねぇじゃ……逃がすわけ無いでしょう?」
岡山弁も素敵だと思うが、言い直す静代さん。
「博士!ちょっと我慢してください!」
「オッケー、好きにやっちゃって!」
押し潰されるような感覚と共に五感が遮断される。
強烈な圧力によって痛みすら感じることの無いほどの衝撃は、しかし反撃の始まりを報せる喜ばしいものだった。
さあ、頑張って!




