コトリ 4
木曽地方山中
前回はパトカーぶっ飛ばして木曽まで来たが、緊急事態ということで自衛隊が手配してくれたヘリで現地入りした。いやはやこんなに速いとは…
「博士!私『おーとじゃいろ』って初めて乗りました!」
静代さんが目をキラキラ輝かせている。というかオートジャイロって久々に聞いたなぁ…まあ明治の人だしなぁ…
「…せめて大正って言ってくれませんか?」
「明治生まれでしょ?」
「博士だって『コーキコーシンセー』生まれって鯖読んでたじゃ無いですか!」
静代さんに頭の中を覗き見されるのにも慣れたものだ。プライベートな部分は他言語思考でカバー出来るし、別に聞かれても良い部分はこうやって垂れ流しである。
「あはは、まあたった五万年だしよくない?」
「それなら私だって二十年くらいいいじゃないですか」
確かにそれくらいなら誤差の範囲か…などと考えているとヘリが空中でホバリングをはじめた。
「お、着いたみたいだね」
「それじゃあ行きましょう!あ、送っていただいてありがとうございました」
あら、礼儀正しい!
自衛隊さんもかわいこちゃんにお礼言われてニコニコしてらっしゃー
「うひょっ!!」
ぐんっと機外に引っ張られて思わず変な声が出た。問題は無い。静代さんの力だ。
リペリングもファストロープも必要ない地上30mからの森林への軟着陸に成功した。
楽でいいね、これ!
上空に目をやると、この道路からも離れた森林地帯に無灯火のヘリが多数飛来して人員や物資を続々と降着させているのが見て取れた。
さあ、仕事しご-
「へう゛ぁっ!」
視界が真っ暗になった。
「博士!!」
どうやらヘリから投下された物資に押し潰されてしまったようだ。体が再生したので確かめて見ると電磁フィールド発生装置の様だ。8tくらいある機材なので、おっこったのが私の上でよかった。サピエンスなみんなだったら多分死んでただろう。
「よくないですよ!大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、こう一気に来る系はそこまで痛くないしね」
やばいのはじわじわ来る系だ。
「全く…ちゃんと下を確認して欲しいです!」
「まあ…森ん中だし多少はね?」
降下前に機外に投げ落としておいた私の装備の入ったボストンバッグを拾い上げつつ言う。
ヘリの操縦が難しいらしいって言う話も多分静代さんは知らないのだろう。まあ、オートジャイロ呼ばわりしていたぐらいだから無理も無い。
「それじゃあ、装置を組み立ててみんなのとこ向かおっか」
「…一体何があったんです?」
「あはは、色々ありまして」
合流した赤須博士は開口一番聞いてきた。無理も無い。早速血塗れになっているのだから
私の身体の秘密を知らない赤須博士の部下達の前で8tの資材でプレスされちゃった☆ミと言うわけにもいかないのではぐらかしはしたが、彼自身はまあ大体察してくれた様である。
「眼鏡とカラコンと髪色が戻ってますがいいんですか?」
「まあ仕様が無いですよ…」
眼鏡とカラコンは耐えきれずにご臨終、髪の毛も再生してしまったせいで染めたのが台無しだ。
「千人塚博士が構わないのならいいですが…とりあえず私達は手筈通りにOPに向かいます」
「よろしく頼みます」
赤須博士一行は観測点から『崇霊会』保有アーティファクトの特定にあたるため、森の中へと消えていった。
「そういえば、博士は何で眼鏡かけてるんです?別に視力悪く無いですよね?」
「んー?眼鏡かけてた方が賢く見えるかなって」
「思ってた以上に賢くない理由ですね」
「失礼な!」
とは思うが、それ以上反論の言葉が浮かばない。確かに頭の悪い理由な気がしてきた。
とはいっても、もう80年以上この理由で眼鏡を掛け続けているから今更ではあるが…
それにしても、ここ最近眼鏡の損耗率が洒落にならなくなってきた気がする。所長が慌てて持ってきた案件を手掛ける度に壊れているが、経費として請求出来ないものか…いや、無理そうだな…
そんなことを考えながら先着している物部博士の研究室が設営してくれた指揮所に入る。田島くんや諏訪先生をはじめとしたうちの面々と物部博士以下の山陰研の面々、加えて自衛隊と警察の隊長達が既に到着して私を待っていたようだ。
みんな山歩き速いね!
ほぼ全員が私の血塗れの作業服を見て怪訝そうな顔をしているが、説明するのも面倒なので無視だ。
「さて、それじゃあ出来ることからはじめようか!」
「うーん…静かだねぇ…」
「良い事じゃ無いですか」
「普段ならね…」
機構、自衛隊、警察の各部隊による威力偵察によって敵の持っているアーティファクトの正体を探るという目的さえなければ、静かで穏やかな時間というのは嫌いでは無いが…
「反撃してきてくれないとどうにもならないんだよ」
「私も行きましょうか?」
「いや、こっちの手の内はまだ見せたくないからゆっくりしてて」
これだけの戦力が集結していても、こちらの最大戦力は静代さんだ。本攻撃までは温存しておいた方が対策を講じる余地を与える心配も無い。
「航空支援を呼びますか?」
「いや、流石に山ん中とはいえ爆撃なんてしたら一般の注意を引きすぎます」
相変わらず爆撃押しだが、自衛隊は爆弾余っているんだろうか?
『リンドウ00 リンドウ10送れ』
現地に行ってる田島君だ。動きがあったかな?
「リンドウ00 送れ」
『主要構造物の突入路を確保した。事後の指示を求む 送れ』
「周辺に赤部隊の兆候はあるか 送れ」
『赤部隊の兆候は無い 送れ』
「了、周辺警戒を厳となしそのまま待て 終わり」
一度の戦闘すら無いまま施設入り口を確保…誰もいないのか?
いや、通常の方法であれ超常の方法であれ、この包囲を何の兆候も残さずに突破するなど現実的では無い。
「待ち伏せだと思いますか?」
「可能性は高いでしょうが…ここで動かなければ事態は膠着したままなのでは?」
自衛隊の隊長さんの言うとおりだ。リスクは高いがやるより他無いだろう。
「リンドウ10 リンドウ00 送れ」
『リンドウ10 送れ』
「リンドウ03を向かわせる。合流次第突入し、制圧せよ」
『リンドウ10 了 終わり』
最悪のケースでも静代さんがいれば被害を最小化出来るだろう。
「というわけで、行って貰える?」
「はい!」
「もし罠だったら…」
「分かってます。全員こっちに飛ばしますよ」
話が早くて助かる。
「それじゃあ行って来ます!」
そう言い残すと、静代さんは一瞬でその姿を消し、代わりに電磁フィールドの操作端末がけたたましく反応した。
どうやら力尽くで電磁フィールドを突破してテレポートした様だ。まったく以て規格外である。
私を含めた研究職が『崇霊会』本部に足を踏み入れたのは突入開始から30分もたっていない段階だった。
制圧は驚くほどスムーズに終わってくれた。というか一切の抵抗を受ける事無く、それどころか一人の敵すら目にする事は無かったのだという。
捕虜のうち半分は拝殿で見つかり、残りの半分を田島君達が探してくれている最中だ。
「いやはや…見事な作りじゃ無いか…」
物部博士が感嘆の声をあげる。
「そうですね、ここまでの大きさの大社造は私も初めて見ました」
「大社造?いやいやこれは違うよ、千人塚博士」
「違う?」
ぱっと見は大社造にしか見えないが…
「まず形状が長方形だろう?大社造の基本は正方形の田の字形だよ」
「利便性の問題では?」
「それに入り口が中央に置かれていたのも気にかかる。本来なら向かって右側に置かれるべきだ。それに心御柱も無い」
「そういえばそうでしたね…」
大社造の特徴的な部分が無いと言うことだ。
「『崇霊会』のオリジナルでしょうか?」
神道系とは言っても所詮は新興宗教だ。自分達の色を出したくなってしまったとしても不思議は無いだろう。
「いや、私は過去に一度この様な建築様式を資料で見たことがある。そしてそれは君も見ているはずだ。それも実物をね」
正直社は大昔から腐るほど見てきたが…
「…まさか」
「思いだしたかね?」
社では無く住居…初めて見たときは自惚れの強い家主だと思ったが…今回はその家主との繋がりは無い方がよかった。
「物部天獄の屋敷…ですね」
「その通り。いやはや、少し前のインシデントで名を知っただけだろうと油断をしていたが…連中は我々が思っているより多くの事を知っているのかも知れないね」
私も当初はその懸念を抱いていたが、あの情け無い教祖の姿に警戒を解いてしまっていた。
であれば、あれはブラフ?だが何の為に?
いくら考えてみても答えは見つからない。
「まあ、詳しい事はこれから調べていこうじゃないか…土御門博士も無事だった事だし『コトリバコ』も見つけねばならないからね」
「そうですね…」
そう答えはしたものの、何かを見落としている。そんな予感が止まらなかった。
「人皮ですね」
「それ全部?」
本殿中央に積み上げられた物体の検証を行っていた諏訪先生が報告してきた。
「…なんか似たような物を前にも見たような気がするのは私だけかな?」
「偶然ですね、私も同じ事を思いましたよ…ただ」
諏訪先生が内側の付着物をペロリとなめた。
「ねえ、ほんとやめよう?」
「諏訪先生、ぺってして下さい!ぺって!」
あの時と同じく私と静代さんがその光景を見させられている。やだなーもう気持ち悪い!
「今回のモノは比較的新しいですね…腐敗もしていないようですし」
「腐ってなきゃ良いってもんでも…いや、もういいや」
うん、諏訪先生だもん。言うだけ無駄だ。
「それにこの人皮、よく見ると幾つか見覚えのあるモノがありませんか?」
言われてはっとする。なる程そういうことか…
「捜索は打ち切り…でいいね」
「妥当だと思います」
行方がわからない捕虜…少なくともその姿だけは見つけた。そういうことだ。
「あの男は…もう足りたからお前達はいらないと言ってどこかに…」
「物部天獄で間違いなかったですか?」
助け出された土御門博士にインタビューを試みていた。
「いや…あれは私達の知っている天獄ではありませんでした」
「というと?」
「…まるっきり違うんです。何というのが正しいか…確かにデータ上の物部天獄と姿形、口調、動きの癖…そういったものは瓜二つだが…あれは天獄では…いや人間ですら無かったのかも知れない…」
大分疲れているようだ。いまいち冷静さを欠いている様な気がする。
「落ち着いて下さい。大丈夫です」
「ええ、済みません…しかしアレが一体何だったのか…私には皆目見当もつかないんです…」
考えられるとすればESP能力者、神格性事案、人型事案…そんなところだろうか?
詳しい事は何一つ分からないが、今後の調査を進める上で重要な情報である事には違いない。
「まずはゆっくり休んで下さい。土御門博士…」
静代さんが念写してくれた写真に写っていたのは紛れもなく物部天獄の姿だった。
勿論大正の頃のオリジナルでは無く、令和版の天獄だ。
しかし…令和版天獄は浜収にいる。そっくりさんにしては妙に似ているが…
「諏訪先生、クローンって線はあると思う?」
例えば情け無い方の天獄がクローニング技術で作られた影武者で、写真に写っているのがオリジナルという可能性だ。
「うーん…何とも言いがたいですね…確かにそれを可能にする技術を持った組織は幾つかありますが『崇霊会』からそういった組織に金が流れた形跡も無いですし…そもそも姿を消した方の天獄の体組織も無いので検証のしようもありません」
「だよねぇ…」
オリジナルの令和天獄と行方不明天獄の関係性すら推測でしか無い。そもそもの前提としている『奥寺浩一』が令和版天獄のオリジナルであると言う部分も正しいかはわかったものではないのだ。
最初から行方不明天獄がオリジナルで、奥寺浩一が偽物であったとしても何ら不思議はない。
「心配事として…この件に『アゴ』は関わってると思う?」
「そちらも現状では何とも…確かに皮剝技術の面では非常に似通っているでしょうが、共通点はそこだけです。どの可能性も推測の域を出ませんよ」
「そうだよねぇ…」
『崇霊会』ごときが機構、警察、自衛隊三者の目を掻い潜り、未知のアーティファクト及び事案的特性を有する人形実態の存在を秘匿し続けてきたのみならず、これだけの事態を引き起こしたという事実だけですら対超常組織の面目丸潰れだと言うのに、更には『アゴ』との繋がりすらも見落としていたとしたら、こちら側の諜報担当者は憤死ものだろう。
「やっぱりうち向きの案件じゃないよ…お巡りさんに任せて帰っちゃダメかな?」
「帰れたとしても帰らないでしょう、あなたは」
「いやいや、帰れるんなら帰るよ?」
未知への興味というものは勿論私にだってある。
だがそれは未知の現象や技術に対するものであって、犯罪捜査は対象外だ。行方不明天獄が用いた手段は気になるが、それも専門家が奴を逮捕して使用したアーティファクトを押収してからそれを調べさせて貰えれば十分幸せだ。
「…ところで、さっきから何やってんの?」
「趣味の研究を進めてしまおうかと…まずいですか?」
「いや、休憩時間だからいいんだけどさ…」
人間の頭部を開いて大量の電極を差し込んでいる。
多分、使用済みの特定調査員を貰ってきたのだろう。諏訪先生の事だからちゃんと許可はとっているとは思うが…
「…前衛芸術の練習?」
「ははは、不思議な事を言いますね」
「それにしか見えないんだけど…」
だとしても、こんなものを喜ぶ前衛芸術家は社会に出してはいけないタイプだと断言できる。
「うーん…もしよかったら何の研究か教えてもらってもいい?パクんないから」
「大した話じゃありませんよ?死体の脳から記憶を引き出す事は可能かという昔からよくある研究なので」
「あー、そういう…」
てっきり部屋に飾るオブジェでも作っているのかと思った。
「でもこんなところでやって平気?無菌室とかじゃないとデータもまともなのとれないんじゃない?」
「これはあくまで手遊びみたいなものです。やはり効率よく正しい位置に電極を差すには経験がモノを言いますから」
「本当に熱心だねぇ…」
方向性さえ間違え無ければ、本当に熱心で優秀な研究者なのだ。
ただ、本質的に方向性が間違っているのが諏訪光司という男なのだが…
「博士、捜索用の特定調査員が二箱…うわぁ…諏訪先生、何やってるんですか…?」
連絡事項を伝えに来てくれた静代さんが見るからにドン引きしている。うん、これが正しい反応だ。
さておき、注文していた特定調査員2ダースが到着したというのなら、こちらも次の動きに移ることが出来る。
「それじゃあ、試しにやってみよっか!」