学校の怪談 1
千葉県 柏市 報国寺
墓参など一体何年ぶりだろうか?
失った仲間を思うことこそあれ、この様に形式張った宗教行事に参加する事など思えば数十年は無かったかも知れない。
そんなことを思いながら空を見上げれば、海上自衛隊のP-3C哨戒機が轟音とともに低空をパスしていった。
静謐とは程遠い環境ではあるが、しかし護国の礎となって人知れず散った武人が眠るには相応しい墓所なのかも知れない。
岡田晴信帝国海軍大佐は、静代さんを担当していた海軍の軍人であり、太平洋戦争開戦の二年前に満州での事案無力化作戦時に殉職している。
静代さんの口振りから、恐らく彼女の思い人だったのだろう彼の墓を見つけることが出来たのは僥倖という他ない。
都内に在住するエネルギー生命体……俗に幽霊と称される者からの情報が無ければ発見には至らなかっただろう。
何しろほぼそっくりそのまま機構の母体となった私の古巣である帝国陸軍憲兵司令部分遣隊とは異なり、岡田大佐の所属した帝国海軍軍令部特別任務別働派遣隊は人員や装備に関する資料を徹底的に破却した後に歴史から姿を消している。
事案に関する資料こそ旧内務省に纏めて保管されてはいたが、人員のデータはその殆どが失われて久しい。
「岡田中尉……いえ、大佐は……幸せだったでしょうか……?」
祈りを捧げていた静代さんが静かに口を開く。
「遠い異国で……誰に讃えられることも無く顧みられる事も無く……」
どう答えたものだろう?
私自身同じ時代に軍に所属して同じ様な任務にあたっていたとはいえ、職業軍人の様な精神は持ち合わせてはいなかった。
いや、そもそも自分になぞらえようという考えが間違っているのかも知れない。
「幸せだったと思う。そう言えればいいんだろうけど……私にも分からないかな……」
ただ偽らざる気持ちを言葉にする事しか私には出来ない。
「博士らしいですね」
「そうかな?」
「そうですよ……こんな時でも真面目にしっかり向き合おうとしてくれるんですから」
「うーん……こんな時だから……じゃ無いかな?」
「美人なのにいまいちモテないのってそういうところじゃ無いですか?」
「失礼な!」
軽口を叩きながら微笑んだ静代さんはもう一度岡田大佐の墓に頭を下げる。
「……本当にありがとう……またいつかお会いしましょう……」
思えば奇妙な墓参だ。
不死の私と死者である静代さんが、大昔に亡くなった軍人の墓前にいるのだ。
それでも過去を偲んで前を向くことが出来るのなら、この時間は決して無駄なものではないのだろう。
「それじゃあ……行きましょうか、きっと皆さん待ってます」
東京都千代田区 独立行政法人環境科学研究機構本部
世の中は新型ウイルスによってステイホームやらテレワークやらなにやらを余儀なくされているが、私達環境科学研究機構には正直ほとんど影響がない。
いや、まあアン・マリーや睡の華が休業してしまっているのは大打撃ではあるが、少なくとも在宅勤務を要求されるようなことはない。
何せ平素から非現実性変異を起こした新型ウイルスだの、事案性のバイオ兵器だのに対応しているのだ。
それと比べれば所詮は現実的なウイルス程度どうとでもなってしまう。
今回は鳥医研(鳥海医療研究所)のチームが予防薬を作成してくれたお陰で平素通りの業務が行えている。
それどころか、町中から人が減った分研究や事案対応が普段より捗ってしまってさえいる。
直接の被害を被った人々はたまったものではないだろうが、この間にこの国は多少平和になったと言っても過言ではないだろう。
今日私達が機構本部に招聘されたのも、非常に危険度の高い事案への対応に当たるためだと言うが、恐らくこのウイルス騒動が続いているうちにかたをつけてしまいたいと言う理事会の思惑があるのだろう。
何しろ今回呼ばれたのは私の研究室だけではない。
甲信研から茅野博士、草薙博士
山陰研から物部博士、大伴博士
東二研(東北第二研究所)から伊達博士、黒川博士
関二研(関東第二研究所)から源博士、早川博士
九一研から大野博士、基肄博士、鞠智博士
合計で12もの研究室の主要人員が集められている。
更に全国に所在する複数の特殊部隊構成員と立川の中央医療センター、奥高尾の東京医療研究所スタッフの姿も見かけたので、そこからも理事会の気合いの入りようが分かると言うものだ。
「うふふ、緊張してしまいますね」
「またまた、どうせワクワクしてるんでしょ?」
隣に座る茅野博士は生粋の事案研究者だ。どれ程の危険な事案でも、いやむしろ危険な事案であればあるほど楽しんでしまう危険な女性だ。どうせ集められたそうそうたる面々を見て期待に胸を膨らませているのだろう。
「そんなことはありませんよ?やっぱり平和なのが一番ですもの」
「えー……どの口で……」
余談ではあるが、彼女は数ヵ月前に発生した新興宗教団体による事案性物品『コトリバコ』作成事件に端を発する高度文明との接近遭遇事態において、一貫してもう一度『コトリバコ』を作成して高度文明にアプローチをとるべきだと主張している。
残虐性と言う面では諏訪先生に一歩譲るが、好奇心のために平和を乱すことも厭わない姿勢は正しくマッドな機構の研究者の姿そのものであると言えるだろう。
「まぁ……まだそこまで危険なのかは分かりかねますが……しかし一体何の相手をさせられるんでしょう?面子からは皆目検討がつきませんが……」
草薙博士の指摘は最もだ。
うちや石狩、五島といった三大特定管理研究所はジャンルを問わず高い致死性を有する事案の初動対処や初期封じ込めに動員されるのが常であるからまあ良いとして、問題は専門研究所の要員である。
そもそも機構の研究所は大きく四種類に大別されている。
一つは甲信研の様な特定管理研究所、一つは地域の対事案対処の中心となる関東第一や中部の様な中核研究所、一つは医学的分野からの対応や事案による外傷や疾病の治療方法を研究する医療研究所、そしてそれぞれの専門所掌に特化した専門研究所だ。
普通の事案性事物であれば担当する専門研究所と担当研究室によってどの様な物なのかが何となく分かるものなのだが……
妖怪と呼ばれる日本固有の事案性実体を担当する東二研
都市伝説や集団意識に作用する都市性事案へ対応する関二研
伝承性事案を担当し特に天津神以前の事案性事物の対応を独占する山陰研
人工事案性事物やアーティファクトを担当する九一研……
バラバラの所掌からかき集められた研究室はそれぞれ得意分野もバラバラだ。
広範な知識とノウハウが必要な相手……と言えばそれっぽくは聞こえるものの、専門外の遊兵を配置しておくような采配を理事会が下すとも思えない。
そもそも私達甲信研の三人だって担当所掌がバラバラの三人だ。
茅野博士は山陰研出身の伝承性事案研究者だし、草薙博士は空間に関しては真田博士と並び称される程の物理学者で、私も得意分野は多いが機構での専門は工学と地学だ。
……そのはずだ。思えばこの数年自分の担当所掌の事案の対応をしていないから時たま忘れそうになるが、私の専門は工学と地学のはずだ!
「まぁ、相手がなんなのかは説明されるでしょ」
これだけの態勢……何であれ、恐らくは一筋縄で行くような相手ではないのだろう。
とりあえず、死なないように頑張ろう……まぁ死なないけど!
『学校の怪談』『学校の七不思議』
そのような名前で知られる一連の怪奇現象が世の中を賑わせたのは昭和から平成にかけての時期だった。
自分達の通う学校で毎夜起きると言われる怪現象は、瞬く間に社会現象と呼べるほどの盛り上がりを見せた。
曰く、十二段しかないはずの怪談が特定状況下で十三段になる。
曰く、理科室の人体模型が自らの意思で動き出す。
曰く、美術室のモナリザの複製画が人を食う……
等々、ネットもない時代に同様の物語が全国に野火のごとく拡散していった。
ZA01-0027『学校の怪談』
当初は単なる情報性事案若しくはアーティファクト程度だと思われていたそれは、しかしすぐにZAコードを与えられるに至る。
理事会直轄緊急対応案件通称『ZAコード』
破局的終末事態をもたらす様な事案の分類番号の頭に冠されるそれは、機構が総力を挙げて対処すべき危険な事案にのみ付けられる。
述べ132、48975人……
これは『学校の怪談』が事案性事物であると確認されて以降対応にあたった機構の研究室と人員の合計である。
73、27982人
これは対応にあたった研究室のうち、再建が不可能なほどの損害を被ったものの数と死者数である。
これだけの損害を被って判明したのは0027が単一の事案性事物、若しくは共同行動をとる複数の事案性事物の集合体であると言うこと
現状で確認されている0027は全て同一の個体であると言うこと
そして機構は0027に対して有効な対応を一度たりとも行えていないと言うことだけである。
0027と機構の歴史は、そっくりそのまま機構の敗北の歴史であった。
東京都千代田区 機構本部第四会議室
「はぁ……納得だわ、でもまさか令和にもなって0027とはねぇ……」
「前回の発生が……ああ、もう十年も前だったとは」
諏訪先生が感慨深そうに言う。
「そういえば、確か諏訪先生が殊勲ものの大手柄を挙げてましたね」
「いえいえ、大したことはしていませんよ」
草薙博士に謙遜するように返す諏訪先生だが、実際あれを手柄と言って良いものなのかは私にもよくわからない。
本人曰く『人食いモナリザ』の消化器官に興味があってつい……とのことだったが職員、特定調査員を問わず『人食いモナリザ』の口のなかに押し込んでエンジンカッターとコンクリートハンマーで絵画本体と周辺の壁面諸とも破壊した結果か、以降十年に渡って0027の発生がなかった。
直接の因果関係こそ不明ではあるものの、毎月のように発生していた0027被害がなくなったと言うこともあって表彰されたりしていたが、『人食いモナリザ』の餌にされかけたうちの一人としてはどうにも称賛しようと言う気にはなれないし、そもそも職員をそんなことのために死なせると言うのは受け入れがたい話でもある。
まあ、あの頃は諏訪先生も今以上にマッドだったから仕方がないと言えばそうなのだろうが……
「とりあえず、今回は衝動的に動かないようによろしくね」
「ははは、流石に私も多少は大人になりましたからあんな無茶はもうしませんよ」
ほんとかよ……
「でも学校の怪談って……まさかそんな有名どころの相手をすることになるとは思っても見なかったです」
「ん?珍しい、がっさんも知ってるんだね」
名称から漂うオカルトの香りで敬遠しているものだと思っていたが
「そりゃまあ、0027は最初の研修でも教わりますし」
「研修ってそういうのやってるんだ」
思えば、がっさんは生え抜きか……
新入職員研修は基本的に新卒で採用された職員が受けるものだから中途で入った諏訪先生や調査員の皆、片桐くんからも話を聞くことがなかったし、そもそも私は機構の立ち上げメンバーの一人だ。非常に馴染みが薄い。
というか、職員の約七割が中途採用である機構で新入職員研修を受けたことのある職員の方が希少種だと言えるだろう。
「そういえば、私が入ったときにもらった教材が本来はその研修用のものだって支部の人が言ってました」
「どんなことが書いてあったの?」
「いえ、使わないから研究所に送っとくって言われてからまだ届いてないんですよ」
静代さんの支部教育がだいたい二年前だから、送っていたのならとっくに届いている筈だ。
前々から思ってはいたが、長野支部の面々は少し長閑すぎやしないだろうか?
「今度催促しとくね」
「あはは、いいですよ、そんなに急いでいるわけじゃないんで」
流石年齢が三桁なだけあって気が長い。
「六桁の博士に言われたくないです」
「やっべ、聞こえてた?」
「ばっちりと」
年齢の話は基本的に私に不利だ。
「それはそれとして、学校の怪談は私もこの間の訓練で教わりました。結構ヤバイやつですよね」
「あのヤバイ訓練を受けてその程度の感想なのはヤバイくらい心強いですよ……」
「まあ、静代さんのヤバさとどっちが上かって言われれば……うーん」
「いや、断然静代さんの方がヤバイだろ!お前らは東北に一緒に行ってないから知らないだけで、本当にヤバイんだぞ」
ヤバイヤバイと何もかもヤバイで済ませてしまう君らも十分にヤバイとは思うが、大嶋くん、田島くん、藤森ちゃんの三人は良くも悪くもヤバイからまあ……
「調査員の訓練でも教わるんだね」
「まあ、基本的には未管理の事案への対処シナリオの訓練がメインですからね」
彼らの言う訓練とは年に一度行われるエリア毎の調査員が集まる集合訓練の事だ。
「今年のメインは0027と0312、あと0006でしたね」
「静代さん残念!0045が抜けてます!」
静代さんの説明に藤森ちゃんが茶々を入れる。
男ばかりの機構の中でも調査員はその性質上特に男まみれだ。
同性ということでか、二人はかなり仲良くなった様に思う。出会ったばかりの頃は文字通り事案を見る目で静代さんを見ていた藤森ちゃんも今では実の姉のように静代さんになついている。
いや、実にほっこりするね!
「0027、0312、0045、0006……そ、そんなのの訓練、をしてるんですか……?」
片桐くんが驚くのも無理はない。
機構の天敵0027は言わずもがなだが、その他もZAコードを冠するに相応しい危険な事案だ。一度対処を誤れば地球が割れてしまう。物理的に
「あの訓練は毎年そんな感じだな、去年は6320とか1521もやったし」
「……役立つところをあんまり見たくない」
「そりゃそうだ。俺らとしても極力役立てたくない」
ごりごりの体育会系……というか陸軍系の大嶋くんとtheギークの片切君も何故か非常に仲がいい。
好きなアニメの話で意気投合したと言うが、そもそもウマが合うのだろう。
ここ最近は人の入れ替わりも殆ど無くなって安定してきたうちの研究室もようやく軌道に乗ってきた感じがする。
出来ることなら、今回も一人も欠けることなく事態の解決を図りたいものだ。




