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コトリ 2

長野県木曾地方山中 警察庁・環境科学研究機構合同指揮所

「八開が紛失した、とは…」

到着した土御門博士が絶望の表情で呻く。

「何かの間違いでは無いのですか?」

「残念ながら事実です。今うちの要員が天獄以下の幹部に『尋問』してますが、ここまで口を割らないとなると…」

「外部の者の犯行ですか…」

「ええ、まだ断言はできませんが…」

静代さんの能力も試したが収穫なし…今は施設全体の記憶を探りに行ってくれているが、さてどうなるか…

「しかしよりにもよって八開ですか…本当に製作されたので?」

「それは間違いないです。被害者の残りを見つけました」

諏訪先生の検死の結果、『崇霊会』幹部が言ったように七封二つに八開ひとつ分の『素材』の残りだと確認されている。

ただでさえ絶対的な致死性影響を持つ『コトリバコ』ではあるが、その中でも八開は別格だ。

『コトリバコ』の材料は妊婦、子供、雌の家畜でワンセットであり、使用したセット数ごとに一封から七封、そして八開となる。

完成品のサイズは全部同じくらいで、手で持てる程度だ。それ故に体の一部が欠損した死体が多数残ることになる。

発生する『余り物』は一封から七封までは概ね一定である。

『素材』を7セット使用する七封でも実際に使用するのは箱本体に丁度収まりきる程度と物理的に無理が生じていない。

ただ、八開に関しては『素材』それぞれの半身分程が箱の中に入ることになり、空間的な異常が発生する。

その事案的な特異性は七封以下とはその時点で大きく異なっており、それだけではなく致死性影響も材料的にはワンセット分しか変わらないにも関わらず格段に向上してしまうのだ。

具体的には七封の致死領域が平坦な障害物の無い場所で半径30m程度であるのに対して、八開の致死領域は半径1100m程度と大きく跳ね上がる。

更に八開の致死性影響は長期間に渡って周辺に滞留し続けるという非常に厄介な特性まで備えてしまう。

ただ不可解なのは残留する八開の致死性影響は私にも作用するはずなのだが、今回特にこれと言って内臓が破壊される苦痛を感じることができなかったのだ。

『尋問』で得られた供述によると、実際に『コトリバコ』を完成させてから性能試験を行ったらしく、その時は問題なく情報通りの効果を発揮していたそうだ。しかし、ならば残留致死性影響はいったいどこに行ったというのか?

正直わからないことだらけだ。もう土御門博士に丸投げして研究所に帰りたくて仕方がない。名探偵な作業は『コトリバコ』以上に専門外なのだから…

「博士!確認終わりました」

土御門博士と一緒にうんうん唸っていると、確認作業にあたっていた静代さんが戻ってきた。

「お疲れ様!みっかった?」

私の問いに静代さんは首を横に振って答えた。

「物部天獄の部屋に持ち込まれたところまでは見えたんですけど、そのあと消えてしまって」

「消えた?」

「はい。一瞬で跡形も無く」

どういう事だろうか?確かにアーティファクトの中でも特に異常で危険な物であることは確かだが、150年以上に渡って無力化作業が行われ続けてきた代物でもあり、その作用機序はかなり解明されてもいる。現状判明しているなかに瞬間移動やそれに類する特性が確認された事は無いはずだ。

「土御門博士…どういう事でしょう?」

専門外の私がどんなに考えたとて答えが出るはずもないので、潔く専門家に助けを求める。

当の専門家である土御門博士はなにやら考え込みながらぶつぶつ呟いている。

「…あくまで伝承であるのですが」

どうやら何かピンと来るものがあった様子の土御門博士がそう前置きして話してくれた。


『コトリバコ』と一括りにされてはいるが、それはあくまで製法と影響の形が酷似しているからであり、一封から七封と八開はそもそも全く別のものであるのだという。

封の文字通り封じ込めておく物と開の文字通り開き解き放つ物…真逆の性質でこの世界のバグを利用する。

幸福の逆転、幸せで愛に溢れる妊婦を虐げられた子供が殺害し、世に生まれ出でる事を待ち焦がれられていた胎児を一切望まれていない奇形の家畜が喰らう。

その後に家畜と子供に絆を結ばせた上で更に吐き気を催す様な手順を経たうえで最終的に『素材』全てを殺害して箱に納める。

この時点では一封であれ八開であれ何ら変わることは無く、一封から『素材』がワンセット増えるごとに箱から漏れ出す致死性影響が増大する。

変化が訪れるのは8セット目を箱に納め始めてからだ。

まるで箱本体の底が抜けたかのように内部空間容量が増大する。その事案的特性が発現してから所定の手順に則って『素材』の所定部位を箱の中に納める事で八開は完成する。

ここまでは旧軍時代にも聞いた話だが、この先が陰陽寮に置いて司の地位にあった土御門家に伝わるお伽噺の類いなのだという。

七封までは『素材』の怨念を箱に封じ込める事で周辺に限定的な影響を及ぼす物であるのに対して、八開は8セット分の怨念の力で門を開き巨大なエネルギーの導管としての役割を果たす物のだという。

故に八『開』なのだ、と。

人の手では制御しきれない巨大なエネルギーを発揮するがゆえにその秘密は土御門家においても秘中の秘とされて来たとのことだ。


土御門博士の話が千年以上に渡って他の超常管理組織に伝わっていなかった事は秘密主義な陰陽寮の事を思い起こせば納得の話である。そもそも旧軍の頃『コトリバコ』騒ぎが起きる度にわざわざ毎回土御門家の人間が介入してきていたことが疑問だったが、なるほど彼らは誰よりもその危険性と性質を理解している一族であるが故だろう。

しかし、シンプルに疑問が残る。

「その門を開くというのは、どこに繋がる門を開くんです?」

「さあ?」

「さあって…」

「言ったじゃないですか、あくまでお伽噺の類いだと」

土御門博士は肩を竦める。

「ちなみに検証実験はしてないんですか?」

エネルギーの発生源が分かれば、対処もしやすくなるだろう。『開ける』ためにどのようなメカニズムが働いているのか分かればより安全に『閉じる』方法も見えてくるはずだ。

「八開で、ですか?冗談でしょう?」

「というと?」

機構には多岐にわたる分野の専門家が在籍しているし、人命のリスクに関しても特定調査員を使えばクリアできる。

安全を確保したうえで八開を作成して未知の部分を解明するというのは機構の研究者であれば誰であれ思い付きそうなものだが…

「千人塚博士、あれらはそもそも存在する事自体が問題なんです。我々土御門一族においても開祖晴明公の頃より見つけ次第破却するというのが大原則です」

機構の学者らしからぬ物言いではあるものの、言いたいことは理解できる。そもそも彼らは安部流土御門摘流家が卜占、天文、暦等の陰陽寮の表の業務を所掌するのに対して、超常対応という裏側の業務でこの国を護ってきた一族なのだ。

その長い歴史の中で最も効率よく低リスクの対応方法を掴んだ以上、余計なリスクを伴う研究で現在ある平穏を壊すべきでは無いと言うことなのだろう。

昨今においては旧態依然とした考え方として、ともすれば批判の槍玉にあげられる事も多いこの国の事なかれ主義、前例主義、現状維持的思考ではあるが、そもそもが過酷な自然環境とそれにリンクした高い事案発生率を誇る環境下での生存確保のために彼らの先祖が数万年かけて辿り着いた境地でもある。

その有効性をこの目で見てきた身としては、否定しようなどという気はおきようはずもない。

「確かにその通りですね…しかし、そもそも破壊するにしても研究するにしても、現物が無ければこうやってぼんやり議論を交わす事しかできないわけですが…」

「…今は待ちましょう。というか他に出来る事も無いですから」

七封を破却し終えた今となっては、私達研究職は呑気に間抜け面をぶら下げていることしかできない。

田島くん達とお巡りさん達、ほんと頑張って!


甲信研究所 千人塚研究室

結局あれから4日経っても八開は発見できずだ。

伝承性事案を所掌する山陰研究所、九州第二研究所、関西研究所宗教部及びアーティファクトを所掌する九州第一研究所の専門家チームを基幹として、このエリアの中核研究所である中部研究所からも専門の人員が派遣されている。

また長野、岐阜、富山、新潟各県の支部からも捜索チームが動員されているにも関わらずである。

ちなみに私達はといえば、専門家チーム御一行様に現場を任せて甲信研に戻ってきていた。プロフェッショナル集団の中に専門外のド素人がいても邪魔になっちゃうからね!

いやぁ、しかしそれにしても我が家っていいなぁ…

一年中適温に保たれているし、お風呂はおっきいし、『きさらぎ駅』騒動の後に出た臨時のボーナスで買ったふかふかのソファもあるし…何より職員食堂のデリバリーもあるからなんなら一歩も歩かずに1日を終えることだって出来る。

くっそ寒い木曾の山中に設営したテントの中に置いた硬い野外用簡易ベッドで仮眠をとり、お風呂の代わりにボディーシートで体を拭く生活の直後だとこの幸せがかなり沁みる。固くてごわごわの作業服ではなく裏起毛の柔らかなスウェットを着ていられるのも高得点だ。

「ふふふ…流石しまむらぁ~…」

「千人塚博士!大変だ!」

湯上がりでホカホカの体をお気に入りのソファーに沈めて心地よい微睡みに身を浸していると、喧しい足音と共に所長が入ってきた。…いい気分が台無しだ。

「残念、今日はもう千人塚研究室閉店でーす。また今度来てくださーい」

「いや、そんな場合じゃ…」

「いやいや、そんな場合ですって!5日連続で24時間勤務してたんですよ、私達は!急ぎの案件なら他の研究室に持ってきゃいいでしょうに」

本来ならもう全員帰宅していてもおかしくないのだ。ただあいにく後片付けを終えた段階で午前の通勤バスが終わってしまったため、皆午後イチのバスまで職場で時間を潰しているというだけの話だ。

かく言う私も今日の午後はアン・マリーにケーキを買いに行く予定である。所長の持ち込む面倒ごとになんぞ付き合っている暇はない。

「違うんだって!土御門博士達が捕まっちゃったんだよ!」

「は?」

飲酒運転でもしたか?それとも痴漢?ストレス溜めそうな性格してるからなぁ…

「だから、『崇霊会』の物部天獄にあの場所にいた全員が捕まっちゃったんだってば!」

「物部天獄って…田島くん、そんなに元気な状態だったの?」

『尋問』されている物部天獄の姿は何度か見たが、大量の投薬と的確な身体的苦痛の影響でぼろっぼろになっていたと思うが…

「いや…難しいと思いますよ?両手足の腱は切ってありますし『尋問』で骨もかなり砕きましたから」

そうだよなぁ…しかも今回の尋問は…

「彼らは特にこれといった事案的特性も持っていませんでしたし『コトリバコ』暴露環境下の男性生体サンプルとして体組織を沢山提供してもらいましたから立ち上がる事すらできないはずなんですが」

人体のプロフェッショナルである諏訪先生も飛び入り参加している。本人はあくまでご…『尋問』には参加していないつもりの様だが、麻酔も無しに生きたまま体の至るところを摘出するのは完全に拷も…じゃなくて『尋問』だ。

「とにかく、大会議室に来て!」

「わかりましたよ、もう…めんどくさいなぁ…サンダルサンダル…っと」

どうせなんかしらの手違いかなにかだろう。

「博士!せめてこれ着ていって下さい!」

呆れ顔の藤森ちゃんが白衣を此方に投げてくれた。

「せんきゅー」

確かに毛玉まみれのスウェット上下に便所サンダルで外に出るのは乙女としてよろしくないか…いや、まあ別に乙女って歳でも無いのだが

というかそもそもこの後ちょこっと寝る予定だったからお気に入りのスウェットに着替えたのだ。別に女子力が低いとかそういう事じゃない…誰に言い訳をしているんだろう?

兎に角もう勤務時間外だ!とっとと会議を終わらせてプライベートを満喫しよう!

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