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コトリ 1

長野県大町市 独立行政法人環境科学研究機構

甲信研究所 技術部第6装備試験室

「…がっさん!まぁた止まったんだけど!」

「えぇ…またですか?」

アーク溶接機が止まった。午後に入ってからもう五回目だ!

ロープで宙ぶらりんになったまま肩を落とす。

「ちょっと見てきますね」

「いいよ、さっきも降りてくれたし…今回は私が行くよ」

エイト環の耳に掛けておいたロープを外して地上に降りる。

上を見るともう一度登るのが億劫になってしまうので見ないようにして電源に向かった。

昨年の四宮理事の離叛に伴う甲信研究所占拠事件の際、最後っ屁で施設を破壊されてしまった影響が未だ残っている。

主要施設については直ぐに復旧したものの、管理収容に直接の影響が無い部分は資材と予算の都合で後回しにされており、それは今私達がいる装備試験室、通称『ヤード』も例外では無い。

機構の任務の為の新装備や新技術の組み立てや試験を行う施設だが、その性質から余所でやってもいいんじゃ無いだろうかと上が考えたとしても何ら不思議では無い。

何しろ広くて頑丈なだけの部屋だし、他の主要研究所にも同様の施設があるので納得と言えば納得ではあるのだが…

しかし、だ。他の案件を抱えたまま、装備開発の為だけに浜松や喜多方になど行ってられないというのが私達現場の意見である。

さておき、配電盤を開けてみる。

ヒューズもブレーカーも問題無い様だが…

「…元の方が死んだかなぁ…」

現在複数のチームがそれぞれのヤードで装備開発を行っている。臨時の仮設電源が容量不足に陥ったのだろう。

「いやはや、連中もなかなかに迷惑な置き土産をしてくれたものですね」

諏訪先生もこちらにやって来た。

「あー…計器も止まった?」

肩を竦めて頷く諏訪先生…あーあ…

ということは、また計器の調整をしなくてはならない。…時間は15時過ぎ、うん!決めたっ!

「オッケー!もう今日の作業はここまで!みんな降りてきて!」

今からまた計器の校正を仕直して作業となったら明日になってしまう。

「いいのですか?」

それに何より

「いーのいーの!働き方改革だよ!」

こんな状況ではかったるくて作業もクソもあったもんじゃ無い。ただでさえ新型のウイルスの影響で世の中がわちゃわちゃになっており、みんなのストレスも溜まっている事だろうから、こんな時はスパッと諦めるのが管理職の器量というものだろう。

決して私自身が嫌になったとかそういう事では無い。

断じて、無い。

「そもそも悪いのは『アゴ』だよ、私達は何にも悪くない!」

『唯一絶対たる秩序の福音(only Absolute Gospel of Order)』を名乗る機構からの離叛者を私達はこう呼んでいる。絶妙に短くて絶妙にダサい感じが、我ながらにナイスなネーミングだと思う。

離叛直後に格好つけた団体名で宣戦布告文書を送りつけて来たのだ。ダサくされて当然である。しかも、この略称は機構のみならず国内外の超常管理組織において公式な呼称となっている。ざまぁみさらせ!

全員で片付けをしていると、なにやら疲れた様子の所長がヤードに入ってきた。

「千人塚博士、時空振幅測定器の試験は…」

「…まともに電源も来てない状態でどうしろと?」

時空振幅測定器は今私達が組み立てている大型の測定器だ。

『アゴ』の拠点である『きさらぎ駅』周辺地域の存在する空間を発見するために、私とがっさんが丹精込めて設計したものであり、今組み立てているのはその試作品だ。

「うーん…できたらはやくして欲しいんだけど…」

「こっちとしても電源の復旧はやくして欲しいんですけど?」

「えっと…まあ、それはおいといて…」

「いや、置いとかないで?」

「あぁ…いや、その…ちょっと問題がおきて…」

「…はぁ?」


甲信研究所 千人塚研究室

「…みんなごめん…断りきれなかった…」

例のごとく所長の持ってきた面倒臭い案件を引き受けることになってしまった事を研究室の皆に謝罪する。

今から現場に向かうとなると徹夜コースじゃないか…

「いえ…別に私達は問題ないですけど…そんなにやっかいなんですか?」

荷物の準備をしながらがっさんが聞いてくる。

「うん…まあ厄介は厄介だけど…それ以前にガッツリ残業徹夜コースだよ?」

「そこは別に…」

「えぇ…過労死とかやめてよ?」

最近の若い人たちは働きすぎる。勤勉な農耕民族の考えは頭の古い狩猟採集民族である私からすると大分ぶっ飛んでいるように感じてしまう。

労働は必要最小限がベストではなかろうか?

「しかし…聞いた事が無いですが…博士は対応の経験があるので?」

「うん、まあ旧軍のころだけどね…完全に専門外なんだけど」

そういえば今回の案件と同種のものが発見されたという報告は平成以降めっきり聞かなくなっていたが…そうか、諏訪先生も知らないのか…

一応情報漏洩で騒ぎになったことはあるが、対応は支部が行って事なきを得たからそこまで関心を集めてはいなかったらしい。

「でもわざわざ甲信研究所うちから行くような案件なんですか?なんだか可愛い名前ですけど」

警察機動隊の装備を身につけた藤森ちゃんが言う。

「確かに…なんか可愛い感じですよね」

呑気な調子でがっさんもどうする。

あー、まあ音の響きだけだとそうなるか…

「全然可愛くないよ…とりあえず二人は今回事案に絶対近寄らないでね?」

「え?でも処理とかしなきゃ行けないんですよね?」

「まあ…とりあえず詳しいことはブリーフィングで話すよ」

とにかく、かなり危険な案件である事を念押しして自分の準備を進める事にした。


『コトリバコ』

そう呼ばれる事案がこの国の歴史に表れたのは奈良時代の終わりごろの隠岐だといわれている。

渡来人によってもたらされた致死性事案的特性を持つアーティファクトであり、漢字では『子取箱』と表記する。

その名の通り、子供と子供を産める女性に致死性の事案的影響を及ぼすものであり、朝廷に対して敵対する勢力の手で製作されたらしいが、事を重く見た朝廷によって製法ごとその全てが破却されたはずだった。

しかし1860年代の隠岐騒動を落ち延びた一人の男がその製法を出雲国の被差別民の集落に伝え、彼らの協力を得て実際に製作された。

重大な被害が出る前に幕府の天文方番所、朝廷の陰陽寮によって無力化されたものの、製法が他の地域にも漏洩し、それ以降反体制派によって『コトリバコ』が製作される事件が多発した。

私が初めて『コトリバコ』に対応したのもその頃だ。

終戦以降は新たに製作される事も無くなってきていたのだが、平成に入ってネットロアとして『コトリバコ』の製法が流布されると言うインシデントが発生、各地の支部渉外班によって元の書き込みは即時削除されて本来のものとは異なるカバーストーリーが流布されて事態は収束したはずだった。

だが、今回木曾地方の山中で新興宗教組織『崇霊会』によって組織的に『コトリバコ』が作成されたらしい。

現在は警察の超常対応組織である警備局広報推進室によって『崇霊会』施設周辺を封鎖しているらしいが、ものがものだけに彼らだけでは対応しきれなくなり、うちに出動の要請がかかったということらしい。


「というわけで、山陰研がいま専従チームを編成してるんだけど、初動対応は難しいってことで対応経験のある私のところに話が来ちゃったってことね…ほんとごめん」

専従チーム責任者である山陰研の土御門博士から送られてきた『コトリバコ』対応マニュアルに目を通したうちの皆はどうやらもう『コトリバコ』が可愛らしい名前だと言う印象はすっかり消え去っているようだ。

そもそもネットロアの『コトリバコ』の製法さえかなり胸糞の悪くなるものだが、本物はそれ以上にえげつない。

材料は妊婦、虐待された子供、奇形の雌の家畜がそれぞれ複数だ。

「てことで、がっさんと藤森ちゃんは今回後方支援にあたってもらうことになるね」

『コトリバコ』が影響を及ぼすのは子供、妊娠が可能な女性、そして作成者本人に限定されている。

私は問題無いことは経験済みだし、静代さんは死体だ。そもそも二人とも死ぬことは無いので問題は無いが、がっさんと藤森ちゃんはそれぞれ26歳と32歳のごく普通の女性だ。

「呪い、というやつですか…メカニズムが実に興味深いですな」

「諏訪先生…ぶれないね…」

もちろん悪い意味で、である。

「ただ、これに関してはメカニズムはもう解明されてる。後で資料あげるから作っちゃダメだよ?」

「…そうですか」

なにやら不満げだが気にしないようにしておこう。

『コトリバコ』自体はこの世界へのグリッチの様なものだ。要するにファミコンのバグ技みたいなものである。

「そんで、まず手始めに田嶋くん達とお巡りさん達で施設を制圧、そのあとに私達が『コトリバコ』の無力化にあたる感じで…信者は抵抗するようなら射殺して大丈夫だけど、可能なら幹部は話せる状態で捕まえといて…事情聴取できる状態ならなんでも大丈夫だから」

「了解です」

現在リハビリ中の大嶋くんに代わって今作戦で調査員部隊の指揮を執るのは田嶋くんだ。

しかし最近どうにもカルト教団と縁があるなぁ…めんどくせえなぁ…

私は心中にため息を噛み殺した。


長野県木曾地方山中 宗教団体『崇霊会』本部施設

「うへぇ…血風呂だねこりゃ…」

流石にアーティファクトの作成を行うような団体だけあって軍隊張りの重武装だったようだが、彼らにとってはそれが不幸の種だった。

いくら装備がしっかりとしているとはいえ、うちの調査員達は国内外の特殊部隊の精鋭からスカウトされて日々厳しい訓練を積む生粋のソルジャー達だ。おそらく銃口を指向しようとした瞬間には逆に射殺されていた事だろう。

一応神道系団体だけあって大社造りの高床式の巨大な施設は、きっと荘厳な見た目をしていたのだろうが、今では無惨な惨劇の現場になってしまっている。

「そんで、これが今回の『コトリバコ』ね…うん、間違いなく本物だわ」

「…大丈夫ですか?」

田島くんが心配そうに聞いてくる。それもそのはずで現在私は口と鼻から血を吐きながらうろついている。

というか上からも下からも大量出血しているが、ちゃんと準備をしてきたのでめちゃくちゃ痛いが対応はできる。

辛いは辛いが、諏訪先生に解体されるよりは大分ましだ。

『コトリバコ』はその影響対象の内臓を徐々に千切っていくもので、一応機能としては生殖能力がある私の体にも影響はする。だが能力のお陰ですぐに修復してくれるから死ぬことは無いが…。

「大丈夫大丈夫、死にはしないから…さて、そんで何人使ったの?」

調査員に引き摺られてきた『崇霊会』幹部に尋ねる。

両手足の腱を切られてボコボコにされて…なんだか悲壮感が漂っている。

「…なんなんだ…なんなんだよお前達は!いったい何がもくてー」

話が長くなりそうなので彼への尋問は終了した。

「…久々に銃撃ったけど…手が痛い…」

「言ってくれればこっちで処理しますよ?」

「うん、頼めばよかった。それじゃ改めてそっちの君、何人使った?」

「は…八人が一つと七人が二つです!た、助けて…」

流石に目の前で知り合いが死ぬのを見たお陰か素直に教えてくれた。

「マジかぁ…八開かぁ…でもここにあるの両方七封だよね?八開はどこにあるの?」

「て…天獄先生のお部屋に…」

物部天獄…『崇霊会』の指導者の事だ。

実際に大正時代にいた反体制派の宗教家の名前だが、その存在は一般には公表されていない。

ネットロアに登場したインシデントは過去にあったが…さてこの『物部天獄』はただの2ちゃんねらーか、それとも本物を知っているのか…

その辺りの事は警察が対応するだろうからとりあえず置いておこう。

「は…話したぞ!頼む、殺さないでくれぇ…」

「それは私に言われてもねぇ…お巡りさん、お待たせしました。もう連れてって大丈夫ですよ」

お巡りさんに引き渡して私達は物部天獄の部屋に向かう。

「そういえば物部天獄はどした?殺しちゃった?」

「いえ、部屋に突入したらすぐに投降しましたよ…警察が連行していきましたが聴取しますか?」

「とりあえず今はいいかな…」

物が何か、数がどれだけかを確認できた以上対応手順は変わらない。

そもそも私達はこの案件の正式な担当ではない。あくまで初動対応部隊だ。詳細な調査は山陰研の土御門博士達がやるだろう。

そうこうしているうちに施設の最奥に位置する天獄の部屋にたどり着いた。

「うへぇ…ケバいね…」

端的に表現するならば成金趣味全開の部屋といったところだろうか?

「…虎の敷物、自分も初めて見ましたよ」

「虎って保護動物じゃなかったっけ?」

「あー…ワシントン条約でしたっけ?」

「そ、余罪プラス1だね」

まあそもそもあれだけの数の『コトリバコ』を作ってる時点で最高刑は免れないだろうが…

それはそれとして…だ。

「…田島くん、やっぱちょっと天獄に話を聞かなきゃダメだ」

「というと?」

この部屋に来たときから感じていた。いや、正確には感じていなかったのだ。

「八開が無い…」

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