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ひまわり畑に  作者: 山々
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夏菜の成仏

「お、お母さーん……」

 夏菜はもう一度、めんどくさそうに私に呼びかける。

 私はその呼びかけでやっと思考の海から目覚めた。

「……! ご、ごめんなさい」

「何なの、もう」

 夏菜はわけが分からないという風に首を振る。

「ごめん……。……? それより、何かしようとしていたような……」

「えっ? ケーキだよ、ケーキ。ぼんやりしすぎじゃないの?」

 夏菜は驚きを隠さずに言い放つ。

 そういえばそうだった、と私は思う。夏菜のえらそうな語調には少しムカついたが、確かにそうだった。

「……」

 ふと、さっきの恐怖が胸をよぎる。夏菜が成仏すれば、幽霊の夏菜との思い出が消える、という予感。

「……ていうか、そろそろ食べない?」

 夏菜は私を急かした。夏菜はケーキが食べたくて食べたくてうずうずしている。

 ……もし夏菜が成仏した時に、二人の思い出が消えてしまうというなら、この誕生日のことも、私は忘れてしまうのだろうか?

「……ていうか、もう食べていい……?」

 ボソッとした声で夏菜が呟く。その手には、もはやすでにフォークが握られている。

「い、今切るから……」

 私はケーキ用の包丁でケーキを切り分けながら、考える。

 もしそんなことになったら、一体どうしろというのだ、と思う。夏菜を成仏させても夏菜との思い出が残らないなら、私はただ辛いばかりだ。そんな過酷なことが、あるだろうか?

 ケーキを六切れほどに切り分ける。一人で食べるにはちょうどいい大きさだ。

「……はい、どうぞ」

 夏菜の取り皿に、ケーキ一切れを盛り付ける。取り皿を夏菜に返してやる。

「……!」

 夏菜がひそかに興奮しているのが分かった。続いて、私は自分の分も盛り付けた。

「いただきます」

 私は手を合わせて言った。

「いただきますっ……」

 ついで夏菜も手を合わせ、早口にそう言った。かと思うと、間髪いれずに早速食べ始めた。

 夏菜はまず大きな一口を口に入れる。口に入れた瞬間、かすかに顔がほころぶ。続いて、すぐに二口目にとりかかる。上にかかったチョコのあたりをフォークで削り取って、そして口に放り込む。また顔がほころぶ。

 夏菜はそんな微妙な表情変化を繰り返している。私は自分のケーキには手をつけず、そんな夏菜の仕草ばかりを眺めていた。

「……」

 やがて私も、黙ってケーキにとりかかり始めた。チョコケーキを少しずつ切り崩していく。そのうちに小さな一口をフォークに突き刺し、そして、口に入れる。

「……おいしい」

 私は思わず驚きの声を上げてしまった。チョコは甘くて、スポンジは柔らかかった。

「でしょ?」

 何故か夏菜が得意げになっていた。

「ええ……」

 私はすぐ二口目を食べる。向かいの夏菜もせっせと食べている。

 一口食べるたびに、小さな幸せがあふれてくるかのような甘さだった。

 しばらく、二人でケーキを食べる。

 それは、ささやかだけど、幸せな時間。失くしたくない時間だった。

 ……こんな時間を忘れてしまうなんて、あるはずがないだろう.

  そう思いたかった。


 やがてケーキも食べ終わり、就寝の時間がやってきた。ちなみに、私たちは同じ部屋で眠る。私の部屋に二人分の布団を敷いて眠るのだ。床はフローリング。部屋の中には、鏡台、服を入れたクローゼット、布団を入れたタンス、その他雑貨などが置かれている。そんな部屋で二人は毎晩眠っている。

 今日もタンスから二人分の布団を引っぱり出し、私の部屋に敷く。そして二人は、さっさと床に就いた。電気も消して、電灯に付いた豆電球の光だけが唯一の明かりだ。

「……今日はー、いい日だったー、かも……」

 夏菜が私に背を向けた状態で、唐突にそんな独り言(?)を呟いた。

「えっ?」

 私は思わずそう訊き返した。意外だった。如月がそんな風に素直に自分の気持ちを口にすることは、とても珍しかった。

「え、えーと、ケーキとか食べられたし」

 夏菜は言いわけでもするように付け足した。

「…………」

 私は、なんだか……

 とても嬉しくて、すごく安心して、知らず知らずのうちに口元から笑みがこぼれた。

「……笑ってる?」

 夏菜はふてぶてしく、ムッとしたように訊ねる。

「いえ、なんでも」

 私はそう応える。

「…………」

 如月は怪訝な顔をして私を見る。

「じゃあ、お休みなさい」

 私は話を無理矢理打ち切ろうとするようにそう挨拶する。

「……うん、お休み」

 夏菜はそう言って、今度こそ布団に入った。そうして、二人はようやく眠りに就く。

 布団には入ったものの、私はなかなか眠れなかった。

 ……不安だった。そして恐ろしかった。夏菜は幽霊だから、誰にも目視することができない。そのことは今日になってよく分かった。

 夏菜は、もうどんな人間とも交わることはなくなる。明日も夏菜は、誰とも友達になれないし、誰とも話せない。私以外とは。今が、そして明日がとても恐ろしかった。

 それに、私には夏菜の知らない不安がもう一つあった。夏菜が突然消えてしまったことだ。心残りをなくしてやれば成仏するのだと理解していたのだが、あの時、夏菜は前触れもなく消滅してしまった。……もしかすると、幸せになれたかどうかなど関係無く、時間とともに成仏してしまうのだろうか? 

 そうして、夏菜は、本当に本物の幽霊なんだ、と今更のように実感する。通行人には認識できない透明な存在。そして一瞬の間だったが、突然に目の前から消えてしまったこと。不可解な現象が起き過ぎている。

 夏菜は間違いなく、超常の存在なのだ。それを、改めて理解する。

 そうして、それを改めて認識することは、この先にある別れを――成仏を――今までより強く意識することに、否応なくつながるのだ。

 私は、静かに天井を見つめる。目が冴えて、なかなかまぶたが落ちない。だから、黙って天井を見つめるしかない。暗い天井というものは、何か不気味だった。天井は何もしゃべらない。何も問いかけない。

 眠気がやってくる気配はなく、ただ頭ばかりが冴えて、よくない想像を延々とふくらましていく。そんな繰り返しだった。

 私は結局、かなり遅くまで眠りに就けなかった。草木も眠る深い夜の中、やっとのことで、起きているのか眠っているのか分からない、浅い眠りに就いたのだった。

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