エルクの薬屋
「エルクの薬屋」 作:パン粉
◯エルク
薬屋の店主。得体の知れない人。どんな時でも冷静。毒舌。
◯リフェ
隣の街のお嬢様。一目惚れ中。中々やばい人。
薬屋。下手にはカウンター。椅子と小さいテーブルが置いてある。
真ん中にスポット。
エルク「ここはとある街の薬屋。お客様の要望にお応えし、ちょっとした傷薬から少々危険なものまで幅広く扱っております。例えば……宴会で面白い芸を披露したい、想いを寄せている人を惚れさせたい、憎い人に復讐してやりたい。はい、もちろん扱っていますよ。ただし店頭には置いていません。そういった特殊なものは注文を頂き、材料を受け取ってから調合いたします。お客様から代償をいただければ、どんな薬でもお作りしましょう」
一礼して、暗転。
明転。エルクはカウンターの奥に立っている。派手な音を立てて扉が開かれ、リフェが上手から入ってくる。
リフェ「ちょっと、なんなのよこの寂れた店は! なんでも取り扱ってるから来てやったっていうのに……そこの店主!」
エルク「いらっしゃいませ。どのような薬をご希望ですか?」
リフェ「この店、居心地が悪いわ。なんか怪しい薬がいっぱい置いてあって気味悪いのよ」
エルク「それは薬屋ですから」
リフェ「わかってるわよそんなこと。あーあ、こんなところじゃ私の欲しい薬なんて置いてないわよね」
エルク「ありますよ」
リフェ「はいはい、そんな強がんなくていいから。……はー、どの店回ったって無いし、ここが最後の希望だったのにこれじゃね……」
リフェ、疲れたように椅子に座る。
リフェ「ねぇ、暇?」
エルク「そうですね、あなたがお客様で無いのであれば、暇です」
リフェ「だったら話だけでも聞いてよ。どうせ客なんて来ないんでしょ?」
エルク「最近は街の皆さんも健康なようで。喜ばしいことです」
リフェ「ずいぶんと遠回しな言い方だけど……つまりは来ないのね。面倒臭いからはっきり言いなさいよ」
エルク「それで、お話とは?」
リフェ「今話逸らしたわね。まあいいけど。私ね、好きな人がいるのよ」
エルク「色恋沙汰ですか、それは面倒な」
リフェ「うるさいわね、いきなりそんなこと言わないでくれる? 失礼よ」
エルク「これは失礼いたしました」
リフェ「生意気な店主ね。それで私、好きな人……ウィルっていうんだけど。一目惚れしちゃったの」
エルク「一種の気の迷いでは?」
リフェ、エルクを睨みつける。
リフェ「だって、仕方ないじゃない。彼のあの艶のある黒髪! 吸い込まれそうな瞳! 高身長と、頼もしい胸板! 何よりその綺麗な顔立ちといったらもう……一目惚れしないっていうほうがおかしいわね。私だって彼の姿を見たときビビっときたもの。この人が私の運命の人だわ、って」
エルク「……はっ」
リフェ「何よ、そのバカにしたような笑いは! あんたは黙って話聞いてればいいの!」
エルク「すみません、あまりにも愉快なお話だったもので」
リフェ「ねぇ喧嘩売ってる? だったら遠慮なく買わせていただくわ。ちょっと表に出なさい!」
エルク「申し訳ありませんが、店を空けるわけにはいきませんので」
リフェ「こんな店潰れちゃえばいいのよ! いえ、潰してやるわ。店主の態度が最悪だって訴えてやる!」
エルク「それは困りますね。潰れてはこの街から薬屋がなくなってしまいます。ここは街の皆さんにもよく利用していただいているので」
リフェ「う……。それは、困るわね……人に恨まれるなんて嫌だし。はぁ、仕方ないから今までの暴言は許してあげるわ」
エルク「ありがとうございます」
リフェ「それで……って、全然話進んでないじゃない。どこまで話したかしら?」
エルク「好きな人がいる、というところまでですね」
リフェ「そうそう。それで、私彼に告白したのよ」
エルク「馬鹿ですか」
リフェ「馬鹿って何よ。考えるより行動する派なの。で、告白したら……何て返ってきたと思う?」
エルク「なにお前、気持ち悪っ。ですか?」
リフェ「違うわよ! ……あ、でもそんなに違わないかも。『ごめん、知らない女の子とは付き合えない。正直言って、気持ち悪い』って言われたから」
エルク「馬鹿ですね」
リフェ「……否定できないわね。でも私、諦めきれなくて友達からでいいからってお願いしたの。彼、それならいいって言ってくれたんだけど……なのに。それから一週間、私にそっけない態度ばかりとるのよ? 友達ならいいって言ったのに。どう思う?」
エルク「正しい判断だと思います」
リフェ「違うわ。彼、きっと私のこと鬱陶しいって思ってるのよ、きっと」
エルク「そうでしょうね」
リフェ「うっ……別に、そんなにつきまとってないわよ? おはようからおやすみまで、逐一彼の行動をチェックしていただけだもの」
エルク「もはやストーカーの域ですね」
リフェ「これくらい普通じゃないかしら。だって好きな人なんだもの、知りたいって思うのは当然じゃない?」
エルク「乙女の純粋な心を汚さないでください。あなたがそう言うと全国の女子に失礼です」
リフェ「あなたの方が失礼よ!」
エルク「話が進みませんね」
リフェ「あなたのせいでしょ。だから、彼は私の恋心を踏みにじったのよ」
エルク「それで復讐してやりたいと?」
リフェ「いいえ、そうじゃないわ。私は今でも彼のこと好きだもの」
エルク「では?」
リフェ「彼が私のこと好きになってくれないなら、薬で惚れさせちゃえばいいのよ! ね、名案でしょ?」
エルク「……なるほど」
リフェ「ふふん、頭いいでしょ? それで惚れ薬を探していろんな街の薬屋を巡り歩いていたの。私の足で行ける範囲は狭いから、数件だけだけどね。ここが最後なの。この街に来ていい噂を聞いたんだけど、期待はずれだったわ。ねぇ、一応聞いておくけど惚れ薬ってないわよね?」
エルク「ございますよ」
リフェ「そうよね、無いわよね……って、あるの!?」
エルク「はい、取り扱っております」
リフェ「どっどれよ、早く出しなさい!」
エルク「少々お待ちを」
エルク、下手にはける。
リフェ「まさかこんなところにあるなんて……。そもそも、惚れ薬なんてものが存在することすら曖昧だったのに。諦めないと、いいこともあるのね」
小さな瓶を持って出てくる。
エルク「お待たせしました。こちらが惚れ薬になります」
リフェ「へぇ、随分と小さいのね。こんなので効果あるの?」
エルク「一滴ほど飲食物に混ぜて服用していただければ、間違いなく効果を発揮いたします」
リフェ「一滴でいいのね。もっと使ったらどうなるのかしら?」
エルク「こちらは重複効果はございません。たくさん使用しても体に悪いだけかと」
リフェ「そう。体に悪いなら少量の方がいいわね。それじゃ、いただいていくわ。いくらかしら」
エルク「銀貨2枚になります」
リフェ「安いわね。ほら」
ポケットから銀貨を取り出してカウンターに置く。瓶をとって急ぎ足で上手に向かう。
エルク「ただし」
リフェ「っと、まだ何かあるの?」
エルク「そちらは薬を摂取した後、初めて見た女性へ好意を抱くようになります」
リフェ「うん? 何の問題もないじゃない」
エルク「そうでしょうか? 必ずしもあなたを見るとは限りません。それに、あなたはウィルという男性に嫌われているご様子。視線をそらされる可能性の方が高いでしょう」
リフェ「それは、そうね……。だったら、どうしろって言うの?」
エルク「その薬にあるものを混ぜてから使用すれば、その男性はあなただけに好意を抱くようになるでしょう」
リフェ「あるもの? 何よ、もったいぶらずに言いなさい」
エルク「……あなたの血液です」
リフェ、目を見開いて半歩後ずさる。
リフェ「……私の血を、これに混ぜれば彼は私だけを見るようになるのね?」
エルク「はい。その薬と、血液をお渡しいただければ私が調合いたしましょう。あなたはここが初めてのようですので、特別に無料とします」
リフェ「わかったわ。どれくらい必要なの?」
エルク「一滴もあれば十分です」
リフェ「なんだ、それくらいなら構わないわ。必要以上に脅かさないでよ。何か針のようなものはあるかしら?」
エルク「それでしたら、こちらに」
カウンターの下から針と小皿を取り出してリフェに渡す。
エルク「どうぞ」
リフェ「ありがと」
小さいテーブルの方へ持って行き、椅子に座る。
リフェ「う、こういうのって怖いわね。裁縫なんかやってる時は指に針を刺してもあんまり痛くないのに」
エルク「よくあることです」
リフェ「よし、ここは思い切って……痛っ。……ほら、これでいいんでしょ」
エルク「ありがとうございます。では、すぐに終わりますので少々お待ちください。それと、絆創膏はこちらをお使いください」
リフェ「気がきくわね。ま、こんなこと日常的にやってるなら用意していて当然だけどね」
エルク、受け取った小皿の血を小瓶の中へ入れ、そのまま三回振りまぜる。すぐに蓋をする。
エルク「できました」
リフェ「早っ。私まだ絆創膏貼ってないんだけど」
エルク「遅いですね」
リフェ「あなたが早すぎるの。それで、追加料金は……ないんだったわね。それじゃ、ありがたくいただいていくわ。使い方は変わらないわよね?」
エルク「はい。どうぞ有効にお使いください」
リフェ「ありがと。お邪魔したわね」
瓶を持って上手にはける。エルク、使った針や小皿を拭きながら、暗転。
明転。
エルク「そろそろ時間ですね。店じまいとしましょうか」
時間を確認し、上手に向かう。乱暴に扉が開かれ、リフェが上手から入ってくる。
リフェ「ちょっと聞いて! 実は__」
エルクとリフェはぶつかりそうになるが、エルクが避ける。
リフェ「う゛っ! 痛たた……肺の空気全部出たわ。ちょっと、呼吸が止まったらどうするつもりよ!」
エルク「どうもしません。ただ粗大ゴミの処理をするだけです」
リフェ「この店主はっ……!」
エルク「あなたはこの前のお客様ですね。二度目のご利用、ありがとうございます」
リフェ「あいかわらずの平常運転ね。そういえばあなた、名前は?」
エルク「エルクと申します」
リフェ「エルク、ね。覚えたわ」
エルク「私の名前など覚えて下さらなくて結構ですが」
リフェ「そういうわけにもいかないわ。一応あなたには感謝してるんだもの。私はリフェ。隣街の学生よ。よろしく」
エルク「リフェ様ですね。それで、感謝しているとは、薬を使っていただけたのですね?」
リフェ「ええ、使ったわ」
エルク「どうでしたか?」
リフェ「それはもう……凄かったわ! あんなに冷たかった彼が、私のことを優しい目で見てくれるようになったの! もう私、毎日が幸せすぎて……」
エルク「良かったですね」
リフェ「でも……」
エルク「でも?」
リフェ「え? いえ、なんでもないわ」
エルク「何かご不満があるのでしたら遠慮なくおっしゃってください。あなたは事後報告のためにここにきたわけではないのでしょう?」
リフェ「……お見通しみたいね」
エルク「話を聞きましょうか。どうぞ、そこへお座りください」
リフェ「あら、じゃあ遠慮なく。もしかしてお茶でも出してくれるのかしら」
エルク「生憎そういったものは取り扱っておりません」
リフェ「取り扱う以前の問題じゃないかしら?」
エルク「図々しいですね」
リフェ「私は! お客様よ!」
エルク「そういえばそうでしたね」
リフェ「このっ……! はぁ。もういいわ。事情話すからさっさと薬を頂戴」
エルク「かしこまりました」
リフェ「あのね……この前の薬でウィルに好意を持ってもらえたのはいいんだけど、それだけなのよ。何日経っても、進展なし。私に話しかけてくれないの。これ、どういうことかわかる?」
エルク「まあ、それだけの薬ですからね」
リフェ「何よ、そうなら最初からそう言いなさいよ」
エルク「言いましたよ」
リフェ「聞いてないわ!」
エルク「それはご愁傷様です」
リフェ「……だから、私は今の関係を変えたいの。彼と恋人同士になりたい! そういう薬ってないの?」
エルク「ありますよ。ただし、前回と同様リフェ様に代償を支払っていただく必要があります」
リフェ「それはわかってるわ。何でもいいから、確実に効果があるものにしてちょうだい」
エルク「はい。では……」
カウンターの下から小さな瓶と紙コップ、ナイフを取り出す。
リフェ「え、ナイフ……?」
エルク「こちらが意思疎通のはかれる薬となります。前回同様、飲食物などに混ぜて服用していただければいいのですが、ひとつ、注意点があります」
リフェ「注意点? なにそれ」
エルク「こちら、熱いものに触れると反応が変わって、奇声を発する薬へと変化してしまうのです」
リフェ「どんな効果よ!?」
エルク「ですので、くれぐれもご注意ください」
リフェ「地味に怖い効果ね。具体的に、何度くらい?」
エルク「70度をこえれば、もう瞬間的に変化します」
リフェ「意外に温度が低い! お湯に溢したらおしまいね、気をつけないと」
エルク「はい。それと、こちらだけでは効果が無差別なので」
リフェ「ええ。血が必要なんでしょ。今回はこんなナイフだけど、どれくらいの量が必要なの?」
エルク「いえ、必要なのは血ではありません。あなたの指を、一本いただければ」
リフェ「は? ……ごめんなさい、よく聞こえなかったわ。もう一回言ってちょうだい」
エルク「ですから、あなたの指が必要なんです」
リフェ「……ゆ、指? そんなもの何に使うのよ」
エルク「あなただけの、特別な薬を調合するのに使用します」
リフェ「薬に指を使うなんて。じょ、冗談でしょ?」
エルク「冗談ではありません」
リフェ「嘘……」
エルク「……できないのであれば、こちらも商品を提供することはできませんが。かまいませんよ? できないならそれで。ただ、リフェ様が何の代償もなしに都合のいい結果だけを求める方だったというのは、残念ですが」
リフェ「ちょっと、私そんなこと言ってないわよ」
エルク「いいえ、強がらなくて結構です。(瓶をしまう)さ、お引き取りください。出口はあちらです」
リフェ、椅子から立ち上がる。カウンターの方へ歩いていく。
リフェ「勝手に決めつけないで。やるわよ、やればいいんでしょ」
エルク「(クスッと笑って)そうですか。ご決断いただけたようで、何よりです」
カウンターの下から再び瓶を取り出す。リフェは奪い取るようにナイフを手に取った。
リフェ「ふんっ。こんなの、簡単に……」
エルク「ああ、言い忘れてましたが指先2センチほどで結構ですよ」
リフェ「はぁ!? 言うの遅いわよ! てっきり両手の指全部必要なのかと思っちゃったじゃない!」
エルク「いえ、そんなにあっても処理に困ってしまいますので。それに不潔ですし」
リフェ「ちょっと! 自分で要るって言っといて不潔って何よ! 失礼よ!」
エルク「申し訳ありません。つい本心が」
リフェ「余計失礼よ! フォローになってないし!」
エルク「うるさいですよ。あなたが騒いでいたらお客様が遠のいてしまうじゃないですか」
リフェ「こんな店さっさと潰れるべきよー!」
エルク「大声を出さないでください。ほら、私も時間がないのですから早くしてください」
リフェ「はぁ、はぁ……。わかったわよ」
椅子に座り、左手の小指をじっと見つめる。エルクが紙コップを持ってくる。
エルク「血が飛び散ってしまっては掃除が大変なので、こちらをお使いください」
リフェ「一言余計なのよ……でも、ありがと。はぁー、緊張するわね。手が震えて、ナイフが」
エルク「落とさないでくださいね。そのナイフはとても切れ味がいいので。人の骨だって簡単に切れますから」
リフェ「うっ。ちょっと、脅かさないでよ……あっ!」
手が滑り、ナイフが足元に落ちる。
リフェ「ひぃっ。あ、足に刺さらなくてよかった……」
エルク「気をつけてください。万が一ケガをしたら大変なのは私なんですから」
リフェ「あ、相変わらず自分のことしか考えないのね。さ、最低な店主だわ」
エルク「全身震えてますよ。大丈夫ですか?」
リフェ「だ、大丈夫よ! このくらい」
ナイフを拾い、改めて指にナイフを当てる。
エルク「一気に切ってしまった方が痛みも少ないと思いますよ」
リフェ「うるさい、できたらとっくにやってるわよ」
エルク「臆病者ですね」
リフェ「あんたはちょっと黙ってなさい。あっ!」
指先が切り落とされ、傷口から血が流れ出す。
リフェ「うっ、く……っ! は、早く手当を」
エルク「止血剤と、包帯がありますので、どうぞ」
リフェ「手当てしてくれないの!?」
エルク「それは私の仕事に含まれておりません」
リフェ「おかしくない? こんなこと要求してくるくせに」
エルク「全くおかしくありません」
リフェ「口答えしないで! さっさと薬作ってくれる!?」
エルク「かしこまりました」
エルク、紙コップと瓶を持って下手にはける。
リフェ「く……痛いわ。私にこんなことさせるなんて、あの店主にもいつか同じ目に合わせてやるんだから」
エルク「何か言いましたか?」
リフェ「い゛っ! な、何も言ってないわよ。いいから、早くして!」
下手の方を気にして、聞かれていないことを確認すると息をつく。
リフェ「全く。乙女の独り言を盗み聞きするなんて。失礼にもほどがあるわ。……あ、何か面白そうな薬発見。ちょっと試してみたいなー……痛っ! あーあ、しばらくはこの痛みは続きそうね。憂鬱だわ、はぁ」
薬への興味を失い、椅子の背にもたれかかる。
リフェ「遅いわね。前回は数秒でできたっていうのに。何してるのかしら」
エルクが下手から出てくる。
エルク「遅くなって申し訳ありません」
リフェ「えっ? い、今の聞いてたの?」
エルク「何のことでしょう?」
リフェ「そ、そうよね、聞いてたわけない、うん」
エルク「こちらが調合した薬になります。代金は、薬代と調合代を合わせて銀貨4枚になります」
リフェ「銀貨4枚ね。はいどーぞ。薬はもらっていくわね」
エルク「ありがとうございます。どうぞ、有効にお使いください」
リフェ、上手にはける。暗転。
明転。
リフェ「エルク! いる!?」
エルク「リフェ様ですか。3度目のご利用ありがとうございます」
リフェ「そんなのはいいの! 作って欲しい薬があるんだけど」
エルク「どのような品でしょう?」
リフェ「彼の心が読める薬が欲しいのよ!」
エルク「かしこまりました。ですが、生憎現在は在庫を切らしておりまして。これから調合するという形になりますが、よろしいでしょうか」
リフェ「構わないわ! 早く作って!」
エルク「……ずいぶん取り乱しているようですね。何か私の薬に不備でもありましたか?」
リフェ「いいえ、薬はバッチリ効いたわ。でも! 付き合ってから彼、何考えてるかわからないのよ。考え方とか嗜好とか、私と真逆だし。もう、何が何だかわからなくて」
エルク「それで心が読めたら、という考えに思い至ったわけですね」
リフェ「そうよ。で、今回は何が必要なの?」
エルク「そうですね……。心読みの薬は確か……ああ、思い出しました」
リフェ「何!?」
エルク「眼球を。あなたの右の眼球があれば作ることが可能です」
リフェ「目があればいいのね。ちょっと待ってて」
リフェ、客席に背を向けて目をえぐるような動作をする。
エルク「お待ちください、眼球を取り出すための道具があるのですが……ああ、やってしまいましたね」
リフェ「どうよ、これでいいでしょ!」
エルク「……正気の沙汰ではありませんね」
リフェ「何、文句ある?」
エルク「いえ。見苦しいのでこちらの止血剤と、眼帯をどうぞ。では、少々お待ちください」
エルク、受け取った眼球と数枚の葉、瓶に入った液体を乳鉢に入れ、合わせる。小皿の上に布を乗せ、液体のみを絞り出す。それに二種類の液体を少量ずつ混ぜ合わせ、瓶に注ぎ、蓋をする。
リフェはその間に手当をすませる。
リフェ「うっ、なんか、違和感がすごいある……。まあ、薬のためだし、構わないのだけれど」
エルク「これで良し、と。お待たせしました。簡単なものですが、こちらが心読みの薬になります」
リフェ「代金は?」
エルク「銀貨5枚になります」
リフェ「わかったわ。ああ、今銀貨ないから金貨でいい?」
エルク「構いませんよ」
リフェ「はい。お釣りはいらないわ」
エルク「そういうわけにはいきません」
リフェ「いいって言ってるでしょ! 客がいいって言ってるんだから受け取っときなさい!」
エルク「ですが、私も商売なので」
リフェ「変なところで律儀ね。……面倒だから受け取っておくわ」
エルク「どうぞ」
リフェ「ありがと。じゃ私はこれで」
エルク「お待ちください。また使用法を説明していません」
リフェ「何よ、どうせ同じでしょ?」
エルク「違います。リフェ様、何を焦っているのですか? 正直言って鬱陶しいです」
リフェ「……ごめんなさい。ちょっと取り乱してたわ」
エルク「ちょっとどころじゃありませんでしたが」
リフェ「うるさいわね、乙女にはいろいろあるのよ」
エルク「理解したくありませんね。聞きたくもありませんし」
リフェ「なら聞かなくていいでしょう」
エルク「いえ、あなたを罵倒する材料になるので」
リフェ「本当、いい性格してるわね。ほらさっさと使い方説明しなさい。私も暇じゃないんだから」
エルク「暇にしか見えませんが。……こちらは直接服用していただかなければ効果を発揮いたしません。まず先に半分をリフェ様が。もう半分はウィル様に飲ませてください。取り扱いには十分気をつけてください。この薬の効果は半永久的に続きますので」
リフェ「簡単なものって言っておきながらすごい効果じゃない。わかったわ、半分ずつ飲めばいいのね。私、これから用事があるから、これで失礼するわ」
エルク「どうぞ、有効にお使いください」
リフェ、駆け足で上手にはける。暗転。
人混みのざわざわした音。鈍器で殴られたような鈍い音。
明転。
エルク「さて、次はどんな薬をお求めになるんでしょう。私の予想では……これでしょうか。一つでは足りませんね、三種類ほど用意していた方がいいでしょう。おや、いらっしゃったようですね」
リフェ「エルク! お願い、助けて!」
リフェ、上手から駆け込んでくる。その頭には包帯が巻かれている。
エルク「ずいぶん物騒ですね。どうしましたか?」
リフェ「追われてるの! ウィルに! 話してる場合じゃないわ、匿ってちょうだい!」
エルク「申し訳ありませんが、それは私の仕事ではありません」
リフェ「この状況でそれ言うの!? いいから匿って!」
エルク「嫌です」
リフェ「なんでよ?」
エルク「何で? それは、私個人に対しての問いですか? それとも、薬屋の私に対しての問いですか?」
リフェ「そんなのどっちだっていいでしょ!」
エルク「そうですか。では、リフェ様は自分を危険にさらしてまで他人を助けたいと思いますか?」
リフェ「思わないわよ」
エルク「そうですよね。私も同じです。ですからあなたという他人を匿う義務は、私にはありません」
リフェ「はぁ!? そんなのおかしいでしょ!」
エルク「あなたの頭は働いていますか? 今の話を聞いていましたか?」
リフェ「聞いてたわよ」
エルク「では、簡単なことまで理解できないほど頭が狂っていると、認識しておきましょう」
リフェ「ねぇ、そんなことはどうでもいいの! 私追われてるのよ、隠れる場所くらいは貸しなさい!」
エルク「嫌です。……ああ、追手が来たようですよ」
リフェ「ひぃっ!」
扉を乱暴に叩く音。しかし扉は開かない。
リフェ「……あれ?」
エルク「あの扉はお客様以外は通しません。リフェ様。4度目のご利用ありがとうございます。今回は、どのような薬をご希望でしょうか」
リフェ「薬……? そうよ、すべて薬のせいだわ。あなたが、あなたがあんな薬を売るから!」
エルク「心外ですね。私はリフェ様のご希望に沿って薬を用意しただけだというのに」
リフェ「私はこんな効果は望んでいないわ! ウィルが、私を殴るなんて……全部、あなたのせいよ!」
エルク「…………ふふ」
リフェ「何がおかしいのよ」
エルク「だって、おかしいじゃないですか。全てあなたが作ってくれと言ったものですよ。大切な体の一部を使ってまで、自分の欲を優先したんです。なのに、私のせい、ですか。バカバカしい、笑わせないでください」
リフェ「そんなっ……」
エルク「人はすぐそうやって他人のせいにしようとする。自分は悪くないと、自らが犯した過ちにさえ目を背ける。……本当に、バカで、愚かで、救いようのない生き物です」
リフェ「そんなに言わなくたって……」
エルク「否定しないんですか?」
リフェ「それは」
エルク「ああ、あなた自身が自分を一番愚かだと感じているからですよね。そうでしょうね、あなたは現実を歪めてまで、自分の望みを叶えたのですから」
リフェ「でも!」
エルク「よかったじゃないですか。彼と仲良くなれて。今だって、あなたをこんなところまで迎えに来てくれている。仲睦まじいようで、何よりです」
リフェ「これの、どこが仲良いっていうのよ!」
エルク「違うんですか?」
リフェ「違うわよ! 彼は私を連れ戻して、閉じ込めようとしてくる。こんなの、私は望んでない!」
エルク「そうですか。でも、私には関係ありません。あなたが望んでいようと、そうでなかろうと」
数秒の沈黙。
リフェ「……ねぇ、薬を売ってくれない?」
エルク「どのような薬をご希望でしょうか」
リフェ「彼を……ウィルを、元に戻したい。関係なんて、もういらない。全部、元どおりにできる薬って、ある?」
エルク「はい、ございますよ」
リフェ「本当? どれよ」
エルク「こちらに。ウィル様には三つの薬をご使用いただいたので、それぞれに効果のある薬を用意いたしました。それからリフェ様には、こちらを」
エルク、ポケットから小さな瓶を取り出す。
エルク「心読みの薬を服用していただいておりますので、こちらをお飲みください。これらはすべて、解毒薬となります」
リフェ「そう。ありがと」
エルク「それから、そちらはそのまま飲んで頂くだけで結構です。ただし、解毒薬を続けて使用する場合は最低でも半日は時間をおいてください。薬同士が混ざって、効果を発揮できなくなりますので」
リフェ「……わかったわ。いくらかしら?」
エルク「銀貨9枚になります」
リフェ「9枚ね、じゃあ……あら? ……ごめんなさい、8枚しかないのだけれど、まけてくれない?」
エルク「それはできません。こちらも商売ですから」
リフェ「そこをなんとか」
エルク「できません」
リフェ「だったら、私どうすれば……。もう、頼れるものはこの薬しかないのよ! ねぇ、お願い!」
エルク「できません、が。解毒薬を続けて服用するにはインターバルが必要なのですから、まず二本だけお売りしますよ。残りは売らずに取っておくので、また明日お越しいただければ」
リフェ「……そうね、あなたがそういうなら、そうするわ」
エルク「では、こちらの二本を。銀貨6枚になります」
リフェ「はい。こっちはもらっておくけど、ちゃんと残りは取っておきなさいよ」
エルク「一度口に出した約束は決して反故にしたりしません。信用を失ってしまいますから」
リフェ「それは、そうね」
上手に歩いていく。扉を叩く音が再び聞こえ始める。舞台の端に近づくほどその音はだんだん大きくなる。
エルク「どうぞ、有効にお使いください」
リフェ「……お、お邪魔したわね」
リフェは勢いよくはける。エルクは商品を片付けながら、上手の様子を伺う。
十数秒の間、沈黙が流れる。
リフェ「……え? ちょっと、待って。待ってってば! エルク、助けて! きゃぁっ!」
リフェは倒れ、上半身だけ舞台に姿を見せる。
リフェ「エルク! 後で見返りはするから、助けて!」
エルク「嫌です」
リフェ「お礼は何でもするから! だから」
エルク「嫌と言ったでしょう。それに、あなたはもう用済みなんです」
リフェ「は……?」
エルク「私は面白いことが好きです。楽しければ何でもいいんです。たとえどこかで人が苦しんでいたとしても。ええ、あなたが私の薬を使うたびに狂っていく様子は傑作でした。とても面白かったですよ。ですが、もうつまらなくなってしまいました。ですから、助けません。もともと金品に興味はありませんし」
リフェ「な、なら! お金や物以外のあなたが望む物を用意する! だから助けて!」
エルク「嫌です。いい加減理解してください。私があなたを助けることはない」
リフェ「そんな……私、死にたくない……! 私は……! きゃぁあ______!」
エルク「さようなら、リフェ様」
鈍い打撃音とともに暗転。
舞台の中央にスポット。エルクが話しながら歩いてくる。
エルク「恋に狂い、自らの感情に狂い、最後には大切なものまでも狂わせてしまった。これは、何が原因だったのでしょう? ですが、もう過ぎてしまったことはどうでもいいでしょう。次にいらっしゃるお客様は、一体どのような方なのでしょう? ああ、楽しみです。……ふふ、あははははっ!」
終わり。