学校の怪談 4
東京都足立区舎人 環境科学研究機構仮設研究所
0027本体の無力化、その手法は至ってシンプルだ。
一言で言うならエネルギーのオーバーフロー、即ち0027-ハ『人喰いモナリザ』に対して通常及び超常両面の強制的なエネルギー摂取を行わしめ、0027全体の機能不全を誘引する。
そのために使用する『事案』も既に取り寄せている。
「だから!安全を考えたら四肢をもぐくらいはしないと駄目なんですって!!」
「いや、さっきから言ってますよね?PSI性事案相手に肉体の損傷は事案的特性の活性化を招く危険があるんですよ!」
「そもそも二人ともなんでいきなり先制攻撃する事ばっかり考えるんですか?!」
主攻は『用務員』主力と草薙研究室が担当、助攻には関二研のチームがあたる。
山陰研と東二研は神格を有すると目される0027-ト『動く二宮金次郎』への対処だ。危険度がそれ程高くないとはいえ、神格性事案への対応は慎重に行う必要がある。
「まず私が押さえ込んで話が出来るか、知能があるのかを確かめますから!」
「でも相手はPSIってだけじゃ無いんですよね?やっぱり行動の自由を奪わないことには話になりませんよ!」
「そうですよ!幾ら静代さんが強くても相手の手の内が分からないんじゃ無闇にアプローチするのは危険です!」
その他の構成要素の押さえ込みは茅野博士指揮下で残余の『用務員』の要員が行い、九一研の要員は作戦領域境界の維持及び戦術予備隊として控置し、必要に応じて戦線に投入する。
「うぅむ……なかなかのものですが……アン・マリーのラズベリーソースには及びませんね……」
「やはり諏訪先生もそう思いますか?」
「ええ、こうなれば一度成分分析を……いや、それは無粋というものか……」
『用務員』構成諸隊のうち五木理事直轄の通称『蟒蛇』を基幹とする救護所を学校敷地内に二カ所、中央医療センター及び東京医療研究所の要員を基幹とする野戦病院を学校近傍の舎人公園内に設営、更には上空にヘリを待機させて重傷者の後送体制も万全だ。
「それならラズベリーソースを使って動きをですね!」
「いやいや、相手は子供ですよ?イチゴの方が良いに決まってます!」
「そもそもソース単体では無く0027との食べ合わせを考えてみるべきか……」
……駄目だ、やっぱり気になる!
「……さっきから君らは一体何の話をしてるの?」
「何って……0027-イはイチゴとラズベリーどっちが……あれ?」
静代さんが自分の言葉に首を傾げる。
「白熱するのは良いけど混ざっちゃってるね」
0027-イのラズベリーソースがけを作って一体何をしようというのか
「あー……そう!0027-イに対話する知性があるのかを確かめる方法です!それを考えてたんです!」
それにしてはうちの女の子達は大分物騒なガールズトークをしていた様な気もするが……
アン・マリーのラズベリーソースの美味しさの秘密について考えていた諏訪先生と大嶋君の方が大分女子力が高いような気がする。
「だろうなとは思ったけど……私とお頭のアイディアじゃ不満?」
私達が静代さんに提案したのは0027-イに対する徹底的な企図の破砕だ。
静代さんが『呪いのビデオ』から『佐伯静代』としての正気を取り戻すに至った切っ掛けが対象の殺害という『呪いのビデオ』としての企図が挫かれた事だった様に、0027-イが起こすアクション全てを阻害することで『宮守花子』としての正気を取り戻すのでは無いか……という半ばやけくそな作戦である。
一応一般的に『事案』というものが何らかの目的に特化している事を念頭に考えれば、更に本来『事案』そのものではないPSI能力者が『事案』に強制的に取り込まれているのだとするとそこまでやけくそとも言えないだろう。
あくまで静代さんの先例が『呪いのビデオ』の持つ暴露者の殺害という企図の阻害によって機能不全が生じ、静代さん自身の自我が回復するに至ったという推測の上に立つものではあるが……
いや、そもそもPSIとしては静代さんが0027-イより圧倒的に格上で無ければ作戦とも呼べないレベルのものかもしれないが、作戦の場所と時間の決定権がこちらにあり、更に静代さんがいる以上、ベストでは無いがベターな手法ではあるだろう。
もちろん、0027-イの持つ未知の部分に対する手当は万全にする。
現在0027-イが封じ込めてあるエリアには現実性マイナス不平衡を中和するための平衡補強装置の設置が急ピッチで進められている。
流石にマイナス不平衡を完全に中和しうる程の威力こそ期待できないものの、0027も所詮は想定可能な範囲内の技術を用いて作られた超常戦兵器だ。対超常安全保障を掲げる『機構』の技術をもってすれば0027-イへのエネルギーの供給を極限化する事はさして難しい事では無い。
この対応が効いてくれれば後は静代さんと0027-イの二人によるPSI能力での真正面からの殴り合いである。
500Tpi/㎡という精神エネルギーの差はとてつもなく大きい。順当に行きさえすれば主要目標たる0027-イの無力化であれ、副次目標たる0027-イに対する言語でのアプローチの可否の検証であれ、少なくとも此方が常に主導権を握ったまま進める事が出来る筈だ。
「そういうわけでは無いんですけど……」
「やるからには最高の結果を最大の効率で追求するべきです!」
静代さんと藤森ちゃんが言う。
頭を切り替えてくれたのは有難いとは思うが、これまた随分と極端だ。
昨日帰って来た藤森ちゃんは私と静代さんとの激しい口論からのもっと激しい議論を終えると、今度は0027-イとの言語によるアプローチに対するより効果的な作戦についてがっさんも交えて検討をはじめた。
いやはや、藤森ちゃんをがっさんに任せることを決めたのは私だが、ここまで心境を変化させるとは一体どんな手を使ったのだろうか?
本人達に聞いてみたいが、今すぐに……というのは無粋が過ぎるというものだろう。
まあ、十年後位に酒の席での思出話として聞くことが出来れば御の字、といったところだろうな……
「仕事熱心なのは関心だけど、煮詰まった会議をいくら続けたところでいい結果にはならないと思うよ?気分転換にお茶にしない?」
「そう……ですね」
普段の不真面目そうな態度に隠れてるとはいえ、その実藤森ちゃんはくっそ真面目だ。加えてがっさんと静代さんもかなり仕事熱心な方なのでこういうときは外部からブレーキをかけてあげる必要がある。
「あ、じゃあ私お茶菓子買ってきまーす」
「そんなに気合いいれなくていいからね?」
「あはは、わかってますって!」
言うが速いか静代さんの姿が消える。
なんだかパシりに使っているみたいで非常によろしくない。というか能力の無駄遣いをしないで欲しいのだが……
「それじゃあ私はお茶の用意を……四人ともいつもので良いですか?」
「あ、うん」
「あ、私も手伝います!」
「俺も……」
「台所狭いんで巨漢は大人しく座ってて下さい」
がっさんと藤森ちゃんがキッチンに向かう。確かに巨漢が入るにはキャラバンのキッチンは狭い。
「しかし……よかったのですか?」
「0027-イの事?」
諏訪先生が頷く。
「いや、まあ良かないけどさ……」
個人的な恨みもあれば、完全な無力化を求める機構の要求もある。
一応名目上は『拿捕』という事で十河理事から理事会への説明をして貰ってはいるものの、それでも静代さんの提案を受け入れるという私の決断は決して褒められたものでは無いだろう。
「相変わらず甘いですね」
「お婆ちゃんになるとどうしてもね?」
勿論うちの子達の望みであっても勝ち目のない勝負や全く利のない行為を認めることは無いが、0027-イへのアプローチ試験は準備をしっかり整えさえすれば十分に可能なものだし、何より静代さんについて新たな知見を得るヒントを得られるかもしれない。
後悔のない選択など今の段階ではしようと思って出来るものでは無いだろうが、それでもせめて後悔が無いように追求だけはしておきたい。
『ヒト』はいつまでも生きていられる訳では無いのだから……
東京都足立区舎人 西新井工業高等学校
「静代さん、準備は?」
「は、はい!いつでも行けます!」
0027『学校の怪談』、今次対応における最後の試験という位置付けの0027-イへのアプローチ試験だが、同時に0027無力化作戦における最初の戦いということになる。
0027-イの確保もしくは無力化と同時に0027へのエネルギーの過剰供給を開始、機能不全を起こした事を確認次第中枢である0027-ハをXXX部隊で攻撃して物理的に破壊する。
本来であればこっちでもXXXを使いたいところだが、機体数にも搭乗者の人数にも限りがある以上贅沢は言えない。
それでも今回直接0027-イに接触するのは静代さんと『みしゃぐじ様』の解除を行う私の二人だけだ。事が予定通りに進んでさえくれればXXXの出番など無いだろうが……
「■■■■■■、■■■■、■■■■■ーっ!」
たった三つの言葉で現地を包んでいた認知不可能領域が解除された。
と、同時に私の視界が宙を舞う。
「博士!」
だが『みしゃぐじ様』の影響を脱した0027-イが攻撃を加えて来ることは最初から折り込み済みだ。
ー大丈夫!行って!!
喉に空気を送れない以上、声で指示を出すことは出来ないが日本語で考えさえすれば静代さんには伝わる。
回復と同時に全身を襲う激痛にどうにか耐え抜いて私が現地に入ると、既に静代さんが0027-イをその場に組伏せていた。
「それで、どんな感じ?」
「今のところ特に変化は無いです」
バチッ、バチッと何かが弾けるような音が響いているのは恐らく静代さんが0027-イの能力行使を封じているためだろう。
「何を考えてるか読める?」
「何て言うか……大勢の声が混線しているみたいな……」
「声でもテレパシーでもいいけど、会話は出来そう?」
静代さんが首を横に振った。
混線……大勢の声……意味はよく分からないが、この場で検証を行う余裕は無いし、0027-イが此方に協力する意思を示さないのであれば『機構』に彼女を管理収容出来る設備はない。
「静代さん……」
「わかってます……」
その事は静代さんも理解している。
「ごめんね、助けてあげられなくて……」
結果としては残念だが、それでも作戦は成功だ。
辛いだろうが静代さんが0027-イを無力化してくれれば全て終わりー
「博士!!」
「え……?」
背中と腹部に走る鈍い痛み……
視線を落とすと腹に大きな穴が開いている。
立っている位置も大分後ろに……
攻撃……?0027-イか?いや、今も静代さんによって完全に封殺されている彼女にはここまでの事をやってのける事は出来ないだろう。
一体誰が……その疑問は眼前に突如として現れた夜の草原の風景が示していた。
「ア”……げほっ……」
肺はやられていないが内臓から込み上げて来た血液のせいで声が出せない。
「分かりました!すぐに大嶋さんに連絡します!」
流石は最強のPSI、実に頼りになる。
だが待て……おかしい……一体連中は何の為にこんな事を?
確かに超常戦に関して言えば連中はかなりの脅威だ。
しかし、である。『機構』ですら静代さんという『個』の能力に頼った方法でしか対応しきれない0027-イや私の体質を利用して初めて稼働状態の内部に侵入できる0027-ハが狙いだとして、奴等にどうこうできるような代物では無いだろうし、それ以外の構成要素であれば連中が興味を持つとも思えない。
『機構』の作戦に対する妨害だと考えれば道理は通るだろうが、元『秘書科』隊員を基幹とする敵に対して現在この案件に動員されている『機構』の基幹戦力は特殊部隊であり、正面戦力は此方に有利だ。
それであるのに連中は……この男は一体何の為にここに来たというのか?
「♪Parasti in conspectu meo mensam adversus eos, quitribulant me;impinguasti in oleo caput meum,et cal……おおっこれはこれはヒノツツヤビメ」
「じの……み”や”……」
キリスト教の讃美歌を歌いながらやって来た節操のない宗教家……
『機構』の離反者
The Only Absolute Gospel Of Order……唯一絶対たる秩序の福音を名乗る国際指名手配のテロリスト
元四宮理事の姿は正直言って二度と見たくなかったのだが……




