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信長あやかし記〜あやかし新戦国記  作者: 松平上総介
本能寺の変~前編~
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明智光秀出陣す

「敵は本能寺にあり」



 梅雨の時期の湿り気を帯びた生暖かい風が天守の欄干に手をつき東の方角を見つめていた初老の武将のつぶやきを押し流す。


 「勝兵衛(かつへえ)、出陣準備、滞りなく進んでおるか。」


 天守の中に一人だけ控えていた、鎧姿の老武将は立ち上がった。


 「日向守様、すべて滞りなく進んでおります。酉の正刻(午後6時)には出立できるでしょう。そろそろ出陣式を取り図りたいと思いますので移動をお願いいたします。宿老たちと主だった者どもはすでに広間にて日向守様をお待ちしております。」


 「そうか、では参るとしようか。勝兵衛も一緒について参れ。」


 平服姿の明智光秀は天守を後にした。


 丹波亀山城、惟任日向守光秀これとうひゅうがのかみみつひで、または明智十兵衛光秀あけちじゅうべいみつひでが丹波統治の拠点として築城し、三重の天守を構えていた。


 光秀が広間に入ると明智家五人の宿老と主だった武将たちは一斉に頭を下げた。


 明智家五宿老とは、光秀の叔父、明智次右衛門光忠あけちじろうえもんみつただ

 光秀の女婚、明智左馬之助秀満あけちさまのすけひでみつ

 美濃斎藤一族の斎藤内蔵助利三さいとうくらのすけとしみつ

 光秀の父の代からの忠臣、藤田伝五郎行政ふじたでんごろうゆきまさ

 光秀の股肱の臣、溝尾勝兵衛茂朝みぞおかつへえしげともの五人を指している。


 広間すべての武者が鎧姿で居並び、光秀は平服姿にて上座の床几に腰を掛けた。

出陣式のために、盃に酒が注がれ一の杯で打ち鮑、二の杯で勝栗、三の杯で昆布を口にする。


 敵に打ち勝ち喜ぶ、という意味を持ち鮑、昆布は五本でご本意叶うとなり、栗は七つでより多く勝つと捉える。


 三献の儀式が終わり、光秀は鎧姿になっていく。右手に軍扇、左手に弓を持ち立ち上がり「えい、えい」と光秀が口を開くと、居並ぶ武将たちが「おう!」と応えた。

これもまた三回繰り返され、出陣式は完了となった。


 明智軍一万三千は、溝尾勝兵衛の進言した通り酉の正刻に亀山城を出陣した。


 東を目指して。


 この時光秀は織田信長より毛利を攻めている羽柴秀吉を援助するために山陰道から毛利を攻めるよう命を受けていた。


 亀山城の三重天守の屋根の上に怪しげな虎の面を着けた屈強な黒い狩衣姿の男が明智軍の行軍を見つめていることなど誰一人気づくものはいなかった。


 一刻(二時間)ほど行軍した時、光秀は五人の宿老のみを近くの篠八幡宮に集合させた。

光秀と五人の宿老は足利尊氏が旗揚げした小さな八幡宮の社殿の前に松明を持って集まっている。

光秀はしばらく押し黙って宿老たちを見ていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。


 「皆の者に申し聞かせることがある。われらのこれからの展望について話さねばなるまい。」

 宿老たちは一様に怪訝な顔をしたが一言も発せずに光秀の言葉を待っている。 

 「われはこれより、織田前右府信長おださきのうふのぶながを打ち取ることとした。」


 「殿、それは天下の信を得ることができませんぞ。」

利三は光秀の手を取った。


 秀満も利三に続く、

 「義父上(ちちうえ)、無謀に過ぎます。誰がお味方に付くかわかっておいでなのですか。」


 光秀は利三に取られた手を振り払った。

 「今が千載一遇の好機。信長の供回りはせいぜいが百程度にて、織田信忠にしても千の兵すら連れてきていない様子、天下に号令する夢が目の前に転がってる。これを手にしないことがあるか。」


 「殿、わかり申した。事ここに至って殿がご謀反のこと、話されたからにはどこでどう漏れるとも限りませぬ。われら宿老は、すでに殿に命を預けている以上否やは申しませぬ。粉骨砕身、殿の天下取りのために働く所存。」

 行政はその場で片膝をつき腰に差した脇差の鯉口を切り、少し抜き金属音を立てて刀を戻す金打ちをした。


 行政の言葉と行動を見た宿老四人は揃って片膝立ちになり同時に金打をして光秀に改めて忠誠を誓った。


 光秀は山陰に出発する前に京の信長に閲兵してもらうと、兵たちには今のところ言うように理由をつけ宿老たちと口裏を合わせ軍列に戻り行軍を再開させた。


 篠八幡宮の社殿の裏に虎面の男がいたことは誰も気づかなかった。


 さらに一刻、行軍すると老の坂に差し掛かる。


 老の坂は大枝山、山陰道にあり丹波と山城の国境の峠道となる。軍事交通の要衝地でもあり、京五街道の一つとされている。大枝山は平安のころの鬼伝説、酒呑童子の伝説があり近辺に童子の首を埋葬した円墳型の首塚があって首塚大明神として小さな神社の神として祀られていた。


 峠を越えた明智軍は沓掛の地にて小休止をし腰兵糧を使い始めた。


 首塚の前に明かりを持たない虎面の男が何かをぶつぶつと言いながら手を合わせ印を結び立っていた。

 「オン・コロコロ。ウン・コロコロ。オン・コロコロ。ウン・コロコロ。」


 塚より薄明るい青白い鬼火が立ち上がり右左前後とゆっくりと揺れている。

 「わ・れ・は・明・神・な・り。わが安眠を妨げる者よ、早々に立ち去るがよい。」


 青白い鬼火は三尺程(約90センチ)の人の首の形を成した。

虎面の男は動じる様子を見せなかった。


 「その力借りるぞ。」

 と言うと、結んでいた剣印を縛印に変化させ


 「オン・バク。」

 と発すると青白い鬼火の首は動きを止めた。


 「ぐ、ぐ、が、が、が。」

 苦しみだした鬼火に向かって男は赤い紙を取り出し投げた。


 赤い紙には墨で呪が書かれている。


 呪符がゆっくりと苦しむ鬼火に向けて空中を漂いながら、近づいて行く。

鬼火に呪符が貼りつくと赤黒い色に変化し、首だけだった鬼火に体が生まれ実体化していく。


 七尺程(約210センチ)の全長、筋骨隆々とした左右の手は大きく禍々しく黒き尖った爪。目は大きく細く吊り上がり、口も大きく左右に裂け、獣を思わせる牙が見受けられる。


 頭頂部には握りこぶし大の角が生えている。


 「わが名は、酒呑童子なり。これよりは、御身の心のままに。」

 酒呑童子の大きな体躯が虎面男の前に片膝立ちに畏まる。


 「そなたの敵は本能寺にあり。」

 虎面男はそう言うと面の下で笑ったかに見えた。


  一人と異形の鬼一匹は大枝山の木々の闇の中に消えていく。

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