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ひまわり畑に  作者: 山々
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成仏したくない

 私たちは夕食を食べるのにも居間のテーブルを使う。それは生前の夏菜との暗黙のルールだった。それが今は、夏菜の幽霊(?)とご飯を食べている。夏菜が生きていようが死んでいようが暗黙のルールは変わらないということだろうか。

 夏菜と家で一緒にご飯を食べるのは、実はかなり久しぶりだ。夏菜は何年も入院していたので、そもそも家に帰ってくること自体久しぶりなはずだ。久々に夏菜と一緒にご飯を食べられることは、懐かしいような、当たり前なことのような、自分でも何とも言えない。

 それにしても、なんだか不思議だ。

「どう?」

「おいしいよ」

 夏菜はつまらなそうな顔で夕飯を食べている。あまりおいしそうには見えなかった。

「昼間には、てっきり夏菜は死んだんだと思ってたけど」

 私はなおも夏菜に話しかける。

「それがまたこうして一緒に夕飯を食べてるなんてね」

「……確かに、そうだね」

 夏菜はそう言って、ちょっとだけ笑った。こんな言い方もおかしいけれど、幽霊になってから初めて笑顔を見た。

 しかしそれだけ話すとまた会話が途切れてしまった。夏菜と話す話題が思いつかなかった。夏菜はただ黙々とご飯を口に運んでいる。

 ……ふと、いったい私は誰にご飯を食べさせているのだろう、と考えた。

 目の前の女の子は夏菜の姿をしているが、本当に夏菜本人なのだろうか。幽霊か幻か知らないけれど、それらオカルトで作られた夏菜は、本当に夏菜なのだろうか。

 生前の夏菜との暗黙のルール。「話し合いも食事もテーブルですること」。幽霊の夏菜は、それらのルールをちゃんと守っている。ならば、やっぱり本物なのかもしれないけれど……

 私がオカルト嫌いだからなのだろうか。なんとなく、今の夏菜には、違和感があった。

「ごちそうさま」

 夏菜は手を合わせご飯を食べ終わる。

「お粗末さま」

 私が声をかけたのが聞こえているのかいないのか、夏菜はご飯を食べ終わってもテーブルから離れることなくぼーっとしていた。

 私の方は、ぼーっとしているわけにはいかない。夕飯の皿洗いをしたらお風呂をわかさないと。私はテーブルのお皿をテキパキと片付け、ぼんやりしている夏菜を尻目に居間のすぐそばにある台所で皿洗いを始める。

 水の流れる音が無機質に部屋に響く中、私は皿を洗いながら居間の夏菜の様子を見る。夏菜はずっと見ていてもあまり動きを見せない。たまに前髪をいじったり座り方を変えたりしていた。それ以外は、ただどこか一点を見るともなくぼーっと見ている。暇にならないんだろうか、と思った。


 その後夏菜と私はそれぞれお風呂に入り、やがて時間が遅くなるとさっさと床に就いた。私たち二人は同じ部屋――私が使う寝室兼自室で一緒に就寝するというのが前からの習慣だった。その習慣にならい私たちは同じ部屋で眠る。

「おやすみなさい」

 私がそう声をかけると、

「おやすみ」

 短く返事があった。

 私たちは同じ部屋にいながら、それきり目立った会話はほとんどしなかった。

 夏菜が生きていた頃もこんなに会話が少なかっただろうか、とふと考えたが、夏菜と同じ部屋で寝ていたのはかなり昔のことなので、よく憶えていなかった。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、私は眠りに落ちていったのだった。


 翌朝。盛夏と言うにもやや遅い時期であったが、時期など関係ないといわんばかりに真夏と変わらない暑さの居間。二人は例によって、テーブルに向かい合って座っていた。

「……暑い」

 暑がりと寒がりを兼任している夏菜は、速攻でエアコンをつける。そして、私には聞こえないように、うつむきがちに小さく独り言を呟く。

「あなたね……何故そんなに我慢が苦手なの?」

 私は呆れてしまった。思わずそう訊ねる。

「……だって……」

 夏菜は言い訳をしようと試みたが、結局何も思いつかなかったようだった。

「ま、いいけど」

 夏菜の自堕落は置いておいて。そもそも夏菜とまたわざわざテーブルを囲んでいるそのわけは、別にあった。夏菜とおしゃべりするためではない。

「それで……夏菜」

 私は夏菜の目を正面から見据えた。

「え、な、何」

 夏菜は私が急に真剣な顔をしたので夏菜は少し戸惑ったようだった。

「……あなたは、結局幽霊なの? それとも、別の何かなの?」

 そして、今日の本題ともいうべき話題を切り出した。

 私の方は、幽霊などという非科学的な存在についてはいまだに半信半疑だった。だけど、「星の光」や「星の奇跡」などファンタジーな要素がたくさん出てきた今では、「幽霊」というオカルトな概念も受け入れなければならないと感じ始めていた。

「……幽霊、なのかな。多分」

 少しの間考え込んだ夏菜は、やがてそう答えた。やはり確証は持てないようだったが。

 夏菜のその答えを受けて、私は考える。

 夏菜は、幽霊。一度この世を去った人がまた霊として現世に戻ってくる、そういう存在なのだ。もしこの認識が多少間違っていたとしても、この際気にしない。ひとまず、夏菜のことは幽霊と呼ぼう。間違っていればあとで訂正すればいい。

 では――本当に、夏菜が幽霊だとすれば。

 必然、考えなければいけないことが一つある。

「……もし、本当に幽霊なら……成仏、させなきゃいけないわよね」

 私は、言った。

「……うん」

 夏菜は頷く。

 もうこの世を去ったはずの人がいつまでも世界に居残ることは、あってはならないことだ。それが人間のルールというものだろう。

「…………」

 二人の間に、沈黙が降りてくる。気まずい沈黙だった。

 私は夏菜の様子を見た。

「…………」

 彼女は何もない部屋の隅っこを見つめるようにして、何事か考え込んでいるみたいだった。

 彼女は、何を思って目前の死――成仏という運命に相対するのだろうか?

「死にたくない」と。

 死の際に立った彼女は、一言そう願ったという。

 生前の彼女も、死という概念をとても恐れていた。

 無理もないだろう、と思う。

 彼女は、幼い頃に父を亡くしていた。

 交通事故だった。突然飛び出してきた車にはねられ、病院に運ばれるも、まもなくその息を引き取った。

 夏菜は、父がひかれる現場を直接見ていたわけではない。亡骸さえ目にしたことがないだろう。しかしそれでも、父がもうこの世界には存在していなくて、二度と会うこともできないということは夏菜の幼い心に刻みつけられた。そしてそれこそが「死」なのであるということも、夏菜の小さな胸に焼き付いた。

 それ以来だろう、夏菜が「死」という言葉を意識し出したのは。彼女は死を怖がり生を求めた。同じ年の子と比べても、夏菜はより強く「死」を意識していた。

 死に際の夏菜も、そんな強い思いを持って死を拒否したのだと思う。「死にたくない」と。生きたいと。

 もしかしたら、彼女を現世に送り返したのは、その強い思いが何らかの奇跡を起こしたからかもしれない。

 私は突拍子もない考えを、しかしなんの違和感も抱かず頭に浮かべた。

 ――そんな夏菜が、またこの世界から消えさせられることを、どう思うのだろうか?

 私には、分からない。

 長い間黙っていた夏菜が、やがて沈黙を破るように口を開いた。

「……成仏なんて、したくないよ」

 はっきりと、夏菜は言った。気付けば、夏菜の視線がこちらを向いていて、私と目が合う。その目が、切実な思いを私に伝えようとしていた。

「……そうね」

 死んだ人間がいつまでも成仏しないことは、よくないことだ。だから、「成仏したくない」と願うことは、本当はあってはならないことなんだろう。

 それでも、私は夏菜の願いを否定しなかった。

 この願いは、夏菜がとても大切にしている思いだと感じたから。

 ……それでも、いつかは私が夏菜を成仏させてあげなければいけない。それは、変わらない。

 そして、私は考える。

 夏菜が「死にたくない」と願った理由。私は、それが夏菜自身の性質によってのみではないような気がしていた。

 つまり、夏菜が人一倍死を恐れる子だったということを差し引いても、彼女が死にたくないと強く願うだけの理由がまだ他にあると思った。


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