対花子さん緊急初動封じ込め作戦 2
「いやはや…君らがこんなものを作っていたとは…」
千人塚研究室自慢のパワードスーツXXXを着用した大嶋くん以下のうちの調査員部隊を見て物部博士が関心半分呆れ半分といった体で溢した。
まあ、年老いた感性ではこの素晴らしさを完全に理解することは難しかろう。
本来ならばmk.9シリーズを持ってきたかったのだが、大嶋くん達たっての希望でXXXシリーズを使用することになった。
性能的には最新のmk.9mod11の方が多少上なのだが…
そもそもうちが独自で開発しているパワードスーツのうちmk.9シリーズがフラッグシップであり、XXXシリーズはいまいちロマンの足りない量産仕様品なのだ。
「どうせならmk.9を見せびらかしたかったですよねぇ」
がっさんも同じ考えのようだ。
「本当だよ!でも何故か調査員の皆はXXX使いたがるんだよねぇ…」
「高級品だから遠慮してるんでしょうか?」
「なるほど!皆謙虚だね!」
陸上自衛隊出身者が大部分を占める調査員達である。陸自のドクトリン的に高級で高性能な装備より廉価で使い潰せる普及品の方を好むのは致し方ないことなのかもしれない。
「まあ、mk.9は真打ちだからね!そのうち一番いい場面で持ってこよう」
「はいっ!」
これさえあれば0027-イが何をしてきても安心!
そう言えればよかったのだが、残念なことに私たちの最高傑作であるパワードスーツをもってしても、0027-イの対策には不十分だ。
多数備えた先進的な武装の数々も、恐らく0027-イに対して有効な打撃を与える事は叶わないだろう。
勿論、作戦立案の段階からその事は念頭に置いている。
あくまでXXXパワードスーツはうちの子達の身の安全を守るためのものであって、今回の作戦の鍵は別にある。
「博士、こっちの準備は完了しました。いつでも設置できますよ」
その鍵を運んできた静代さんが告げる。
「ありがとう」
それは高さ80cm程の石である。
人工的に切り出されたその石は長きにわたる風雪によって角がとれて丸くなり、苔むしてさえいる。
かつては文字の刻まれていた表面はもはや肉眼ではその痕跡すら発見できないほど風化が進んでしまっている。
パッと見はどこにでもある石だが、これは歴とした事案性事物だ。
旧称 内ハ-六四五二○号
帝国海軍によって管理収容状態にあって永らく行方知れずになっていた事案である。
一般的に『みしゃぐじ様』として知られる古代諏訪信仰に関わる物品だが、洩矢氏以前のものであり、知名度の高さに反して事案的特性を残す物はほぼ現存していない。
私も昔は当たり前のように目にしてきたが、この数千年はほとんど出会うことは無かった程のものだ。
まさか静代さんの思い人の墓に置かれているとは思わなかったが、絶妙なタイミングで発見できたものである。
簡易的な調査によると、これが件の墓に置かれたのは戦後の事らしい。
終戦のゴタゴタに紛れて持ち出されたこれを墓前に備えたのは、岡田大佐に関わりの深い人物だろう。
部下か、同僚か、上司か…その辺りは推測するより他無い。
だが、彼らもこの国を人知れず護ってきた人々だ。今回のように使うのであれば本望だろう。
「使い方は…千人塚博士にお任せして問題無いですか?」
「うん、経験もあるから」
茅野博士はずっと探してきた『みしゃぐじ様』に目を輝かせている。
詳細な科学的調査は彼女に任せるとして、あくまで今回ここに持ってきたのは使うためだ。
派生信仰の多い『みしゃぐじ様』だが、本来の効果は平穏を守るという一点に尽きる。
一定の領域に於いてありとあらゆる変化を阻害し、全てが一定レベルのうちで循環し自己完結する閉じた系を作り出す。
原始的な農村文化が始まり、ムラやクニ同士の戦いが大きくなっていった時代に、『みしゃぐじ様』はまさしく農村の守り神であった。
洩矢氏の台頭やその後のタケミナカタの入諏以降信仰が希薄・分散化していくなかで製法が失われ、各地に遺された『みしゃぐじ様』も徐々に力を失っていったが、この個体に関しては今でも十分な事案的特性を残している。
「よし、それじゃ作戦を始めようか!」
0027-イについて、私達が知っていることはあまりにも少ない。
それでも幾つかは分かっていることがある。
一つは対人攻撃性が尋常ではなく高いということ
一つは不活性状態にある時は特定の地点に於いて不可触かつ不可視の安定状態にあるということだ。
今までの調査において、不活性時であっても当該地点に敵対要素が接近すると即座に活性状態に移行する事が確認されているので、奇襲攻撃は事実上不可能である。
同時に当該地点に対して執着の様相を呈する事も確認されており、今回はその特性を利用して一旦彼女には舞台を降りてもらうことにした。
やることは単純だ。
誘引と封鎖たった二つである。
「お…おい!押すんじゃねえよ!」
「ならさっさと行きなさいよ!でかい図体してビビってんの?」
『L-6324、G-3850静かに進め』
今井喜美子は苛立っていた。
結婚詐欺の常習犯であった彼女は、釈放と多額の報償金を得るためによく分からない武装勢力の元でよく分からない『実験』に参加させられている。
先頭を進む男…G-3850と呼ばれる男も恐らく自分と同じ口だろうとは思うが、自己紹介も何もする機会など与えられず、トラックから卸されてすぐに夜の学校を歩かされていた。
(そもそも大事な協力者様を番号で呼ぶって何?)
そこも彼女を苛つかせる一因である。
勧誘にきた武装勢力の人間の話とは扱いが余りにも違っている。
『科学の発展に寄与する重要な実験に協力してもらえれば、刑期を大幅に短縮して多額の報償金を支払う』
そういわれて飛び付いた先で待っていたのはまるでモルモットか何かのような生活だった。
よく分からない薬剤を投与され、よく分からない品物をひたすら観察させられ、今回に至っては肝試しである。
(まあ…クスリ打たれるよりはましだけどさ…)
今まで彼女が経験したなかで最悪だったのが投薬実験の数々である。
どの薬品も強烈な副作用があり、実験が始まってから随分と彼女もやつれてしまっている。
いつになったら終わるのだろう…そう考えると余計に今が辛くなると分かってはいても、考えずにはいられなかった。
油断するとその場に座り込んでしまいそうな程に落ち込んでくる気持ちを奮い立たせて進んでいた彼女は、ふと背後から彼女らを追い立てている『ロボット』達が苦しみだした事に気がついた。
(…これって)
ここで投げ出せば、約束の報償金は支払われ無いだろう。
しかし、このまま連中に従ったとして連中が約束を守ると何故言い切れるのか?
それに約束を守るつもりがあったとして、実験が終わるまで自分が生き残っているという保証は何処にもない。
頭を過った考えをすぐに実行に移せる行動力、それが彼女の数少ない美徳の一つであった。
「あんた!逃げよう!」
別に顔見知りというほどでもないが、G-3850と呼ばれる男に声をかけた理由は彼女にも分からない。
同じ境遇にあるがゆえの同情心か、それとも袖振り合うも…といった類いの人情が故か…
しかしG-3850が返事をすることはなかった。
聞こえないのかと彼の肩を掴んだ今井は、体を前後にスライスされて息絶えているG-3850の姿に気が付き小さな悲鳴をあげた。
その場に崩れ落ちたG-3850が見ていた先には、何か…小さな人影があるように見えた。
『防衛装置全力起動!』
『はっ…はい…!』
ヘルメット内に響いた小笠原研究員と片切管理員の声と同時に、全身を襲っていた正体不明の圧力が大幅に軽減されるのを感じた田島調査員は小さく安堵のため息をついた。
それにしてもものすごい威力であると、彼は思う。
対超常、対現代兵器に対する最新鋭の防衛フィールドを全力で展開した結果、0027-イ誘引のために連れてきていた二人の特定調査員はそのエネルギーに耐えきれず、一瞬で表面が炭化してしまった。
「00 20 誘引成功 これより遅滞戦闘に入る」
『了解、必要に応じて撤退しつつ対象の誘引を継続せよ』
彼らの仕事は準備が整うまでこの場に0027-イを引き付けておくことだ。
予定ではそう長くかかるものではないし、準備を行うのは彼らが最も信頼する最高の科学者である。予定外の時間が必要になるなどと言う可能性は彼らの頭の中にはない。
「よし、出し惜しみは無しだ!全力で行くぞ!」
この場で動けなくなったとしても、準備が整いさえすれば主戦場はこの場から移る。その事を思えば、エネルギー切れの心配をする必要はない。
千人塚研究室謹製のパワードスーツの初陣は、景気のいい一斉射撃から始まった。
「おー、派手にやってるねぇ…」
状況を隠匿しなければならない東京支部の面々は気の毒だが、相手が相手だ。こちらも余計なことにまで気を回してはいられない。
「博士…行けますか?」
静代さんが緊張した面持ちで聞いてくる。
「ちょっと待って?後は仕上げだけだから」
『みしゃぐじ様』の前に立ち、息を整える。
さて、久々だが上手く発音できるだろうか…?
「■■■■■、■■、■■■■■■、■■■■、■■■■、■■■■■■■」
古代の祝詞…発音どころか言語形態すら収斂する以前の古いとある過去の可能性の言語…もはや話者が私一人というほぼ絶滅した古い言葉だが、しかし数千年のブランクを経ても私の口は思いの外滑らかに動いてくれた。
「えっ…」
古びて角のとれたみしゃぐじ様の表面に文字が浮かび微かに振動を始める。
これでビジー状態だ。
「それじゃ、皆準備はいい?」
「はいっ!」
「いつでも」
静代さんと大嶋くんが答える。
護衛の二人と私の姿は瞬時にその場から消え去った。
「23、26を回収して下がれ!24援護しろ」
強力な防衛装置を備えているとはいえ、敵の戦力は圧倒的だった。
0027-イとの戦端を開いた直後に三人が、二分程度たった今ももう一人の調査員が無力化されていた。
(だが、この程度は想定内だ)
部隊を率いる田島調査員は建物の構造物を利用しながらジリジリと0027-イとの距離を詰めていく。
「25、突っ込むぞ、付いてこい!」
「了解!」
「残りは援護しろ!3カウントだ!」
即座に始まる制圧射撃は、そう広くもない高校の廊下に色とりどりの軌跡を残して正確に0027-イの小さな体に向かっていく。
最終弾の弾着と田島、藤森両調査員が飛び出したのはコンマ数秒という単位でほぼ同時だった。
「エレベーター!射撃!」
指示に従って藤森調査員はエレベーター前のスペースに入り、肩部に装着された40mm自動擲弾銃を連発で発射する。
本来は装甲車の武装として開発されたものだが、XXXパワードスーツであれば個人装備として装備する事が可能である。
そして、発射された擲弾は真田博士謹製の多元座標固定弾である。
(一体どれだけの研究者が関わっているのか…)
田島調査員は呆れる思いではあったが、しかし今は機構の研究者達の『ロマン兵器』への並々ならぬ情熱に感謝するべきだとも思う。
多元座標固定弾は未だ収斂しない過去・現在・未来から当たり前の形を吸収し、それをこの時空に噴出させて対象に強要する対超常兵器である。
マイナスのみならずプラスの現実性不平衡に対してもフラット方向へのベクトルのエネルギーを付与する。事案の無力化に使用するという点においては噴出時間の短さの問題や、事案の持つ現実性不平衡の大きさによっては耐えきれる程度の威力という問題こそあるものの、対象の動きを止めるという一点においては強力な武装である。
「取った!」
田島調査員のXXXの右腕に装備されているのは多元座標固定弾と同じ原理で更に強力な現実性平衡効果を有する多元座標固定杭射出装置である。
その射程距離は2m弱
あと、一歩の間合いであったー




