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対花子さん緊急初動封じ込め作戦 1

東京都足立区舎人 環境科学研究機構仮設研究所

がっさんと静代さんが活性状態を確認しに行ったのは0027-ホ『13階段』という0027構成要素だ。

活性状態にある0027-ホを上ることによって空間異常が発生して0027-ハ『開かずの教室』というもう一つの構成要素に繋がるというものであり、幸いその二つの要素は不活性状態にあることが確認された。

問題はその際に彼女たちを襲撃した存在だ。

おかっぱ頭の赤いスカートの少女…真夜中の学校、それも工業高校には全く似つかわしくない小学生ほどの見た目をした彼女は0027-イ『トイレの花子さん』である。

全体として高い殺傷能力と精神汚染作用を有する0027の構成要素の中においても別格の危険度を誇る彼女はかつて低位の神格を無力化したほどの驚異である。


「よりにもよって0027-イがもう活性化してるなんて…」

「流石にずっこいよねぇ…順番的に…」

大抵今までは0027-イの活性化は最後の最後だったのだが、まさかこんなに早く活性化するとは思ってもいなかった。

「だが佐伯調査員なら対抗できると分かったのは大きな収穫ではないかな?」

「えっと…どうにか逃げ切れただけで、正面からやりあえるかどうかとなると…ちょっと不安です」

物部博士の言葉に部屋に戻ってきた静代さんが申し訳なさそうに答える。

「ああ、静代さん…がっさんは?」

「そこまで問題は無いみたいですけど、念のため休んでもらってます」

「そっか、ありがとうね」

「いえ…咄嗟だったので加減が出来なくて逆に迷惑をかけてしまって…」

「そんなことないよ、二人が無事に戻ってきてくれたんだから」

0027-イに遭遇して生還できただけでも儲けものだ。

「それはそうと…そんなに強かったの?」

「強いのかどうか…って言うよりも、得体が知れないって言った方がいいと思います」

「得体が知れない?」

「はい…姿は見えるんですけど、そこに居ないような…すごく妙な感覚でした」

「なるほど…よくわかんないね」

0027-イが妖怪の様な事案性実体であれば静代さんの感知能力でどうとでもなるだろうが、視覚以外の感覚で捉えられなかったとなると、そもそもその有り様について認識が誤っているのかも知れない。

「そもそも0027-イについては計測すらまともに行えた事が無いからなぁ…はてさてどうしたものか…」


「あ、博士お疲れ様です」

旧配送センターのバースに出ると、藤森ちゃんがスルメを摘まみにチューハイを飲んでいた。

「藤森ちゃんもお疲れ様…はぁ…」

「どうしたんで…いや、あれのことですよね…」

「そう、本当にやんなっちゃうよね」

「えっと…飲みます?」

「ありがとう、でもお酒飲めないから」

「知ってますよ、これコーラです」

「じゃあ貰おっかな」

昼間はそれなりに暖かくなってきたが、夜はまだ冷える。

東京にしては澄んだ空気だが、街の明かり故か空気中の微細な塵が故か、黒部から見上げる空と比べると星の数が少ないように思えた。

仮に現有の戦力、知識で0027-イに対応するとなればどの様な方法があるだろうか…

精鋭部隊を投入して…いや、十年前に無駄だと分かった筈だ。圧倒的な未知の力が相手では余りにも分が悪い。

ならば古典的な人海戦術で相手の対応能力を一時的にオーバーフローさせたうえでならば…これも勝ち筋が見えない。そもそも力の種類がわからない事にはどの程度の対応能力があるのかもわからない。

いっそ私の能力を活かしたゾンビアタックなら…いや、そもそも死なないだけで戦闘能力自体は小学生程度しかない私ではどうにもならないだろう。というか、拘束されでもしたら全てが無駄になる。

この近辺で多少話の通じる神格は…どの程度の戦力を集められる…周辺への被害はどの程度の許容出来る…陸上自衛隊ヘの協力要請は…

「博士…大丈夫ですか?」

「え…?ああ、うん…あはは、大丈夫大丈夫!」

「本当ですか?」

「…」

そんなに心配そうな顔をしないでほしい。大丈夫だと思わなければ重圧に押し潰されてしまいそうなのだから…

「ごめん…あんまりだいじょばないかも…」

「でしょうね、流石に見てればわかりますよ」

「全く、おばあちゃんなんですからもっと要領よくやってくださいよ」

「おばあちゃんって…」

「それで、何をそんなに悩んでたんです?よかったら孫に相談してみてくださいよ」

軽口の様な口振りは恐らく彼女の気遣いなのだろう。本当にうちの子達は優しいいい子ばかりだ。

「0027-イにどうやって対応したらいいのかなって…色々考えては見たんだけどどうやっても思い付かなくって」

「そういうの普通は調査員に任せるものですよ?」

「いや、そうなんだけどさ…」

餅は餅屋、戦争は戦争屋とはいえ相手は事案だ。

調査員の皆が優秀な兵士だということに疑いはないが、だからこそ出来れば失いたくないのだ。

「まあ、軍隊だったらとりあえず叩いてみるでしょうね」

「そうだろうね」

被害をある程度許容した上で厳格に任務の達成を目指す軍隊組織ならばその選択肢が最適なのだろうが…

「でも、出来れば誰も死なせたくないからさぁ…」

「相変わらずですね、博士」

コーヒーの入ったマグカップを片手にバースに出てきた諏訪先生が入ってくる。

「あぁ…諏訪先生…あはは、この間衝動的にならないようにって言ったばっかりなのに私がこんなんじゃダメだね」

「いえ、衝動的なのと考えた上で衝動に従うのは違うのではないですか?」

「なんか…哲学的な言い回しですね」

「そんな大層なものではないですよ?ただ博士のそういうお人好しなところに救われている人間が大勢いるということも忘れないで欲しいと…まあそう言ったことを伝えようかな、と」

お人好し、か…いや、結局はエゴなのかもしれない。

だがエゴ上等だ。やれることをやってやるしかないのだ。

「しょうがない…出来る限りの事をして、後は野となれ山となれだ」

あまりうじうじ悩むのは私らしくない!

「さて、じゃあ私はもうちょっとだけ仕事してから寝るね!二人も程ほどにしとくんだよ?」

「もう…大丈夫そうですね」

「やっぱり博士はそれぐらい肩の力が抜けてた方がぽいですよ」

「うん、二人ともありがとうね」

藤森ちゃんの言葉ではないが、皆かわいい孫みたいなものだ。

失いたくない気持ちは相変わらずだが、それならそれで同じ様に彼らの力を信じよう。そうだ、孫を疑うばあちゃんもいるまい。


「諏訪先生…博士って不思議な人ですよね…」

「まあ、事案ですからね」

諏訪医師と藤森調査員の二人は千人塚博士が去った後も暫くその場に留まっていた。

「いや、そういうことではなくって…なんていうか…時々わからなくなるんです」

それは彼女が千人塚研究室に配属されて以来感じていた違和感

「博士はあんなに優しくて、人類のためならなんだかんだ言いつつ自分を犠牲にすることも厭わない様な人なのに…それでも時々凄く残酷になる事があって…本当に同じ博士なのか分からなくなるときがあるんです」

「なるほど…ああ、そういうことですか…」

諏訪医師は苦笑いしながら応じる。

そもそも彼がこの様な相談を受けるのは珍しいことではない。

かつては自他共に認める宿敵として、今は古い友人の一人として、付き合いの長さであれば所長や赤須博士には一歩譲るものの、その深さでは劣らない友人である。

そんな彼に研究室の新人が上司の特徴的なメンタリティについて相談に来るというのはもはや千人塚研究室の恒例行事と呼んでも差し支えないだろう。

「別に博士は単に『人類』が大好きなだけですよ」

「それは…そうなんでしょうけど…」

「ただ、『人類』の基準が少しばかり厳しいというだけです」

「人類の…基準…?」

「博士の言う『人類』はあくまでその基準を満たした人たちだけで、それ以外はそれこそ路傍の石ころ程度にしか捉えてはいないでしょうね」

小鳥達の群れに一羽種の異なる小鳥が混じっていることがあるが、当の小鳥達は特に気に留める様子もない。

それを眺める人間がその出来事を奇異なことと捉えるのに似ているのかもしれない。

千人塚博士の人類に対しての愛情は、人類愛と呼ばれるような内側からの愛情ではない。

人間が花鳥風月を愛でるような、外側からの愛情であった。

自覚的か無自覚かは分からないが、その基準を満たすような善良で彼女の思う人類像の枠に当てはまるような人々をこそ彼女は愛するべき人類だと認識している。

その基準において特定調査員は単なる備品の一つだし、敵対組織構成員等は単なる害獣に過ぎない様だ。

「寂しいですね…」

「そうですか?私が見るに藤森調査員や研究室の面々はもっと深い…それこそ壁をすべて取り払った様な家族のような認識でいると思いますよ」

うつむいた彼女に諏訪医師は言葉を続ける。

「家族…ですか…ふふっ、信じますよ?」

「ええ、信じていただいて問題ありませんよ」

ホモ・ネアンデルターレンシス唯一の生き残りであるという点から、そしてかつて受けてきた仕打ちによってホモ・サピエンスとの間に壁を作る千人塚博士だが、その実誰よりも情の深い女性である。

大切な相手だと認めれば、その相手には全てを委ねる程の信頼を見せる。

それが例えかつての仲間を奪った敵であったとしても、である。

(全く…本当に不思議な方ですよ、貴方は…)


「博士ぇ~おふぁようごじゃ…」

目を擦りながら入ってきたがっさんに手で静かにする様に頼み、電話を続ける。

「だから、その件はまた後でいいでしょうが!ごちゃごちゃ言ってないで早く残機を送ってください!それじゃっ!よろしく!」

叩き付けるように受話器を置く。一先ずはこれで出来ることはやりきったといっていいだろう。

後は朝まで寝るか!

「がっさんおはよう、もう起きてきて平気なの?」

「あ、はい。一晩ゆっくりさせて貰ったんでもうバッチリです」

「そっかよかった。ん?今何時?」

「朝の七時半ですよ」

電話が終わるタイミングを見計らったのか、静代さんがコーヒーを持ってきてくれた。

「うへぇ…マジかぁ…」

勢い任せで徹夜してしまうとは私も若いね!

「博士が専門外の事でこんなにやる気になるなんて珍しいですね」

「失礼な!私はいつだってヤル気満々だよ!」

「それでも少し休んだ方がいいですよ?」

甲信研からの荷物が届くのが午後の便、本部からの荷物が午前最後だから結構寝られそうだ。

「せっかく起きてきてくれたのに悪いんだけど、がっさんに頼みたい仕事は午後一からだから午前はフリーでいいよ」

「私に頼みたい仕事…ですか?」

がっさんがも喜んでくれること請け負いの仕事だ。

「午後一で甲信研からXXXトリプルエックスが届くから一緒に組み立てと整備をしよう!」

「えっ!本当ですか!やったぁっ!」

「ふふふ、それじゃっ!私はちょっと寝るね?なんかあったら起こしてちょうだい!」


特定調査員入りのコンテナが届き、更に甲信研から到着したXXXの組み立て整備を終えてその足で私達は参加全研究室主要人員を集めた緊急会議に出席していた。

うちからの参加者は私とがっさん、諏訪先生、大嶋くん、静代さんだ。

『対花子さん緊急初動封じ込め作戦本部』

両サイドを展開して三台を連結したキャラバンの指揮所車両内部の会議室のホワイトボードには力強い筆致でそう書かれていた。

粗削りなようでいてその実計算され尽くしたその書はー

「博士…頭のなかで言い訳しても私にしか伝わりませんよ?」

「うぐっ…仕方ないでしょ…昔から字は下手なんだから…」

「千人塚博士?進めてもかまわないかな?」

静代さんとひそひそ話をしていると物部博士が苦笑いしながら言ってきた。

「あ、ええ、失礼しました」

「それでは、『対花子さん緊急初動封じ込め作戦』の作戦会議を始めましょうか!」

作戦の概略自体は全研究室に共有してある。この会議はあくまで内容の確認と細かい各研究室の動きの確認のためのものだ。

それでも開会宣言によって空気がピリッと張り詰めるのは0027-イの脅威が所掌を越えて機構の人員に共有されているが故だろう。

「事前に送信しておいた作戦計画の通り、今作戦の目的は無力化や撃退ではありません。あくまでも初期封じ込めです。楽にしてほしいとは言えませんが…少し肩の力を抜いてください」

根深い恐怖が早々簡単に拭い去れるとは思えないし、気を抜きすぎるのも宜しくはないが、あくまでこれは緒戦だ。

張り詰めすぎないように安全第一で進めたいものである。


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