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ひまわり畑に  作者: 山々
18/29

星の伝説

「…………」

 私の目に飛び込んだ部屋の家具の数々、まずいくつか並ぶ、私の背ほどの大きさの黒い本棚。そして、本棚に収納された多くの本たち。その本が囲むようにした、古ぼけた、木製の茶色のいすと机。机の上には、また何冊かの本が端をそろえて積み上げられていて、ペンや鉛筆の類もまとめてペン立てに収納されている。机の上には、それ以外のものは一切存在しない。持ち主の几帳面さが分かるほどに、整理整頓された机だった。いや、持ち主がもう死んでしまって誰も使わないからきれいなだけと言われるかもしれないが、生前からしてこのぐらいは整頓されていたという風に思う。

 そこはまさに、夫の部屋、書斎だった。久しぶりに立ち入ったので、懐かしい匂いとどこか古ぼけているような埃っぽい空気が、私を包む。

 少しだけ寂しくなって、でも、すぐに気持ちを切り替える。

 私が星の伝説についての記述を読んだのは、この書斎でのことだったような気がするのだ。この書斎の持ち主は、生まれた時からこの町に住んでいるのだが、故郷愛ゆえか、当然のように、この町について書かれた本をいくつか持っていたのだ。その本を、私にも見せてくれたことがある。まあ、私も小さい頃からこの町に住んでいるが。

 その本の中に、星の伝説についての記述を載せたものがいくつかあったと思うのだ。

 私は、それを探そうと思ってこの書斎にやってきた。

 といっても少しばかり蔵書数が多いので、探すのは大変そうだったが、これもやはり持ち主の几帳面ゆえか、本はジャンルごとにきれいに分類されていた。だから、求める書籍のジャンル(町の伝説を調べたいので、この場合、民俗学などだろうか)がある個所を探せばいい。

 私は、端の本棚から順に本の背表紙に軽く目を通していく。

 そのジャンルは様々だ。順に、自然科学、天文学、宇宙科学、哲学、伝記、文学……といった風なカテゴリだった。

 やがてついに、民俗学のコーナーを見つける。葦屋市の歴史や伝承を記していると思われるいくつかの書物が見つかるのも、すぐだった。

 私はそのうちの適当な一つ(タイトルは『葦屋市史』)を手にとり、目次を開く。そして、町の伝承について言及がありそうなページを目次から探し、開く。

「あ……」

 果たして、開いたページは当たりだった。

 私は早速、記述に目を通す。その本には、こう書いてあった。

 “「あなたが暗闇の世界に落ちる時、この町にいくつもたたずむ『星の記憶』が星の光となって、あなたをもう一度温かな世界へ帰すだろう」

「星の奇跡を起こした者はみな、その星の中に眠る『星の記憶』を、心に受け取ることだろう」

「あなたが、星の奇跡を受け取り、そして温かな世界に『終わりの挨拶』を済ませたら、今度はあなたが『星の記憶』を星の光に変えるだろう」”

「…………」

 私が見た記述というのは、恐らくこれのことなのは間違いないが、やはり書き方が曖昧すぎて意味がよく分からない。「星の記憶」、「終わりの挨拶」なんて単語を並べられても、解釈することすらままならない。

「……ん? でも、これって……」

 しかし私は、この曖昧な記述の意味を解釈する糸口を、この時見つけた。

「これが夏菜のことを言ってるんだったら……」

 私は自分なりの見解をまとめてみる。

「『暗闇の世界に落ちる時』……これは……」

 夏菜がこの世に未練を残し、「死にたくない」と強く願いながら、この世を去ったこと。その、悲しい記憶をさして暗闇と呼んでいるのではないだろうか?

「『星の記憶』は分からないけれど……」

 『星の奇跡』は、夏菜が幽霊としてまた現実世界に戻ってきたことだろう、と私は解釈する。

 そして、私は続けて言う。

 そして、『終わりの挨拶』は、今わたしと一緒に過ごしていること。

 唐突過ぎたあの別れを、やり直すみたいに……、私はそう言った。

 私は、自分としては間違ってはいない解釈だと思う。まだ分からない部分も多少はあるが。たとえば、『星の記憶』という言葉の意味だ。“星の奇跡を起こした者はみな、その星の中に眠る『星の記憶』を、心に受け取ることだろう”とあるが、夏菜は『星の記憶』とやらを受け取ったのだろうか――、私は考える。本人に、訊くべきなのかもしれない。曖昧な質問になりかねないので、どうやって質問するのかが難しいが。

 そして、最後の、“あなたが、星の奇跡を受け取り、そして温かな世界に『終わりの挨拶』を済ませたら、今度はあなたが『星の記憶』を星の光に変えるだろう”の文だ。この一文の解釈の仕方を、私は考えてみる。“終わりの挨拶を済ませる”とは、現実世界で私と幸せになり心残りが何もなくなるということを暗示しているとも読み取れるが、今、私と夏菜の二人には、まだやりたいことがたくさんあるのに、夏菜の成仏は着実に進行している。ならば、「終わりの挨拶を済ませる」とは、単に再度私と出会ってお話をするという、ただそれだけのことを指しているのかもしれない。断定はできないが。

 さらに、最後の文言……“今度はあなたが『星の記憶』を星の光に変えるだろう”だ。この文言は、正直いまいち意味がよく分からない。そもそも「星の記憶」という言葉の解釈が分からないのだから当然だった。星の伝承についての、いくつか残る謎の一つがこの文言だ。“『星の記憶』を、心に受け取ることだろう”も同様に解釈のしようがない。

 ならば、ともかくこれで、星の伝承について少しは理解が及んだというわけだ。もしかしたら、今後行動する上で何かのヒントになるかもしれない。「終わりの挨拶」や「星の記憶」という言葉の意味を考え続ける必要があるだろう。

 私は夫の書斎から『葦屋市史』を拝借することにし、そして書斎を出た。


 私は、夏菜の部屋に向かう。

 夏菜の部屋のドアを開け、中を見てみるが、夏菜は相変わらず布団に潜ったままだった。

「夏菜……もうお昼ご飯の時間よ」

「………………」

 私は後ろ手にドアを閉めつつ、呆れ気味にそんな言葉を放ったが、夏菜は一切の反応を示さない。

「夏菜……」

 私は再度同じように声をかけようとしたのだが、その時、はたと気付いた。

 夏菜の体は、今やどんな物体をもすり抜けるようになった、ならば、当然食べ物も体をすり抜けていくはずだ。つまり、

 今の夏菜は、食事ができないのではないか、と。

 味噌汁だろうが、野菜だろうが、のどどころか、胃すらすり抜けていくはずだ――なら、食べられないのではないか、と。

 私は、朝にやった夏菜とのやりとりを思い出す。私は夏菜に、朝ご飯を食べるか、と訊ねた。夏菜は、その質問を無視した。

 思えば、その質問自体が、間違いだった、ということか。

 食べないのではなく、食べられない、ということなのか。

 私は、それを知らずに無神経な問いかけばかりしてしまった。

 私は、少し申し訳ない気持ちになる。

「……ごめんなさいね……食べられないのね、夏菜?」

「………………」

 やはり夏菜からの返事はない。それどころか、ますますふてくされてしまったような気配すら感じる。

 布団からはみ出した夏菜の足の指が、不機嫌そうに小さくはねるのが見えた。

 景気の悪いスタートを切ってしまった。私は少しだけ焦る。

 が、気を取り直して、私は夏菜の枕元に座り込む。そして、何か話しかけようとする。

 しかし、話題がなにも思いつかない。何を言えばいいのか分からない。

 顎に手を当てて考え込む。だけど、やっぱり話すことがなかった。                                                  

 なので、結局黙り込むことになる。

「…………」

「…………」

 二人とも、何の言葉も発しない。微妙な沈黙が場を支配する。私は布団に視線を注ぐだけで、他には何の動きもしない。布団の中の夏菜も、恐らく身動き一つしていない。時間が止まってしまったかのような二人だった。

 しかし、しばらくして、やがて私が沈黙を破った。

「……そういえば、ひまわり畑に行ってないわね。まあ、数日前に行ったばっかりだけど」

 夏菜からの返事は、ない。

「夏休みだし、何度でも行っていいわよ。まあ、幽霊だから毎日夏休みだと思うけど」

 無視される。

 いや、無視ではなかった。幽霊差別に抗議するかのように、布団からはみ出した足で床を弱く叩く。

 ただし、足は床をすり抜けた。

「ひまわり畑なら、今の夏菜でも面白いわよね。よかったわね」

 やはり夏菜からの返事はない。

 それでも、私は続ける。

「でも、髪は切ってあげられないわね。お風呂も、お湯が体をすり抜けるでしょうね」

「…………」

 夏菜はもはや抗議の一つさえまともにする気がないようだ。

 それでも、私は延々と話し続ける。

「花火大会は、今の夏菜でも大丈夫よね……ひまわり畑と一緒で、見るだけよ」

「………………」

 夏菜は相変わらず返事をしなかったが、この時は、今までとは違い、何か意識的に沈黙しているような気配があった。

 また、時間が止まったような気がした。

 夏菜は相変わらず何も言わない。私は、ただ黙り込んで夏菜の返事を待つ。

 だけど、しばらくして沈黙を破ったのは、やはり私だ。

「ねえ……花火大会に、行かない? きっと、楽しいわよ。今の夏菜は、ちょっと気持ちが落ち込んでるけど……でも、花火大会に行けば、きっとまた楽しくなるわよ」

 私は夏菜の返事がなくとも、そんなことには委細構わず話し続ける。私は、なんとしてでも夏菜を元気づけたかったのだ。

 もしかしたら、そんな思いが夏菜にも通じたのかもしれない。

「…………」

 ふと、布団の中から、何かがもぞもぞと動く気配がした。

「?」

 何かと思うと、布団から夏菜のつむじが、少しずつ、少しずつはい出してきた。

 夏菜が、布団か顔を出そうとしていたのだ。ただし、夏菜はほんの少ししか顔を出してくれない。顔といっても、頭と目だけしか出してくれなかった。夏菜は遠慮がちに、布団の間から私をのぞき見る。

「あら……」

 私は夏菜と目が合う。やっと夏菜の顔を見てお話ができる、と思った。

 といっても、夏菜は顔を出しただけで、自分からしゃべり出す気はまだないみたいだった。


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