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秘境駅 5

仮称遠鉄かたす線 きさらぎ駅

結局誰にも出会うことは無いまま、ある程度のところで『かたす』方面の探索を打ち切って駅舎へと戻った。


「うーん…割と聞いてたのと違うなぁ…」


ネットロアと生還者の話は頭に入っているが、大分様子が違うように感じる。

星に関しては、かつて星読みだった経験から察したとして、『かたす』方面には『伊佐貫』というトンネルがあるのだと言うが、見える限りそんなものは無かったし、降り立った時から聞こえる祭り囃子も無ければ、現地人にも出会わない。


「あっ、ごめんなさい」


考え込んでいると、横を抜けようとしていた利用客にぶつかった。邪魔になっちゃー


「?!」


気が付かなかった。誰一人として…ここに居る誰も…静代さんでさえも…


「止まれ!!」


大嶋君が銃を向けて呼びかける。随分と背の低い老人の様だが…


「雋エ譁ケ驕斐?縺薙%縺ォ縺?※縺ッ縺?¢縺ェ縺??ゅ∪縺?髢薙↓蜷医≧縺九i譌ゥ縺上%縺薙°繧牙?縺ヲ陦後″縺ェ縺輔>縲」


「そうなんですねー、私達じつは…すいません、今なんて?」


答えること無く、すたすたと駅の外に出て行ってしまった。


「待て!!」


老人の後を追って駅を出るが、そこにいたのは見張りに立っている藤森ちゃんだけだった。


「藤森一等、誰か出て来なかったか?」


「え?あ、いえ誰も来ていません」


周囲を見回しても誰もいない。一体あれはなんだったんだろう?


「静代さん、念のためこの辺りに見覚えの無い思考の人間がいないか試して貰える?」


「すいません…駅に戻ってきたくらいから頭の中に聞き覚えの無い言葉が入ってきて…それがうるさくて考えが読めないんです…」


聞き覚えの無い言葉…


「それ…まだ聞こえてるんだよね?」


「はい…」


まずい…


「全員、警戒して!この辺にまだなんかいるかも知れない!」



甲信研究所 大会議室


「全員動かないで下さい!両手を見える位置に出して!!」


夜も更けた頃、赤須博士の恐れていた事態が最悪の形で現実になった。


「我々は『秘書科』です。これより甲信研究所は我々の指揮下に入ります」


秘書科…とはいっても恐らく四宮理事配下の一部隊だけだろうが、厄介であることには変わりない。


「ちょ、ちょっと待って!いきなり来てそんなことを言われても…」


「四宮理事からの命令です」


「いや、うちの責任者は十河理事なんだけど…」


「四宮理事からの命令です」


「せめて理事会の命令書を示して貰わないと…そもそもこっちにはなんの連絡も来てないんだけど…」


「四宮理事からの命令です」


所長が珍しく粘るものの、話にならない様子の秘書科隊員の対応に、泣きそうな顔で赤須博士を見る。


(…しょうが無い)


赤須博士は所長の元に歩み寄る。


「失礼だが君達は組織統裁規定、施設長権限規定、特定管理研究所運用規定に違反している。直ちに武装を解除して所長の指揮下に入りなさい。これは規定に則った正式な命令です」


大柄な秘書科隊員の無感情な目が赤須博士を見下ろす。


「我々は四宮理事指揮下の部隊です。そちらの命令に従う必要はありません」


「はぁ…話にならないな…おい、至急十河理事に報告しろ。四宮理事指揮下の部隊が不当に甲信研を占拠したとな」


本当に、こんな事をしている場合では無いのだが…



仮称遠鉄かたす線 きさらぎ駅


「博士!!博士!!しっかりして下さい!ああ…なんで…博士!!千人塚博士!!」


上下真っ二つになった私の身体を藤森ちゃんが抱きかかえながら叫ぶ。…うん、なんか悪い事しちゃったなぁ…

事はついさっき、コンタクトをとってきた現地人との交渉中、急に襲いかかってきたそれから藤森ちゃんを庇ってこうなったのだが…


「藤森ちゃん?」


「博士!!私はここにいますよ?」


映画でよく見る死にゆく戦友を看取るときのあの状態だ。いつもクールな藤森ちゃんがぼろ泣きしていた。


「私の下半身みてくれる?」


「大丈夫、諏訪先生が治してくれますから。大丈夫ですから…」


「いや、うん…そうじゃ無くって!ルックして!マイロアボデーを!!」


「…?はい…え?うそ…なんで?」


「とりあえず、一旦離して?」


「あ、はい…」


「…やばい…うっぷ…おろろろろろろ」


駅舎の脇の藪に思いっきり吐き出す。

汚くないよ!余った血だよ!


「ふう…すっきりした…っと、そうだよねぇ」


諏訪先生、がっさん、大嶋君、静代さんの四人以外が私に向ける視線…今のところは疑問のそれだが、まあ時間の問題だろう。


「今は詳しいことは言えないけど…その、見ての通り私死なないんだよね…」


まあ、引かれるだろうな…少なくとも今までの様にはいかないだろう。


「なんだ、そういうことですか…心配して損しました」


「言ってくれれば…ってそうもいかないか」


藤森ちゃんと田島君が呆れた様に言う。


「あ…首塚屋敷の…幽霊、そういうことだったんですね…よかった、あ、安心…しました」


ほっとしたような顔で片切君が言う。


「えっとぉ…そのぉ…気色悪いとかそういうのは…」


なんというか別に気にしている様子は無いが…


「いや、今更では無いですか?うちには静代さんもいることですし」


「というより、博士は元々変な人じゃ無いですか…今更変なとこが増えたところで…ねえ?」


藤森ちゃんの問いに皆が肯く。


「ぼ…僕は、首塚屋敷、が怖い物じゃなくて、その…安心…しました」


ええ子達…不安に思っていた自分が情け無い…


「うん…ありがとう。よっしゃ、それじゃあ無事に生きて帰ろう!」



日本国 某所 秘匿司令部壕-Κ


「おお、どうした木曽博士…何か進展があったのかな?」


『十河理事!緊急事態です!しのみー』


破裂音に続いて通信が途切れる。


「木曽博士?おい、どうした。木曽博士!」


甲信研からの通信…緊急事態…『しのみ』…


「銃声ですね」


脇に控える秘書科隊員が言う。


「うむ…」

『しのみ』は四宮理事が何かを行ったとみて間違いは無いだろう。そして銃声…


(暴発を恐れてはいたが…まさかそこまでやるか…)


理事会の決議を待たずに指揮下の根室研究所の要員に、ワームホールを開かせる。そこまでは予期していたが、これは恐らく甲信研への武力攻撃だろう。

手法や方針は異なってこそいるが、理念は一致しているはずだ。していなければならないはずなのだ…


「甲信研に部隊を送ってくれ…それと根室研究所への監視強化を…ああ、あと隠然を呼んでくれ」


「かしこまりました」


今彼がやるべき事は三つだ。一つは甲信研の奪還、もう一つは四宮理事の真意を探る。最後は千人塚研究室が『きさらぎ駅』から脱出するまでの支援だ。


「…頑張ってくれよ、巫女様」



仮称遠鉄かたす線 きさらぎ駅


「博士…これは例の祭り囃子でしょうか?」


遙か遠くに聞こえて来る祭り囃子の音…いや、節回しが妙だ。


「多分…そうだと思うけど…なんだっけこれ…」


聞き覚えはある。だが思い出せない。なんだったか…

現在の時刻は手元の時計で23時15分…なのだが、先程甲信研に確認した段階で6時20分と言っていたから時計はあてにならないと思っておいた方がいいだろう。


「それにしても夜明けはまだでしょうか?」


「明けないかも知れないね…空見てみ?」


「そら…ですか?」


「こっちに来たばっかりの時から一切星が動いてない。時計の異常も含めて考えると…夜明けが来るのかどうか…」


「博士!!大嶋さん!!のんびりしてないで早く!」


ホーム上でゆっくり話していると静代さんが大声で呼びかけてくる。


「ほいほいっ!」


線路回りを調べていたチームの護衛にあたっていた静代さんが捕らえた現地人は、彼らに「線路の上にいると危ないよ」と日本語で声をかけてきたのだという。そこから考えると友好的であるともとれるが…


「こんにちは、少しお話を伺ってもよろしいですか?」


上下逆さまで宙に浮いている様に見えるが、これは静代さんの力で捕らえているからだ。

しかし状況をさっ引いても妙な人物だ。この寒いのに来ているのは汚れた白いタンクトップとカーキの半ズボン…ここに水筒と図版があれば裸の大将のコスプレか?と思うところだ。

見た所片脚が無いようだが…出血している様子は無いので元々だろう。顔つきは老人…深い皺と染みの目立つ顔はかなりの高齢者の様だ。


「私の言葉が分かりますか?」


「線路の上にいると危ないよ」


「はい、私の質問にお答え頂ければすぐに線路から出ます。質問に答えて頂けますね?」


「線路の上にいると危ないよ」


「私の質問に答える意志があるなら首を縦に振って下さい」


「線路の上にいると危ないよ」


話にならない。だが想定済みだ。


「おーい、諏訪先生ー!出番だよー!!」


「はいはーい!」


折角だ。彼等の正体を暴いて貰おう。


「なるほど…ぱっと見たところ普通の人間の様ですね…静代さん、ちょっと腕の辺りを裂いてみて貰えますか?」


「あ、はい分かり…えっ?!」


「ああ、腕が取れてしまっても構いませんよ?」


諏訪先生…多分静代さんが言いたいのはそこじゃない。


「は…博士ぇ…」


「うん、女は度胸!頑張って!!」


「うええぇぇぇぇ…」


日本全国津々浦々で人々を恐怖のどん底にたたき落とした呪いのビデオの中身だとは思えない状態だが、ここは静代さんに頑張って貰うより他無いだろう。


「行きますよぉ…うひぃっ…感触が…」


目を逸らしてビクビクしながら現地人の腕をもぐ静代さんの様子はなかなか面白いが、私達が目を奪われたのはそこでは無い。


「血が…出ませんね」


「うん…それに断面も…なんか肉感が無いね」


「それ以前に腕をもがれて声一つ出さないというのは…」


少なくとも『普通』の人間では無さそうだ。


「何か話してくれる気になりましたか?」


「線路の 逞帙>?∫李縺?シ√d 上にい 繧√※荳九&縺?シ∝勧縺代※荳九&縺?シ∽ る ス輔〒繧りゥア縺励∪と 危ない 縺吶°繧会シ√≠窶晢シ搾シ搾シ?シ よ」


バグったか?インタビューはもう厳しいかも知れない。


「先生、こっちはもう大丈夫だけど…処分して検死する?」


「そうですね…静代さん、できるだけ壊さないように処分して下さい」


「処分って…処分ですよね?ううぅぅ…」


丁寧に首をもぐ静代さん…ごめんね、設備が無いから…


「やりましたよ?ええやりましたとも!!これどうすれば良いですか!!」


「研究職になりたいなら慣れといた方がいいよ?」


「…博士も一回素手でもいでみれば良いんですよ…」


ああ、それは経験無いなぁ…そんな腕力無いし


「静代さん、こっちの平らなところに降ろして下さい」


降ろされた死体…いや、死体では無いのかも知れない…

皮膚の下は無機質な物質で構成されているように見える。


「何です?これ…」


「うーん…諏訪先生の専門分野じゃ無いかも知れないね…」


「ふむ…大嶋さん、ナイフを貸して頂けますか?」


「ああ、どうぞ」


大嶋君からナイフを受け取った諏訪先生は一切の迷い無く皮を剥いでいく。


「博士…うちの医療職の人って皆こうなんですか…?」


「んー、諏訪先生は特別かなぁ…」


マッドサイエンティスト的な人は多いが、レクター教授ばりにぶっ壊れているのは諏訪先生くらいのものだ。


「ふむ…」


手際良く皮を剥ぎ終えた諏訪先生が唸る。


「皮は人間の皮で間違い無いでしょう。鞣されている様子もありませんし…これを見て下さい」


諏訪先生が指に付いた赤黒い粘液を示す。


「くっさ…何これ…」


「人間の血液と組織液ですね…ふむ大分腐敗している様ですが…そこまで老人の物とは思えませんね…」


うわぁ…この人舐めたよ…


「…お腹壊すよ?」


「ははは、そんな事より妙だとは思いませんか?」


「妙なのは諏訪先生ですよ…うぅ…吐きそう…」


「で、何が妙なの?」


「体液が残っていると言うことは処理が行われていないということです。にも関わらず脂肪や筋肉片は一切残っていない」


「そういう設計の人口生物っていう可能性は?例えば筋肉や脂肪の機能は本体の方にあるから…とか」


諏訪先生が首を横に振る。


「多少固着してしまっている部分はありましたが、皮と本体は接合されていませんでした」


「…人間から剥いだ革を被っている…そういうことですか…気味が悪いですね」


「本体の方も大分気になるし…何よりも皮を剥いだのが誰で何を目的としていたのか…」


「ええ、奇妙な技術です。これだけ見事な皮剝技術…私にも心当たりがありませんからね」


少なくとも、これを作った誰か、もしくは何かがこの異常な空間の秘密に関与しているのは事実だ。

用語解説


『秘書科』

『機構』における職掌の一つ、主として執行部理事の護衛及び直接の指揮下における重要な任務の遂行にあたる

構成員は直協・全般両職種調査員としての高い技量が求められるうえに、執行部理事の副官業務を行う必要があるため多岐にわたる業務遂行能力が求められる。

特殊部隊や専従戦闘部隊とは異なり直接の戦闘は執行部理事の護衛及び秘匿司令部壕の防衛のみを想定しているため、戦力としてはそれらに先を譲るとされている。


『秘匿司令部壕』

『機構』の最高意思決定機関である執行部理事会構成員である執行部理事の執務室であり住居

日本国内に所在するということ以外の詳細は厳に秘されている。

破局的終末事態及び国家間の全面超常戦においても最期の一瞬まで指揮を執り続ける事が義務付けられている執行部理事の職責のため、横須賀・松代の超常戦司令部や特定管理研究所相当の防護能力を付与されている。

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