表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/146

学校の怪談 2

東京都足立区舎人 環境科学研究機構仮設研究所

かつては飲料系の物流センターだった廃墟、ここがしばらくの間私達の仕事場兼住居になる。

とはいえ流石に廃墟に寝袋で長期戦に臨むのは調査員の皆はさておき私達研究職や医療職の皆には辛いものがあるので、甲信研究所所有の移動式研究所システム通称『キャラバン』を持ってきておいた。

低床セミトレーラーベースの指揮所車両三台、低床四軸トラックベースの多目的車両四台、ハイデッキバスベースの宿泊用車両四台、重装輪回収車ベースの観測車両が三台、4tと2tトラックがベースの偽装op車両がそれぞれ四台、各車両内で使用する電力を賄うための3000KVA特殊防音電源車が四台の合計26台からなるシステムで、これがあれば研究所相当の職場環境を世界中何処でも使用できる優れものだ。

流石に食堂のデリバリーの様な福利厚生施設までは備えてはいないが、それでも廃墟のなかで生活するよりはずっといい。

「はぁ…コロナが恨めしいよ」

「いきなりどうしたんです?」

私の唐突な発言にがっさんが怪訝な視線を向ける。

「いや、だって環七周辺は普段だったらラーメン激戦区でしょ?コロナが無ければ仕事終わりに食べ歩きも出来ただろうに」

「ラーメンだったらあるじゃないですか」

彼女が指差したのは私の手元にあるカップ麺だ。

「それ博士の好きなやつですよね?」

「違う…そうじゃないんだ…」

確かにこのカップ麺は私の好きな銘柄だが、今話しているラーメンはそういう話じゃ…いや、この子は本気で言っているみたいだ。だとすればこれ以上の説明は不毛だろう。

ラーメンは庶民的でありながらその実趣味性の高い食品でもある。理解のできない相手に理解させようという考え自体が烏滸がましいものなのだ。

「環七がラーメン激戦区だった頃かぁ…懐かしいですね」

カップの天そば片手にやって来たのは大嶋君だ。彼はこの足立区の出身であり、0027の発生した西新井工業高校の卒業生でもある生粋の原住民…もとい地元民だ。

「懐かしい…?」

「まぁ、環七回りがラーメン激戦区って言われてたのは自分がまだガキの頃ですから」

「そうなの?!」

「それにエリアももっと新宿方面ですしね…車で行こうと思ったら結構な渋滞を覚悟しなきゃでしょうね」

リサーチ不足だったか…そもそも環七がそんなに色々なエリアに分かれているなんて聞いていない!

こちとら仕事以外では都心部になど殆ど来ないのだ!

「じゃあ、この辺って何があるのさ」

「あ!私知ってます!足立と言ったらビートたけし!ビートたけしといったらくじら屋ですよね!煮込みしか無いって聞いたことあります」

「あぁ、浅草キッド…」

本当に静代さんはどこでこういう知識を仕入れてくるのだろう?

「残念なんですけど、あれ浅草にある捕鯨船って店がモデルなんですよ…それにたけしの出身が足立って言っても川向こうのエリアなんでちょっと雰囲気が違う地域で」

「えー…」

「ていうか分かり難いよ足立!」

「いや、そんなこと自分に言われても…」

文化も何もかもがごちゃごちゃしている。もっとこうスパッと分かりやすくならないものか…いや、むしろ下町はこの猥雑な感じが趣深くて良いと捉えるべきだろうか?

「というか、班長シティボーイ感無いですよね」

大量のコンビニおにぎりを抱えてやって来た藤森ちゃんが言う。

彼女の基準では松本市以上の都市出身者は全てシティボーイである。故に浜松出身の諏訪先生もシティボーイということになるらしい。

「いやまぁ…23区って言ってもほぼ埼玉だしな」

「埼玉だって都会じゃないですか」

山梨県南アルプス市早川町とか言うお世辞にも栄えているとは言いがたい地域出身のがっさんが言う。フォローのつもりのようだが、『日本一人口の少ない町』を売りにしていた土地の人に言われてもそりゃまあそうだろうとしか思えないのではなかろうか?

そもそもがっさんは中学生の時に『気づいて』以来、高校と大学は機構の奨学金を得て都内の学校に通っていた筈だから田舎者の自覚が少ないのかも知れないが…

「まあ、それはさておき…どう?こんな形にはなったけど故郷のために戦おうって意気込みの方は」

「相変わらず唐突に真面目になりますね」

「私はいつだって大真面目だよ!」

大嶋くんに限って私情にかまけて判断が鈍るようなことは無いだろうが、それでも一応は確認しておくべきだろう。

「まあ、それほど感慨深くも無いです…折角の機会だから大物を喰ってやろうって意気込みの方が大きいですね」

苦笑しながら答えた彼の言葉に嘘はなさそうだ。

「そっか、でもまあ安全第一でいくよ?」

「安全第一だから今日はなかなか蓋を開けないんですか?」

「ん?ふた…?」

静代さんの言葉にはっとした。

私の爆盛りネギチャーシュー豚骨ラーメンちゃんが!

時計を確認するとあろうことかお湯を入れてからもう5分が経過しようとしているではないか!


東京都足立区 都立西新井工業高等学校

機械警備が入っているとはいえ、所詮はただの高校だ。

うちの調査員や情報管理員にとって夜間に不法侵入する程度近所のコンビニに買い物に行くよりも容易い。

「んで、これが問題の二宮金次郎さん…と」

中庭に置かれた古びた二宮金次郎の銅像…例によって夜になると動き出すのだと言うが、問題はそれだけではない。

情報を精査していた折りに発覚した事なのだが、どうやらこの学校にはそもそも二宮金次郎の銅像は設置されていないらしい。

「…おかしいな…はっきりと見覚えがあるんですが…」

「諏訪先生、精神汚染系の影響は?」

「出てますね…」

だが、学校の関係者は皆一様にその存在に疑問を抱いていない。それどころか精神汚染耐性訓練を受けているはずの大嶋くんまでがその影響を受けてしまっている。

「博士…これを」

「うわぁ…まじかぁ…」

がっさんの示したディスプレイを見ると、現実性平衡が大きくプラスに傾いている。

「ふむ…『見立ての神格の法則』が悪い方に影響してきたか…」

物部博士の言う『見立ての神格の法則』は日本を始めとしたアニミズム的文化を持つ地域独特の超常科学の法則の一つである。

簡単に言ってしまえば微量の精神エネルギーが蓄積して万物が神格を持ちうるというものであり、全国でまるで学問の神様のように扱われる二宮尊徳であればその実がどうであれ神格を得たとしても何ら不思議はない。

というか、彼に関しては神社もあるので一般的には既に神格としての扱いを受けているといっても過言では無いだろう。

「はぁ…熱心そうな顔しちゃってまぁ…」

風雪によって顔の造作がずいぶんぼんやりしてきてはいるものの、それでも熱心に学問に励む様子は典型的な二宮金次郎の銅像に見られる通りだ。

「どうします?破壊しますか?」

藤森ちゃんがTNT片手に聞いてくる。

「破壊するにしてもTNTはダメかなぁ…」

周辺は住宅街だ。あまりにも注意を引きすぎてしまう。

それに…だ。

「今日のところはこのままにしておこう。薮蛇になったら嫌だからね」

幸いなことに0027構成要素のうち0027-ト『動く二宮金次郎』は危険度が低いとされており、現在まで人的被害も確認されていない。

ここで積極的に破壊して他のより危険な構成要素が活性化してしまっては目も当てられない。

「それよりも他の構成要素の所在確認を進めよう」

今日の目的はあくまでも偵察だ。必要な計測機器を設置して、私達は構内に歩を進めることにした。


「あら、独特なレイアウトですね」

「やっぱ都内の高校はアバンギャルドだねぇ…」

「いや…明らかにさっきの二宮金次郎と同じ類いのものでしょう」

私と茅野博士の言葉に大嶋くんが冷静な言葉を返す。

図書室前の掲示板の並びに額に入ったモナリザの複製画が飾られていたのだが、見方によっては前衛的な掲示方法ともとれると思うのだが…

「あー…はい、事案です」

今度は大きくマイナスに振れた平衡計をがっさんが示す。

「いやいや、懐かしいですな」

「これはおんなじものなのかなぁ…」

パッと見は完全にかつて諏訪先生の手でバラバラにされたものと同じ作りの様だが…

「田島くん、写真を残しておいて」

「了解」

前回の0027-ハ『人食いモナリザ』に関しても写真は残してある。比較検証は可能だろうが、完全に同定するには0027の完全解明が必要になるだろう。

「博士…何て言うかこの絵すごく嫌な声が…」

静代さんのテレパスで何かを感じとることが出来たようだが…

「何て言ってる?」

「多分…これは言葉じゃ無いです…ただすごく嫌な感じのする思考です…」

「わかった。ありがとう…」

単純に考えるのならばモナリザの絵画の思考言語はイタリア語だろうが…そもそも言語的思考を行うだけの知能が存在しないのか、それとも私達とは全く異なる思考形態を有する知性体なのか…

「見たところまだ不活性みたいですね…」

生肉をぶら下げた釣竿を手にした鞠智博士が言う。

なにやら大荷物だと思ったらそんな物を持ってきていたのか…

フィールドワークのプロだと言う鞠智博士だが、やり方が独特だ。

「おっけい、じゃあ次に行こう」


「これは『ソ』だね」

「いえいえ『ラ』ですよ」

「機構の女性陣は音楽の素養は無いようだね…これは『ファ#』だよ」

「物部博士…あなたも老いには勝てないらしい…『シ』ですよ、これは」

この場にいる四人の博士の意見が割れた。

「なんか音痴の学者さんたちが揉めてますけど…」

「ほっとけ…しかしあれだな、報告にあった通り『月光』を弾こうとしてるようだな」

「レパートリーが随分片寄ってるみたいでしたよね…何て言うかベートーベンのピアノソナタばっかりで…ショパンとかリストとかラフマは弾けないんでしょうか?」

「小学校でラフマニノフやったか?」

「なるほど…基本は小学校に発生する事案ですもんね」

「そういうことだ。先生方もベートーベンが紹介しやすいだろうしな」

「観測機器の設置は終わりましたけど…なんかお二人とも詳しいですね」

「あ、私これでも子供の頃は神童って呼ばれた事もあるピアノ少女だったんですよ?」

「自分は趣味でトランペット吹いたりクラシック聴いたりするので基礎知識くらいならありますよ」

「へぇー、あっじゃああの四人で誰が正解なんです?」

「誰が…っていうか」

「全員不正解ですね」

「あー…そういう…」


「そういえば二人とも見た目に似合わず音楽家なんだよね…」

というか答えが分かっているなら教えてくれればいいのに…全く四人揃って大恥をかいてしまった。

「いや、趣味の範囲ですよ」

「ですね、せいぜい余興程度のあれです」

二人は謙遜しているが、藤森ちゃんのピアノは音楽的素養のない私すらうっとりとさせてしまうほどの腕前だし、大嶋くんだってトランペットどころか信号ラッパで超絶技巧を披露したりと、その腕前は素人目にも明らかだ。

「とはいえ、博士も盆踊りには詳しいではないですか」

「諏訪先生…一気にダサくなるから…」

確かに全国の祭り囃子やなにやらにはくわしいが、それは単に昔から祭りが好きで無限に近い時間を活かして津々浦々を旅して歩いた時期があるためだ。

「それはそうと…最近の人体模型ってえらくリアルだねぇ…」

「ふむ…解剖の練習用に一つ欲しいものです」

科学準備室に置かれた人体模型はまるで本物の人間のような質感をしている。

半身の開かれたそれは、内蔵の脈動までが忠実に再現されていた。

「これはまだ不活性って事でよさそうだね」

「ええ、だいたい65%といったところでしょうか?」

さっきのピアノ0027-ヘ『幽霊ピアノ』も40%程度の活性だったからこの0027-ロ『走る人体模型』共々それほど急がなくてもよさそうだ。

「うん。危険な要素が活性化する前に発見できてよかったよ」

前回とかは大部分の構成要素が活性状態にある状況での発見だったために被害が大きくなってしまっていたが、今回は一足早く0027-トが活性化してくれたお陰で早期発見に至る事ができた。

二宮尊徳にのさんには感謝しなくちゃだね」

「ははは、恩を仇で返す事になりそうですが」

「そこは仕方がないよ」

0027全体として、活性化に至るまでの時間はかなり長い部類だ。このチャンスに無力化の方法を探して大部分が不活性のうちに片をつけたいものだ。


「ひぃ…ひぃ…ひぃ…」

「博士…大丈夫ですか?」

「だ…だいじょばない…なん…なんだよ六階建てって!」

巨大な鉄筋コンクリート造りのまるで要塞のような建造物…大人しくエレベーターを使うべきだったか…いや、残りの確認できていない構成要素による襲撃の可能性を考えれば皆から離れるわけにもいかないか…

「ちょっとだけ…休憩させて…」

「あ、じゃあ先に計測だけ済ませちゃいますんで休んでてください」

がっさんはそう言い置くと軽やかな足取りで屋上へと向かう階段を上っていった。

うちの研究室はフィールドワークの多い研究室だから彼女も体力がついたのだろう。

私は体の特性上トレーニングというものの効果が一切ない。結果としてこの様な無様を晒す羽目になってしまったのだ。

「博士、よかったらポカリどうぞ」

「藤森ちゃん…!ありがとう!」

なんだか優しいなぁ…

「そう言えばがっさん大丈夫かな…一人で行かせちゃったけど…」

「静代さんが一緒に行ったから大丈夫ですよ」

なるほど…まあそれなら安心だ。

「ふぅ…それじゃあ私もー」

腹のそこに響くような衝撃音

「博士、伏せて!」

「うへぁっ!」

完全武装の藤森ちゃんに押し倒される。装備の角が当たって非常に痛い

「四番!こっちだ!」

田島くんの言葉に応えるように藤森ちゃんが私の襟を掴んで引き摺っていく。

この学校の作りはロの字型で構造物中心部には大きな吹き抜けが横たわっている。それ故広い足場を確保するためには両サイドの教室を利用する他ない。

投げ込まれるように教室に入ると既に調査員の皆が防御体勢をとっていた。

「皆は…?」

明らかに人数が少ない。それに他の博士たちの姿もない。

「安心してください。反対側の教室にいます」

「班長が付いてるんで安心して大丈夫ですよ」

田島くんと藤森ちゃんが言う。

「あ…がっさんと静代さんは…?」

「はい、無事です」

「無事…?です…?頭がぐわぐわしますけどぉ…」

二人は私の背後から姿を現した。

「よかった…何があったの…?」

真っ赤に充血した目、鼻血…静代さんによって強制的にアポートされた時の症状を見せているがっさんの姿に安堵しつつ、状況を確認する。

大部分が不活性とはいえ、相手はZAコード事案だ。対応を誤るわけにはいかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ