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コトリ 3

甲信研究所 大会議室

正直、大分思っていたのと違う。

確かにテレビ電話で会議に…最近の流行りの言い方で言えばリモートで会議に参加している面々の中に警察庁と自衛隊のお偉いさんがいた時点でちょっと異常な雰囲気は感じてはいたが…

結論から言えば、所長の勘違いでは無かった。

複数のアーティファクトを所有する武装勢力によって『崇霊会』本部施設及び指揮所が制圧され、生き残った機構職員、警察官が捕虜になった。

武装勢力を率いる男は『物部天獄』を名乗っており、捕虜と引き換えに逮捕された『崇霊会』メンバーの釈放を要求してきている。

古式ゆかしいテロのあり方である。

『自称物部天獄こと奥寺浩一52歳、崇霊会の指導者ですが、先の『崇霊会』本部強襲作戦の際に逮捕して現在は環境科学研究機構の収容施設に収監されています』

警察の言うとおり、私の知っている物部天獄は浜収に移送されている。であれば、今回騒ぎを起こしたのはその偽物ということだろう。過去に採集された奥寺浩一のDNAと私達が捕まえた物部天獄のDNAは完全に一致している。

指導者にとって代わろうということか、組織の求心力の低下を防ぐためか、指導者への忠誠心故か…何のためにわざわざ物部天獄を名乗っているのかは知らないが、所詮は三流のカルト集団だ。基本的に彼らのデータはこちらに揃っている。

だが、そんな程度の連中がどんな手段を用いて機構と警察の精鋭を倒したと言うのだろう?そこが一番の問題である。

何しろ敵はアーティファクトを所持しているのだ。何をしてくるかわかったもんじゃない。

『相手の正体が何であれ、やることに変わりは無いでしょう。うちの方で岐阜基地に爆装のF2を待機させていますから、早めにけりをつけてしまいましょう』

『申し出はありがたいが…今はまだやめた方がよいでしょう』

自衛隊の提案に十河の爺さんが答える。

『まずは『崇霊会』側がどのような事案性物品を保持しているかを探らねば』

『目処はたっているので?』

『現在襲撃を免れた我々の部隊が周辺から監視を継続している。加えてこの会議が終了次第精鋭の研究チームが甲信研究所から現地入りする予定です』

そういえば、うちの研究チームは私達以外この件で一人も動員されていなかったな…伝承性事案なら茅野博士かな?彼女ならどんな事態でも対応できるだろう。アーティファクトで言えば赤須博士もかなり詳しいはずだ。なんなら合同チームで派遣すればとても頼りになる。

『守矢所長、チームの選定は?』

「あ、はい!指名のあった千人塚博士の研究室を中核に赤須博士と山陰研の物部博士の研究室がサポートに付く形で進めています」

なるほど、まあ確かに『コトリバコ』をまだ保有している可能性を考えれば茅野博士は適任とは言いがたいだろう。代わりに物部博士なら、全く不足はない。

ん…?待てよ…

「あー、すみません…千人塚です。その、私も行くんですか?」

たぶん聞き間違えだろうが一応確認する。

『そうだが、何か問題が?』

問題が?じゃねえよ!問題しかねえよくそ爺!

とはいえ外部の人間も参加している会議だ。落ち着け、私!

「いくつか問題があります。まず今回の件は私の専門分野ではありません。現地入りしたところで赤須博士や物部博士の足を引っ張る事になりかねません」

『とのことだが赤須博士、物部博士、君達はどう思う?』

「確かに千人塚博士の所掌分野ではありませんが、そもそもとしてあらゆる分野に高い知見を持っているので問題は無いでしょう」

赤須博士…いや、彼の事だ。たぶん本音なのだろう。その評価は一研究者としては非常にありがたく思うが、せめて今は空気を読んでくれ!

『確かに伝承性事案や事案性物品に関する案件を過去にも解決しておる様で…おそらく本件の現場を責任者としては最適の人物でしょう』

それは機構の無茶ぶり体質が生んだ結果にすぎないんですよ、物部博士…とはいえ別の研究所に勤務している以上、知る由も無いのだろう。事実結果的に解決する事になった事案の報告書の数は結構ある。それが各地に共有されている以上、そこから判断してしまうのは間違いではない。

『だそうだが?』

画面の向こうでニヤニヤしているのが手に取るようにわかるぞくそ爺!

「『コトリバコ』を相手が保有している可能性がある以上、女性である私が行くのは適任だとは思えませんが?」

『君は大丈夫だろう?』

死なないだけで決して大丈夫ではない。しかし『崇霊会』の件以外にも対応の前歴があるのも事実なのでなんも言えない。

「…うちは『アゴ』と『ジェットババア』の専従対策チームに指定されていますから、何か動きがあった際に対応が出来ないとそれも問題が多いのでは?」

片や『崇霊会』なぞ目じゃないぐらいのカルトテロリスト集団、片や都市の交通網を破壊しかねない致死性事案だ。

『それに関しては君達が本件に対応している間は南関東と本部のチームが代わりに受け持つ手筈を整えてあるから心配しなくていい』

おーおー準備がいいことで…というかその代理のチームとやらがこっちの対応にあたってくれれば良いのじゃなかろうか?

「正直申し上げてうちの研究室は四日間に渡って『コトリバコ』捜索にあたってスタッフの疲労も限界に近いです。現場での判断に間違いが起きない保証はできません」

特に研究室長である私はもう仕事する状態ではない。

『そこはまあ…頑張ってくれ』

まさかの精神論…ああ、皆ごめん…私の力が足りないばっかりに…


「千人塚博士、持っていく資材についてなんだけー」

「知ってたな?」

会議終了後、呑気にこちらにやって来た所長を睨む

「い…いやぁ…何のことかなぁ…」

「へぇ…しらを切るつもりかぁ、別にいいよぉ?誰よりも自分の事を知っている相手を敵にまわそうってんなら別に…ね」

「そんな、敵にまわすだなんて…」

「質問にはまず結論で答える!」

「はいぃっ!」

長く染み付いた癖だろう。完全に怒られている子供だ。

「んで、どうなの?」

「えっと…絶対に断られるから黙っているように十河理事から言われてました…」

「敬語使わない!」

「はいぃっ!」

ったく…やっぱり元凶はあの爺か…ストでも起こしてやろうかあのモーレツ世代め

「なんだか久しぶりに見る光景ですね」

赤須博士が苦笑いしながらやって来た。

「なんだか昔に戻った気分ですよ」

「所長の後にうちに来るのは皆出来る子達ばかりでしたからね…私も久し振りですよ、こんな子供を叱る様なのは」

そもそもが聖母の様に温厚なのだ。私は

「ははは、それで装備と人員はこんなところで平気ですか?」

手渡されたタブレット端末には赤須博士以下参加人員と装備が非常に見やすくまとめられていた。

そんなに時間も無かっただろうに、しっかりとした資料…所長と同期とは思えない程に出来る男だ。

「概ね大丈夫ですけど、念のため松本調査員はこっちに残しておいた方がいいですね。後方でもどこに『コトリバコ』があるかわからない現状だとリスクが大きいです」

陸上自衛隊出身の松本調査員は射撃と柔道の達人であり、甲信研の閉所戦闘の教官を兼務する程の人だが、30代の女性だ。指揮の面でもいてくれれば頼りになるが、今回は甲信研に残っていてもらおう。

うちもがっさんと藤森ちゃんはお留守番だ。

「それと、武器も89はやめておいた方がいいです。『呪い』がどうとかのアーティファクトは腐食性の強い物が多いですから…確か対事案仕様のARX-160が納品されてるはずですからそれを持っていきましょう」

普段機構で使われる小銃は国産の89式小銃の対事案仕様品だが、正直金属パーツが多すぎて今回の様に何があるかわからない状況下では使いにくい。

対して機構とは前身である旧軍時代から付き合いの深いピエトロ・ベレッタ社の対事案仕様製品は最近目を見張るほどに進歩してきている。

正直こっちを正式採用してほしいところだが、大人の事情で小銃は豊和工業、拳銃はベレッタが正式となってしまっている。

今回持っていくARX-160も正式品ではなく特殊用途の為の甲信研究所個別購入物品ということになっている。

さておき、それ以外は問題無さそうだ。

「その部分を修正したら完璧です。進めてもらって大丈夫ですよ」

赤須博士にタブレット端末を返す。

ん…じっとこちらを見つめているがどうしたんだろう?まさか、恋?ダメよ赤須博士、私真面目すぎる人はちょっとタイプじゃない

「やっぱり適任じゃないですか」

赤須博士が笑顔でいう。

「改めてよろしくお願いしますね」

そう言い残して彼は会議室を後にした。

試されたのかな?いや、古い付き合いだから今更そんなことは無いか…まあ、どちらにせよお気に召していただけたなら何よりだ。

私も戻ろう。皆に謝らないと


甲信研究所 千人塚研究室

「えー、本気で言ってます?」

状況説明の後に最初に声をあげたのは藤森ちゃんだ。

「ほんっとうにごめん!これが終わったらちゃんと休暇取れる様にするから!」

「そんなことはどうでもいいんですよ!何で私と小笠原主任だけお留守番なんですか!」

「そうですよ!現場に行かなくてもその回りでやらなきゃいけないことはいくらでもあるじゃないですか!」

がっさんも不満の声をあげるが…

「ちょっと待ってね…おばあちゃんだからかな、ちょっと混乱してるんだけど…」

「いやいや、お若いですよ」

「ありがとうね、諏訪先生…えっと、二人は行きたいの?わざわざ休みぶっ潰された上で現場に?」

「そりゃまあ、現場出たいから機構に入った様なもんですし」

「それに見たことの無いアーティファクトも見てみたいですもん」

「ええぇ…」

これはあれか?知らず知らずのうちにブラック企業化してしまっていたんだろうか?まるで洗脳済みの労働者(ソルジャー)では無いか…

「博士、我々は博士が思っているほど働くのは嫌いじゃ無いですよ?ご心配無く」

「田島君…逆に心配になる発言だよそれは…」

あまりの感覚の違いに混乱してしまうが、私がおかしいのだろうか?本気で情報性事案の介在が心配になってくるが、むしろこういう片鱗は結構昔から感じていたような気もする。

「これってジェネレーションギャップなのかなぁ…」

「まあ、平成生まれと後期更新世生まれでまるっきり感覚が同じという事も無いでしょう」

「あ、私ぎりぎり昭和です」

がっさんが訂正する。

実際は私も記憶こそ無いが後期更新世の一つ前のチバニアンには存在していた証拠が出土しているが黙っておこう。別に五万歳程度鯖を読んだところで大した問題じゃ無い。

「ただまあ…八開が行方不明な以上は連れて行く事は出来ないよ?だから今回は茅野博士も松本調査員もメンバーから外れてる訳だし」

「うぅ…分かりました。そういうことならまあ…」

片や神格さえ手玉に取るといわれるほどの研究者、片や現代のアマゾネスとも言うべき霊長類最強系女子の二人さえも不参加という話で、どうにか納得して頂けた様だ。

「とはいっても、残念ながらやって貰いたいことは山ほどあるよ」

責任者である私が現場に出る以上、関係各所との連携や追加で必要となる物資の調達や発送の手配、同じく研究所に残って情報収集と共有作業を行う片切君のサポート等々だ。

現状は私の部下だがこの二人ならばゆくゆくは研究室長や研究所や収容所の警備責任者になるだろう。その時の為に経験しておいた方が良い業務でもある。非常に面倒くさい業務だが、機構の管理職にとって切っても切り離せない業務なのだから…

「分かりました!頑張ります!」

「そういうことなら…兵站は任せて下さい」

というような説明をすると二人はキラキラした目で答えてくれた。

言っちゃ悪いがチョロすぎないか?悪い男にだまされないか、おばあちゃん心配だよ…

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