後編。身勝手否オタの独占欲が、オタクな彼女と心を繋ぐ。
「ところで。ポニ天使は、契約せしものどもの戦いに身を投じているのだったな?」
「いきなりオタク語で話振らないでよね?」
「ノリきゃん。鹿元くん、ゴッサーのこと言ってるんだと思う」
「え? あ、ああ。そうなんだ」
ひきつった笑いで答えてから、
「うん、その。昨日……気の迷いで……」
そう答えた。
「ならば。この俺と戦友の誓いを結ぶがいい。新兵に裂ける戦力も充分にいるからな」
なんで顔うっすら赤いのかな? 別に部屋の温度それほど高くないのに。
「あの。日本語でおねがいできる?」
鹿元って、ノリはともかく普通に話せるのね。
「フレンド登録しようぜー。だって」
「通訳ありがとえみリッチ」
なんで言ってることが理解できるのか。これもオタクだからできることなのかな?
「で、フレンドって?」
「いろいろ攻略に役立つシステムだ。登録しといて損はないぞノリキャノン」
セイヤーって言われた奴が、そう教えてくれた。
キャノンはやめて、ってまた釘を刺してから、
「うん。じゃあ、まあ。おねがいしようかな」
よくはわかんないけど、ゲームを進めるのにお得なんならいいかな。答えた直後に、男子二人がゲームを始めた。
「無課金のわりには、やたら高レア引いてるんだよねー鹿元。羨ましいよ」
えみリッチに静香ちゃんって呼ばれた女子が、そう言ってゲームをやり出す。高レアって……なんだろ? むかきんってのもわかんないし。
「召喚は、魂だ」
「豪運め」
そう静香ちゃんは羨ましそうな息を吐いた。
「んじゃわたしもノリきゃん じゃなかった、ノリキャノンのフレになっとこっと」
言ってえみリッチもゲームし出した。
「変なあだなに変えるのやめてよえみリッチ」
疲労感がドッサリ乗った溜息が声といっしょに吐き出された。
みんなどういうわけだか楽しそうに笑ってる……なにが面白いのよ、まったく。
そのまま全員とフレンドって奴の登録をされてしまった。まったくわけもわからないままに。
「あ、そだそだ。流すの忘れてたよ」
言うとえみリッチは徐にカバンから、なんか 縦長の箱を取り出した。
「あれ、Fighteって書いてある。でも、絵がゲームと違う?」
「無印か。でもまたなんで今更?」
「無印?」
「一番最初のアニメ版ってこと」
「え? Fighteって何回もアニメになってるの? って言うか、なんで何回もアニメになるの? なんの意味があるのそれ?」
「はいはいおちついて」
えみリッチが、あたしに微苦笑でそう言う。なに? なんでそんな顔されるの?
「Fighteってゲームは、長い長いお話しでね」
子供に説明するような口調なのがイライラするけど、えみリッチだから我慢する。
「え? ゲームなの? アニメなの? どういうこと?」
「原作はゲーム。で、その中のストーリーの一つをダイジェスト的にまとめたのがアニメ版」
「え? なにそれわけわかんない」
「今はわかんなくていいよ、とにかく無印にちょっと触れてもらいたいだけだし」
まるであたしがこのままオタク趣味にはまるような言い方。
えみリッチはディスクを取り出すと、再生機にそれをセット、流し始めた。
「って言うかさ。ファイトって名前ならEいらないでしょ? なんで余計なEがあるの?」
「いやいやノリキャノン。これは余計じゃないんだよ」
そう言うのはセイヤー。なんでしてやったり、みたいな顔なのよ?
「どういうこと? ファイトのスペルはF I G H Tじゃない」
「後ろのeはフェイトのe。運命と戦う物語なんだよ」
やっぱりしてやったり、な顔でえみリッチが補足する。
ん? 今一瞬不思議そうな顔したような? ……気のせいかな?
「……ダジャレ?」
あたしの呟きは、全員の「ダジャレじゃない、センスだ」で突っ込まれた。
全員が感性を共有してでもいるのか、オタクってのは?
「だってノリきゃん。ファイトとフェイトを同時に表すスペルなんて思いつかないでしょ?」
「そりゃ、まあ……。このスペル、普通に考えれば頭悪い人が間違って書いたのが、そのまま採用されちゃったとしか思わないわよね」
「だがそれがセンスとして受け入れられる。それが二次元の世界。一度でも物語を作らんとした者ならば、この予想外は感嘆に値するのだ」
「って言われてもねぇ」
「鹿元くん。ノリきゃんにその論法は通じないよ。二次元作品に影響受けて小説書いたりしたことない人だろうし」
「うん、ない」
「そうか。次元の壁は厚いということかっ」
「なんでそんな悔しそうなのよ?」
「おっとノリきゃん。OP終わったよ。本編始まる」
えみリッチに促されて、そんなに大きくない画面に視線をやった。
「なに……これ。ありえないでしょ、普通の町で魔法? とか騎士? とか戦ってるし」
流れ始めた映像を見てあたしがそう言ったら、
『ありえないからこそ二次元は素晴らしいんじゃないか』
って全員から同時に言われた。
「え、あ。そう……なんだ」
「これがノリきゃんが始めたゲームの、最初に世の中に出た物語なの。ちゃんと見て」
真剣な声で言われて、あたしはしかたなく画面を見続ける。
えみリッチ、こんな声 今まで出してるの聞いたことない。
しかも、なんかちょっと怒った顔してるし……なんで?
「物語、ねぇ」
あたしには子供だましのおはなしにしか見えない。
日常的な町の中で魔法だとかこんな鎧と剣持ってる女の子だとか。ありえないもん。銃刀法は違反してるしかっこうが怪しすぎるし。なんでこんな細身の女の子が鉄の塊着こんで振るって、平気で動き回って、戦ってるのよ。
「はぁ。駄目かー」
頬杖をついてるあたしを見てだろう。えみリッチは残念そうに呟いた。
「ぜんぜんよさがわかんない」
「でもゴッサーはやるのよね。変なの」
静香ちゃんに呆れかえられた。
理由はこのおはなしに興味があったからじゃないけど、それを言える雰囲気じゃない。だから苦笑でごまかしておく。
***
「やっぱりオタク。受け入れられない?」
校門を出て少し。えみリッチに言われてあたしは頷いた。
「最早宇宙人よあんなの。それに、あんな子供だましを面白がるのがオタクだって言うなら。あたしは無理」
「子供……だまし?」
足を止めたえみリッチが、アニメ声のことを言った時と同じ、寒気を感じる声で呟いた。
「だって、あんなの子供だましでしょ? ありえないことしか起こらない、不自然なことしか出てこない。子供だましy」
パチン。乾いた音が、あたしのすぐ近くで鳴った。
「ひどいよ……のりか」
一瞬なにが起きたのか。わからなかった。
「えみ……リッチ?」
ぼんやりと左の頬に熱が広がって、あたしはえみリッチにビンタされたんだってことにようやく理解がおいついた。
「わたしの解説メール、無視しておいて。そんなのって……あんまりだよ」
いつのまにか正面に立っていたえみリッチに、あたしは歩くのを止められている。
「解説メール。あの……暗号メールか」
思い至るけど。あたしにはなにが書いてあったのか、まったくわからなかった。だから……流し読みする以外になかった。
「ちょっとでもオタクのこと、知ろうとしてくれたんだって思ったのに。ぬか喜びさせないでよっ」
「えみリッチ……?」
泣いてる。えみリッチ、泣いてる。
泣きながら……怒ってる?
「偽物から本物に踏み込んで来てくれたんだって、信じたのにっ! 裏切り者っ!」
「え……?」
裏切り者。そんな言葉、出て来るなんて思わなかった。
「偽物なら偽物のまんまでいてよっ! 中途半端によってこないでくれた方が、わたしが傷付くだけでよかったんだからっ……!」
言い捨てて、えみリッチは背中向けて走ってってしまった。ふわふわした肩まで伸びたえみリッチの茶髪が、乱暴に左右に振り回されてる。
「あっ、ちょっと、えみリッチ!」
声をかけたけど、振り返ってはくれなかった。
偽物。その通りだ。あたしはえみリッチをただただ「かわいいもの」として愛でるためにいっしょにいる。
彼女がオタクなんてわけのわからない存在であることは、彼女を確保しておく友達関係には必要ないことだから無視して来た。あたしにはどうでもいい情報だから。
でも。あたしのそんな態度が、えみリッチを傷つけ続けてた。今知った。
「裏切り者……か。えみリッチの期待、あたし。平気で裏切ったんだ」
自分のしたことの重さが、のしかかって来た。足が重い。
「でも……内容、わかんなかったんだから。どうしようもないじゃないっ」
目に、涙が。溜まって来る。だから、必死に、何度も瞬きしてそれを押し込んだ。
「聞けば、よかったの。かなぁ?」
ーー自業自得。因果応報。この言葉をこんなに実感する日が来るなんて、思わなかった。
「でも。あたしにとっては、いらない情報だったから、聞き返すなんてこと。頭に浮かびもしなかった……」
えみリッチは、あたしにFighteを少しでも知ってほしくって。あのメールをくれてたんだな。それをあたしは無視してたことになるんだ。
心遣いを無視するような奴に、あんなキラキラした顔……見せてくれるわけないよね。
「悔しいなぁ」
えみリッチのキラキラ笑顔が、いつもアニメといっしょなんて。あたしの知らないところでだけなんてっ。
「あたしにだって。あんなのぐらい……できるんだから」
知らないうちに、あたしは両方の手を握りしめていた。
*****
「……どうして」
ベッドにあおむけに倒れ込んで、あたしは涙を噛み殺した。すっかり時間はもう夜中。
考えた。考えて、考えて。考えたのに。
でも、あたしは。あたしには、「子供だまし」のほんの一欠片だって、頭の隅にも浮かんで来ない。
「どうして、どうしてよっ。子供だましのアニメでしょっ。なんで、なんでシーンの一瞬だって浮かんで来ないのよっ」
ショックで。悔しくて。子供だましだって思ってた物相手に、手も足も出ないことが悔しくて。あたしは。溢れる涙を噛み殺し切れなくなった。
ーーこのままじゃ。えみリッチが。あたしの手からなくなっちゃう。子供だましにえみリッチがもっていかれちゃうっ。
いやだ。そんなのいやだ。
なにをやってもその他に埋まる、そんなあたしが唯一見つけた「違う」物、それがえみリッチだった。
猫耳カチューシャつけて、それがあたりまえだって堂々としてる、ちっちゃくてかわいくて、アニメ声した女の子。そんな「違う」物。
その「違う」がなくなるなんて……いやだっ。