別離
戸口から土間へ雪が吹き込む。
いつもの囲炉裏端にお父の姿は無く、お母は土間へ降りるのを躊躇う様に、上り框の端に膝立ちのままで泣いている。
兄はきっと隣の部屋で婆を宥めているのだろう。妹や弟達はまだ寝ているのか。
わたしが家を出た冬の朝はあいにくの雪空で、外から吹き込む風は雪が混じって冷たかった。
戸口には、男がいる。
男は女衒で、家に来たのは初めてでは無かった。
もうずいぶん先から、わたしを売る話が進んでいた事を、わたしは知っていた。だから、正月だけは漸々越した数日前に、お父から奉公に行けと言われた時も、お母に懇々と言い聞かされるまでも無く、わたしは薄々自分の行く末が分かっていた。
女衒に渡されるからには、きっとわたしは女郎になるのだ。
それがどういう事なのか、はっきりとは解らないものの、わたしはそう理解した。父と兄はそれからむっつりと黙り込み、母と婆はわたしの顔を見るたびに涙を流した。弟妹達はわからぬながらも、いつもとは違う気配を感じ取って怯えていた。
「行こうか。」
男がわたしに声を掛ける。
お母の肩が小さく震えた。
わたしは戸口から家の中に向かい、誰にともなく頭を下げた。
小さくて寒い、貧しさの匂いがする家をもう一度ゆっくりと見回して、わたしはもう戻る事は無いかも知れない家と、上り框に張り付いた様なお母に背を向けた。おそらくは泣き崩れた母の嗚咽の声を背に聞いて、わたしは後を振り向かない様に家を出た。男が黙って建てつけの悪い戸を閉める。
そうして、男の手に背を守られる様にして、わたしは生まれ育った家を後にした───