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其ノ壱 坂本龍馬はバナナで釣れますか

ここから書き下ろしになります。短編を読んで下さった方々、ありがとうございました。

 着物の人々が行き交い、瓦葺きの屋根で覆われた商店が立ち並ぶ。

 修学旅行で行った映画村で見た事のあるような街並みの中で商人が威勢のいい声を響かせ、町娘達が楽しげに笑いながら横を通り過ぎていった。


 悠吏は唖然とした。


「どこ、ここ……」


 まさかの二回目。

 愛犬のさなえさんに飛びつかれたはずみでタイムスリップしてしまい、悠吏はまたも往来の中で途方に暮れていた。


 前回は幕末、ペリー来航。歴史の変わり目のさなかに放り込まれてじたばたともがき、ペリーの泣きべそに罪悪感に胸を痛めながらも角材を腱鞘炎になるほどフルスイングしたのは記憶に新しい。

 ていうか今さっきだ。時代を超えるスパンが短すぎる。もはやコンビニに行くような感覚でタイムスリップしているような気さえする。


 ぐるりと辺りを見回すが犬らしき姿はない。この純日本の風景の中XLサイズの犬がわっふわっふしていたら騒ぎになりそうだし、恐らくこの近くには居ないのだろう。


『何かやらかしてしまう前にとっととさなえさんを回収して帰らなければ』


 悠吏は立ち上がると―― 兄妹を捜して家中を走り回り階段をダッシュしたせいで――未だ大爆笑している膝を、角材を杖にして支えながらよろよろと歩いて行った。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「さなえさん……どこ……」


 犬を探して三千里。

 明るかった空はだんだんと暗みがかってさなえさん探しも空も雲行きが怪しくなってくる。暗くなるとそうふらふらとは出歩けない。見知らぬ土地に一文無しで過ごす夜は怖いのだ。


「お腹減ったな……」


 お腹からぐぎゅるるるる、と可哀想な音が聞こえてくる。

 ごめんよ、何か食べられる物を入れてやろうなとお腹をさすり、はたと気付く。


「そういえばバナナ持って来てたな」


 近くにあった木の根元に腰を下ろし、鞄からバナナを取り出してもさもさとぶち模様の皮を剥く。

「どの時代で食べてもバナナはバナナなんだなあ」なんて当たり前の独り言を言いながら寂しく食べていると頭上から何やら快活な男性の声が響いた。


「おまさん、それは何を食うちょるぜよ」

「ほむ?」


 月の光が逆光でよく見えないが、癖毛を後ろで纏めた髪だけはぼうっと見えた。

 腰にさした刀に手を当て、こちらをじっと見つめている。

 しかし刀に手を置いているもののこちらに敵意などは無いようで暗闇の中で瞳が爛々と輝いていた。


 悠吏は男性と目を合わせたままひとしきり口の中でもぐもぐとバナナを味わい、ごくんと飲み込むと「バナナですけど」とカバンの底にあった――コンビニで貰って忘れていたと思われる――ウェットティッシュで手を拭く。


「食べてみます?食べ頃なんでめっちゃ甘くて美味しいですよ」


 皮を大きく剥いて自分の分をもいで口に入れた後、残りのバナナをほいっと差し出す。

 男性はぱちくりと目を瞬かせ、「こりゃあ見たことんない食べ物ぜよ」と言いながらバナナをまじまじと観察し始めた。


『毒じゃないよ。食べてごらんよ。美味しい美味しい腐りかけだよ』


 男性は一頻りバナナを観察し終えるとこちらを見てペコッと会釈し、豪快に口に放り込むと目を大きく見開いた。


「ん!」


 毒を盛られた某配信者のような反応だ。まあまだ日本には輸入されていない果物を初めて食べたのだから当然の反応とも言える。

 しばらくもちゃもちゃと口を動かしていた男性だったが、ごくんと飲み込むと「うまい!!」と叫んだ。割と響いた。近所迷惑にならないか心配になる声量だ。


「おまさんはこれを何処で手に入れたがじゃ」

「え、家の台所ですけど」


 正確に言うと台所のテーブルの上で忘れ去られ腐りかけていたやつだ。

 バナナは腐りかけが1番甘くて食べ頃だし問題ないだろう。しかしバナナは遠足のおやつに含まれますか、という質問はテッパンだがまさかバナナ本人だって時を超えるとは思っていなかっただろう。そんなバナナ。


 男性はバナナに相当興味を持ったようで、何処で手に入るのか、どこの地域で栽培されたものなのかなどと矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。

 答えようとしたそばから質問が飛んで来て中々会話が進まない。人の話聞かん人だなと思っていると男性の後ろから提灯の明かりが近付いて来た。


『誰か来たみたいだ』


 提灯を持った人物はその勢いのまま突進して来ると――べちこん!!と男性の背中を叩いた。


「龍!おんし風邪引いとるゆうに外出歩くんはやめろと言うとるろうが!」

「すまんすまん!ちっくと楽になったもんじゃき、風に当たっとったがじゃ」


『えっ、痛くないの?めっちゃ大きい音したけど』


 病人なはずの相手を全く病人扱いしていない。

「背中大丈夫ですか」と聞くと「いつもの事じゃ、気にせんき!」と元気な返事が返ってきた。この人本当に病人か?


 提灯のおかげで2人の顔が見える。今まで話していた人は着物を着崩しており、驚いた事に冬でも裸足に草履である。クラスに1人はこういうやつ居たなと思い出す。

 後から来た男性は割と着込んでおり、バナナの男性とは対称的にきっちりとした印象だ。一体どういう関係なんだろうか。

 真面目そうな男性がにっこりと笑った。


「龍を引き止めてもろうてありがとうな、お嬢ちゃん」

「お嬢……」


 ピシリ、場の空気が凍り付く。

 突如悠吏から漏れ始めた冷気に2人の男はぶるりと身震いした。


「おまさん、どういた……?」

「……俺、男なんですけど」

「はぁ!?おまん男じゃったんかえ!?」


 まさか今まで話していた男性にも勘違いされていたとは。

 たしかに研究ばかりで身体は細いし陽の光に当たらないから肌はなまっ白いし、昔から色んな人に女の子みたいな顔してるねとはよく言われるが自分はれっきとした男である。

 失礼極まりない。誠に遺憾である。


「なんじゃあ、わしゃあえらいな粋なおなごが居ると……」

「毎度毎度女を引っ掛けて回るのはやめい。お竜さんに首を締め上げられるぞ」


 どうやら前科持ちのようだ。ダメ男なのか、この人は。人が良さそうで快活だからたしかに女の人に受けは良さそうだけど。羨ましい。


「龍さん、でしたっけ。申し訳ないんですがナンパ失敗ということで」


 立ち上がって「お疲れ様でした」と言おうとして「勘違いしとってすまんちや。わしゃあ」と遮られた。


 風が吹いて雲が晴れ、月明かりが男性の顔を照らす。こちらに手を差し出し、ニカッと笑うのは。


「わしゃあ土佐の坂本龍馬っちゅうもんぜよ」


 幕末の風雲児。坂本龍馬だった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 べんべんと三味線の音が響き、芸妓が扇子を手にひらひらと舞う。


 畳の上にあぐらをかいて「染み渡っちゅう〜」と酒の代わりにスポドリを煽るのは風邪を引いて病人だったはずの人間だ。

 やめればいいのに制止の声を聞かず、面白い坊主を見付けたとご機嫌でずるずると座敷に引きずり込まれた。

 未成年なのでお酒はNGなんですがと手でバッテンを作ったものの聞いちゃいない。抵抗するだけ無駄だと諦め、悠吏は米俵のように担がれて入店した。

 そして風邪を引いた喉に更に酒を浴びせるのも忍びないので飲みかけのスポドリを飲ませているという訳だ。


 目の前で楽しそうに笑うのは日本では知らない人は居ない幕末の偉人、坂本龍馬だ。大河ドラマと日曜劇場でめっちゃ見た人である。

 額に手を当て気の毒に酒をちびちび飲む男性は中岡慎太郎。この人も大河ドラマに出てきた。あっ、これ進○ゼミで解いたやつだ!と同じ感覚だ。テレビっ子だったおかげで言葉が分かって助かった。


 悠吏は奢って貰った刺身を前に手を合わせ、いただきますと箸を伸ばした。


「実は俺ここら辺では見ないような大きな犬を捜してるんですけど、龍馬さんたち見ませんでしたか」

「犬?いやぁわしゃあ見とらんぜよ。中岡は」

「いいや、わしも見ちょらん……何か特徴はあるがかい」

「めっちゃ雑種なんですけど」

「めっちゃ雑種」

「とにかく身体が大きくて白くてわっふわっふしてます」


 さなえさんは双子の弟が拾って来た犬だ。拾った時点ではテディベアくらいの大きさだったのが僅か3ヶ月後には想像の4倍は大きくなってしまい、弟が無言で滝のような汗を流していたのを覚えている。

 何やら色々と犬種が混じっているらしく、たまに犬語ではない何かを話すがそこはわっふわっふしてて癒されるのであまり気にしていない。

 賢いので人を襲うことはないだろうが、なにぶん背中に子供が乗せられるくらいには身体が大きく、人に見付かったら騒ぎが起きそうなので見付けたら即回収したい。


「おし、見付けたらおまんに教えちゃる」と笑った龍馬に悠吏は「恩に……恩に着ます……」と平伏した。


「ほいたら飲み終わったらそこらを捜してみるかや」

「案外近くに居るかも知れんしのう」


 優しい。バナナ半分あげただけなのに。慎太郎さんに至っては完全に巻き込まれただけなのに。


 悠吏は出された刺身を食べ切り、水を飲み干すとさあ行きましょうと立ち上がった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「だーっ!犬っころはどこにおるんぜよ!」


 ガサガサと植木を揺らしたり聞き込みをしたりおーいと呼んでみるが中々成果は得られない。

 それどころかさなえという名前の女性が街からどしどしと集まって来てしまい「犬です、犬の名前なんですごめんなさい」と謝らなければいけない羽目になった。

 よくよく考えたらコーラの缶だって先に転移して後から自分は追いかけたのにタイムスリップして暫く経ってからペリー来航と共に時代を超えて降ってきたのだ。さなえさんとのタイムラグがあっても不思議じゃない。


「すみません、手伝っていただいたのに見付からなくて。今日はもうすっかり暗くなりましたし、また明日探してみます」


 龍馬さんは少し気分が良くなったとはいえ病み上がりなのに、違う時代で声を掛けられたことに安心してつい甘えてしまった。

 龍馬さんにも慎太郎さんにも、これ以上お世話になる訳には行かないだろう。

 ぺこりと頭を下げると、少し残念そうに、「あいわかった。おまんも今日は明日に備えて早う寝た方がえい」と頭をわしわしと撫でられる。

 慎太郎さんにも頭を下げ、とぼとぼと帰ろうとし……ぴたりと立ち止まった。


『あれ?俺、帰る家なくない?』


 悠吏はくるりと回れ右してまた2人の元に戻った。


「どうしたぁ、坊主」

「すみません、自分が宿無しだった事を失念してました」


 前回試してわかった事だが、コーラ缶を手に持っている状態でないと元の時代に帰ることはできなかった。

 つまり歴史を変えた原因であるものを持っていないと、もっと言うとさなえさんを見つけるまで帰れまテンなのである。

 地獄のような企画だ。今すぐ降りさせてほしい。


「ほぁ?帰る家がないんかえ」

「犬を探し続けて迷子になってしもうたか?それとも何か他に事情が……ぶつぶつ……」


 頭にクエスチョンマークを浮かべた龍馬さんに「着の身着のまま犬を追いかけて来てしまったのであいにく一文無しなんです」と白状すると「わしに施しをやっとる場合じゃないろうが」と怒られてしまった。ごもっともである。鞄の中に残っているのはおしゃんなお菓子の袋と龍馬さんが飲み干して空になったペットボトルとバナナの皮、角材で何度もぼこぼこにされ薄汚れたあひるさん。あと現在は杖として使っている角材で、これは何かあった時武器とかになりそうだがそもそも腱鞘炎で握ることすらできないので戦闘力はどれだけ多く見積っても20。寧ろマイナス。

 考え無しな行動による完全なるやらかしである。


「不甲斐なし」


 ぺしゃんと潰れたマイハート。そして削れるマイライフ。

 粋なラップが出来てしまったが心は凹んでいる。

 無表情のまましょげていると何やら顎に手を当てて考え込んでいた慎太郎さんが「わしらぁで連れ帰るぜよ」と言って顔を上げた。


「わしらぁは敵が多い。それでも付いてくる覚悟はあるかえ」

「や、宿代出してくれるんですか」

「この寒空の下、無一文の宿無し坊主を見捨てて帰るほどわしらは落ちぶれちゃおらんき」


『神様仏様慎太郎様……!』


「ありがてぇ……ありがてぇ……」と両手を擦り合わせて拝むと、慎太郎さんは照れ臭そうに頭を掻き「えい判断じゃのお」と龍馬さんにどつかれていた。


 今向かっている近江屋というのは2人が普段使っている秘密基地のような場所らしい。

 秘密基地という響きにこっそり胸を躍らせながらウキウキで着いて行っていると、龍馬さんがしれっと爆弾を投下した。


「一応おまんには言っておくが、おまんは今日でお陀仏になるかも分からんぜよ」


 突然の物騒な発言にいつもより軽いステップを踏んでいた足が止まる。そしてついでに思考も止まる。


 これから雨が降るかもねみたいな調子で言われたが聞き間違いだろうか。

 雨が降るなら早く帰って洗濯物取り込みましょうねで済む話だが槍が降るなら話は別だ。今すぐ自分の部屋に篭ってどんな攻撃も防ぐ鋼鉄で出来たコウモリ傘を拵えなければ。


『いやだから帰れないんじゃん馬鹿。自分ほんとバカ』


「近江屋はちと向こうに場所が割れとるかもしれん。おまんも巻き添えを食らうかも知れんき」

「あの俺まだ死にたくないんですけど……」

「はっはっは!刺客が来たらそのバナナの皮でも投げ付けちゃればえい」


 そんなのマ○オカートでしか使ってるとこ見たことない。

 でも精神的ダメージは大きそうだ。バナナのあのべちゃっとした感触。圧倒的生ゴミ感。バナナを投げ付けられて見事顔に当てられた日には夜寝る時に思い出して情けないやら恥ずかしいやらで布団の中でふがふがしてしまう。


「割といい案かもですね」

「そうろう?」


 うんうんと頷いて、ふと思い返す。バッティングはコーラ缶で腕が死ぬほどやったけどピッチングはやっていない。

 バッティングだってノックしたあひるさんがいい感じにぷっきゅ〜と飛んで行ってくれて、80回を超えたあたりで当たったのだって完全にまぐれだ。生まれながらのノーコンはそう簡単に治らない。


 足がガクガク、手もぶるぶるのこの状態でさなえさんを捜して動き回れたのだって奇跡だ。杖をつきながら動かない身体を鞭打って動かしたせいで筋肉痛が激しく襲って全身が痛い。

 普段一歩も外に出ず、運動も一切しないから急な負荷に耐えられない。筋肉は裏切らないとかいうキャッチフレーズで筋トレが流行った時期から適度に運動しとけばよかったと後悔する。


 この状態で刺客から逃げきれる訳がないのでは。


「うん、やっぱり俺死ぬような気がしてきた」


お気付きかもしれませんが主人公は理数科目にステータスを全振りしたアホの子です。

中学1年の冬まで学校に通っていましたが研究に力を入れすぎて朝起きれず不登校になっています。

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