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学校の怪談 3

東京都足立区舎人 環境科学研究機構仮設研究所

「も……もどりましっ、た」

片切君が戻ってきたのは開かずの教室の調査を終えた二日後だった。

本来だったらもっと早く戻ってこられる予定だったのだが、各研究室がここぞとばかりにデータの解析を依頼してきたせいでこんなにも時間がかかってしまった。

これも特定管理研究所と専門研究所の施設のレベルの違いが故だろう。片切くんのマシンはそこらの研究所の情報管理員が用いているものとは格が違う。

「あ、お帰り!お疲れ様」

「どうも……他の皆は……?」

「ん?他の博士たちの助っ人にいってるよ」

0027への総攻撃は現在発令されている戒厳令……じゃなくて緊急事態宣言解除の直前に行うことに決定した。

そのための準備は勿論だが、攻撃が開始されてしまえば0027を破壊する事になってしまうので、可能な限り原理を究明したいと研究者達は大忙しだ。

余程人手不足らしく、現在私の手元には機構の切り札静代さんと、書類に埋もれて放心状態になっている藤森ちゃん、帰ってきたばかりの片切くんの三人しか残っていない始末だ。

他はそれぞれ研究室や『用務員』の手伝いに出てしまっている。

「今うちはそんなに忙しくないから、片切くんも興味のある研究あったら参加してきていいよ」

現在私がやっているのは0027-イと過去のPSIとの照合作業だが、それもメインは本部と秘書科が担当しており、私がやることと言えば間近でその姿を視た者としてあーでもないこーでもないと文句をつけることくらいだ。

「危険な研究なんてスマートな片切主任には似合わないですよ!私と一緒にデスクで優雅に仕事しましょう!」

「藤森ちゃん……」

事務仕事が嫌いなのは知っているが……

「あ……じゃ、じゃあ……給油、して、きたら……手伝い、ます」

「別に気を遣わなくて良いんだよ?」

「い……いえ、その、0027は……専門の、ジャンル、では……ないので」

「そう?それならいいけど……じゃあお願いね」

「片切主任!あざまっす!!」

「は……いえ……」

そそくさと去っていった片切くんと入れ替わるように、スーツ姿の老人が入ってきた。

「ああ、お頭!待ってたよ!」

「……お頭?」

「あ、そっか藤森ちゃんは初めて会うんだね……こちら忍者のお頭、にんにん!」

「初めまして、千人塚研究室の主査調査員の藤森です」

「これはご丁寧に……隠善、と申します」

私を無視して二人は自己紹介を交わす。なんか冷たい……

「……これは博士が悪いですよ」

「うわぁっ!びっくりした……静代さん、お帰り」

「ただいまです。頼まれてたお饅頭買ってきました」

単なるお使いに静代さんを使うのは戦力の無駄遣いな気もしないでもないが、0027との最終決戦を控えている現状ではこの程度の仕事しか任せられないのも事実だ。

今回静代さんに行ってもらったのは高遠町にある和菓子屋『千寿庵』だ。車だと3~4時間かかってしまうところだが、静代さんならば一瞬である。

そこの名物である『鶴まん頭』は高遠饅頭に匹敵するあの辺りの人気のお土産だ。

「おほん、お頭これ手下の皆と食べて」

「……これは、巫女様より頂けるとは恐悦至極にございます」

「そういうの良いってば……」

恭しく『鶴まん頭』を受けっとった彼はシワだらけの顔ににかっと笑顔を浮かべた。

実年齢より大分老けているのは幼少の頃より過酷な道を歩み続けて来た故のものだろう。

「藤森ちゃん、悪いけどコーヒーとココア淹れてもらえる?」

「えっと……博士がココアで?」

「ココアはこっちのおじいさん、コーヒーは私にお願い」

おそらく現代でも活動している唯一の忍者の一族『隠善党』の当主である彼の歩んできた道など知る由もないが、過酷なまでの節制を強いられた幼少期の経験から無類の甘党になったということは知っている。

「角砂糖二個入れてあげてね」

「え……?」

不安そうな顔を向けてくる藤森ちゃんにお頭はにっこりと笑って頷いた。

藤森ちゃんの気持ちは十分わかる。聞いているだけで歯がむずむずしてしまう。

「好みの問題だからいいけど……若くないんだから程々にね?」

「甘味で死ぬるなら本望に御座いますれば」

それで良いのかラストニンジャ……

「若くないと言えば『十三号』に潜ったって聞いたけど……そういうのは他の人に任せなよ」

「まだまだ若い者には……等とは申せませぬが、穴蔵の肉人形なんぞに遅れはとりませぬよ」

「そりゃそうだろうけどさぁ……」

昔から……というか先代も先々代も更にその前も自愛という感覚が完全に欠如してしまっているようだ。

「それで……収穫はあった?」

お頭以下の『隠善党』の皆は旧内務省の記録保管庫から持ち出したPSI能力者情報の裏取りを行っていた。そんな彼が私にアポを取ってきたということは……まあそういうことなのだろう。

彼は数冊のファイルと数枚の書類を机に置いた。

そこに記されているのは二人の幼い少女の記録だ。

「昭和初期のPSI能力者……宮守花子、雪子の姉妹……」

「海軍が調査に向かった時には既に行方不明……残っている資料は事前調査で集められたもののみ……果たしてどの程度の実力を持っていたのかすら分かっておりませぬ」

「……博士、やっぱり私に似てませんか?」

今まで黙って話を聞いていた静代さんが口を開いた。

「うん……状況的にはかなりね」

最期の瞬間が不明で後の時代に『事案』化したPSI能力者……

「巫女様、そちらが?」

「そう、静代さん」

「どうも……えっと、やっぱり私がやっつけるんですよね?」

「うん、そうなると思うけど……何かある?」

うちでもトップクラスに明るい静代さんが珍しく浮かない顔だ。

「その……どうにかして説得とかって出来ないんでしょうか?」

「うーん……もしも0027-イと協力体制を作れれば嬉しいけど……対話の糸口さえ無いんじゃどうにも、ね?」

おそらくは私が読んだ書類の情報を読み取ったのだろう。そして彼女が何を思ってこんな事を言っているのかも概ね想像がつく。

宮守姉妹が行方不明になった切っ掛けは母親による一家心中事件だ。

彼女らの父親は警察官だったが、女性関係については大分だらしない男だったようで、とある遊女に入れ込んで二人で温泉に行ったりしていたらしい。

妻である二人の母親は嫉妬ゆえかそれとも怒りによるものか一家心中を企てた。

幼い弟は首を包丁で刺され、雪子は顔を数回切りつけられたが、花子によって家から連れ出されたらしい。そこまでは惨劇を目の前で見ていた父親の証言から明らかになっている。

そこからは詳細不明だが、翌朝彼女らの住んでいた官舎の裏手にある小学校の三階の女子トイレで母親が全身をねじ切られた状態で発見されている。

「可哀想……そういうことだよね?」

静代さんは小さく頷いた。

気持ちは分からないでもないが……

「可哀想……?何言ってるんですか?」

「あ……藤森ちゃん……」

お盆にコーヒーとココアを載せて戻ってきた藤森ちゃんが信じられないものを見たような表情で言う。

「『あれ』が何人殺したと思ってるんですか?」

「それは……でも意識が無いのかも知れないんです」

「だから許せと?意識が無いんだから田島一等を殺したのも仕方がないって言うんですか?」

「あーはいはいっ!藤森ちゃんそこまで!」

なかなかヒートアップしそうな雰囲気だったので間に割って入って止める。

「……っ、すいませんちょっと頭冷やしてきます」

「藤森さん!」

「ストップ!今はそっとしておいてあげて」

部屋を飛び出して行った藤森ちゃんの後を追おうとした静代さんを止める。

0027-イについて思うところがあるのは静代さんだけではない。私自身田島君を殺されたことに対して小さく無い怒りを持っているし、田島君の最期を目の前で見ていた藤森ちゃんであれば尚更だろう。

勿論、私も藤森ちゃんも……というか機構の職員であれば、必要性と可能性があるのなら個人的な感情を押し殺してより有益な決断を下すだろう。

しかし現状0027との対話の糸口すら掴めず、類型である静代さんをサンプルにしようにもこっちも『事案』としての記憶がまるでない状況では平和的なアプローチは厳しいと言わざるを得ない。

直接戦うのが静代さんである以上は彼女の意見をなるべく聞いてあげたいところではあるのだが、現状として作戦の決行時期が決まっている以上不確定な要素に限られたリソースをつぎ込むことはできない。

残念ながら0027-イは破壊することが最も安全で最も確実、最も多くの人の望む形の結末なのだ。

その事を説明すると、静代さんも理解はしてくれたようだ。……ただ残念ながら納得してもらうまでには届かなかった様ではあるが……

「ふむ……ならば矛を交えて見極めればよろしかろう」

そんな私たちの様子を見ていたお頭がいう。

「そんな場当たり的な……ああ、そうか……」

静代さんのことも知っているようだし、0027-イについてのデータも持っているが故の言葉、いやそれ以上に老練なニンジャ故の言葉なのかもしれない。

「本当は私としては危険な事させたくないし、よく知りもしない大昔の子どもなんかより静代さん達皆のほうが大事だからサクッとやっつけてくれるのが一番なんだけど……」

これは大前提だ。

「もし思ってた通りに行かなくてもすぐに頭を切り替えてやっつける方向に舵を切れるなら一個だけ提案がある。やってみる?」

「いいんでしょうか……?」

「今みたいにもやもやしたまま作戦に入るよりはね……当たって砕けたほうが後腐れないでしょ?」

正直なところこの提案を聞き入れてほしくないというのが私の偽らざる本音だし、不確定要素に不確定要素を重ねてしまうなんて言うのは愚の愚だ。

それでも今後のことを考えればやるだけやらせてみたほうがいいだろう。

あとは藤森ちゃんに関してだが、まあ私が行くよりも適任がいるので、そっちは任せてしまうことにしよう。


東京都足立区舎人 諏訪木公園

可能性の話……必要性の話……そう自分に言い聞かせても、可哀そうと言った言葉が頭から離れないことに、藤森伽耶は苛立っていた。

機構の調査員として公私の別はしっかりと持っているつもりだったし、自分が作戦に個人的感情を差し挟むような事をするようなタイプだとは思っていなかった。その事が腹立たしくて仕方がない。

そして今でさえ佐伯調査員に裏切られてしまったとさえ思ってしまっている自分が何よりも許せなかった。

ぐるぐると同じところを行ったり来たりする思考に整理をつけられないまま、彼女は勢いで買ってしまったよく知らないメーカーの缶コーヒーを傾ける。

コーヒー、砂糖、ミルクの味がそれぞれ好き勝手に主張して騒々しい不協和音を奏でている。お世辞にも旨いとは言えない。

「何これ……まっず……」

「珍しい銘柄ですね」

「うわぁっ!びっくりしたぁ……」

声をかけてきたのは彼女と同じ研究室に所属する小笠原富江主任調査員だった。

「あはは……ごめんなさい」

そう言って小笠原研究員は彼女の隣に座った。

「一口貰っても良いですか?」

「……いや、ほしけりゃ全部あげますよ」

「全部は要りません」

そう言ってコーヒーを一口飲んだ小笠原研究員は一言「うぇ……」とだけ呟いて缶を返してきた。

「どうでした?」

「何でこれで製品化しようと思ったんでしょうね?」

言い置いて小笠原研究員は背後にあった大手の自販機で有名銘柄のコーヒーを買って彼女に手渡した。

「あ、払いますよ」

「いいですよ、別に」

「それじゃあ、ゴチです」

「はいどうぞ」

藤森調査員は不味いコーヒーを一息に飲み干すと、空き缶を右手で握り潰した。

「あっ!私の腕使ってくれてるんですね!」

「え、ああ……」

今の彼女の右腕は小笠原研究員が作った格闘戦特化仕様の右腕だ。

散弾射出装置や超硬質ブレード等の『ギミック』はついているものの、格闘戦特化を謳うだけあって重量バランスや反応速度が研ぎ澄まされており、不本意ながらかなり気に入っている腕のうちの一本であった。

「やっぱりギミックはそれくらいが丁度ー」

「ギミックはいらないです!」

ロマンを語り出しそうな小笠原研究員の言葉を彼女は素早く遮った。

「でも、本体の性能は気に入ってます」

「うーん……複雑な評価です……じゃあ今度は『その子』ベースでデート用の腕作りますね」

「デート用の……って……」

「ふふっ、藤森さんなら機会も多いんじゃ無いですか?」

「いやいや、むさい職場ですよ?そんな機会無いですよ」

「えー、誰か気になる人とかいないんですか?」

「……なんか最近博士に似てきましたね」

「え!本当ですか?!」

「褒めて無いです!」

「えー……」

「それより鞠地博士の手伝いはいいんですか?」

「あー……えっと博士から連絡があって……」

「だろうなと思いましたよ」

世話焼きな彼女らの上司が飛び出して行った自分を放ってはおかないだろうとは分かっていたが、機微に敏いとは言いがたい小笠原研究員を送り込むのは人選ミスではないかと彼女は心中にため息を噛み殺す。

「別に大丈夫ですよ、もう頭も冷えたんで戻ります」

「……思った事があるなら正直にぶつけた方がいいですよ?」

「いえ……私は研究者では無いので」

調査員という名称ではあるが、その実は戦闘員であり諜報員だ。

それは彼女の思考の根底にある部分であり、そんな自分達が勝手な意見を持つべきではない。職務においてはあくまで有機的な歯車であるべきだと考えている。

彼女はしかし研究者が自由な発想を有することは否定しない。あくまで戦士としての有り様への考え方なのだ。

「……それ博士が聞いたら悲しみますよ?」

「……」

そうだろうと思う反面、だからこそ自分達は磐石であるべきだと彼女は思っている。そうあるべきだと己を律している。

「博士にとっては私達はかけがえの無い家族……孫みたいなものですからね、多少反抗期が来たって怒らないと思いますよ?」

「家族……諏訪先生も同じような事言ってました」

「実は私も昔諏訪先生に言われたんです。まだここに来たばっかりの頃に」

「……なんかあったんですか?」

「藤森さんと大して変わらないですよ?これでも昔はかなりの堅物だったんで!」

「ぷっ……そ、そうですか……」

「ひどい!何で笑うんですか?!」

「い……いえ、想像がつかないなって」

膨れっ面の小笠原研究員を宥めながら彼女が感じたのはこの研究室の距離感の異質さだった。

それを感じること自体ははじめてではないが、呑気そのものの小笠原研究員の姿を見ていると、自分も先輩たちに倣ってもう少し肩の力を抜いて、もう少し壁を取り払っても良いのではないかとさえ思えてきた。

よくも悪くもここは軍隊ではない。そう思えばこその気付きだったのかもしれないと、彼女は胸のつかえが取れる感覚と共に感じていた。

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