表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初花  作者: 皇 凪沙
8/8

初花


 良かった───

 そう言って、少女はほっと息をついた。

 清しい春の朝、えんは少女と共に閻魔堂にいた。見上げれば、昨夜よりもわずかに数を増したかに見える桜花が、朝の風に揺れている。

 日が昇るのを待ち兼ね、不安げな顔でやって来た少女に、昨夜の顛末を話し終えて、えんは小さく笑う。

「大丈夫だと言っただろう。」

 そう言うと、少女は「ええ、でも───」と俯いた。

「心配しなくても、今頃は、どこかに生まれ変わってるだろうよ。」

 女衒になるような一生なら、幸せとは云えないかも知れない。それでも、あのおとこなら本望だろう。

 閻魔堂の前に立ち、えんは扉を開け放つ。

 春の朝の白い光が差し込んだ堂内に入り、少女は、昨日手向けた花の水を替え、香に火をつけた。香の香りが静かに漂う中、少女は須弥檀の像にじっと手を合わせる。

 しばらくじっと頭を垂れていた少女は、やがてゆっくりと顔を上げ、えんに向き直って言った。

「明日から、見世に出ます。」

 少女の瞳が、真っ直ぐにえんを見ていた。

「───そうか」えんはそう云って頷く。

 少女が、自分を売った家族やおとこを、恨む日が来るだろうか。

 えんは少女の瞳を見つめながら考える。少女がこれから生業とする道は、辛いことも多いだろう。今はどうあれ、そんな日が来ないとも限らない。

「───丁度いい。」

 そう、えんは云った。

「閻魔王からあんたに伝言だ───どんな道でも、誠を尽くせってさ」

───それが、生きていくこつだそうだ。

 えんの云うのを聞いて、少女は須弥檀の像を見上げる。

「閻魔さまは、女将さんとおんなじ事を言う。」

 少女はそう言ってくすくすと笑った。

「そうかい。」とそう答え、えんも笑いながら像を見上げる。見上げた木像は、どこか憮然とした表情で二人を見下ろしていた。

「いつかまた、此処へ来ます。」

 そう言って、少女は娘らしく大人びた顔で、えんを見る。

「いつでもおいで。」と、そう答え、えんは閻魔堂の扉を閉めた。

「───ありがとうございました。」

 そう言って、少女は閻魔堂とえんに背を向ける。えんは黙ってその背を見送った。

 いつか此処へ来るとき、少女が恨み言を言いに来るか、感謝を伝えに来るかはわからない。ただ、日々の愚痴を言い連ねに来るのかも知れない。それも構わない。

 何であれ、此処へ来てあの夜の事を、そして今日の日の事を思い出すなら、きっと少女はおとこが選んでやったあの街で、生きて行けるだろう。

 まだ子供らしい弾むような足取りで、小道を辿る少女の背が遠くなる。

 えんは手をかざして、空を見上げた。

 高く上りかけた日が、暖かな陽射しを注いでいる。咲き始めた桜花は、すぐに満開になるだろう。

 色づいていく桜を見上げ、えんはゆっくりと春の日差しの中を歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ